幼馴染がハーレム体質で困る。(楽)
ヒロイン「げえっ、美香!」
今日もいつも通りの毎日がやって来た。
つい昨日その"いつも通り"が崩れかけたけど、無事また何時もの"いつも通り"に戻った。
ようやく手に入れた平穏はかなり居心地が良く、日々過ごしやすい。やはり何事も普通が良いってことだよね。
僕は長い人生を生きる間にそう学んだのだった。
「やあ、駒鳥さん。これからお昼かい?」
「ああ、今日は竜司と食堂に行くんだ。お前は今日も屋上で弁当か?」
「あはは、そうだよー。人が居るところで食べるのって苦手だからね。あそこは静かで良い」
「寂しい奴だな。たまには一緒に食べても罰は当たらないぜ?」
「……いや、遠慮しておくよ」
「ふぅん? そっか。ま、お前らがそれでいいならそれでいいけど」
僕が断ると特に残念がることもなく駒鳥は引いた。
僕は今のやり取りに満足する。どうやら改変は上手くいったようだ。
結局彼女も同じ結末になった。せっかく出会えたのに、こんな事になったのは少々残念ではある。
でも、普通の世界を形成するには必要な事だった。
好意……か。
何故彼女達が僕を好きになったのか解らない。理解できないし、共感もできない。だって僕は僕が嫌いだから。
僕の何が彼女達の琴線に触れたのか、皆目見当がつかないけれど、何かがあった事は確かだ。
そうでなければ竜司に好意を移す事はできなかっただろうから。
駒鳥に告白された僕は彼女と彼女を取り巻く環境を改変した。
何を根拠に彼女が僕に好意を抱いたのかは終ぞ不明だったけど、改変が上手く行ったということは何かしら理由があったのだろう。
駒鳥茜にとってそれが他人に流れても違和感が無いものだった、それだけだ。
僕が行った改変のギミックは単純な洗脳ではない。ただの洗脳では過去と現在に祖語が生まれるからだ。
だから僕は、相手が僕を好きになった大元となった過去を書き換え、その過去に連なる世界への影響を書き換えた。
会長で例えてみよう。
彼女が僕に好意を持ったプロセスは以下の通りだ。
まず会長は自分が会長になるために有能な人材を欲した。それが僕。
次に選んだ人材の僕が彼女の予想以上の働きを見せた。
最後に彼女の持つ劣等感及びトラウマを僕が解消したことで彼女は僕に好意を持った。
その場合の改変はこうなる。
まず会長が選んだ人材が竜司だったという過去が書き換わる。この時会長達当人以外の記憶も書き換わる。
次に竜司が会長と過ごしたという矛盾を無くすために、実際その時竜司が行った行為を僕がしたと書き換える(入れ替える)。
最後に会長の持つ劣等感及びトラウマを竜司が解決したor無かったことにすることで竜司に好意を持たせる。
とまあ、こんな感じだと語ってみたものの、いちいち取捨選択するのも面倒なので実際に会長に施された改変を僕は把握していない。今のはあくまで憶測。
円に告白された時から全自動なのだ。
それまでは全部手動だった。中学時代の女の子達を改変するのは本当に手間だったよ。
それと、竜司には本当に助けられてばかりいる。
アイツが居なければ今の日常は成り立っていなかったろう。よく大成してくれた竜司。お前はこの『世界』における僕の最高傑作だ。
……もうバレているだろうけど、竜司のハーレム体質を作ったのは僕だ。
この『世界』にやって来た僕はまずこの『世界』の【異能】状況を確認し、魔法や≪異形種≫が存在しない事を確認した。
そして世界を改変した。世界に【異能】を付与した。
と言っても、魔素を精製したり精霊を誕生させたりしたわけではない。あくまで属性としてここの住人に才能を付与したのだ。【異能】と呼ぶにはあまりにお粗末なレベルの能力。特技以上異能未満のそれは世界にばらまいた種子は胎児に寄生する。こう言うと凄くグロい様に聞こえるが、言うなればよくある転生モノにある神様からの特典みたいなものだ。実際に植物の種が埋め込まれているわけじゃない。
しかし全ての子供が発芽するというわけでもない。ほとんどの子供は種子を宿したまま一生を終えることになるだろう。
何万分の一の確率で発芽した者は種子の成長具合によって才能を得る。さらにある特定条件を満たせば成長率は飛躍的に上がるというシステムだ。
ある者は人の上に立つためのカリスマ性を得る。
ある者は天才的な洞察力を得る。などなど。
竜司はその中でもかなり特殊な人間だった。
基本的に種子は一人につき一つが原則だ。しかし竜司は複数の種子を宿し、また出会った時点で幾つか芽吹いていた。
芽の数に応じて才能を宿すという意味では、竜司は多芸の天才ということになる。
それは言い方はかなり悪くなるが劣化した僕と言っても過言ではない。
だから竜司を始めて見た時に僕は思ったのだ。
こいつは使える、と。
その時の僕はある事情によりかなり切羽詰まって居た。普通に生きるには致命的なまでの欠陥を抱えていたのだ。
それを解消するためには僕という立ち位置の代わりになる存在を用意するしかなかった。それの存在が竜司だったわけだ。
僕の直近で育った竜司は本人の希望もあったためか、思い通りの人間になってくれた。
多才にして多芸。多数に好かれる主人公の位置に成長、いや進化してくれた。
僕の予想を超えて才能を発現させた竜司は、言うなれば天才が何かを知った天才。つまり『天才の才能』を持つ者だったのだろう。
当初危惧していた内向的な性格も矯正できた。
逆に僕の性格を竜司に近付けたことで、中学を卒業する頃には僕と竜司の立ち位置は逆転していた。
少しずつ入れ替えた僕と竜司のパーソナリティは、改変の効果もあり誰にも気づかれずに書き換わった。
無理に隠してもバレる才ならば、より大きな才で覆い隠せばいい。そのために天才の言動をし、竜司に僕を模写させたわけだ。
このまま行けば僕は普通の人間というカテゴリを付与されるはずだった。
でも一つだけイレギュラーが起きる。
彼女はこの『世界』に誕生した時から一緒の女の子。僕の最も身近で育った人間。
そして本物の天才に成った一般人。
それが美香だった。
美香は頭脳も運動も何もかも普通の女の子だった。
その彼女が天才になったのは。いや、天才になってしまったのは僕の所為だろう。
彼女に与えた影響により彼女の在り方を変えてしまった。
彼女に与えた才能は洞察眼。それだけだ。
僕が持つ【異能】の中でも眼に関したモノだけは何時だって規格外に予想外。それは才能と言えど例外ではない。
美香が持つ眼はほとんど【異能】と言って差し支えないモノだ。ただ"超"能力ではあっても幻想ではない。
彼女の能力は箍の外れた五感でしかないのだ。だからこそ本物なのだけど。
彼女は僕に依存している。美香が僕へと向ける目。あの眼は妹が僕に向けていた眼に限り無く近い。
僕に依存するのは構わない。でも僕の存在を理由にするのは簡便して欲しい。
彼女の真っ直ぐさは妹を想起させる。だから僕はくすぐったさを感じていた。
でも、それはある日終わりを迎えることとなったが。結局あの日あの時、朱の世界の中。僕は彼女にとって害だっただけだと気付かされた。
まあ、それも全部終わった事だ。
竜司を好きになった美香は精神的に安定するようになった。前の様にハーレム要員を潰そうとする事もなくなった。
駒鳥という比較的普通の女の子が竜司のハーレムに参加しても美香は何も行動を起こすことはなかった。僕の時なんていつもピリピリしてたからね。僕が女の子と話すだけで「あの女の情報を教えて」と言って来たりもした。おかげで情報提供が癖になってしまったよ。
でも今はそんな苦労も良い思い出でしかない。全部上手く行った。平穏は僕の手の中にある。
本当に今は平和で普通だ。
これが僕が望んだモノ。
目的。
理想。
普通の人間になれたんだ……。
だからこれでおしまい。
ご視聴ありがとうございました!
幼馴染がハーレム体質で困る、これにて閉幕です!
「ねぇ、遊」
……ん?
◇◆◇
あの日、あの時、遊の改変を受け気を失った私が目覚めたのは自室のベッドの上だった。
私の部屋。私の寝台。でも大切なモノが幾つも無くなっている。
手製の遊抱き枕。手製の遊人形。遊ポスターに遊目覚まし時計。他にも私が作った遊関連のアイテムが全て無くなって居た。
「無い……」
何も無くなって居た。
でも盗まれたという感じではない。誰かが近付けば私は気付く。たとえ熟睡していたとしてもだ。ましてや私に気付かれず遊グッズを盗める人間が居るはずがない。
ただ一人遊だけが可能だろうけど、それも違うと私の感覚が告げていた。
違和感が無いのだ。
この部屋に違和感が無い。いやそれがすでに違和感の根幹を為しているが、だが事実この部屋は調和がとれていた。
まるで、最初からこの部屋はこうだったのだと言わんばかりに。
次に私は自身の体を見る。いつも着ている遊柄のパジャマじゃない。ただの寝巻だ。こんな服私は持っていない。修学旅行先のホテルですら遊柄を着ていた私がこんな無地のモノを持っているわけがない。
誰かに着させられた感覚も無い。誰かに運ばれたわけでもない。何も違和感がない。
違和感。
ハッと私はそこで気付く。私はすぐに自分の感情を確認した。
遊は言った。私の想いを竜司へと向けると。
「よ、よかった……」
だが私の気持ちはまだ遊に向けられていた。
「……好き」
そう、私はまだ遊の事が好きなのだ。
遊グッズが軒並み消え失せたのは遊がした事なのだろう。それが遊の能力によるものだと私はすでに納得していた。
「く、くふふ」
だがそんな事は些末事だ。どうでも良いわけではないが、今はそれよりも重要なことがある。
まだ私は遊が好きなのだ。
好きなのだ。遊の事が好きだ。
それが今最も重要なことではないのか?
「くは、はは」
遊はぎりぎりで止めてくれたのだろうか。
ううん、遊は一度やると決めたらやる人だ。ならば私に円と同じ事をしただろう。
じゃあ何で私は無事だったのだろうか?
理解できない。
でも、遊の口ぶりからするに、遊は過去なんども同じ様な事をしたはず。円達のも遊が何かしたからだ。それでも私は変わる前よりも変わった後の世界に違和感を感じていた。
そもそも、遊が世界を書き換えたと言うのならば。
何故私は改変前の世界の記憶があるのか。何故他の皆みたいに記憶が書き換えられていないのか。
世界が変わっても私は変わっていないのか?
それはつまり──!
「は、ははははは!」
この想いが遊を超えたということだ。
私は遊の呪縛を超えて遊を愛している事の証明だ。
「アハハハハッ! 大好き! 遊、私はあなたが好き! アハハハ!」
私はあなたが好きだった。
あなたは私を好きじゃなかった。
それはとても悲しいこと。
でも最悪じゃない。
最悪は私がこの想いを忘れる事。
それは回避できた。何が理由かは知らないけどそんなものはどうでもいい。
私が今も彼の事が好きだって事が大切なんだ。
私が竜司を好きになったと思いこんだあなたは、私に危機感を抱かない。
自分の力を絶対だと信じているあなたは私が何をしても気付かない。
「絶対好きになってもらうから!」
絶対手にしてみせるから。
「好き、大好き、愛してる」
私のあなた。
私だけのあなた。
絶対誰にも渡さない。
その決意を武器に私は歩きだした。
全てを取り戻すために。
◇
次の日から私は情報収集に努めた。
まずは私の現状を正確に把握しなければならなかったから。
私は両親とクラスメイトから私という人間がどんな扱いを受けているのかを聞きだした。
その結果、どうやら私のパーソナリティはかなり書き換えられている事が判明した。周囲の評価では、私は品行方正で誰にでも優しく、非常に優秀ながらそれを鼻にかけない女の子なのだそうだ。
もう誰それってレベル。もはや別人。元の私はどこに行ったって話ですよ。
私の認識と周囲の認識が違いすぎる。そう言えば円もいきなり人気者になっていたなーとしみじみ思った。おそらく今の私は円達と同じなのだろう。遊ではなく竜司が好きな私は普通の女の子に育ったという設定らしい。
予想通り──外れていて欲しかったけれど──私は竜司の事が好きと言う事になっていた。しかも周りからハーレム要員などと言われているらしい。
……私が竜司を好き、だって?
吐き気を催す屈辱だ!
およそ考え得る最低の侮辱。
よりにもよって、この私が竜司の事が好き?
遊以外の人間を愛していると思われるだけでも怖気が走るというのに、その相手が竜司だなんて本当に最低最悪だ。
竜司なんて俗物の凡人を私が愛するわけがないのに。
こんな汚名を着せられるなんて酷い。皆が私をそういう目で見て来るのが嫌。
凄く嫌なのに……。
それをやったのが遊だと思うと不思議と、何と言うか。
興奮するよね。
いつも優しい遊が突然辛辣になるとか。
凄く良いと思う。
ここだけの話し、最近のそっけない態度が私はツボに入ってしまっている。
いつも通り遊に甘えようとする自分の体を必死で抑え込む私と、そんな私の努力を知らないかの様(実際知らないけど)に振舞う遊。
まるでそれがご主人様を前にして興奮する犬(私)に無情にも「待て」をする飼い主(遊)に思えて……。
最高だとは思わんかね。
……まあ、それはともかく(少し赤城が入った)。
遊と私の現状は有る程度把握できた。
端的に言えばそれまでの私達の関係は終わって居た。遊と私のイチャラブ空間は無かった事になっている。
次に、それまで漠然と何でも出来ると認識していた遊の力を正確に把握する事から始める。
遊の万能さは私から見てもかなり規格外だ。彼に出来ないことは無いと言っても過言ではない。
そんな彼の力を今まで把握しようとしなかったのは、その行為に必要性を感じなかったからだ。だってそうじゃない? 今まで遊と戦う展開なんて起き得るはずがなかったんだから。
でも今は違う。私は遊に喧嘩を売っている。売ろうとしている。
私の求める世界と遊の求める世界は違う。相容れない。どちらかが妥協するしかない。折れないといけない。
今までの私だったら遊を優先していただろう。彼の存在を対価に全てを受け入れていたに違いない。
でも今は違う。遊の存在は私の元にない。
ならば、私が遊に遠慮する理由はどこにもない。私は私のために私の全能力を使うだけ。
私は天才だ。遊の天才だ。遊を理解することにかけて、私は誰にも負けるつもりはない。
たとえそれが遊自身が相手であったとしても。
私は勝つ。遊に勝つ。遊の"絶対"を超えて遊を手に入れる。
それは私の残りの人生全てを賭けるに値する。と言っても私は遊と若いうちに結ばれたいと思ってる。
要するに、さっさと準備してさっさと遊を手に入れてしまえばいいのだ。
大丈夫。私なら出来る。他の誰でもない私だから出来る。私にしか出来ない。
だから私は全てを知らなければならない。それまでどうでもいいと避けて来た他者を知らねばならない。
新たに得た"力"もその一つだ。
私の眼はあの日を境に変わってしまった。
それまであらゆる危険が視えていたのに、今は任意のモノしか視えない。
それは私に"確実に"害を与えるモノ。
空はそこにあるだけ。太陽は輝くのみ。踏みしめる大地はまだまだ健在だ。それは真理とすら言えない程に当たり前の事だった。
ゆえに、私の眼が視るのは本当に危険なモノのみ。
試しに小石を幾つか拾い上げ、真上に放り投げてみる。
その石ころ達の幾つかはそのままだったが、残りに危険が視えた。
右端6、真ん中4、左下12。
私はそれを見て左下、右端、真ん中の順に避ける。
それだけで私の横を小石が通り過ぎて行った。被弾は無し。
危険度は移り変わる。時間とともに数値が変わる。そして私の行動でも変わる。
私基準で示される危険度を視ればどの石が私の脅威なのか、またどの順に当たるのか予想できる。
もはや私の眼は予知能力と言って良いレベルに進化していた。
これが何の役に立つのかは知らない。でもいつか役に立つと良い。
遊風に言うなれば、フラグであることを望む。これが何かの結果であるのは遠慮したかったからだ。
こんな眼、戦うことにしか使えないじゃない。
最後に私はあの日改変された女達を訪れた。これは私にしてはかなり珍しい事だと思う。私が自分から彼女達に関わろうとするなんて初めてじゃなかろうか。
私は少なからず彼女らに同情していた。
彼女達は自分の恋心を忘れてしまった。遊との思い出も無くなってしまっている。
そこに優越感を感じなくもなかったけど、もう少し違えば私もああなって居た"もしも"に対する恐怖心の方が強い。
彼女達を見ているとそれが特に強くなる。でも私だけはまともだと証明できる生きた標本の彼女達を見るのは私の義務なのだ。
それに、もう遊の事を何とも思っていない彼女達を私が嫌う理由は無いしね。
「でも私の邪魔をしないこと」
竜司が囲っている女供に一人一人丁寧に笑顔で忠告してやった。
何を以てして私の邪魔かなんて教えてやらない。そんなもの自分の頭で考えろって話しよ。
ほとんどの子は真面目な顔で頷いたけど、中には反抗的な奴も居る。
「どーして私が美香ちゃんのお願い事を聞かないといけないのかしら?」
何もわかっていない顔で小泉は私に問いかける。
今まで自分の思い通りにならなかった事など一度も無いと言わんばかりの傲慢な微笑を浮かべ、私を見下した目で見ている。
ああ、気に入らないなぁ。
別に私をどういう目で見ようが構わないんだけどね。こいつ、たまに遊の事まで馬鹿にした目で見てるのよ。少し前まであれだけ遊君遊君言ってたのに。
しかも、こいつは遊が嫌いだからという理由で彼を停学にした。遊はこれから一週間学校に来ない。
「お願い? そんな温い事言った覚えは無いですけど? 小泉先輩、私はこう言ったんですよ。『邪魔する奴は誰であろうとぶっ殺す』って。そう言ったんですよ。何ですか、あなた自殺志願者ですか」
「いつもの美香ちゃんはどこに行ったのかしら。今日はやけに好戦的ね?」
まだ理解していないらしい。
「私のぶっ殺すが何を意味するのか、教えてあげるわ」
「あら、それは楽しみね。で、それは何時見せてくれるのかしら?」
「今すぐに……と言いたいところだけど。一週間。さすがの私もこればかりは要するわね」
「へぇ、一週間以内に私を殺すってわけ?」
「まさか。でも一週間以内に自殺したいと思わせてあげる」
それだけ言うと私は小泉の前から去った。
やるからには徹底的に。完全に完璧に完遂しよう。
一週間後。私は再び小泉の前に来ていた。
前回と違うのは今回は彼女の方から呼び出しをした事と、彼女の表情が酷く青ざめていることか。
「どうしました? 小泉会長。顔が青いですよ。何か嫌な事でもありました?」
「……何をしたの」
「くふ」
思わず笑みが零れてしまった。あんなに自信満々で私を見送った顔が、今では完全に余裕を失っている。
「こんな状況だと地域住民と協調性とか地域社会への奉仕活動とか言ってられませんね。そもそも会長職を続けられるかも怪しい。大丈夫ですか?」
「あ、あんたがやったことじゃない!」
「え、私何かしましたっけ」
「白々しい!」
「何もしてないですよ。本当に、私は何もしてないんですよ? ただ、私のファンの人達が私と会長の仲が悪いと勘違いしちゃってみたいで」
私は小泉との会話後すぐに自分の公式ファンクラブを作った。それまでバラバラでアングラ存在の非公式ファン達を集め、公式に認めてやったのだ。
私のファンは一年から三年までの男子の七割と一部の女子。そいつらは今まで認められていなかった自分達を私が認めた事で舞い上がった。
そこで、そんなファンの一人に私は今期生徒会長の横暴さが目に余るので一度お話ししたが相手して貰えなかったと"口を滑らせた"。すると次の日にはその話しはファンクラブ中に広まり、善意で行動する私と悪徳会長の図が出来上がって居た。
後は彼らが"独断"で有志を集い生徒会長のリコールを要求し出したのだ。
人数が人数だけに投票が始まればリコールは確実。この時期に生徒会長が解任されるなんて普通の学校ではありえないけど、そこは小泉当人が生徒の自主性を重んじる校風に変えたため可能だ。この女は自分で自分の首を絞めたってわけ。
「まあ、百歩譲って私が原因なのだとして。どうして私はここに呼ばれたんでしょうか。別に私は発起人てわけでもないんですけど。それにちょっと今リコール要請のための書類作成を手伝わないといけないんで忙しいんですよね」
私がそう言うと小泉の顔色が悪くなった。
彼女にとって会長という立場は必要不可欠なものだ。そして竜司との絆の証でもある。
それを失う事は体の一部を失うようなものだ。
「……取り下げて」
「え? 何か言いました?」
どうやら最近耳が遠くなってしまったらしい。
「取り下げてよ。こんなの酷い!」
酷い?
よりにもよって、酷い?
はっはっは。はー……。
私は小泉のネクタイを掴むと会長机越しに引き倒した。
「くっ、うぅ!?」
「聞け、凡人」
こいつは何も解ってない。私がどれだけ優しくしてやっているのか一ミリたりとも理解してない。
学校は私に残された遊と過ごせる数少ない場所。大切な時間。それをこいつは一週間も奪ったのだ。私から遊を奪ったのだ。
そんな人間を私が今も存命させてやっている事がどれだけの奇跡なのか。理解できてない。
「あと一度しか言わないからよーく聞け。凡人のお前が竜司の傍に居ようが私はどうでもいい。奪えるものなら奪って見せろ。私は何も邪魔なんかしてやらないから。だから私の邪魔をするな。あと一度でも私の邪魔をしてみろ、私はお前から全部奪う。お前が拠り所にしている全てを一から十まで一切合財徹底的に掻っ攫って目の前で叩き潰す。それが嫌なら大人しくしてろ」
「わ、私にこんなことして、竜司君に言ったら」
「その"竜司君"すらお前から引き剥がすぞ」
「……」
「理解できたか? できたのならお前は普通に会長をやってろ」
今度こそ小泉は何も言わなくなった。
私がやると言ったらやる人間だと理解できたらしい。
どうせ竜司が居なければ何もできない出来そこないが私の邪魔をしようなんておこがまし話しなのよ。
「それじゃ、"会長"……残りの任期の間も頑張って下さいね」
私は小泉を解放すると生徒会室を後にした。もちろんその日のうちにリコール要求は取り下げておいた。
後日、私はファンクラブを非公式に戻した。公式な非公式ファンクラブにだけど。理由は私を理由に暴走したからとか適当にでっちあげた。
この様に、素直にならない奴も少なからず居る。だから私はそういう反抗的な奴らが一番の才能と誇るモノを凌駕して見せて回った。
陸上部や剣道部に入ったのもそのため。
塙森も安曇も全国区クラスの実力者だけど、所詮それは一般人レベルでの話だ。私に比べれば彼女達は凡庸だ。子供の頃から遊の後を追い掛けていた私の基礎身体能力を侮るなかれ。さらにこの眼を使えば打ち込まれる箇所が判り切って居る剣道で私が負けるわけがない。
そうやって、私は彼女達の拠り所を一つ一つ潰して行く事で彼女達よりも上の立場に立てるようにした。
唯一赤城真紅だけは直接才能を凌駕することができなかったが……。て言うかアレのどこを凌駕しろって言うのよ!
そんな事をしばらく続けていると、遊との距離がさらに広がってしまった。
確かに私が未だ遊が好きだとバレないためにある程度の距離は必要よ。でもそれはあくまで応急措置なの。このままずっと遠いままなんてダメ。
しかもいつの間にかまた違う女の子に好意持たれてるし。確かその子は新入生の時田亜美だったか。結局そいつも流れたけど、遊から目を離すのは危険だと再認識させられた。
でも私は止まらない。止まれない。一度走り出した私はゴールまでノンストップで駆け続ける。
一歩駆けては遊のため。一山越えては遊のため。
全ては遊のため。私は進むのです。
しかし、しばらくして私の歩みは停滞する。
私が求める鍵がなかなか手に入らないのだ。
現在の私の手持ちでは鍵として過剰にして過分だ。それでいて肝心要の箇所のみ欠けている。まさに鍵穴が合わない。
こればっかりは代替物でどうにかできるものじゃないってことだ。
私の計画を成すための鍵。
他の何モノでも無い。それだけに特化したナニカ。
それを見つけるのが先か、私が竜司のモノになるのが先か……。
遊以外に触られるなんて絶対嫌。今だって竜司が気安く頭を撫でて来る度に思わず腕ひしぎしないよう我慢しているっていうのに。私の初めては遊のものなんだから。
でも、もし間に合わなかったら?
……嫌な想像をしてしまった。怖気の走る未来予想図だ。
足りない。遊分が圧倒的に足りない。そう言えば遊を感じなくなってすでに結構経つことを思いだした。
だからその日、私は遊と一緒に帰ることに決めた。遊分を補給しないとそろそろ病みそうだったから。
久しぶりに遊と一緒に帰る。それはとても名案だった。
都合の良いことに、竜司の奴は時田亜美の相手に忙しいみたいだし?
今のうちに遊に話しかけて約束を取り付けよう。
「また竜司は告白されているの? 本当に飽きないんだね」
そっと遊へと近付きながら、当たり障りの無い会話を投げかける。
本当なら遊に跳びついて膝の上で語り合いたいけど、今の私には許されて居ない。今はこれが私の精一杯なの。
会話だってもっとさりげないのが良かった。でも竜司を話題にしないとボロを出しそうだったから。例えば「遊、ちょっと髪を一房ちょうだい。お守りにするから」とかぽろっと言っちゃいそう。
これが夏なら「遊、最近めっきり暑くなったことだし、髪の毛切ってみたらどう? あとついでに切った髪の毛一房ちょうだい」とかさりげなく行けたんだけど。ままらないものね。
「飽きる飽きないの問題じゃないと思うけど。受動の話だし。竜司だって好きで好かれたわけでもないよ、美香ちゃん」
こんな下らない話しにも遊はきちんと応えてくれる。話題を振った当人ですらどうでもいいと思ってるのに。本当に遊は律儀で優しいね!
でも今はそんな話はいいの。私がしたいのは今日一緒に帰ることなんだから。竜司とかどうでもいいの。竜司を遊から引き剥がしてくれた女も危険度92という数字が少し嫌な感じではあるけど、こうしてチャンスを作ってくれたから感謝。
あと遊に美香ちゃんって呼ばれるのは嫌。もっと高圧的に「美香」って呼び捨て欲しいなぁ。
「おい」とか「犬」でもいいよ!
「あの子の情報なんだけど」
「? 情報?」
妄想に耽っていると遊が私との会話が続行していた。
いつもはもう少しそっけないのに、今日は積極的だね!
嬉しいよ遊。それで何の話なの?
「いや、ほら、我らが幼馴染竜司君に告白する三百八十三人目の子の情報だよ。気にならない?」
「ん~……別に」
なんだ、そんな話か。がっかり。
遊には悪いけど、私はすでに彼女に興味はない。
改変前は遊を好きそうな子について根掘り葉掘り聞いてたけど、今は必要無い。
だって正攻法で遊と付き合える子なんて居る訳ないものね。
そんな事よりも私と遊の話をしようよ。
最近私また胸が大きくなったんだよ。気付かない?
あと遊も身長が伸びたね。成長期だからかな。成長期の食事は大事だよ。最近あんまり食べてないでしょ?
昨日だってコンビニのお弁当だったじゃない。一昨日はスーパーの御惣菜だったし。でもゴミの分別はきちんとしている遊はいい夫になると思うの。
「またまた、実は気になって仕方ないんじゃない?」
「だから、別にって言ってるでしょ」
私は遊が気になるの。それ以外はどうでもいいの。
もっと遊の話を教えてよ。それとも今のが遊のお話なの?
だったら私はそれに応えるべき?
「何が言いたいの?」
「ん?」
「毎度毎度竜司に告白する子の情報教えたりして来るけど、何がしたいの? それを聞いた私にどうして欲しいの?」
私は竜司の事が好きな女の情報なんてどうでもいいの。それよりも今日の遊の下着の色とか教えて欲しいな。
それとも、違う女の話をすることで私に嫉妬して欲しい、とか?
……。
えっ、そ、そういうこと?
それが目的なの?
自分で距離を置いてさらに私を嫉妬させるなんて。遊ドS過ぎる。でも私はそんな遊も嫌いじゃないよ。
遊がどんなハードなプレイを要求しようとも私は全部受け入れる所存です。そのための首輪と鎖とか買ってあるよ。
とか私があちらの世界に行ってる間に遊は居なくなっていた。
……放置プレイ?
◇
その日の放課後、改めて遊を誘おうとしたところで一人教室に残って居た竜司から告白された。
予定通りとはいえ、突然の出来事に一瞬頭の中が真っ白になった。
正直今の私には何も応えることが出来ない。付き合うのは論外だが、振るのも拙い。仮にも私は竜司が好きということになっているんだから。
「俺じゃダメか?」
竜司はまさか私が難色を示すとは思ってなかったらしく、私が何も答えずにいると、竜司は縋る様な目でそんな事を言ってくる。
ダメと言えばダメだ。て言うか全然ダメだ。アリの部分が皆無。
しかし断ることもできない。
「まだ、無理」
散々悩んだ末に出した答え──という体でそう答えた。
「……遊か?」
「……」
すると竜司の頭の中で何かしらの化学反応が起きたのか、遊の名前を出してきた。
「遊が好き、なのか?」
「……違う、けど」
嘘でも遊を好きじゃないと言うのは辛い。でもここで折れたら今までの苦労が全て水の泡だ。
頑張れ私。
「まだその時じゃないから。返事はまだ出来ない。でも竜司が思っているような理由で答えないわけじゃない」
嘘は言っていない。
私の言葉に竜司はとりあえずの納得を示してくれた。返事も待ってくれるそうだ。
ちょろい。
◇
何とか遊と一緒に帰れた。
本当なら遊と二人っきりになりたかったけど、流れで竜司が乱入して来た。
他の女どもは告白のためにあらかじめ竜司が追い払っていたのは不幸中の幸いだった。本当に要らんことしかしない男だ。死ねばいいのに!
「何か久しぶりだよねー、こうして三人で帰るのって」
三人って部分を強調する。これで少しだけ竜司への鬱憤を晴らした。
遊と一緒、遊と一緒。遊が私の斜め後ろから私を見ているよ。遊の目には私だけが映ってるよ。
「確かに、言われてみれば久しぶりだな。昔はいつも一緒だったのに、最近じゃ三人揃う事なんて珍しいよな」
お前が応えるなよ。私は遊に話題を振ってるの。お呼びじゃないの。死ねばいいのに。
て言うか何で当然の様に隣に立つかな。まあ、今の私と竜司は隣合わせで歩く方が当たり前なんだけどね。いつもはこいつの取り巻きが居る時はわざと譲ってやることで隣から逃げてたけど、この時ばかりはそうもいかなかった。
その後も竜司は何度となく私と遊との会話を邪魔して来た。その度に私の殺意のメーターがMAX値をオーバーしかける。まさに怒りが有頂天。恨みが増えるよ。やったね美香ちゃん状態。
私の右手に封じられた悪しき邪神が復活の刻を迎えようとしたら、真っ先に竜司を生贄に捧げることで遊を特殊召喚。さらに罠カードを二枚セットしてターンエンドだ。
見て遊、こんなに簡単に竜司がバイバイしちゃったよ。さよならじゃないけど新しいスタートなんだ。
だから全部上手く行ったら崖の上に一戸建ての白い家を買おうよ。ペットには犬が良いかな。名前は美香。飼い主は遊よ?
「──って、聞いてるの?」
「あん? ぁ……なぁに~?」
私がいきなり呼びかけると遊は素に戻る。私はそれを知っていてやっている。
最近の柔らかい遊も好きだけど、やっぱり私にとっての遊は常に上から目線な男の子だから。
「む~、人の話を聞かない癖何とかした方がいいよ!」
そして、私が怒ったふりをすると遊はまっすぐに私を見てくれる。子供の頃知った遊の生態。
遊は私をキリッとした表情で見返して来た。そうよ、このどこまでも上の人間然とした態度が私は好きなの。
今日はもう一歩だけ近付いちゃおう。そしてすかさず遊の匂いを肺一杯に吸い込む!
「………………はぁ~」
幸せ~! 思わず溜息が洩れちゃう。
こうでもしないと遊分の補給なんてできないからね。自重なにそれ美味しいの?
「……」
そんな私達のやりとりを竜司が物言いたげな顔で見ている。
必死に私と遊の会話に加わろうとしちゃって。見ていて痛々しい。
佐藤竜司という凡庸な男は劣等感の塊でできている。自身の才能を活かせない自分の無才を日々嘆いている。遊の劣化存在な自分に絶望している。
だからこいつは女を傍に置くことで自分を大きく見せようとしていた。しかも世間一般で天才と呼ばれている女達だ。そいつらを通して遊よりも才能があると思いたがっている。
私を傍に置くのもそのためだろう。私にすら劣等感を感じているというのに、より強い劣等感を与える遊に勝つために私を求めている。そんな事しても遊に勝てるわけないのにね。彼に勝つには人間のまま人間を超えた存在をさらに超えないとならない。そんな事凡人にはたとえ百回生まれ変わっても無理だ。
だから私は竜司の傍に居ることを良しとした。遊という本物の天才よりも自分を選んだという優越感を竜司に与え続けるために。叶わない勝利を追い求めさせるために。
私が居なければ耐えられなくなる程に竜司は私に依存していた。
そんな生き方して何が楽しいんだか……。
今も私が遊に近付いた事で嫉妬して不機嫌になっている。
私が遊と竜司、どちらを選ぼうか迷っているみたいなお目出度い勘違いをしているんだろう。
最初からあんたを選ぶ選択肢は無いの。そう言えたらどれだけすっきりするだろうか。
でも言えない。遊との未来のために竜司は必要な駒だ。
仕方なく遊との会話を切り上げ、竜司と会話してやった。それだけで上機嫌になる竜司。
ちょろいものよね。思う通りに動いてくれる。遊とは大違い。
でも私は遊を超えなくちゃならない。遊が"普通"に擬態している間に手元に呼び戻さないといけない。
だから竜司を含めた皆には私が願う未来のための礎になってもらうんだから。
そのために私は演じる。小畑美香を。
良い子で誰にでも優しくて竜司の事が好きな小畑美香を演じきってみせる。
そのためならどんな汚名を被っても構わない。私を殺すための仮面を着ける。
一つ被っては遊のため。一枚着けては遊のため。
全ては遊のため。私は進むのです。
◇
そして待望の鍵が私の前に現れた。小泉からの情報である。あれ以来小泉は体の良い駒となってくれている。駒と言ってもあくまでギブアウトテイクの関係だ。彼女は私に竜司と二人っきりになれる様をお膳立てして貰っているのだから。
鍵はまさに最良のタイミングで現れた。早くも無く遅くも無い。絶妙とはこれのことを言うのよ。
私はすぐに鍵に接触を図った。場は小泉にセッティングしてもらった。
鍵は何故自分に接触して来たのか理解していなかったので、私は疑問を解消すべく端的に説明をした。
「私と友達にならない?」
私の言葉に相手は少なからず驚きの顔を見せた。初対面の相手に友達になろうなどと言われても普通了承はしないだろう。
しかし、鍵はすぐにこちらの申し出を受け入れた。それによりやはり彼女は当たりだと再確認させられた。
こうして私と鍵──駒鳥茜は友達になった。
円以来のオトモダチだ。
私は駒鳥に優しくした。こちらに来たばかりのこいつには今のところ私しか頼る存在が居ない。そこを突けば簡単に信頼は勝ちとれた。
駒鳥の転入前日に学校に招待したのも私の"親切"からだ。
私がキーパーソンに駒鳥茜を選んだのには幾つか理由がある。
他の誰でも無い、彼女でなければならない理由が。
まず彼女はこちらに来たばかりのため在校生程遊の影響を受けていない。それは仮初の遊の演技を知らずに素の遊と接する事が出来るということだ。
次に彼女が普通の人間だということ。学力も運動も芸術も容姿も、ほとんどが平均的。それ故に普通を求める遊に容易に近付ける。簡単に天才の間合いに入ることができる。そして遊を無防備にさせる。
そしてこれが最も重要なもの。
普通である彼女が、ある一点のみにおいて他者を上回るただ一つの要素。
それは他人に対する天才性。
私が遊の天才なのに対し、彼女は他人の天才だった。
他者の意思を汲み取り、適切に行動できる。相手の求める人間になれる。その有り様は遊が求める人材そのものであり、遊が目指す人間そのものだった。
天才でありながら普通という生き物を遊は求めるに違いない。もしも求めなくても駒鳥は近付くだろうけど。
これが私が駒鳥茜という人間を選んだ理由。
彼女が鍵の理由は後ほど語ろうと思う。最後の一手を打つその時に。
彼女が転入して来るまでの数日。私は彼女と表向き友好的な関係を続けた。
転入前日なんて彼女のために学校を案内するために小泉の許可までとった。結局彼女は来なかったけど。遊を紹介すると言ってあったのに。
転入する前に出会う男の子とか、いかにも普通の女の子がときめくシチュエーションじゃない? 私には理解できないけど。
でも私のお膳立て無しに遊と駒鳥は出会っていた。
さすが遊。私にはできない事をあっさりとやってのける、そこに痺れる憧れる。
遊との会話から、彼は駒鳥茜を友人として扱っているようだ。彼はそのあたり嘘を吐かない。
でもその理由が寂しさを補うためだったというのは予想外だった。
寂しいなら私を使えばいいのに、二十四時間電話一本でデリバリー可能だよ! 題して美香ちゃんデリバリー。
でもこの学校バイト禁止なんだよね……。惜しい。悔しい。なんで小泉のやつその辺り改則してないかな。本当あいつイライラする。
そんな時駒鳥茜が現れた。少し悔しいが、やはり彼女は人の求めるタイミングで動いてくれる。今も私の暴走を止めてくれた。
ただ、なったばかりのオトモダチに頼るのはここまでにしたい。あんまり借りは残したくないからね。私は何でも一人で出来る女って設定だから。
でもその後軽く会話してみたところ、駒鳥に私の本性は看破されていた事がわかった。
だって私の演技に気付かなければわざわざ周りの評判なんか調べないじゃない? 私の遊への気持ちに気付いていたなら話しは別だけど。
この時すでに彼女は遊の事が少なからず好きだったと思う。ま、どうせまた捨てられちゃうんだけどね。
◇
いよいよ計画は最終段階に入った。
私の半年にも及ぶ努力が実を結ぶかどうか、それが今日決まる。
私は放課後すぐに駒鳥茜を階段の踊り場に呼び出した。
最初渋って居たけど昼間の遊との一件を持ちだすと簡単に付いて来た。いいのかい、ほいほい付いて来て。私は善人だってかまわず操っちゃうのよ。
とまあ、彼女にはこれから大事な役をこなして貰う必要があるのでその概要を目的を誤魔化しつつ説明する。
「今夜私の家に来て欲しいのよ」
単刀直入に告げた。
遊以外を招いたのも初めてかも知れない。
「藪から棒でいきなりな招待にびっくりだ。ま、記念すべきホームパーティ第一弾って感じにはならないな。……言っとくけど私はまだ許してないから」
許す?
はて、何の話しだろうか。私は彼女に許しを得るような事はまだ何もしていないはずなんだけど。
「その顔は理解してないみたいだな。……天色の事だよ。お前どんだけ遊に構ってんだよ」
むむ、少々遊に構いすぎてたかな? どうやら駒鳥が私に警戒心を持たれたようだ。
でも今はそこを論じる暇は無い。私にはまだやる事があるから。
「私ね、随分前に竜司に告白されたのよ」
「へぇ、それはおめでとさん。何だよ、コイバナ自慢のために私を呼んだのか? て言うか私の話しをだな」
「でも返事はしてないの。心配事が残ってるから」
「それって……天色のことか?」
打てば響く。駒鳥茜の反応に私は内心微笑んだ。
彼女は私の言葉の裏を読む術なくとも、私の求める反応は示すことができる。今回も自分の話しより私の"心配事"に話しを合わせてくれた。これも彼女の才能ゆえか。
「遊は一人なんだ。友達は私と竜司だけ。たまに遊に近づく人も居るけど、皆遊から離れて行く。理不尽な理由でね」
「私もそうなるんじゃないかと思ったって?」
「……そうよ。今の状態のまま私達が付き合って、距離をとってしまったら?」
「だからって過保護過ぎるとは思うけどな。気持ちはわからんでもないけど」
「信じていた現実に裏切られた事ってある? 理不尽な理由でそれまで絶対だと思っていたものが壊れる様を見た事は?」
「……」
「このままだと遊は誰も信じられず、孤独になってしまう」
できるだけ遊を心配する表情を作る。それだけで小畑は最善手を打ってくれた。
「小畑。お前は私があいつから離れるかもって心配しているみたいだが、お生憎様だ。見当違いの取り越し苦労だ。私はそんなわけわからん理由で離れたりしない。天色は良い奴だよ。離れる理由が無い」
まさに私の求めた通りのお返事だった。
彼女は遊を救うために動くだろう。恋心半分、義務感半分というところか。
「まあ、短くない時間あなたを見て来たから、その言葉が嘘じゃないことはわかったわ。じゃあ、あなたの覚悟を見せてもらいたいものね」
「覚悟?」
「遊から離れないっていう覚悟。お友達じゃ安心できないから」
「……それってつまり、私に遊と付き合えって言ってるわけか」
「端的に言えばそうよ。見た限り遊の事好きでしょ?」
別に遊の事が好きである必要は無い。遊が好きなのだと言ってやる事が重要なんだ。
事実、私に指摘されたことで駒鳥茜は動揺している。顔なんて真っ赤に染めて「恋する乙女」しちゃってるよ。
「それに、遊の方もあなたの事気に入ってると思うのよね。思い当たる節、あるんじゃない?」
言っておきながら私は遊が彼女の事をどの程度気に入っているのか知らない。たぶん友達以上には感じているだろうとは思うけど、では恋心かと問われたら疑問。そんな感じ。
「そ、そうかな? アレってやっぱりそういう意味なのかな……」
「おい、ちょっと待て」
アレって何だ。どのアレだ。アレがアレのアレだったら私はこの場でお前をアレしないといけないわけだが。
何その表情。頬赤らめて指突き合せてもじもじしてんなよ。良いから詳細を語るんだ!
……。
ふぅ、どうやら私の危惧していたアレではなかったらしい。
ただ単純に「結婚したい」みたいな事を言われただけとか。
そっか、良かった。結婚したい、かぁ。なら別に良いよね……。
なんて言うと思ったか!?
何だ結婚したいって。遊から言われたのか? 遊から言われたのか? 遊から言われたのかああ!?
「お、おい小畑……? 何か凄く怖い顔になってるけど大丈夫か? まるで精神的にかなりキテる女が彼氏の浮気相手を前に包丁持って現れた時みたいな顔してるぞ」
「おう」
「いや、おう、じゃねーよ。何で無駄に男らしいんだよ。転入前日も変な女に遭遇したし。この学校そんな奴ばっかなの?」
「おう」
「ヤだよ私は。こんな真昼間から火サスのテーマ曲流れるなんて。小畑だってその年で前科者になりたくないだろ?」
「……」
「そこは、おうって言えよおお!」
そんな世間話を交わした事で気を良くしたのか、彼女はその後私の家に来る事を承諾してくれた。
その時までに結論を出してくれるそうだ。
◇
「そう言えば、私が遊以外の生き物を部屋に招いたのって初めてかも」
日没後、茜を部屋に招いた私はふとそんな事を呟いてみた。
円や竜司ですら入れた事のない聖域に出会ったばかりの彼女を招く事に私はそれほど抵抗を感じなかった。まるでそうするのが当然(実際必要な事なのだが)の様な気さえする。
「言い方が他にあるだろ。……ま、光栄な話しだな。私が男だったら今の発言で勘違いしてたくらいにはね」
「私もあなたが男だったら出会いがしらに小指切り落としてたね」
「怖いよ! いちいち怖いよ!」
さて、本題に入りましょうか。
「で、結論は?」
「……告白、しようと思う」
「そう」
あなたならそう言ってくれると思ってたよ。
「じゃ、今からね」
「いやいやいや! 早いだろ! もっと下準備とかあるんじゃないのか?」
「善は急げ、よ。こういうのは早い方が良いって相場は決まってるんだから。恋は先手必勝、あなたもその辺り分かってるんじゃない?」
「う……」
おや、軽くトラウマを抉ってしまったらしい。何やら思いだした顔をして押し黙ってしまった。
彼女も彼女で色々抱えている。ちょっとしたことで落ち込む事が多かった。
「ま、まあ、後に回しても結局気遅れしちゃうかも知んないからな! よし! 今日告白する!」
だが立ち直りも早い。ここ十数年落ち込んだ記憶が無い私からするとかなり忙しい性格に思える。
「決心してくれて嬉しいよ。私もあなたが告白する前に竜司に返事するから」
「わかった。そっちも上手くやれよ。……そう言えば天色はどこに住んでるんだっけ? 幼馴染って言うくらいだから近いんだろ?」
「隣よ。このまま家に行く? あいつ一人暮らしだから家に押しかけても二人っきりで告白できるけど」
「いや……それは逆に気を遣うかな」
駒鳥茜の要望で告白は近所の公園ですることになった。
普通と言えば普通だけど、私にとっては期せずして因縁の場所になったと言うべきか。
さっそく遊を呼びだそうと駒鳥茜が遊の家へと電話を掛ける。番号は私が教えた。ケータイの番号ではないのはせめてもの抵抗である。
しかし遊は電話に出なかった。
「あれ、おっかしーな。出ないぞ」
「あ、今遊はお風呂の時間だ。今ちょうどシャンプー流しているところだろうから電話も聞こえないと思う。遊は結構長風呂だからもう少し出るまでに時間がかかるかもね」
「……あまり深く突っ込まない方が良いんだろうな」
仕方なく彼女には先に公園に居て貰い、遊がお風呂から出たら私が彼女にメールで伝える事になった。
何で彼女も待たずそんな回りくどい事をと思うかも知れないが、私にもよくわからなかった。彼女なりの拘りがそこにあったらしい。
というわけで、遊がお風呂から出るまで私がお風呂場を監視することになった。
「あ、今日はこの歌なんだ……」
壁越しに遊の鼻唄を聴く。遊は歌も上手いからたまにこうして聴かせて貰っている。そこらのアイドルよりも耳が幸せになる。
あ、どうやら上がったらしい。
すぐに駒鳥茜へとメールを送った。
あとは遊の後を付いて行くのみ。
え。どうして私も付いて行くかって?
……これが私の計画の最も重要なファクターなのよ。
「制服じゃない天色って初めて見るかも」
「僕も駒鳥が服を着てるのを初めて見た」
私は公園の茂みに隠れながら二人の声が聞こえるギリギリの場所で観察する。
ちくしょうめ。イチャ付きやがって。私の時もあれくらい引っ張れば良かった。どうしてあっさり告白したかな……。
「何を考えているのかと思えば……アホか、僕がお前を嫌いになるわけがないだろ。むしろ好ましい方だと思ってる」
「ほんと!?」
……ごはっ。
何だ今の。私のスタンドが直接攻撃を受けているとでも言うのか。
引っ張るにしても限度がある。関係無い会話なんて端折ってさっさと本題に入れ。ワカメヘアーの話しなんてどうでもいいんだよ。
「まあ、お前の心配ごとがこれで無くなったのなら重畳だ。用はこれで済んだのか? もし帰るなら送るぞ」
っておい、遊が帰ろうとしてるじゃない。どうするのよ、このまま帰っちゃったら次呼びだす時警戒されるからね。
「──あ! ま、まだ」
……。どうやら軌道修正できたようだ。
そろそろ私の方も行動を開始しよう。
私はケータイを取り出すととある人物の番号へとかける。そう言えば、こちらから電話するのは珍しい。いつもあちらに掛けさせているから驚くかも知れない。
相手は三コールで出た。
『美香かッ?ど、どうしたんだよ?』
「竜司、こんな時間にごめんね?」
私が電話をかけた相手は竜司だった。駒鳥茜と対をなすキーパーソン。それがこいつだ。
私の最後の一手。それは私の計画の集大成とも言えるギミックだ。この時のために私は竜司の思考を読み好感度を上げてきたのだから。
全てはこの時のために練り上げたもの。これがダメなら私に残された手は力押しだけになる。
「この間の告白の返事をしようと思うの」
『えっ、今? しかも電話で!?』
「そうよ」
いきなりの発言に電話越しに竜司の動揺が伝わる。
それに直接言うなんて無理。超無理。
この計画は私の告白によって完成する。
私の告白から始まり、告白で終わる。でもそれは感情的というよりは理性的。物語的というよりも叙述的な理由だ。
時を戻す事はできない。
でも同じ形にする事は可能。
遊の改変によって世界は書き換わった。
でもそれは全部が別物になったわけじゃない。改変は全体的に薄く、ごく小規模において濃く行われて居た。
改変毎に遊と竜司が入れ替わっている。立場が、エピソードが、女の子との関係が。
それが改変の正体。遊と竜司の情報が入れ替わる事で遊は女の子の好意を移していたんだ。私は一人一人改変された人間を調べてこの結論に至った。入れ替える事で記憶操作と違い矛盾が生じないという事だろう。
理由はともかく理論は解った。だから私はそれをどう利用するかを考えた。
入れ替え。
矛盾。
遊と竜司。
相似。
そして考えた末に、私は竜司と遊を再び入れ替える事にした。ただし私に関する事のみを。
遊が改変する瞬間、遊と竜司の状況を相似にさせる。できるだけ矛盾が無い様に。そうする事で矛盾なく私に関連した情報が入れ替わる。
しかし、そのためには私の相似相手が必要だった。それは遊に告白"できる"人間でなければならない。
今まで遊に告白できたのは円と私のみ。私と円が告白できたのは不意討ちだったから。
そのために駒鳥茜を用意したのだ。彼女が鍵の理由は前に語った通り、彼女が遊の隙を突ける人間だから。
『な、なぁ、本当に今答えちゃうのか?』
「そうよ。嫌ならこの話しは無かった事にするけど」
『あ、い、いや! 良いよ! 今でいい。あ、今が良いです』
そんなに電話越しの返事が嫌だったのか。自分だって教室なんぞで告白したくせにね。
「……何か騒がしいけど、誰かそこに居るの?」
『っ、いや誰もいないぞ? 本当だ!』
「……」
怪しい。まあ、仮に誰か居るとしても、こちらも遊と駒鳥茜の近くに私が居るのだ。一人二役とは言っても状況としてはむしろ近いと言える。
「告白の答えを言うわよ」
『ああ……』
本当は遊の口から言って欲しかった言葉だったんだけどな~。
────。
遊を見る。すでに改変は始まっていた。
私はこれまでの遊との記憶を思い返しながら、万感の想いを込めて言葉を返した。
「私達、付き合いましょう」
私は次の言葉を放つタイミングを計る。
聞こえるはずないと思いながらも、私は本当に伝えたい相手に届くように大きい声で言った。
────────。
「大好きだよ!」
────────────。
◇◆◇
今日から新しい毎日がやって来る。
つい最近まで"いつも通り"に耐えるだけだったけれど、今日からは私の望んだ毎日が送れる。
「やあ、駒鳥さん。これからお昼かい?」
「ああ、今日は竜司と食堂に行くんだ。お前は今日も屋上で弁当か?」
「あはは、そうだよー。人が居るところで食べるのって苦手だからね。あそこは静かで良い」
「寂しい奴だな。たまには一緒に食べても罰は当たらないぜ?」
「……いや、遠慮しておくよ」
「ふぅん? そっか。ま、お前らがそれでいいならそれでいいけど」
私は二人のやりとりを冷めた目で観察する。
結局彼女も同じ結末になった。きっと今の彼女には目の前の彼が誰だったのかわからないに違い無い。彼女が見ている彼は所詮偽りの"天色遊"という人間だ。彼ではない。
だから駒鳥茜は彼の名前を呼ばなくなった。"お前"とか"あんた"とか、そういう彼を認識していた己の残滓を基に呼びかけているに過ぎない。
それでも彼女は他の奴らよりは幾分ましなのだろう。他の者達は彼への好意すら忘れてしまっているから。
でも、未だに彼の事を友人と認識している時点で駒鳥茜の"それ"は本物では無かった証だ。
だからこそ私が最も危惧し、最も信頼したわけだけど。本当に想像以上の凡人だった。
凡人……か。
彼がよく使う言葉。必死で取り繕うとする仮面。
天才の演技は凡人にも可能だ。しょせんそれは己の周りを纏わせる外套でしかなんだから。
でもね……?
天才すら凡人にするあなたでは凡人の外套は纏えないんだよ。
それにあなたは薄々気づいているんじゃいかな。
自分が凡人を演ずるには強すぎるって。
だから私達ではあなたの隠れ蓑にはなれないんだよ。足りないの。
役に立てないんだ……。
あの頃は幸せだった。私があなたの隠れ蓑になれたあの頃。
彼を彼として扱えた日々は私の幸福の絶頂期だった。
彼と一緒に居られる時間は何よりも大切な時間だった。
涙が出る程に幸せだったあの頃は私の手から零れて消えてしまったけれど、私の中に思い出として残っている。
だから私は頑張れた。
他の人よりも私は幸せだった。それだけが私が挫けずに前へと進めた最後の武器だったから。
だから、私は今日まで頑張れたんだ──!
「──ねぇ、遊?」
今から私はその武器を奮う。
余裕を見せたあなたに。
一番大好きなあなたに。
さぁ、取り戻そう。
全てを。
◇◆◇
いつの間にか美香がそこに居た。珍しく接近に気付けなかったな。
美香はいつも通りの笑みを浮かべている。
僕はその笑顔に違和感を覚えた。見慣れたはずの笑みなのに、それがいけない事の様に感じられる。
そしてその違和感は形となって僕を強襲した。
「一緒に、お昼を食べようよ」
は?
今なんて?
て言うか今こいつ僕の名前を……。
「どうしたの? 屋上に行くんでしょ。早く行かないとお昼休み終わっちゃうよ」
「お昼って。何で僕と美香ちゃんが?」
「何でそこで不思議がるかな。いつも一緒にお昼食べてるじゃない。今日は私が作ったお弁当を食べる日でしょ?」
「はい? どこからそんな話しになったのさ」
いつも美香は竜司達とお昼を食べている。それが何故わざわざ僕と食べる必要がある。
しかも手作り弁当って……。そんな物、竜司にすら作った事ないじゃないか。
「最近ずっと遊にお弁当作って貰ってたから、今日くらい私が作ろうと思ったんだよ。と言っても、あなたのと比べたら私のなんて全然ダメダメだけどね」
「は、はぁ……はぁ?」
聞けば聞く程に混迷して行く。
「えっと、竜司の方はいいの? 今から食堂に行くらしいけど。ほら、もう教室出ようとしてるよ」
「どうして竜司に構う必要があるの?」
「どうしてって、美香ちゃんと竜司は仲良いじゃないか」
僕と美香がこれ以上会話を続けたら要らぬ誤解を受ける。僕と美香が仲が良いなんて誤解を。
それは困る。せっかく手に入れた平穏が壊れる。
「僕よりも竜司を優先した方がいいんじゃないかな」
何とか変な噂が流れる前に軌道修正しようと美香を誘導する。
だが僕のそんな努力を、美香の次の言葉がブチ壊すのだった。
「私はあなたを優先するわ。だって、遊は私の彼氏なんだから」
………………ぇ。
誰が、誰の、彼氏、だって?
「すまん、なんだって?」
もう何がなんだかさっぱりわからん。
「ちょっと待て。いや、待ってよ。え、僕達が付き合っているって? えええ?」
何その超展開。初耳なんですけど。
「お、なんだなんだ、やっぱり二人で食べるつもりだったか。だから断ったってわけか」
駒鳥が安心したぜーって顔でそんな事を言う。
いやお前は何を言ってるんだ。何で僕と美香が一緒に昼飯を食べる事が当たり前みたいな顔してんだよ。
「そりゃそうだよなー。普通付き合いだした奴らって一緒に食べるもんだよな」
しかも僕たちが付き合っていることに違和感持ってないし。
ログを読み返す。
…………………………。
…………………………。
…………………………。
本当だった。
僕が美香に告白し、その申し出を昨夜美香が受けたことになっている。しかもその事を周りの人間が知っているだと!?
しかもしかも、美香に関する情報が改変前に戻ってるじゃないか。今の美香は竜司のハーレム要員ではなく、僕の彼女という設定になっていた。
まて、おかしいだろ。何でこんな事になった?
僕が駒鳥に告白されている時に美香に竜司にOKだしてたって事は明らかだろう。でも何でそのタイミグで? そもそもその程度で全入れ替わりが起きるのか?
いや、それよりも今は改変が先だ。再々改変しよう。
って、ダメだ。今改変すると今の竜司と僕の立ち位置がそのまま入れ替わる……。
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以下今回起きた改変のプロセスの考察。読まずとも可。
まず、
A:美香に告白した竜司
B:駒鳥に告白された僕
として、
改変によりA⇔Bすると、
A:美香に告白した僕
B:駒鳥に告白された竜司
となる。
ここで、追加条件として、
A´:A+美香が告白を受ける
B´:B+駒鳥をハーレム入りさせる
すると再度A⇔Bしようにも、
A´:美香と付き合うようになった僕
B´:駒鳥をハーレム入りさせた竜司
とすでになっていて、
A⇔Bするための必要条件であるA=Bが成り立たない状態である。
【今までと違い、改変時の僕と竜司の状況が同一過ぎた。
ほぼ無矛盾のため、移動ではなく入れ替えの分量が多い】
もしここで無理に再改変(入れ替え)すると、無理やりA´⇔B´させることになる。
つまり、
A´:美香が彼女の竜司
B´:駒鳥をハーレム入りさせた僕
となる。
---------------------------------------------------------------
つまり、僕のハーレム生活爆誕である。あくまで完全に入れ替わった場合だけど。
それは拙い。これまでの努力を投げっぱなしジャーマンする勢いだ。
なら、手動操作ならどうだ?
僕と竜司の美香とのエピソードだけを取捨選択して入れ替えるのなら美香のみの入れ替えになるか?
-----------------------------------
手動で無理やりA⇔Bすると、
A:美香に告白した竜司
B:駒鳥に告白された僕
は可能。
しかし、その後の追加要素はそのままのため、
A´:美香が彼女の竜司
B´:駒鳥が彼女の僕
となるわけで。
-----------------------------------
だめだ。その場合美香が彼女の竜司と駒鳥が彼女の僕が誕生するだけだ。
しかも駒鳥の場合、変格後にハーレム=彼女と認識されなかったら、下手をすると行為に及んでいないセフレなんて設定付与が起きるかも知れん。
「……」
「どうしたの? 難しい顔して」
美香は変わらず笑みを浮かべている。
その時僕は気付いた。と言うか思いだした。美香の笑顔は数か月前まで僕へと向けていたものと同じだった。
「美香、お前……」
「あ、久しぶりに美香って呼んでくれたね。最近ずっと美香ちゃんなんて呼ぶから寂しかったよ?」
「……」
美香。お前、まさか。
「全部、知ってる……?」
「全部? 何を? 私と遊の事? 私と遊が今までもこれからもずっと一緒って事かな?」
「うあ、ノロケるにても違う場所でやってくれよ。私はもう行くからな。小畑も念願かなって良かったな」
言いたい事だけ言い放ち満足したのか、駒鳥は僕たちを残し教室を出て行ってしまった。
場を引っ掻きまわすだけ引っ掻き回した末に逃亡した駒鳥を僕は呆然と見送るのだった。
「ねぇ、遊?」
今僕と美香は一対一だ。つまり彼女が猫を被る必要は無いわけで。
「えへへ、ようやく戻って来てくれたね」
その時の美香の顔は、表情を読む事が苦手な僕ですら容易に読みとる事ができた。
──モウニガサナイ。