幼馴染がハーレム体質で困る。(哀)
ヒント:天色遊はクソ野郎。
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彼との出会いは……ううん、『出会い』なんて陳腐な言葉では不十分だ。
私達の始まりはまさしく運命なのだから。
それに私と彼は最初から共に在ったのだから出会う必要すらなかった。
同じ日、同じ時間に生まれた私達は生まれた瞬間から一緒。
お互いの母親が幼馴染だからといって同じ日に生まれるなんて普通ありえない。これを運命と言わずして何と言うのか。九月生まれだからなんて関係ない。これは誰が何と言おうと運命なのだ。
物心ついた時から隣に居ることが当然だった男の子。それが彼だった。その意味は私にとって何よりも重要な事。
それが他の誰であったとしても、きっと私はそこに運命を感じなかっただろう。
彼だから。彼という存在だからこそ、私は運命を信じたのだ。
天色遊という少年に私は運命を感じたのだ。
「遊、遊!」
「あん? どうしたんだよ美香」
「えへへ、呼んだだけなのー」
「なんだそりゃ」
私が名前を呼ぶと顔だけは面倒臭そうに返事をする。
でもそれが表面上だけの演技だって事を私は知っている。本当は私に名前を呼ばれて嬉しいんだ。
だって遊は私の味方だから。
私はそれを知っている。
私には生まれながらにしてとある能力が備わっていた。最初それが何か理解していなかった時はそれはただ不思議な存在でしかなくて、親などに聞いても子供の戯言だと信じてはもらえなかった。それだけの他人との差異。
だけどそれが何かを理解した瞬間、私は己の能力に絶望した。
私の持つ能力。それは『モノの危険度が判る』というものだった。能力と言いつつ五感の一つと同じで感覚器官に近いのだが。
しかし野生の動物ならば誰でも所持する感覚とも絶対的に違う。私のは生物の敵意のみだけではなく、無機物の脅威まで読みとっているから。
例えば私とAさんという人間が居たとして、数値が0に近ければ近いほど私に対する脅威/危険度が少ないとなる。
これはその対象が自分に害するかを数値化するものだ。だからたとえ相手に敵意が無くても私に害があれば数値は高くなる。同じ様に相手が寝た切りの病人だとしても私に敵意があれば数値は高くなるのだった。
敵意以外の脅威。害する可能性を数値化されている。それは無自覚だからこそ私には脅威と言えた。
一時期この能力に悩んだ事がある。視える全ては少なからず私に危険を伝えて来る。空を照らす太陽が、空を流れる雲が、両の足で立つ大地が、道行く人が、扱う道具が、身に纏う服が、食べ物が、全てに危険度が存在する。
両親ですら例外ではない。私に害を為すわけがないはずの親ですら20~120を行き来する。それが敵意なのか脅威なのか考えるだけで狂いそうな不安を掻きたてられた。
そしてそれは、私自身にすら存在した。限り無く0に近い時もあれば、自分に絶望した瞬間数値が跳ね上がったりする。
自分すら害となる世界。
ともすれば、世界中の全てが私の敵であると錯覚する様なこの世界に生きながら、私の心が壊れなかったのは遊のおかげに他ならない。
遊の数値は0だった。
遊だけは出会ってから一回たりとも0から変わった事が無い。
それは私にとって絶対的存在に等しい。世界のどこを見回しても0であり続ける存在なんて遊しか居ないんだ。
遊だけは私の味方。それも一瞬だけじゃない、味方で在り続ける最良の存在。
遊だけが私を好きで居てくれる。遊だけが私の安全を保障してくれる。遊だけが傍に居ても安心できる。
それが天色遊という男の子。私の幼馴染。
生まれた時から毎日一緒。どちらかの親が忙しい日は片方の家に預けられる。ずっとずっと一緒。それこそ本当の姉妹だったら良かったのにと思った事は一度や二度ではない。それくらい寄り添い合う存在。
でも姉妹と言うと遊は怒る。でもでも、妹扱いしたくなっても仕方ないんだよ。
あれは遊と水遊びをしていた時の事だった。間違えて遊の服をびしょ濡れにしてしまった事がある。その時着替えを用意していなかった母親が戯れに私の服に着替えさせたのだが……。
出来上がった存在はそんじょそこらの美少女を超えた女の子だった。思わず可愛いと絶賛すると珍しく無表情になった遊。無表情でも可愛いから困る。
それ以来何かと理由をつけては母親が遊に女装をさせようとしていたけど、遊は頑として着る事はなかった。後ほど知ったけど、ああいうのはトラウマと言うらしい。
普段温厚な遊だけど女の子扱いした時だけは似合わない程に激怒してた。それでも数値は変わらず0なのだから、遊は本当に特別。
遊は気分屋に見えてとんでもなく理性的だ。ただ好き嫌いが中間地点無く無く完全に二分されているから感情が不安定に思われるだけ。
遊は味方には優しい。でも敵には何一つ容赦しない。
私は遊の一番の味方。そして遊は私の一番の味方。
私はずっとずっと近くで遊を見続けたから知ってる。
その時すでに能力以外にも自分が他の子より優れていると自覚していた私はその才能を余すことなく遊のために使った。
遊が好きな事。遊が嫌がる事。私はそれら全てを記憶した。一つとして間違わぬように。
嫌われなぬ様に。
能力も上手く使えば間接的に遊のために使用できる事を学んだ。私の危険とは遊に嫌われる事も含まれているのだと定義すれば、それが私と遊にとってどれだけ危険かが判る様になった。
「美香は僕の事をよく理解してくれている。それはとても素晴らしいことだ。誇っていい。そんな事、凡人には出来ない事だからな」
一度、遊がそんな風に褒めてくれた事があった。その時の私は喜びに打ち震えるあまり外に飛び出してはしゃいだ。どしゃぶりの雨の中。
おかげで風邪をひいて三日ほど寝込んでしまった。
熱に浮かされながら私の頭はその熱が風邪だけが理由ではないことを理解してた。
私の感情。私の想い。遊への想い。幼くして芽生えたそれは私の中で少しずつ、そして大きく育っていった。でもこれは内緒の気持ち。まだ伝えるには早すぎる。もっと遊の事を知って、遊に私を知って貰って、そこで初めて伝えるつもりだ。
そんな風に遊への想いを育みながら生きる毎日はとても充実していた。自分が何かに特化する感覚。自分が何のために生まれたのかという解答。己の存在意義。ただ一人のためだけに存在する器官になったかの様な安定感。そして遊のために努力すれば全て達成出来るという万能感。それらが私と共に在り、毎日を輝かせていた。
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ずっと一緒だった。二人だけの世界が確かに在って。二人だけが知るたくさんの秘密が存在した。
私達の絆は永遠だと思っていた。
小学校に入学するまでは。
そいつが現れたのは小学校に入学してしばらくしての事。
私達は小学校に入学した後もお互い以外に友達など居らず、ずっと二人だけで居た。友達なんて作らずに、遊ぶのも誰も居ない空き地や公園。
親や担任教師は心配したが、私は気にしなかった。他人なんて遊と二人だけの空間を邪魔するだけなのだから。
なのに。
ある日の事、私達は近所の公園のベンチで何時もの様に二人だけの時間を過ごしていた。
少し行ったところにここよりも大きい公園があるため近所の子は皆そちらに行ってしまう。だからこの公園はいつも私達だけの特別席なのだ。
二人だけの世界。二人だけの時間。
この時間が何よりも愛しい。
でもその日はいつもとは違った。
どこからともなく見知らぬ男の子がやって来て、当然の様に少し離れた所に設置されたブランコを漕ぎ出したのだ。
何をしてくれているのかと。私と遊だけの世界を汚そうなどと、何て不届きな奴なのかと。私はその男の子の登場にイラ立った。
「ここらでは見かけない顔だな」
「ね、ねぇ? それよりもあっちのシーソーに」
「同い歳に見えるけど、最近越して来た佐藤家の人間か……?」
生まれて初めて、私の言葉を無視し男の子に興味を向ける遊。
だが私は遊に怒りを覚える事はない。それよりも私は一瞬でも遊の注意を私から奪った男の子に嫉妬した。
あいつは敵だ。
頭ではなく感覚で理解する。あれは後に障害となる人間だ。
そして、その感覚は正しかった。敵の脅威を測ろうとした私はその事実に息をのんだ。
何と、男の子の危険度は300を軽く越えていたのだ。
今まで判定した中で最も危険だったのは昔山で遭遇した野生の熊で、その時は400だった。次点で時速百キロで目の前を通過した車が350だった事と比べるとありえない程の数値だ。
本能的な恐怖を感じた私は遊へと抱きついた。私がこの世界で唯一信頼できる相手に縋りつく。
でも遊はその男の子に興味を示している。
私の話しを聞かずに。私の方を見ずに。私以外の人間を見る。
私を無視する。
危険だ。
あいつは危険だ。
熊や車など比べようも無い程に危険だ。
あいつは私から遊を奪う。持っていく。
嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ。
遊が私以外の存在の処へ行っちゃう。
行かないでよ。私にはあなたしかいないの。
だから取らないでよ。私から遊を取らないでよ。
どうして奪おうとするの?
私の遊を!
どうして!?
「美香? どうしたんだよ、そんな怖い顔をして」
「……え?」
「何か嫌な事でもあったのか?」
気付くと遊が私を見ながら心配そうにしていた。
どうやら私は自分の殻に閉じこもって居たらしい。その様子に遊が心配してくれた。
そうか、遊は私が怒ると私を見てくれるんだ。
また一つ、遊を知る事が出来た喜びに抱きつく腕に力を込める。
「どうしたんだ、本当に変だぞ?」
「ううん、何でもないっ」
再び私の方を見てくれた。遊が見てくれた。良かった。
あと今のうちにブランコから男の子が吹っ飛んで消えてしまえばいい。いるかも知れない神様に願う。
そんな思いが通じたのか何なのか。事態は動き出す。イレギュラーは加速する。
とある男子グループが現れた。
そいつらは同じ学校の上級生の悪ガキどもで、よく下級生の子をいじめていることで有名な奴らだった。
幸い今まで私達に絡んでくる事は無かった。私にはこの眼がある。危険な状態ならばすぐに逃げだせた。当然一緒に居る遊も逃げられる。遊に必要かは疑問だけど。
だが、今日は間が悪かった。逃げるにしても近付かれすぎた。
獲物を見付けた男子達が嫌な笑みを浮かべてこちらへと近付いてくる。
遊と全然違う。遊の笑顔はもっと爽やかで恰好良くて可愛くて……つまり最強ってことよ。
しかもそいつらは私達が二人で居ることを馬鹿にして来た。
囃したてられるのは嫌いじゃない。それが遊との事なら何でもばっちこいな私。
でも遊との関係を馬鹿にされるのは嫌。私達の仲を否定するなんて誰だろうと許しちゃいけないんだから。
私達を引き離そうとする奴らなんて皆消えてしまえばいい。アイツらみたいに。
私が消してやろうか。
「や、やめなよ!」
だけど、私の暗い感情を止めたのは先程までブランコで遊んでいた男の子だった。
まだ居たのか。てっきり怖くて逃げたかと思っていたのに。
本当に邪魔。ここは私が華麗にあいつらを倒して遊に褒められる場面なのに。
「嫌がってるじゃないか!」
男の子を邪魔だと思ったのは私だけではなかったようで、男子グループも同様だった。
これってアレだよね。四面楚歌って言うの?
男の子の味方なんてこの場に誰も居ない状態。
結局男子達に囲まれて殴られてるし……。本当に何がしたいのかこいつは。
見ていて不愉快過ぎる。あの程度の人間に助けられたと思われるのが癪だ。こんな所もう一秒だって居られない。遊を連れて違う場所に移動しよう。
「ああ、なるほどな。忘れていたが、撒いた種は芽吹いていたか」
でも遊は動こうとしない。
しかもよく解らない事を呟きながら、興味深そうにいじめられている男の子を見ている。
その姿に私は言い知れぬ不安を感じた。何だか遊が途端に遠くに感じられる。
男の子を見る目がまるで昔読んだ童話に出て来る魔女みたいだったから。
「おい、お前ら。あんま恰好悪い事してんなよ」
そうかと思うと今度は慈愛の表情を浮かべて男の子を助けに入る。
わからない。遊が何をしたいのかその時の私には理解できなかった。唯一の救いは遊の数値が0のままだった事か。
いじめをしていた子達は遊の乱入に気分を害したのか、遊まで殴ろうとした。
でも私は知っている。遊がたかが子供数人程度にどうにかされるわけがない事を。
だって、危険度400の熊を遊は拳一つで撃退したから。それから二人で遊んでいる時に変な男の人が襲いかかって来た時も遊は一撃で殴り倒していた。
だから遊が負けるとは思わない。
でも。
「知ってるかお前ら。この世界で最も理不尽な存在が何なのかを」
同時に不安になる。目の前の状況と共に私の不安が膨れ上がる。
350──。
400──。
まだ上がる。
500──。
600──。
止まらない。
700──。
「それは僕だよ……覚えとけ、この凡人どもが」
覚醒。
それを一言で表現するならば、まさに覚醒以外の何モノでもなかった。
今までいじめられていた男の子の目が、遊を見ている。
真っ直ぐに遊を見る目はきらきらと輝いている。まるで世界の真理を知った学者の様な目。
私はこの目を知って居た。毎日遊の瞳越しに見ているから。
それは私と同じ目。
遊を絶対視し崇拝する人間の目。
これか。
これが危険の正体か。
こいつは私と同類だ。同種だ。クローンに近い。
遊に全てを見出している。己の存在意義を投げ出そうとしてる。
遊が何なのかを理解してしまっている。それはもう、完璧に。満点とも言える精度でこいつは遊を知覚した。
その危険度は遊に片っ端から殴り飛ばされている上級生なぞ比較ならない程危険。
危険。
キケン。
キケンキケンキケン──。
コイツハ私ノ障害ダ!
男の子の数値は800を超えていた。
……。
「あ、ありがとう……」
血まみれで倒れ伏す上級生を横目で見ながらその男の子──佐藤竜司はお礼を言った。
「それと、ごめんね? 僕が何もしなくても大丈夫だったみたいなのに」
「気にすんな。普通勝てるとは思わないだろ」
「そうだけど……結局僕の助けなんて無意味だったし」
「それこそ無意味な後悔だ。て言うか、意味のあるなしで言ったら、お前が勇気出して助けに入った事にこそ意味があるんじゃないか? あんまこういうの得意じゃないんだろ?」
瞬間的に相手のタイプを理解するのは遊の特技だ。
その遊が言うのだから、竜司が荒事に慣れていないのは確かなのだろう。
それは遊の言葉を受けた竜司の顔を見ればよく判った。
きらきらした目をしやがって……。
そんなに自分を理解してくれた事が嬉しかったのか。
それから竜司は自分の事を簡単に説明した。正直興味無かったけど遊が聞きたそうにしていたので仕方なく聞いた。
竜司は最近こちらに越して来た芸術家一家の一人息子なのだそうだ。
親の仕事の都合で転校を繰り返しているらしい。
転校ばかりで不憫に思われたのか親に過保護に育てられたために人見知りし、そのため周りの子と馴染めないのだそうだ。
そう言いながらしっかりと自分の事を語る竜司の様子を見る限り、人見知りとか嘘なんじゃないかと思う。
でもそうじゃないのだろう。
彼は今まさに、この瞬間、人見知りが治ったのだ。人見知りなんていう些末事を理由にこのチャンスを見逃していいわけがなかったから。
竜司は本能で今ここで遊と知りあわなければならないと気付いたのだ。
その嗅覚と慧眼には素直に称賛を送る。
遊の凄さに気付けるのは私と同等以上の人間だけだから。
どこから壊れた"ニンゲン"が誘蛾灯に群がる羽虫の如く、遊へと引き寄せられる。
それが暗闇を照らす燈なのか、自らを焼き殺す火なのか。それを見極められる"ニンゲン"が遊に辿りつける。
今までそれが出来たのは私だけだったけれど……。でも竜司はそれが出来た。
だからこいつは有能だし、同時に危険な存在だと知覚できたのだった。
「群れから逸れた草食動物は恰好の餌だからな。死にたくなければ群れに溶け込め。それが出来ないなら食物連鎖の頂点に立て。それも出来なければ潔く捕食されろ」
遊のあまりと言えばあまりな言い分にも驚かず、むしろ遊の言葉を感動した眼差しで見つめている。
「だから、選べ。お前は何に成りたいんだ?」
「ぼ、僕は──!」
その日を境に、私達は二人から三人になった。
なんて、忌々しい。
私は遊が彼をどう扱うか不安で仕方ない。
遊が彼に興味を持ち、傍に置こうとしているまでは予想できた。でもその先は?
遊は彼を傍に置いてどうしたいのだろう。その時私に居場所はあるの?
私が必要無くなるなんて……。
そんな世界は認めないから。
そんな、私の暗い決意は軽く肩すかしを食らうのだった。
竜司は遊の後を付いて回る。彼の一挙手一投足を見逃さない様に。彼の全てを覚える様に。
その姿は師匠と弟子という感じが一番近いと思う。確かに竜司は遊に依存してるが、私みたいに存在意義にはしていない。その事に安堵する。そう言えば竜司は男だった。女の私とは違うのだ。
「竜司、男は強くなくちゃいけない。最低でも自分の身は守れないとな。目標は自分の一番大切な人を守れる程度だ。一番良いのは誰にも侵略されない程の力だけど、それはそれで敵を増やす。だからお前は人類最強くらいにしておけ」
「人類最強なんて無理だよ。それに僕は他の皆より体が細いんだから強くなんてなれないよ」
「そんな事言ったら僕も細いぞ。要はどう使うかだ。お前の場合腕力じゃなくて速さと器用さで勝負しろ。試しに剣術を教えてやろう」
何時覚えたのか私にも不明だけど、遊はあらゆる武術に通じていた。
剣術、拳術、柔術、合気道、あと暗殺術(?)などなど、日常生活を送る上で必要性をあまり感じない知識を持っていた。
でも遊はこれを『一番大切な人を守るため』に覚えたと言っていた。それが私の事だったら嬉しいな。
「竜司、お前そのなよなよした口調は改めた方がいいぞ。それだけで嘗められなくなる」
「そ、そうかな? でもお母さんに怒られちゃうよ」
「お前の親父さんはどんな話し方だよ?」
「え、えっと……遊君と同じ、かな?」
「だったら親父さんの真似だって言ってやれ。尊敬する父親の真似する子供を叱る母親は居ないだろ。まあ、悪いところまで似たら怒られるけどな。僕と一緒に居たいなら恰好良くなって貰わないと困るんだ」
「う、うん、わかったよ! あ、じゃなかった、わかったぜ!」
「……まあ、最初はそんなもんだよな。後は自分の事を俺って言っておけ。そっちの方が恰好良いぜ?」
「え、でも遊君は僕って……」
「僕は僕で良いんだよ。じゃないとキャラ分けがしにくくなるだろう?」
「??」
そんな感じに遊は竜司を調教(?)、改造していった。そのおかげか竜司は日に日に男らしくなり、当初のなよなよした弱虫な男の子ではなく、しっかりした一人の男に成って居た。
そんな変化に気付いた女子達が竜司の良さに気付きだし、中学に入学する頃には竜司はモテ男になっていた。
それは遊も同じ。むしろ最初の頃は遊の方がモテていたと思う。私からすれば遊の方が圧倒的に恰好良いと思うけど、他の子は竜司の方が良いと言う。まったく美的感覚がわからん。
顔はともかく、雰囲気は遊と竜司は似ている。それはそうだろう、竜司の性格は遊に叩きこまれたものなのだから。謂わば竜司のそれは遊の模倣。似ていて当然である。むしろ似ていなかったら遊の努力が何だったのかという話しになるだろう。
しばらくすると、遊の人気は竜司にほとんど流れて行っていた。それは竜司の家柄と表面的な人当たりの良さが影響している。
八方美人の竜司は満遍なく他者から好かれる。だからそれまで遊の事が好きだった人間は男女問わず竜司へと流れていった。
言うなれば竜司はアイドル。皆竜司のファンになる。周りは竜司の一番になりたがる。自分こそ一番だと信じる。
それは偶像崇拝の感情。
だが、質で言えば遊の圧勝だろう。
竜司に流れて行かず、遊の傍へと残った者はある種異質だ。
遊を好きになる子は遊を心から求める。言うなれば麻薬。遊中毒患者は遊無しでは生きていけなくなる。
それは崇拝を超えた感情。遊を失う事を何よりも恐れる、遊が居ない状況が続くと禁断症状を起こす。
少しでも遊を独占したい遊中毒者は、しかし独占したいという欲望と失うリスクを考え潰し合いを避ける。
一番でなくても良い。遊の傍に居られさえすれば……。
そんななけなしの理性で潰し合いを避けている。
そんなギリギリで踏みとどまっている。
なんて健気。
健気な彼女達。
あまりに健気すぎて……。
目障りなんだよ。
一番は私なの。
それはもう揺るがない事実なの。
なのに下でぐちゃぐちゃと蠢いて、お互いに牽制し合って、少しでも抜け駆けしようものなら制裁を加える。
一番の私に謙って、形だけ友達だーとか嘯いて。媚び諂う愚鈍な奴ら。
心の中ではいつ私を蹴り落とそうか画策しているくせに。
私と言う共通の天敵がいるから纏まった彼女ら凡庸女どもが私は目障りで仕方が無かった。
何とか中学卒業までに清算しておきたかった私には彼女らの理性はやっかい極まりない。
でもそんな彼女達の理性なんてもの、一時の自制でしかない。だから少し箍が外れたらすぐにでもお互いを消し合う。
適当に発破をかけただけでね。
例えば、遊が誰かに告白された……なんて噂を流れたらどうなるのかな?
皆で共有することで一番にはなれない代わりに失うリスクを避けた彼女らには到底看過できるものじゃないよね。
全員に噂が伝播した瞬間を見計らい、私は一言だけ言えばいい。
「誰が抜け駆けしたの?」
ってね。
怒った演技は私の十八番。誰もが私は抜け駆け"された"側だと思う。
皆私が流した噂だと気付かない。
だって私は天辺だから。遊の一番近くに居る事を許された、ただ一人の女だから。
何もしなくても遊を独占できている私がわざわざそんな自分の地位が絶対ではない事を露呈させるわけがない。
あとは私の計画通りに事が運ぶのを眺めるだけでいい。
権謀術数に長けた者。権力がある者。コミュニティを持つ者。直接的な力に頼る者。
それら、一種の才能と呼べる力を有した者達が居もしない裏切り者をあぶり出すために暴れ出すのを遊の隣で観戦するだけ。
裏切り者なんて元から存在しないから、だから最後は全員がお互いを潰し合う。
本当に下らない奴ら。
そんな蒙昧な奴らが遊の傍に居ていいわけがないのにねぇ?
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計画は面白いくらいスムーズに進んだ。
予定外だったのは、噂の流れる速さが少し予想以上だったのと、いつの間にか彼女達が竜司を好きになっていた事だろう。
……う~ん?
一食触発の空気が彼女らの間に流れた次の日にはすでに彼女達の関心は竜司に向けられていた。
まるでそれまで遊へ向けていた想いが全て竜司に流れたかの様に。
なーんだ、結局中毒者と言ってもその程度だったか。私は計画が上手く行った事よりも、今まで障害だと思っていた奴らがその程度の依存度だった事に嫌悪感を抱いた。
その程度で遊から離れる何てね。『一番になれなかった』程度で離れられるなんて、私からすれば考えられない。
遊の呪縛は生易しくない。
残ったのは私とあと一人だけ。
最も警戒すべき相手だ。
それは私の初めての友達──あ、遊は私の友達ではない。遊は遊だ。友達なんていう中途半端な位置であろうはずがない。──の上月円だ。
彼女も遊を求める中毒者。
円の家は所謂母子家庭というものだった。父親は小さい頃に蒸発。借金だけを円達母子に残した。
その所為で中学に進学する前まで通っていたピアノ教室も辞めてしまった。
中学に通うのが精一杯の彼女。父親がお金を借りた場所はかなり悪質な闇金で、利子だけで当初の借金を大きく超える程だった。
後で知ったが、裏で警察とも手を結んでいるようなどうしようもない悪者達だった。
闇金業者は学校にまで乗り込んで来ては娘の円を名前を出すなど、嫌がらせをして来た。
おかげで彼女は学校でも邪魔者扱い。面と向かって侮蔑する者も居た。その時の私はまだ円とは友達でもなんでもない赤の他人だったので特に助けることはしなかった。て言うか私も邪魔だなーとか思ってたし。
孤立無援。家にも学校にも安息が無かった円は日に日に目が荒んでいき、死んだ魚の様な目になっていった。
もうしばらくそんな状況が続いていたら、彼女は壊れていたことだろう。
だがそうはならなかった。何故なら円の前にヒーローが現れたから。
ある日、闇金業者が学校に来なくなった。
そればかりか、円の家の借金までもが帳消しになったそうだ。
何があったのか不思議に思った子が円に訊ねると、彼女はそれまでの光が失せた目が嘘だったかの様なキラキラした瞳で「遊君が助けてくれた」と満面の笑みを浮かべ教えてくれた。
彼女は説明してくれた。
つい先日、闇金業者の男達がいよいよ借金のカタに円を連れて行こうとしたところ、どこからともなく遊が現れそいつらを倒したそうだ。
相手は大の大人にも関わらず一方的な暴力だったらしい。
さらに遊はどこかへ電話を掛けると、見知らぬ男達を呼び出し、業者を連れて行ってしまったらしい。
その日のうちに闇金業者の社長と関わって居た暴力団、および癒着していた警察官僚が軒並み捕まったのだそうだ。
どこの三文小説かと言いたくなる様なベタな展開。普通そんな事がリアルに起きるわけが無い。
仮にそれが本当だとしても遊みたいな子供がどうこうできるわけがない。きっと何かの間違いだろう。
皆そう思ったに違いない。
だけど、その話を聞いた私は納得していた。
遊なら出来て当然だと思った。だって、遊だし?
『遊』という理は、私にとって万有引力や地動説や相対性理論よりも絶対なのだ。
遊がやった。彼女がそう言ったのならば、遊がやったのだろう。
でも今度は遊が彼女を助ける理由が解らなかった私は、遊に何故助けたのかと訊ねた。
すると遊は何故そんな事を訊ねるのかという顔をして逆に訊いてきた。
「目の前で困っている人が居たら助けるのは当然じゃないか?」
そのあまりにも自然な言葉に私はヤラれてしまった。
恰好良すぎる!
やばいっしょ。これやばいっしょ。
目の前で困っている人が居たら助けるのは当然?
クール! いっつぁべりーべりーくーる!
もう何て言うの? これぞ正義の味方って感じ?
くぅ~……はうあうあうあー!
どれだけ私を悶えさせれば気が済むの!?
このセリフ、たぶん遊以外が言ったとしても私はそいつを偽善者と罵って居たに違いない。
でも他ならぬ遊が言ったならば、そのセリフは当然の様に受け入れられた。
だって遊だもん。
命を賭けるわけでもなく、凡人が危険と思う事を些末事の様に語る遊。それって暴力団潰すのも警察機関の闇を払うのも楽勝って事だよね。
一般人が目の前にゴミが落ちていたから拾ったレベルで遊は人を助けたのだ。
何て恰好良いの? これ私の幼馴染なんですよ皆さん。
これ、私の幼馴染なんですよー!?
とかなんとか、一人心の中で悶えていた私の前で円が遊へと改めてお礼を述べている。
彼女が遊を見る目は自分のピンチを救ってくれたヒーローを見る目だった。竜司や私と同種の目。
その時私は気付いた。
いつの間にか上月円の数値が500を超えていたことに。
……これはいいオトモダチになれそうだとその時は思ったわけだ。
とまあ、中学一年からの二年半、一途に遊を想い続けて来た円が竜司に鞍替えするとは思っていなかった。それに彼女は遊を神聖視し過ぎて付き合うとかそういうのは求めていないはず。て言うかそんな余裕今の彼女には無いだろう。
私は悪い意味で彼女を信頼していた。
その期待は裏切られたけど。
それは中学三年の冬のこと。
突然これから遊に告白すると告げられた。
「家計はだいぶ良くなったけど、皆と同じ高校には行けないから……だから今告白しないときっと後悔すると思うの」
彼女はピアノの才能を見出され、音楽の名門校へと推薦が決まって居た。
私と遊と竜司は近場の私立に進学が決まっている。
中学を卒業すれば彼女とは離れ離れだ。
「……それで、何で私に言うのかな?」
自分の声が冷たくなるのがわかる。
遊や他人に見せる演技の怒りではない、私の本物の怒りの表情。それは冷笑。
相手を敵と認識した相手に向けるのは残虐な笑顔だ。
「み、美香……?」
「どうして、私に、言うのかな?」
怯えた顔で円が一歩退く前に私は二歩歩みを進め、円に顔を突きつける。
「だ、だって、美香は私の友達だから……」
「ハッ!」
鼻で笑ってやる。
友達? よりにもよって友達などとこいつは言うのか。
私達が友達でいられたのはね、あんたが遊の一番になろうとしなかったから。でも今あんたは一番になろうとしてるでしょ?
それはもう友達じゃない。あいつらと同じ私の敵なの。
「620、か」
「美香? 620って……何? どうしたの、怖いよ美香……」
さて、こいつをどうしてくれようかしら。
裏切り者と断罪する程自己中心的になるつもりはないけど、目障りだと排斥する程度には私は自分翻意だ。
こいつが居たら遊と私の仲が変わってしまう。
それは、看過できようはずもない。
私は円へと手を伸ばす──。
「美香に円? 二人ともどうしたんだ。もうすぐ門が閉まるぞ」
遊が現れた。遊のタイミングの良さは神技。でも今回ばかりはその御技も潜めておいて欲しかったなぁ。
「あ、遊? 今ちょっと円とお話してたんだ。すぐ終わるからちょっと待っ」
「遊君とお話がしたいの……お時間、あるかな?」
このクソ女がッ!
こんなことならすぐにカタをつけておけばよかった。安全圏だから許してやろうだなんて思った私が甘かった。
「話? まあ、いいけど。ここじゃダメなのか?」
「うん、ちょっと二人だけがいいかな」
「そっか。美香はどうする? 待ってるか?」
こんな時でも私を気遣ってくれる。遊はやっぱり優しいなぁ。
「ううん、先に帰るよ」
「分かった」
二人を置いて私は教室を出た。
別にこれは逃げたわけではない。私はただ信じているだけだ。
遊を信じているだけ。だって遊が円の告白を受けるわけがない。絶対断るに決まっている。
だって、遊には私が居るじゃない。
でも遊って不思議と告白されたことがないよね。遊を好きだって言う子はいても実際告白した話しは聞かない。
初めての告白に勢いでOKしちゃうなんてこと……ないよね。
もしそんな事になったらちゃんと教えてあげないと。遊に相応しい女は別に居るんだって。
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夜になり、告白の結果を聞くために円に電話──円はケータイを持っていないので家電だ──をかけた。
『美香? 珍しいね、美香から掛けて来るなんて』
「まあ、ね。そういう日もあるよ。特に今日みたいな日は特に」
『今日? 何かあったっけ?』
白々しい。漂白剤として売れば大ヒット間違いなしな驚きの白さだ。
「いや、ほら、今日告白したんでしょ?」
『えっ!?』
「え?」
何その反応。意外ですって声は何よ。
『な、なんで知ってるの?』
「はい? だってあんた今日」
『告白の事は言わないでって言ったのに……最低』
「ちょ、ちょっと? 何か話しが噛み合って無い気がするんだけど。一度情報の整理をしよ? ね?」
電話の向こうで怒りに興奮気味の円を落ち着かせるために色々と声をかける。
何で私の方が気を遣わなくちゃいけないのか。
しかし、そんな不満も彼女の話しを聞くうちに吹っ飛んだ。
「ちょ、ちょっとまってね。待ってよ? え、っと……なんであんた竜司に告白してんのよ?」
そうなのだ。
話しを聞いたところ、何故か円は竜司に告白していたのだ。
しかも今日のアレは遊に竜司の事を相談していただけとか。円の反応は遊が私に話したと思ったかららしい。
でも、あんた何で竜司なんかに告白したの?
『それは、私が竜司君の事が好きだったからだよ。美香は気付いていたと思ってたけど』
「……いや、全然、まったく、これっぽっちも」
『くすくす、美香にも解らない事ってあるんだね。少し驚いちゃった』
円の無邪気な笑みがどこか遠くに感じられる。受話器越しだからって意味じゃない。
おかしいだろ!
ついさっき遊に告白すると言ったあんたはどこ行った!?
ずっと遊の事が好きだったんじゃないの?
『え……? 私は元から竜司君のことが好きだったよ?』
「へぁ?」
だが帰って来た言葉は意味不明な言葉だった。
元から竜司が好きだった?
あれだけ遊君遊君言ってたくせに何を言ってるのこいつ。遊に告白した奴が居ると知った時のあの般若の様な形相は何だったのか。
混乱する私に追い打ちのように円が言う。
『だって、竜司君は私を助けてくれた王子様だもん』
「はぁ?」
ちょっと待て。竜司が王子様?
どゆこと。それ詳しく言いなさいよ。
『竜司君は私が借金で苦しんでいる時に助けてくれたんだよ。私が連れて行かれそうになった時に竜司君が現れて倒してくれたの。って、これは美香も知ってるでしょ?』
「……」
何これ。気持ち悪い。
私の知っている話と違うんですけど。
だって円を助けたのは遊だ。なのに彼女は竜司が助けたと思っている。
え、何で? 何で入れ替わってるの?
遊が告白されたって噂のショックで頭おかしくなったとか?
『それでね、竜司君には保留にされちゃった。突然だったからよく考えるって言われたよ』
「……」
『ねぇ、美香? まだ私にチャンスって残されてるかな? 私よりも美香の方が詳しいだろうし。どう思う?』
「……ごめん、わからん」
『美香? ねぇ、ちょっと美』
途中で通話を切った私はケータイの電源を切った後すぐに寝た。
どうやら円のアレは気の迷いや現実逃避ではなかったらしい。
円だけでなく、皆が軒並み遊との思い出が竜司との思い出に書き換わって居たのだ。
彼女を助けたのは遊ではなく竜司で、彼の親が警察に働きかけて金融業者を逮捕したことになっている。
そう、だったっけ?
私がおかしいのかな。
誰ひとり、それこそ当人の円や竜司、遊までもがそれが事実だと言っている。
違う記憶を持っているのは私だけだ。
あれ……?
私がおかしいのか。
私が遊を英雄視しすぎたから記憶が改竄されていた、とか?
ほかならぬ私自身だからこそありえないと否定しきれない。私は遊の妄想を見るくらい病んでるから。
「ま、いいか!」
なにはともあれ、遊関係の女の清算ができたのだ。
これで遊の周りには私しか居なくなった。後は時期を見て告白するだけだ。
それまではゆっくりゆっくり絆を深めて行けばいい。強固で頑丈な誰にも侵されることのない絆を。
「ねぇ、遊……?」
私は遊の部屋で眠る遊の名前を呟く。
いつもの笑顔もステキだけど、寝顔も可愛くて好き。
私だけが知ってる遊の寝顔。他の誰にも見せたことがない顔。そしてこれからも私が独占する顔。
遊の家の鍵は遊のお母様に渡されているけどあまり使わない。家が隣同士のため、私の部屋と遊の部屋は隣り合っているため窓から遊の部屋に入り込むのが私の日課なのだ。窓の鍵を閉めずにいてくれる遊の気遣いが嬉しい。必要ないけど彼女が亡くなってからも鍵は返すことなく私が持ったままだ。遊の家の合鍵を持っているという優越感のためだけど。
そう言えば、遊のお母様が亡くなったのって何時だったっけ? よく思い出せない……。
「ぅ、むぅ……」
「ふふ」
むにゃむにゃって寝言を呟く遊がおかしくて笑ってしまう。私が心から笑えるのはこの時だけかも知れない。
すでに私は遊相手ですら笑顔の仮面をつけているから。
でも大丈夫。それもあと少しの間だけ。あと少しだけ我慢すれば幸せが待ってる。
「遊、遊……」
眠る遊の頬に口づけする。
唇にはしない。それは私達が結ばれる時まで取っておく。
今はそれ以外で我慢我慢。
頬から耳にかけて舐め上げる。少しだけしょっぱい。これだけでご飯三杯いける!
「えへ、遊の味」
次に耳たぶを甘噛み。
はむはむ。
今度は耳の穴を舐める。舌を中に入れると言い知れぬ快感が私を背中走り抜けた。
遊は綺麗好きだから垢とか見た事が無い。
ちょっと残念。
遊にこんな事出来るのは私だけ。他の奴らは指を咥えて羨ましがってろ。
私の遊。私だけの遊。いつか遊の全部を味わいたい。
それからしばらくの間、私は遊を堪能した。
……。
……。
さてと、遊が起きる前に帰らないと。起きた時に私が居るとびっくりしちゃうかもだし。
え、不法侵入?
私と遊の仲だから良いんだよ。
◇
四ヶ月後。私と遊と竜司は三人で近くの進学校に入学した。
中学から同じ人達も居るけど、皆竜司のハーレム要員。遊に構う奴は居ない。
竜司の方は入学と同時に見た目に釣られた女達が近付く様になった。
そのまま竜司を持って行ってしまえばいい。そうすれば遊の隣は私だけのもの。
竜司の陰に隠れた遊はあまり目立たない男の子になっていた。眼鏡を掛けたのもこの時からだ。
素顔を知っている私からすれば、眼鏡の遊も垂涎ものなんだけど、知らない奴らにとって地味で目立たない奴に見えるんだろうな。
でも中学同様、高校でも遊の価値を知る者は出て来るもので。
埋没しても掘りだされる魅力があるのは誇らしい。でも女が近付いてくるのはやっぱり嫌だ。
そんな遊の魅力に気付いた幾人かの女は、やはり普通とは一風変わった者達だった。
小泉相理。二年の副生徒会長。
彼女は遊の有能さに気付き、自分が会長になるために遊に近付いた。
きっと遊を利用しようとしただけなのだろう。自分のカリスマスキルを使えば下級生の男子一人落とすなんて楽勝だとでも思ったのだろう。
逆にオトされたのは彼女の方だった。
「天色君天色君! 今日もイイ顔してるね! イイ顔ついでに生徒会のお手伝いして欲しいんだけど~」
「お断りします。小泉先輩、あなたは何のために生徒会長になったんですか? 僕と雑談するためじゃないでしょう?」
「うぅ~、天色君が冷たいよー。お姉さん泣いちゃうから」
「どうぞ」
「冷たい! でもそこがイイ!」
「Sと見せかけてドMとか誰得ですか」
「天色君得でいいよ。変態な私でも天色君は受け入れてくれるよね?」
「まあ、僕に実害がなければ……」
「さすが天色君! もう結婚しちゃおうか?」
「お断りします」
「冷たい! でもそこがイイ!」
残念。結婚するのは私です。あなたはお呼びじゃない。
カリスマ生徒会長なんてのは嘘っぱちの仮面でしかない。こいつの本性はドMの淫乱女だ。
遊にいじめられて喜ぶなんて……。
なんて羨ましいの!
そんな御褒美を権力を使って得るなて許せない。さっさと消えて欲しい。
赤城真紅。学校一の変人。
遊の知識に感銘を受け、師事しようとした偽物の魔術師。
「おや、これは師匠ではないか。今日も良い呪術日和だね」
「どんな天気だそれ。死眺星でも朝から輝いてるのか? ……あのさ、僕を師匠と呼ぶのはやめてくれないか? かなり恥ずかしいんだが」
「ははは、何を言うのかね。私にとって師匠は師匠じゃないか。他に何と呼べと?」
「天色でも遊でも何でもいいよ。僕らは同級生で友達だろ?」
「……ぇ、ぁ、うん」
「何故赤くなる」
「い、いや、そんな風に面と向かって言われると恥ずかしいものがるからね。ほら、私って友達居ないから」
「精霊魔術の奥義は精霊と友達になることだからな? 同じ人間相手に友達作れないとこの先覚える時大変だぞ」
「なんと、そんな関連性があったとは! ……して、今度その精霊魔術を教えて頂けるのだよね?」
「機会があればね。黒魔術よりはましだろうさ。おまじないも白黒よりは有用だぜ」
「……たとえば恋のおまじない、とか?」
「代表例としてはな。恋占いは初歩にして奥義と言える。極めれば意中の相手の意識をこちらに向けさせることもできる」
「ほ、ほほぅッ……せ、精霊魔術は今後専門分野にしようかな」
「本当勉強熱心だな。熱心な生徒は嫌いじゃないぜ」
「わ、私も、師匠……遊の事は嫌いじゃないよ」
「そりゃどうも」
遊の弟子というか生徒。偽物。本当は魔術なんてものよりも遊に興味深々なただの女。
きっと天色先生とか心の中で呼んでいるに違いない。
イイなイイな。私もそんな風に遊を呼んでみたいよ。
『天色先生……』
『なんだい、小畑さん?』
『そんな、小畑さんなんて呼ばないで。……美香って呼んで下さい』
『美香』
『天色先生!』
……イイ。実にイイ。この背徳的な感じが実にクル!
たぶん遊の事が好きじゃなければ彼女とは良い友になれただろう。残念だ。
米倉沙織。木陰で本を読んで居るだけの女。
いつだって誰かに構って欲しいと思っているくせに、自分からは何もできない臆病者。
「や、沙織。今日はどんな本読んでるんだ?」
「……ぁ」
「お、青い鳥か。僕も好きなお話だ。青い鳥は近くに居るってね。でも捜そうとしなければいつまで経っても気付けない」
「?」
「いや、何でもないよ。ただの実体験だ」
「……」
「見つかると良いな、お前の青い鳥が」
「!……(コクコク)」
会話をしろ会話を!
逸般人との会話が上手い遊だから会話が成り立っているだからね、それ。
遊の才能におぶさってるだけの根暗女が体よく遊を暇潰しに使っているだけだ。
安曇咲夜。正義の味方を目指す暴力女。
正義の味方になろうとして失敗し、逆に遊に助けられた馬鹿な奴。
「へぇ、安曇には妹が居るのか」
「ああ、そうなんだ。これがまた可愛くてな。よければ今度紹介するぞ」
「そりゃ良いな。お前に似て可愛いんだろうね」
「か、可愛いとか言うな! 確かに妹は凄く可愛いが、私はそんな可愛くない……」
「それもそうだな」
「……」
「どちらかと言えばお前は美人顔だからなー」
「っ! だからそういう事を平然と言うなとあれほど言ってるだろう!」
「何で怒るんだよ。本当の事言っただけなのに」
「~~~! もう、いい! お前が無自覚なのは嫌というほど理解した。精々妹に会ってその可愛さに骨抜きにされてしまえばいい。そして義妹と呼ばせてやる」
「いや、その子はお前の妹だろうから初対面では妹って呼ぶだろうけど。紹介された後に名前も呼んじゃいけないのか?」
「そういう意味じゃない!」
うわードン引き。
自分は可愛くないと言っておいて否定されるのを期待してた。そしていざ肯定されたら目に見えてショック受けてるし。
でも遊に美人と褒められてすぐにご機嫌に戻っている。遊は女の子に酷い事言えない優しい良い子なの。だからお情けでフォローされただけのくせに舞い上がっちゃって。あー恥ずかしい女だこと。
その他にも色々なタイプの女が遊に近付いてきた。
そして誰もが皆遊に心酔した。
彼女達との慣れ染めや情報は毎回遊から聞いていたからよくわかる。彼女達が惚れるのは仕方がない。
遊は的確に相手の求めるものを与えるから。全てを受け入れる器の広さを持っているから。
だから変わり者は皆遊に居場所を見出しちゃうんだ。
強いとか頭が良いとかそういう上辺だけで惚れられる中学時代とは違うんだ。高校に入ってから遊に惚れる人間は遊の在り方に惚れてしまう。
だからまずいと思う。
こいつらは皆私と同類だった。遊のどこが良いとかではなく、遊だから良いと言える人間だ。
静かに増える遊を慕う人達。皆遊を求めだした。
中学時代と違うのは、皆が皆、女の子ではなく"女"だってこと。恋に恋焦がれて満足するタイプじゃなくて、ちゃんと遊とお付き合いしたいと思っている事だ。
既成事実とか作られたらヤバイ。責任感の強い遊なら何かの間違いでゴールインまで行ってしまうかも知れない。
高校一年の終わり。私はついに決心する。
もう時期を見計らうなんて悠長なこと言ってられない。一刻も早く遊の一番だと示さねばならない。
私と遊だけの世界のために。
私は遊に告白することにした。
場所は私達の思い出の場所。近所の公園のベンチ。
あれから十年近く経っているからここも様変わりしえいる。
でも変わらないものはある。それは私の想い。私達の関係。
「あ、あのね……? 私達ってもう結構長い付き合いだよね」
「そうだな」
隣に座る遊はいつも通りの笑み。
いくら鈍感な遊でもさすがに私が何をするか解らないなんてことはないはず。
と言う事は、この笑みは脈ありと見ていいんだよね?
「ずっと言いたかったことがあるの。ずっと伝えたくて、でも勇気が出せずに胸の中にしまっていた気持ち」
あんまり詩的に言うのも冷めるかも。
ここはストレートに言うべきだ。下手をするとライクとラブの違いが解らずに「僕も美香の事が好きだよー(ニコニコ)」とか素で返されそうだ。
「私、遊の事が好き! 物心付いた時からずっと! 愛してる!」
言った。
ついに言った。私の十六年にも及ぶ恋心を今まさに遊へと開示した。
遊は何て言ってくれるかな?
僕も好きだって、言ってくれたら良いなぁ。
静かに遊の返事を待つ。
長い長い沈黙が私達の間を流れる。
う~、怖いぃ。今更ながら世の乙女達がの度胸に感心するよ。こんなプレッシャーに耐えて告白するとか本当に尊敬する。
遊、私は勇気出したよ?
だから遊の返事を聞かせて。
「それはダメだよ美香ちゃん」
……え?
遊はいつもの笑顔のままだ。
でも何かが何時もと違う。ずっと見続けていた私だから判る。
それに遊は私を美香ちゃんなんて呼ばない。
「僕はね、美香ちゃん。僕は竜司と君が付き合うものだと思っていたんだよ。それはもはや決定事項。誰もがそうであるべきと幻想する程に決定的なんだ」
まるでテストの問題を間違えた生徒を説教する教師の様な、そんな表情を浮かべる遊。
何、どういうこと。私は何を間違えたの?
「困るんだ。君みたいな天才に、僕みたいな凡人が好かれているという状況は非常に困る」
困るって、何?
私と遊が付き合う事がそんなにいけないこと?
「皆思うよ。きっと思う。僕と君が付き合えば、君が情けから僕と付き合ったと結論付ける。それは普通とは言えないよ。だから僕は君の想いを封印しなくちゃいけない。いや、それだと拙いね。なら、こうしよう。僕への想いを全て他人に向けさせる」
それって──。
「そう、円ちゃん達の様にね」
「!?」
全て……理解した。
円達が遊から竜司に想いを移した理由。
私の妄想じゃなかった。それは全部遊が原因だった。
何故彼がそんな事をしたのかは分からない。私にも理解できない。
すでに私は遊が原因という事実を受け入れている。普通なら人間にそんなこと不可能だと思うはずなのに。
でも私には解ってしまう。遊なら出来る。
遊は他人を操るくらい簡単に行うと知っている。
だって、遊の母親は……。
今更ながら思いだしてしまった。
「これまで個々に施していた改変だけど、この際一気に書き換えてしまおう」
遊が指を鳴らすと、遊を中心に光が溢れだす。
幻想的な光景。赤城が見たら狂喜乱舞する様な風景だ。でも、私にはその光はとても看過できるものではない。
光の危険度は1000オーバー。これまでで最大級の脅威だ。
それでも私が恐慌状態にならないのは、今もなお遊の数値が0のままだからだ。それが私の理性をぎりぎりのところで繋ぎとめている。
「思ったよりも冷静だね。て言うか妄言だと思わないんだ? 円ちゃん達はこの光を見ても最後まで信じなかったのにね。……さすがは美香、と言っておくか。お前は本気で優秀だ。何をどうしたらそこまで優秀になるのかわからんが、竜司達偽物とは違って本物なのかもな」
竜司達が偽物で私が本物?
言ってる事がわからないよ遊!
「理解できなくても良いぞ。いや、理解できない方がいいんだよ、美香ちゃん。こんなもの、理解せずに生きた方が幸せだ。だから全部忘れてしまうといい。僕への想いなんて邪魔になるだけだよ? 僕を好きになる人は皆不幸になるからね。それよりも表の人間な竜司と一緒に居る方が幸せになれる。だから僕への想いは忘れるんだ」
嫌……! 忘れたくない!
「なんで? ねぇ、何でこんな事するの!? 私はただ遊の事が好きなだけなのにッ!」
「それが困るんだよ。だから僕は君を書き換えないといけない」
「嘘だ……遊は、私の事大切にしてくれていた!」
「確かに僕は君を大切にしていたけど。でもそれは恋愛感情じゃない」
嘘だ。
嘘だよ。こんなの嘘だよ。遊が私を好きじゃないなんて。
嘘だよね? 少し早いエイプリルフールだよね? 遊はたまにおっちょこちょいだから、日付を間違えたとかそういう事だよね?
「やだ……」
ベンチから立ち上がり遊から距離を取る。
遊は困った笑顔をこちらに向けながら同じ様に立ち上がった。
「やだ、やだやだやだ! 私は忘れないからッ! 私は遊が好き。絶対忘れない!」
私は駆けだした。光から逃れるために。
でもそれは叶わなかった。
「無駄だ美香。お前が僕に鬼ごっこで勝てた事があったか?」
後ろから抱き締められあっさりと遊に捕まってしまう。
ずっと求めていた温もりが、こんな事で手に入ってしまった。本当なら嬉しいはずなのに。今はとてつもなく不安で仕方がない。
「謝る事はしない。何を言っても独り善がりになるからな」
世界が書き換わっているのが見える。こんな時にも私の眼は正確に情報を伝えてくれる。
空が、大地が、世界全てが0になって行く。
それを見て、私は逃げるのを諦めた。
世界が書き換わるのなら逃げる意味なんて無い。それよりも、今は一秒でも長くこの温もりを感じ続けたい。
「……遊は……………………私が、邪魔、かなぁ?」
最後に私は遊に問いかけた。それがどんな答えであれ、私は受け入れる。遊のために生きた人生が全て無駄だったとしても、私が遊を好きだった人生は私にとって何よりも大切な時間だったから。
遊の温もりを背中に感じながら、"彼"の最後の言葉を聞く。
「いや、特には」
────。
────────。
────────────。
答え:天色遊はクソ野郎。
解り易くイベントを順に書いてみました。
・一回目の改変。
・美香と遊誕生。
・幼馴染がハーレム体質で困る(哀)開始。
・二回目の改変。
・小学校入学。竜司と出会う
・中学に入学。
・一年。上月円が遊を好きになる。
・竜司と遊の二大ハーレム
・美香暗躍
・遊のハーレム要員達が竜司を好きになる。
・三年冬。円が竜司のハーレム入り。
・高校入学
・4月~12月。小泉、赤城、米倉、安曇、etc.が遊を好きになる。
・高校一年終了間際。美香が遊に告白。三回目の改変。
・高校二年美香が部活に入る。遊と過ごす時間が減る。
・4月。亜美が遊と出会う。幼馴染がハーレム体質で困る(喜)
・5月。幼馴染がハーレム体質で困る(怒)開始
・6月。駒鳥が竜司のハーレム入り。
大改変は3回。個々の改変はその都度