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双剣の舞姫  作者: 黒猫るぅ
嘆きの日
1/264

     1

 城の奥、最も堅固な守りに囲まれた辺り、明け方だというのに多くの人影があり、明かりが灯っていた。


 寝室からそっと抜け出した王妃は、壁つたいに手を置きながら、ゆっくりと歩き出した。


「メリッサ様、また寝室を抜け出されて!」


 大きな陶器の壺を抱えた侍女が、足早に階下へ向かおうとして王妃メリッサに気づいた。


「胸が張るのよ、どうしても。どうせ眠れないのだから、生まれたばかりのあの子を見てもいいでしょう?」


「私が戻るまでですよ」


 仕方なしに承諾した侍女は壺を抱え直し、足早に階下へと向かった。

 メリッサは再びゆっくりと明かりの灯る部屋へと向かった。

 侍女や侍従達は歩むメリッサに慌てて向き直り、頭を垂れる。その衣擦れの音が、まるでさざ波のように奥へと続いた。

 奥にある寝台の横に佇んでいた男は、入ってくる王妃に気づき、腕の中で泣く赤ん坊を抱えたまま、素早く膝をつく。そのしなやかな動きには無駄がなく、優秀な武人であることを示していた。


「バンキム、来ていたの?」


「城下で控えておりました。産婆の許しが得られ次第来たかったので」


 無骨な武人でありながら、そんな事を顔色も変えずに言う。


「シーリーンもよい伴侶を持ったこと」


 寝台に眠る女性を見やり、メリッサは微笑む。

 鏡で映したかのように、眠る女性はメリッサに似ている。


「…本当に、わたくしは良いナナイに巡り会えました。第一子のみならず、二子までも同じ時期に産んでくれるとは…」


 頭を垂れたバンキムの肩に手を置く。


「わたくしのナナイであるがために、シーリーンには多くの無理を強いています。お前にも、苦労をかけているわね」


 許しもなく、バンキムは顔を上げ、妻によく似たメリッサの目をみつめる。


「愛しい女の我が儘は、かわいいもんです」


 相変わらず表情はないまま、ぱちりと片目をつむってみせる。

 ぷ、とメリッサは吹き出し、口を開けて笑ってしまうのを手で隠す。


「シーリーンに免じて、わたくしの我が儘も少しは許して頂戴ね」


 くすくすと笑いながら、メリッサは泣き続ける赤ん坊を受け取るように、手を差し出した。


「王妃?」


「わたくしの子は乳母達が連れて行ってしまったの。少し熱があるのですって…」


 バンキムから赤ん坊を受け取り、メリッサは優しくあやす。


「王妃たる者、子にお乳をあげるなど、してはいけないのですって」


 寂しげに呟くメリッサの胸を、赤ん坊が軽く掴んだ。

 メリッサは微笑み、軽く赤ん坊に口づけする。


「名は決めたの?」


「キーエンスと。…祖母の名です」


 キーエンス、と呟き、メリッサは記憶の底からかけらを拾い上げる。


「…子どもの頃、ルナリア国の王子にお会いしたけれど…確かキーエンスと名乗られたような気がするわね」


「あの地の王族は、性別を逆にして暮らすのです。…王族と同じ名を民衆が名付けたがるのはよくあることですよ」


 相変わらず表情の無いまま、バンキムが言う。

 ふん、とメリッサは鼻を鳴らす。

 王族相手に物怖じしないこの男が、ただ者ではないことなどわかっている。


「ほんに、シーリーンはよい伴侶を見つけたこと。…ねぇ、キーエンス、お母様が目覚めるまで、わたくしと一緒におりましょう?美しい朝焼けでも見に行きましょうか?それともお乳を飲む?」


 腕の中の赤ん坊をあやしながら、メリッサは寝台から離れた。


「俺も少ししか抱いてないんだが…」


 メリッサを見送り、バンキムは立ち上がりながら、めずらしく情けない声で呟く。


「…あなた…?」


「シリウス、目覚めたか」


 寝台へ身を乗り出し、妻の手を握る。


 古の星の名で呼ぶ夫の声に、シーリーンは甘く口元に笑みを浮かべる。


「わたくしの子は…無事?」


 メリッサによく似た声で、シーリーンは呟く。

 過去に冬の池に落ちて以来、あまり身体が丈夫ではなくなってしまった。それでも、二人目の子を身ごもることが出来た。


「ああ。キーエンスは元気に泣いていた」


「キーエンス…、では女の子なのね」


 あらかじめ決めておいた名を聞き、シーリーンは微笑む。

 バンキムはわずかに目を伏せる。

 握る手に力がこもったことに気づいたシーリーンは、重たい体を起こして、バンキムを抱きしめる。


「…ごめんなさい…あなた。きっとキーエンスも王女のナナイになる

わ。…心配をかけてしまうわね」


「なに、心配などしない」


 そっと抱き返し、バンキムは愛する妻を優しく寝台へと横にさせる。


「俺が身を守る術を教える。…心配などしない」

 


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