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幼馴染がハーレム体質で困る。(喜)

この物語を全ての自称「普通に生きようと努力している」主人公君達へ捧ぐ。








医療行為に従事する者を僕はそれとなく尊敬している。

その理由は医療というものがある程度偽善を許容する度量を持っているかだ。

当然医療従事者が全員善人であるとは限らない。むしろお金目的医師の道を選んだ者も少なくはないだろう。

しかし、「やらない善よりやる偽善」と昔から言われている様に偽善でもやるだけましだ。そして医療とは結果さえ出してしまえば偽善だろうが立派な善行なのだ。

金目的という意味ではブラッ○ジャック先生が有名だろう。彼は闇医者としても有名だが悪者として描かれることは少ない。それは彼が奇跡と言える程の手術の腕を持っているからにほかならない。

そして彼はその功績により犯罪行為を犯したとしても逃れられる力がある。

つまり、医療という人の命を左右する力を持つ者はある程度の悪が許容されるのだ。素晴らしいことだね。


勘違いして欲しくないのは、僕は相手が医師だから尊敬するのではないということだ。当然医師が悪人でもいいと言っているわけでもない。僕が尊敬するのは、医師という人種が人を助けるに直結した力を有しているから尊敬するのである。

つまり重要なのは医療従事者の肩書きではなく、その能力が人を助ける力を有しているかどうかということ。

それだけだ。


そして、僕が尊敬する医師どもがよく言うセリフがこれだ。


『女性を見たらまず妊娠を疑え』


これはその言葉の通り、女性が居たら妊娠しているかどうかを疑えという事である。

例えば緊急搬送されて来た女性がもしも妊婦であった場合、副作用のある薬を使ってしまうなんてことになれば一大事だ。最悪母子ともに命を落とすことになる。

そういう意味でも医師にとって女性というのは男性に比べ倍の苦労がかかる相手だ。


そして──。

そう、ここが重要なのだが……。


この偽善者どもの言葉を律儀に信じるならば、世の女性全ては妊娠ないし妊娠する様な行為に及んでいるということになるのではないだろうか?

どこを見ても妊婦予備軍なのではないだろうか?


それはつまり、


「つまり、こいつら全員売女でビッチなんだよ」

「急にどうした」


教室の隅っこで呟いた僕に前の席に座った幼馴染の竜司が呆れた顔で言った。





幼馴染がハーレム体質で困る、開幕。





僕の名前は天色遊(テンジキ ユウ)。関東地方だが首都圏近郊とは口が裂けても言えない程度に位置したとある県のとある街のそこそこ有名な進学校に通う十七歳男子だ。

外見も中身も特に語るものは無く、どこにでも居る様な──普通の少年である。

まあ、僕の事なんてどうでもいいだろう。誰も僕の容姿に興味を持つわけもないし、僕も君達に興味が無い。


それよりも先程の話の続きでもしようじゃないか。

確か最近の最強モノ小説に多く見られる「キーワードに最強とあるにも係わらずヒロインのビンタ程度で気絶する主人公」の是非についてだったかな。違うか。


そうそう、ビッチについてだったね。

クラスの女子が総じてビッチという言葉が何故僕の口から出たのか。それについて説明しておくべきだろう。

だがその前に、先程僕へと突っ込みを入れてきた竜司について説明させて欲しい。たぶんそちらの方が説明がし易いだろうから。


まず、佐藤竜司さとう りゅうじはとてつもないイケメンである。

サラサラの黒髪とやや中性的で両親ともに日本人であるはずなのに彫りの深い顔は芸術品の様に整っている。

さらにスポーツ万能で学業の成績も優秀。人懐っこい人柄は男女ともに好かれている。

当然ながら女子からの人気はすさまじく、よく女子から告白されているのを目撃する。学校に公式のファンクラブ


が設立されているのは冗談ではなく本当のことだ。さらに校外にまでハーレム要員が居るという、どこのギャルゲ主人公だと問い掛けたい程のモテ男が竜司だ。


対して僕はと言うと、まさに平平凡凡を絵に描いた様な人間だった。

成績普通、運動は授業で足を引っ張らない程度。容姿は黒ぶち眼鏡を顔の一部だと言い張れる程度に留めている。


周囲からの反応は男女ともに普通よりやや下。一部の女子からの評価はマイナス100。

そんな感じである。


そんな僕と竜司は所謂お友達という関係だった。オトモダチとも言う。今のところ幼馴染と言われる事が一番多い。

僕と竜司は付き合いは長い。十年以上にもなる。小学校に入学してからずっと同じクラスである事を考えると腐れ縁と言える。そのため絶望的な格差がありながら僕らは表面上友達を続けられていた。

しかし……いや、だからこそ、僕と竜司の関係に対してあれこれ陰口を言う者は少なくない。


天才でモテモテの竜司の近くで甘い汁を啜る寄生虫。

それが僕の周りからの評価だ。


うん、正解だ。


僕を寄生虫と称した奴は満点をあげよう。僕が用意したテストの答案でしかないが、文句無しの正解だ。

一般人の僕が天才の近くに居る理由なんて寄生するため以外ありえない。竜司の近くに居れば色々と美味しい思いができる。誰だってこんな美味しいポジションに憧れる。

だから僕は寄生虫なのだ。誰でも僕と竜司の関係を見ればそう思うだろう。

僕は竜司を使って美味しい思いをしようとしている。僕は竜司と出会った時から今のポジションに納まれる様頑張って来たから。だから当然の評価として受け入れている。


「いやー、このクラスの女子の恋愛事情について考えていてね」

「その結果が総ビッチ宣言なのはどうかと思うが」


困った様に笑う竜司。その顔もやはりイケメンだ。竜司の困惑顔を今もこちらを赤い顔で覗っている女子が何人も居る。おそらく竜司のファンクラブ会員の子達だ。


あ、一応言っておくけど、勘違いモノみたいに彼女達は実は僕を観ていたとかいうパターンは無い。

確かめたからね。


「それもそうだねー。僕の母親も竜司の母親もそういう事をして僕らを産んだわけだからね。総じてビッチと称するのは悪いね」

「そうだろう」

「このクラスの奴は皆ビッチだけどね」

「おい!」


竜司がツッコミを入れては来るが、僕がそう思うのも仕方が無い事なのだ。

このクラスの女子はほぼ全員が竜司を好いている。その頭の中は何時だって竜司に抱かれることしか考えていない。それをビッチないしビッチ予備軍と称して何が悪いのか。いや悪いわけがない。

まあ、女性なんてそんなものだと言われればそれまでなのだけど。と言うかそういう生物が女性なのだと僕は短くない人生の間に嫌と言うほど実感させられている。


「僕が誰をビッチと呼んでいようがどうでもいいじゃないか」

「いや、それだとお前が皆に嫌われるだろ?」


嫌われる?

それが何か問題でもあるのだろうか。そもそも僕への好感度なんてお前にとってどうでもいい事柄だろ。

と言うか、友(仮)を心配する優しい少年を演じるのは構わないが、それに僕を巻き込まないで欲しい。余所のモブキャラ相手にやってヒロイン予定の女の子の好感度を上げておけ。それがお前の役割だろう。


「はぁ……それより、アレなんとかしてよ」

「アレ?」


自分の立場を未だ理解していない竜司に、僕はアレと言ったモノを指差す。

その先には先程から教室の中を覗き込む女子生徒の姿があった。心なしか顔が赤い。

確かあの子は下級生の水島亜美ちゃんだったはず。

当然彼女は竜司待ちなのは確定している。教室の前に顔を赤らめた女子生徒が居る場合、竜司目当てというのはすでにお決まりなのだ。今までも何十回と繰り返されてきた光景である。

間違っても僕待ちということは無い。100%。確かめたし。

その証拠に竜司が彼女の方を見た途端その女子の頬の赤みが増している。


「あ、あ~……」


どうしたものかと悩んでいるのだろう、竜司が頭を掻きながら席から立ち上がる。

竜司はこれからあの女子生徒に告白をされ、受けるか断るかするのだろう。


「まあ、今度はきちんとフッてあげなよ」


僕の言葉に再び困った顔をする竜司。

僕がこんなお節介を言うのは──演技というのもあるが──こいつのハーレム体質の所為である。

何度も言う様に、竜司はモテる。息をする様に女の子をオトす。一日一回は誰かの初恋相手になるレベルだ。

そりゃあの容姿で天才ならばモテて当然だ。さらに部活の後輩の面倒を進んで見る等性格も申し分ないから僻みも少ない。まさに完璧超人に限り無く近い人間。それが奴だった。

しかし、そんな竜司にも数少ない欠点というものがある。


それは他人の好意の扱い方が下手くそということ。


どういう意味かと言うと。

告白して来た女の子をフッたとして、その子が食い下がってきたら突き放せないのだ。

そういう子がハーレムの一員になってしまうのだった。そしてそういう子に限って独特なキャラ性を持っていたりするから面白い。

カリスマ生徒会長、鋼鉄の風紀委員、紅衣の魔女、マッド女史、木陰の司書官、etc……。

恐らく、いやきっと、ううん絶対……あの亜美ちゃんはハーレム入りするパターンの子だろう。今までの実績が物語っている。

何でもかんでもハーレム入りさせないからそこまでではないとしても、竜司はやや意志薄弱と言えた。だが僕はそれが奴の優しさだと思っている。善悪はともかく、ハーレム要員の少女達は幸せそうにしているし。すでに他人の僕がとやかく言う事でもないからだ。


しかし竜司よ、これだけは言わせてくれ。

ハーレムを築くのは構わない。むしろ僕は推奨していると言っても過言でない。

だが、頼むから囲った女の後始末くらい自分でやれ。頼むから、本当に頼むから。


ハーレム要員の女の子達は自分がハーレム要員であることを受け入れている。それは諦めというよりはハーレム要員でもいいから竜司の傍に居たいと思う健気さから来るものだ。そのためハーレム内での女子同士の軋轢は少ない。登下校中の隣争奪戦くらいか。

それはいいんだけどね。その健気さはお涙ちょうだいレベルのラブコメ要素だから良いのだけれどね?

ハーレム要員外の人間への風当たりが強すぎる!

あの子達は竜司に近付く奴は異性同性問わず邪険に扱う。言葉で追い払われる程度なら可愛いものだが、中には直接力を行使して来る者も居る。その猛攻たるや"転校"してしまう者が現れる程に苛烈を極める。

そして邪険にされる筆頭は当然ながら僕だ。

過去何度も僕を排除しようと彼女達が動いた事がある。

例を幾つか挙げると、ある朝学校の下駄箱を開けたら爆発した。幸いその場には僕しか居らず、怪我も無かったので事なきを得たが、周りに無関係な人間が居たらヤバかったと思う。普通に考えて下駄箱が木っ端微塵になったら


学校閉鎖だ。

ある時は変なコスプレをして死神の鎌を持った奴に斬られかけた。て言うか斬られた。危うく首と胴体が泣き別れをするところだった。

またある時は謎の組織に拉致られ東京湾にコンクリ詰めにされて沈められた。冬の東京湾は寒かったけど幸い風邪をひくことはなかった。


とまあ、かなり迷惑な嫌がらせをされるわけだ。

まあ、今のところ死人が出たということもないので良いけどね。いつか誰かしら死ぬんじゃないかな?

あと最近は嫌がらせの量が増えた気がする。少し前までは週に一二度だったのが、今では日に二三度だ。

それが単純にハーレム要員が増えたからなのかは不明。今さっきも机の中に電熱線が仕掛けてあり、危うく指を切断しかけたところだ。


「それじゃ、行って来る」

「頑張ってー」


竜司は気の乗らなそうな様子で席を立ち、教室の入り口に向かうとそこで亜美ちゃんの応対を始めた。一言二言会話をするとそのまま二人はどこぞへと消えてしまう。

そんな何度となく見慣れた光景を冷めた目で見ている僕は思うのだった。

……そろそろ潮時なのかも知れないね。

最近このパターンが増えてきた。中学時代もそれなりに好意を寄せてくる女の子は多かったが、高校に入ってからは激増している。

そうならない様に工作しても、結局は好意を持たれてしまう。竜司を好きになった女の子が増える。

こんな奴の何処を好きになるというのだろう……。


「また竜司は告白されているの? 本当に飽きないんだね」


そんなことを考えている僕の前に一人の少女が現れた。

クラスどころか学校単位で嫌われている僕に普通に話しかける様な残念女は一人しか居ない。


「飽きる飽きないの問題じゃないと思うけど。受動の話だし。竜司だって好きで好かれたわけでもないよ、美香ちゃん」


彼女の名前は小畑美香こはたけ みか、僕と竜司の幼馴染だ。お互いの母親が幼馴染なので生まれた時からの縁だ。僕の黒歴史の様な過去を知る数少ない人間の一人でもある。


そんな彼女も彼女で竜司に並ぶ有名人だった。

成績優秀スポーツ万能なのは当然として、そこに芸術の才能まで加わっているまさに完璧超人。

容姿も残酷なまでに優秀だ。全身が女性的で魅力に溢れたパーツで構成されているにも係わらず、清純派アイドルの如く清楚なオーラを纏っている。それがこの学校一の美少女(投票結果)である美香だ。


性格も自分の才能を鼻にかけず割とサバサバしているとあって男子からの人気はすさまじい。当然ファンクラブも存在する。こちらは竜司と違い非公式だけど。彼女の場合は告白されることが無い代わりに熱狂的なファンが居る。そのファン共の醜い争いがあるためファンクラブは非公式になってしまったというわけだ。

ちなみに彼女とは竜司と違い同じクラスになることは少ない。今年も僕と竜司とは違うクラスになっている。

と言っても、ちょくちょくクラスに遊びに来るのであんまり別クラスというイメージは無い。


で、彼女がこのクラスに遊びに来る理由をクラスメイトのほぼ全員が知っている。

知らないのは竜司だけ。あいつはかなり鈍感だからな。


「92か~……何か嫌な感じがするなぁ」


そう言って小首を傾げ、眉を潜める美香。92? 何の話だ?

まあ、それはともく、彼女の目は僕を見ずに真っ直ぐ教室の入り口を見ている。

竜司が消えた入り口を。


そう、美香は竜司の事が好きなのだ。


誰が疑うでもなく。絶対の事実として美香は竜司が好きだった。

そして竜司も美香の事が好きだ。態度からバレバレだった。

竜司と二人っきりで話している時の美香の顔を見れば誰だって判る。判らない奴は現実を受け入れられない可哀想な奴か、超鈍感野郎だ。

竜司は鈍感野郎だった。


二人が作りだす他者を寄せ付けない空間が一度発生したらもう誰も立ち入れない。

もう付き合ってしまえよと言いたいくらいの甘い空間なのだ。


それはそうと、良いタイミングで現れてくれたね美香。

お前に言っておかないといけない事があったんだよ。


「あの子の情報なんだけど」

「? 情報?」


僕の突然の言葉にきょとんとした顔で首を傾げる美香。

今までこちらの様子を覗っていた男子が全員胸を押さえて呻いている。相変わらず男の萌えポイントを押さえている奴だ。こんな事を美少女がやれば男子が落ちないわけがない。しかも嫌味に見えないところが凶悪だよなー。


「いや、ほら、我らが幼馴染竜司君に告白する三百八十三人目の子の情報だよ。気にならない?」

「ん~……別に」


ばっさり切って捨てられた。

やめろよ、そんな言い方するとどんなに人気者でも干されるぞ。

だがしかし、情報が気になって仕方が無い事を僕は知っている。知っているぞー!


「またまた、実は気になって仕方ないんじゃない?」

「だから、別にって言ってるでしょ」


むー、下手に突っつきすぎても関係悪化に繋がるかな。もちろん竜司と美香の。

僕との関係なんてどうでもいい。


「何が言いたいの?」

「ん?」

「毎度毎度竜司に告白する子の情報教えたりして来るけど、何がしたいの? それを聞いた私にどうして欲しいの?」


いつもなら軽く流されて終わりなのに、今日に限って反撃を食らってしまった。

僕が毎度彼女に竜司へ告白した女子生徒の情報を教えるのは謂わば義務だったはずだ。今までは。

今は危機感の薄い美香に嫉妬して欲しいからである。

どうにも彼女は危機意識が足りない。一応竜司ハーレムの序列一位ではあるが、二位以下の者たちほど積極的ではない。


ここで僕の理想を告げておこう。

まず僕は竜司や美香達との関係にあまり執着はない。興味も無い。

僕の興味はただ美男美女の幼馴染カップルが誕生することだけだ。そして僕が完璧カップルの近くに居る普通の男になること。それが目的であり理想。

二人が付き合うことになって、その結果二人と疎遠になったとしても、それはそれで構わない。

もう一度言うけど僕と彼女らの関係なんてどうでもいい。

僕が危惧すべきは彼女らが天才として使えなくなることだ。周りが二人を特別視しなくなることだ。

そのためなら僕が嫌われて疎遠になったところで困らない。

だから僕は慌てない。彼女が怒っていようがどうでもいい。嫌われるのはむしろ望むところなのだから。


「いやー、別に。ただ竜司が今みたいに連れて行かれる度に来るからさ、気になっているのかと思ったんだ。僕の勘違いだったのなら謝るよ、ごめんね」


僕がそう言うと、美香はキッとこちらを睨んだ一瞬だけ睨みその後何も言わなくなった。

確かに他人に恋のアシストをされるのが嫌いな奴は少なくない。美香もそのタイプの人間なのは知っている。

でもね、もういい加減くっつきそうでくっつかない状態を見続けるのに飽きたんだ。

まるでラブコメ漫画の主人公とヒロインを見ている様でイライラするんだ。僕の理想のためにも早いところくっついて欲しい。


「さて、と。そろそろ竜司を迎えに行くかな。どうせ相手の子に泣かれておたおたしてるだろうし」


あまり構っても不当に美香の評判を貶めるだけだろう。僕は美香の返事を待たずに僕は竜司を探すために教室を出た。

竜司は泣く女の子に弱いから。今まで泣かれた末にハーレム入りさせてしまうパターンが何度もあった。

マジ成長しない奴だよ。天から二物も三物も与えられたくせに女性関係の才能は与えられていないんだから難儀な奴だ。

今回も断りきれずにハーレム入りさせてしまい自己嫌悪に浸っていることだろう。そういう時にフォローを入れるのも僕の仕事だ。


それにしても、そろそろこの竜司と美香はダメかも知れない。


竜司が居るであろう告白スポットの一つに向かいながらそんなことを考える。

何故二人がダメかと言うと、二人が付き合うかも知れないからに他ならない。

自分でくっつけと言いつつあんまりな言い分だと自覚はしている。でもこのままくっつかないというパターンよりはましなだけでくっつかれても結局遠くない未来に僕達の関係はダメになる。

早いか遅いかの違い。

それでもくっつかない方が悪い結果になるのは納得できないかも知れないね。

だが考えてもみて欲しい。美男美女の幼馴染同士の二人がくっつかない理由とは何かってさ。

ツンデレだとか素直になれないとか鈍感だとかあるけど、さすがに十数年一緒で一度もそうならないとかおかしいよね。

でもその二人の間に第三者が居たらどうだろうか。好き合っていると思われる人間の間に立つ者が居る。

そう僕と言う存在が。

何も知らない奴でちょっとでも恋愛漫画を読んだ者ならば想像してしまうかも知れない。最低最悪のとんちんかんな妄想を。


美香が竜司ではなく僕の事が好きという可能性を。


もしそんな馬鹿げた妄想をする奴がいたらどうする? せっかく築いてきた普通の人生が無駄になってしまう。

完璧美少女が完璧美少年ではなく凡百な少年を好きになるとか、それどんなギャルゲ? ってなるでしょ。

そんな幻想はブチ殺さなければならない。だから僕はさっさと二人には付き合って欲しいのだ。その後に居心地が悪くなったとしても、僕は転校なりして他の天才を傍に置けばいいだけだ。

だったら今転校すればいいじゃないかと思うかもだけど、転校生ってちょっと目立つでしょ?

転校生と新進気鋭の天才がつるむとかさらに目立ってしまう。怖い怖い。だから転校は最後の手段なのだ。


ちなみにちなみに、美香が好きなのは僕だった、というパターンは存在しない。

本人から確認済みだ。だから安心して二人を応援できるってわけ。





屋上で竜司を見つけると、あいつは空を見上げながら黄昏ているところだった。

黄昏一つするにも様になってる。これがイケメンパワーか。


「やあ、その様子を見るとフッたようだね」


声を掛けると竜司がこちらへと振り返った。

さすが黄昏ていただけあってその表情は物憂げなものだった。


「まあな。……どうしてここに?」

「いやー、いやー、美香ちゃんが君の様子を気にしていたんでね。その確認だよ。あと好奇心を満たしに来た」

「好奇心は満たされたか?」

「いや、まったく。見て解るどころか見なくても判る結果なんかで満たされるわけがないよー」

「……」


しばし沈黙が流れる。

何時もなら復帰が早いはずなのだが、今日のこいつは少し様子がおかしい。


「俺さ」


しばらくして竜司が口を開いた。


「前から疑問だったんだよ。どうして俺なのかなって」

「突然だね。どういう意味だい?」

「何て言ったら良いんだろうな。自分で言うのも変なんだけどさ、俺は昔から何でも出来た方だよな?」

「そうだね。全国模試上位、剣道で全国大会一位、イケメン、家柄も良い、女子にモテる。およそ考えうる最高の人生を送ってると思うよ」


僕の言葉に竜司は微妙な顔をする。きっと照れているのだろう。

同級生の男でこいつを面と向かって褒める人間は少ない。この学校では僕くらいだろう。

他の奴らは心のどこかで嫉妬心を持って竜司に接するから。嫉妬心0の僕による真心を込めた称賛はくすぐったいに違いない。


「でもさ、時折思うんだよ。これって俺じゃなくても良いんじゃないかって。俺の才能とかそういうのって俺が努力して得たものじゃないから。もし違う人間に同じ才能があったら、きっとそいつの方が好かれたかも知れない。


優しくできたかも知れない。泣かせることなんて無かったかもしれない。そう考えたら俺の事を好きって言ってくれた子達に申し訳なくなって……」

「……」


何かと思えば、そんなことで悩んでいたのかこの馬鹿は。

下らない疑問を持ちやがって。

自分じゃなくても良かっただ~?


当たり前だろうが。


前世が善人だったとか、神様の手違いだとかそんな理由で選ばれたと思っていたのか?

生まれついての才能なんてものは望む望まない関係なく一生ついて回るものなんだよ。でも無いよりは在った方がお得程度のものなの。

それをさも満たされない自分の人生に苦悩する主人公ぶりやがって……。


「そんなことないんじゃないかなー。竜司は竜司だよ。凡才だろうが盆栽だろうが関係ないでしょ。たとえ違う人間に同じ才能が与えられたとしても、それを使いこなせるかは分からないじゃないか。それに、そういう事を悩めるから皆竜司を好きになるんでしょ?」


でも僕の口から出たのは竜司を慰める言葉だった。

ここで脱落されては困る。天才が自分の才能に疑問を持つと面倒臭くなるからね。


「それに天才と言えば美香ちゃんだってそうじゃないか。でも彼女はそんな事悩んでいるようには見えないよ。貰


えたモノは有効活用しようってくらい言いそうだね。竜司だって使えるモノは使っておけばいいんだよ。後はその才能で何をするか、でしょ?」


駄目押しとばかりに奇麗事を口にする僕。

何て無駄に動く舌なのだろうか。将来役者で食っていけそうだな。興味ないけど。


「……そうだよな。そうだ、俺の才能を役立てれば良いんだよな。その結果は俺だけのものだもんな」


どうやら今のやりとりだけで何か吹っ切れたらしい。

ちょろい。そういう教育を施したとはいえ、予想以上にちょろい。

これは高校卒業前に切っておくべきか。ここまで単純だと何か嫌な事に巻き込まれそうだ。


「とりあえず教室に戻ろうか。お昼休みも終わるからね」

「そうだな。戻るか」


竜司と一緒に教室へと戻る。

こいつの背中から漂うオーラを見て、僕は説得を間違ったかもしれないと思った。

何か嫌な予感がするんだよなー。


「どうしたんだよ? ずっとこっち見て」

「いや、なんでもないよ……」


訝しげに尋ねる竜司に適当に応える。





久しぶりに美香と竜司と三人で帰る事になった。

おかしいな、確か二人は部活があったはずなんだが。訊ねたところ二人は今日は部活は休みだと言うのだ。

まあ二人が無いと言うのならば無いのだろう。そのため珍しく竜司と美香と僕の三人で帰ることになった。

何時もならば竜司のハーレム要員や美香の取り巻き連中か現れて隣を歩く権利争奪バトルを始めるのだが、偶然に偶然が重なった結果、全員が用事等で現れなかったのだ。


本当に偶然かね、これは……。


何か作為的なものを感じながらもとりあえず校門を潜る。


「何か久しぶりだよねー、こうして三人で帰るのって」


昔を懐かしむ様に言う美香。竜司と帰れるからだろう、気持ち嬉しそうに見える。


「確かに、言われてみれば久しぶりだな。昔はいつも一緒だったのに、最近じゃ三人揃う事なんて珍しいよな」


竜司も竜司でちゃっかり美香の隣をキープしている。本当に何でくっつかないんだこいつら……。

お昼休みに意図せず険悪なムードになってしまったため美香の隣に立つのが面倒だったのだ。たぶん本人は気にしていないだろうけど。

だと言うのに、僕は仲睦まじく歩く二人の後ろを従者のごとく一歩引いて歩いているのだった。

目の前に居るのに、二人がとても遠くに感じる。


いつからだろう、三人で居ることに苦痛を感じる様になったのは……。

いつからだろう、二人から疎外されることを当然と感じる様になったのは……。



──最初からだっつーの!!

無駄に変な少女漫画のワンシーンなモノローグ入れちゃったよ。夏の大三角なんて覚えてないのさ!


いやー、まさに理想の状態だね。ラブラブカップルになる直前の男女に必死で食い下がる憐れな少年。

それが今の僕だ。

我ながら完璧な擬態と言える。カメレオンもびっくりだ。


出来得るならばこのまま卒業まで行きたいところだけど、その前に二人がくっつく方が先だろう。


「──って、聞いてるの?」

「あん? ぁ……なぁに~?」


美香の問いかけに素が出かかってしまった。危ない危ない。時折小さなポカをやらかすのが僕の悪い癖だ。

違う事を考えていたら会話を聞き逃していた。っても二人の会話に僕が加わる機会なんてありゃしないんだが。

美香も美香だよ。僕なんぞ構ってないで竜司と会話を楽しめよ。愛を育めよ。


「む~、人の話を聞かない癖何とかした方がいいよ!」


今日はやけに突っかかって来るな。それに機嫌もまた悪くなっている。あの日か?

聞き逃したってことは大して重要な話じゃないってことじゃん。天才なんだろ? 聞いてほしければ自然と耳に入る話をしろよ。

それに本当に大事な会話なら後で自分で確認する。


「ごめんね、考え事してたんだよ」


まあ、口では謝罪するけども。


「………………はぁ~」


大きく息を吐く美香。このやり取りも何度目になるかわからない。

昔から他人の話を聞かないとご近所でも有名だった僕。何年経っても直らないのでも矯正は半分諦めている。


「そんな生き方して何が楽しいんだか……」


ぽつりと呟いた美香の言葉が耳に入った僕は、形だけでも苦笑を浮かべようと全力を注いだ。


楽しいかどうかだって?


……楽しいわけねーだろこんな生き方。何が楽しいんだよ。どこに楽しめる要素があるんだよ。


僕はあの日から一度として心から楽しんだ事は無い。いつだって心が悲鳴あげてんだよ。終わればどれだけ楽だろうかって考えてるよ。

それでも生きてんだよ。無理やりにな。

だから十数年しか生きていないお前程度に僕の生き方を評価されたくないんだよ凡人てんさいちゃん。



……。

……。


……ふぅ、いかんいかん。つい暴走しかけてしまった。

こんなの僕じゃないよ。いつだって飄々として適当な人生を送るのが僕だったじゃないか。それはこの先例え別人に何度生まれ変わろうが変わらないはずだろう?

ダークにブラックに生きるのは僕のキャラじゃないって。

何とか落ち着きを取り戻した僕は再び世界に意識を戻した。


その後は特に問題も無く(背後から矢を射掛けられた程度)美香と竜司の会話を聞き流しながら家路に着いた。




次の日、亜美ちゃんがハーレム入りしたことを竜司に告げられた。

おぅおぇ。





◇◆◇





「相変わらずシケた面してるね。そんな顔していると停学にするよ?」

「ああ、これはどうもどうも会長さん」


翌日のお昼休みの事、生徒会室に呼び出された僕は入室早々にとある少女からそんな言葉を頂いた。

第一声が不穏なこの少女の名は小泉相理こいずみ あいり。この学校の生徒会長で僕の一つ上の先輩である。


カリスマ生徒会長として有名なこの先輩は数々の伝説を残した人だ。

去年行われた生徒会選でライバルを蹴り落として当選。その後生徒の自主性を謳い数々の校則を変えて行きこの学校の伝説となった。彼女の伝説は校内に留まらない。

会長就任後は地域住民を巻き込んでの一大革命を街に起こした。学校一の有名人である。


「停学は簡便して下さいよ。僕は無害な一般生徒なんですから」


軽く返してはいるけど、彼女の言葉が八割本気な事を僕は知っていた。

当然だ。彼女は竜司ハーレムの一員なのだから。小泉先輩は会長選挙以来竜司にメロメロである。

彼女は竜司の近くに居続ける僕を邪魔に思っている。だから何度か謂れの無い罪で停学処分を食らった事がある。


上手い事証拠をでっちあげるものだから言い訳のしようがない。そもそも生徒会長の言葉と普通の僕ではどちらの言葉を信じるかなんてのは語るまでも無い事だ。さらに僕は言い訳しないからね。よってここ一年の間に僕は四度の停学処分を受けていたりする。

まったく迷惑な話だ。これだけ停学を食らっても問題児扱いされずに居るのは僕の努力の賜物だろう。超頑張ったよ僕。


「有害指定男子学生がよく言うよ。いきなり押し倒してきたって言って退学にしてやりたい」

「無実の罪で裁かれる趣味は無いですね。あとそんな事されたと知ったら竜司から距離取られますよ」

「彼はそんな事しない! 彼だけは私を受け入れてくれるんだから!」

「あー、はいはい、そうですね」


この人の竜司に対する信頼は清々しいまでに歪んでいる。盲信に近い。行きつけば狂信になるんじゃないかとちょっとビビってる。

僕の所為とはいえ、かなり狂った彼女の言動に僕は辟易していた。


「その余裕顔がムカつく。今度こそ追い出してやるから!」

「お手柔らかにお願いします。僕は一般生徒なんですから」

「私は君が目障りで仕方ない。私達はずっと一緒に居られたはずなのに……君はそれをブチ壊した」

「それは妄想じゃないですか? 僕が何をしたって言うんですか。悪い事なんて一つとしてやってないじゃないですか」

「白々しい」

「いけませんよ、思いこみは目を曇らせます」

「そのセリフを口にしないで! ……虫酸が走るから」


取りつく島もないな。

この人と知り合って一年経ってないが、かなり当初とキャラが変わっていた。最初は今よりは常識人だった気がする。恋が人を変えたのね……。

しかし敵に対して容赦ないところは初対面から変わらずだった。その事に少しだけほっとしている自分が居る。


「それじゃ先輩、より良い学生生活を願ってますよ」

「絶対追い出してやる」


売り言葉に買い言葉。

安穏としない言葉の応酬を交わし、僕達は生徒会室を後にした。

光と影。

表と裏。

どれだけ近くにいても両者が交わる事なんてないのだから。



……ところで、何で僕は生徒会室に呼び出しを食らったのだろうか?





「おや、誰かと思えば無能君ではないか。久しいね」


生徒会室からの帰り道。廊下の角を曲がった所で僕はとある少女と出くわした。


「……」

「何だね、その『うわ、面倒な人に会ったな』という顔は。せっかくの再会なのだから、もう少し喜んでくれても


いと私は思うよ。まあ、私はこの再会を悪魔の罠だと捉えているがね」


これからのやりとりを想い頭痛がし始めた僕に対し、その少女はマイペースに話しを続けている。

彼女は赤城真紅あかぎ しんく。この学校でも一二を争う変人だった。

まず恰好がおかしい。もう春過ぎだと言うのに制服の上から血色のコートを羽織っている。ちなみにここは校内で今日は良い天気だ。コートを着て歩く日和ではない。

あと髪が赤い。これは地毛らしいが真意の程は不明だ。

そのため赤城と言えば赤色という等号が成り立っている。

これだけでかなり変わり者と言えるのだが、それよりも彼女を表す上で重要と言えるアイテムが存在する。


「ああ、これかい。結構な掘りだしものなんだ。いつも行く古書店で見つけたのだよ」


僕の視線に気づいたのか、赤城は手にした古臭く、ボロボロになった大きな本を自慢げに見せて来た。


「実は今回精霊魔術を勉強していてね。黒魔術よりも直接的ではないが応用が効きそうなので取り入れてみることにしたんだよ」


赤城は真顔だった。この聞く者によって回れ右して逃げだしかけない程の妄言を彼女は本気で言っている。

これが赤城真紅を変人たらしめている由縁だった。

彼女は自らの赤衣の魔女と称して日々魔術やらを研究しているのだ。ある時期校庭に謎の魔法陣を描かれていて学校中が騒然となった事件は記憶に新しい。もちろん主犯は今僕の目の前に居るこいつだった。彼女曰く「魔王と契約しようとした」そうだ。当然ながら儀式は失敗した。

学校側から色々言われたそうだけど、会長が手を回して厳重注意で済んだ。

それで終われば痛いニュースに収まったのだけど……。

会長の隠蔽方法が酷かった。儀式の主犯を僕だと学校側に言いやがったのだ。もちろんとんだ濡れ衣である。主犯も実行犯も赤城だ。僕は悪くないぞ。

当然言い訳も何もしなかった僕は停学処分を食らったのだった。

その後、赤城は竜司と知り合い、奴の懐の深さに感動したことでハーレム入りを果たしたというわけである。


「精霊魔法……それで竜司の心でも射とめるつもりかな?」

「そんな下種な行為をするわけがないだろう。君は実に馬鹿だな。いや無能か」

「はぁ……それは失礼しました」

「これは嫌いな相手を呪い殺すために使うんだ」

「それ十分下種いからね?」


まあ、言わずとも解るだろうけど、その呪いたい相手というのは僕の事だろう。

前回の黒魔術の時も僕が標的だったのだからわかる。


しかしこの科学の進んだ世界に魔術が存在するはずもない。

概念として黒魔術やら白魔術などがオカルトとして存在してはいるが、そのどれもが形ばかりのお遊びでしかない。だから赤城の魔術も偽物だった。僕はそれを知っている。

だから僕が赤城の呪いを怖がる道理はないってわけ。実はハーレムの中で一番実害無いんじゃないか……?


「今度こそ君を閻魔に引きあわせてやる」

「どうでもいいけれど、ファンタジーの概念が和洋折衷ごちゃまぜなのはどうにかならないかな。ミーハーな魔法使いとかキャラ設定として問題あるんじゃないか」

「知らないのかい? 私は日本人なんだ」

「ああ、そうかい……」


実害はなくとも無害ではない。

会話するだけで頭が痛くなるんだよ。精神攻撃が弱点とも言える僕からすれば実は一番の天敵なのかも知れない……。


「今度こそ私は成功させてみせよう。効果の程、楽しみにしておいてくれよ」

「はいはい、閻魔に会えたら白黒つけて貰うことにするよ」


出会った時と同じ気軽さで別れる僕と赤城。出来れば二度と会いたくない。

本物と偽物。

普通と異常。

両者が交わることはもう二度とないのだから。





窓から見える中庭。

その中央に植えられた大木の下にその少女が見えた。


米倉沙織よねくら さおり。木陰の司書官と呼ばれている少女だ。そして竜司のハーレムの一員。

彼女はいつも本を読んでいる。あの木の下でずっと。

朝のHR前、お昼休み、放課後。いつだって彼女はそこに居る。

彼女が竜司とどう出会ったのかは知らない。しかし彼女が竜司を慕っているのは確かだ。


他のハーレム要員と違ってがっついて居ないのがいいね。自分から竜司に会いに行こうとしないし。あいつが会いに行かなければずっと待ち続けるに違いない。

そんな事を考えながら見降ろしていると、ふと、視線を上げた彼女と目が合ってしまった。


「……ぁ」


僕が見ているのを知って途端に不機嫌そうな顔になる沙織。

それも一瞬のことで、すぐに顔を下ろし読書に戻ってしまった。


「青い鳥は近くに居る。でも捜そうとしなければいつまで経っても気付けない」


何となくそんな言葉が口から漏れ出した。

理想と現実。

過去と未来。

見るモノが、観測点が違うということは、同時に存在し得ないということなのだから。





人は一人では生きてはいけない。

それは使い古された慣用句。


「それでも僕はハーレムは好きになれないんだよね」


放課後。通学路を歩きながらそんな事を一人ごちた。

今日は二人は居ない。竜司も美香部活の中心選手だからそうそう帰れないのだ。昨日がイレギュラーだっただけ。

こうやって一人で帰るのが僕のデフォルトなのだ。


ぶっちゃけると二人と帰るのはそんなに嫌いじゃない。

一人で帰るのは少し味気ないしね。だから久しぶりに二人と帰れたのは僥倖だ。

面倒に感じても嫌ではないという矛盾した感情を僕は二人に対して抱いているのだった。


「あいつらもあいつらでどう思っているのかは知らんがな」


今の僕は自嘲的な笑みを浮かべていることだろう。

他人の善意に付け込む浅ましさ。才有る善人の好意に縋って生きる醜い自分。

でも仕方が無いと思う僕が心のどこかに居た。


お前は生まれながらに人を使う側の生き物だろう。


もう一人の僕がそう語りかけて来る。


「否定はしないけど」


さて、自虐はここまでだ。あまり独り言を続けると変なフラグが立ちかねない。



そんな僕の自制が功を奏したのか、変なフラグの回収はされることはなかった。

その代わり、違うフラグを回収してしまったらしい。


何かを叫んでいる少女少女と、その少女の前で泣いている幼女に遭遇してしまったのだ。

少女の方は軽くパーマの掛かった茶髪と目付きの悪さが特徴的だ。同じ高校生だろうけど制服が違うところを見ると他校の生徒らしい。この辺りでは珍しい。だいたいこの辺りを使う学生はうちの高校の生徒だからね。制服もスカート丈が長いため昭和のヤンキー……スケ番という印象を受ける。

幼女の方は将来有望そうな可愛らしい子だった。黒髪をツインテールにしているところも萌えを理解しているね。


「泣きやめよ! おい、コラ! あああ、よけい泣きだした!?」


茶髪少女が幼女を必死になだめようとしているのだが、言い方が荒いため余計泣かせてしまっている。

そんな二人のやりとりを遠目に眺めるだけの通行人達。

中にはあからさまに少女に侮蔑の視線を送る者までいる。アレかね、早く泣きやませろって意味かね。

だったら自分でやれよ。普通女の子が困って居たら助けるのが人ってもんだろう。


「どうしようこれどうしよう、なんでこんな事に……あ、だから泣くなううあああ!?」


少女の方もかなりテンパってるらしく目尻に涙が浮かんでいる。このまま二人とも泣きだしたら収集がつかなくなる。

観ていられないので手助けすることにした。


「んー、何かお困りですか?」


声を掛けながら二人へと近付く。


「ああああ……あ? 誰だお前」

「とりあえずここは僕に任せて下さい」


こちらを警戒する茶髪少女に適当に応えながら幼女の横にしゃがみ込む。

目線を一緒にするためだ。


「どうした? お腹でも空いたのか?」


横で茶髪少女がずっこける。

真っ当に考えるならば幼女は迷子になったと考えるだろう。

だが子供相手に「君は迷子か?」とか直で訊くのは実は悪手だ。

子供にも少なからずプライドってものがある。いきなり迷子か? などと訊ねれば否定したり黙りこんだりするだろう。

そこでより泣く理由として恥ずかしい物を提示するのだ。


「ぅ、っひく……ちがう」


するとこのようにそれを否定して来る。

そこですかさず次を持ちだすのだ。


「そっか、悪い悪い……何か探し物でもしているのかな?」


ここでも迷子だとは訊かない。迷子なのは解り切った事だから。

そもそも子供が迷子になる理由なんてのは、何かを探している途中に誰かと逸れたか道に迷ったかしかないのだ。

だったら迷子かどうか訊くのはナンセンス。この子の目的を知る方が良い。


「ぉ、お姉ちゃん……さが、さがしてた、ひっく」


どうやらこの幼女は姉を捜しているらしい。

しかし、姉と言っても色々あるからな。双子からおばさんまで姉という年齢は適用される。

もしかしたら隣の茶髪少女が姉だったという線も……無いな。

DNAの可能性はそこまでアンビリバボーにレボリューションしてはいない。


「そっかそっか。お姉ちゃん捜してたのか。そのお姉ちゃんはどんな人なのかな?」

「すごく……優しいの」

「お、いいねー。優しいお姉さんは僕も好きだな。羨ましいよ。その優しいお姉ちゃんは君のことを何て呼んでい


るのかな?」

「……さくら」

「そっか、さくらちゃんて言うんだ」


しばらく姉の話題を中心に質問を続けた。決して僕が姉キャラ好きだからではないことは今更語る事でも無いだろうけど一応断って置く。

僕は姉キャラに恵まれた事は無い。だから心からさくらが羨ましいだけだ。


「それじゃあ本題だ。君のお姉さんはどこに居るかわかるかい?」


ようやく本題だ。

さくらの方もだいぶ落ち着きを取り戻しているらしく、まだ幾分話し辛そうにしながらも聞きとり易く話しができるようになっていた。


「がっこうにいるの……このちかくの」

「近くの学校? 僕の通っているところかな」


ならば名前からある程度わかるかも知れない。

佐藤とか鈴木等のよくある名前でなければだが。


「さくらちゃんのお姉ちゃんは何てお名前なのかな? 苗字も教えてくれると嬉しいんだけど」」

「あずみ……さくや」

「げ」


さくらちゃんが口に出した名前は学校の有名人の物だった。

そして僕がよく知る女の子。


安曇咲夜。剣道部の女子班にして竜司に次ぐ実力の持ち主。

勧善懲悪を謳い竹刀を振る姿を見た周囲は彼女をこう称する。


サムライガールと。


「うおー……やはり変なフラグ立ってたか~」


思わず頭を抱えてしまった。

別に安曇が悪人というわけではない。そんな人種山ほど見て来た僕には悪人だからといって避ける理由にならない。

彼女を避ける理由は他にある。

それが明かされる事が無い事を今は祈るしかないね。


「なあ、どうしたんだよ?」


様子のおかしくなった僕に茶髪少女が声を掛けて来た。

凄く失礼なことを言うが……まだ居たのか。

てっきりどこかに消えたかと思っていた。て言うかそれを狙って割って入ったんだが。

律儀な奴だ。


「いや、この子のお姉さんは僕の知っている人だったんでね。驚いただけだよ」

「友達とか?」

「いや、そこまで大そうな間柄じゃない。ただお姉さんが有名人なだけだよ」


竜司と違い安曇の知名度は学内限定だ。違う学校の茶髪少女が知らなくても仕方が無い。


「ふぅん……ま、いいや。本当に助かったよ。私じゃどうしようもなかったからさ」

「災難だったね」

「ああ、まあな……よく人から誤解されるんだよ私って。あんたは違うみたいだけどさ」

「? うん、ま、僕は普通の人間だからね」

「……変な奴」


僕は普通だ。演技だけどさ。


「たぶん僕の想い当たる人物とこの子の姉は同一人物だろうからその人のところに連れて行くつもりだけど。君はどうする?」

「ん? 私も最後まで付いて行くよ。関わっておきながら投げっぱなしなのも気分悪いし。それに元からそこの学校に用があったんだ」

「変わってるね」

「そこは普通律儀と褒めるところだろ」


さて、世間話はこの辺にして、すぐにでもさくらを安曇に届けよう。


「こうして、僕と茶髪少女はさくらちゃんの手を引きながら学校へと」

「──っでやあああああ!」


とか何とか、シーン終了の一文を述べようとした僕の声を遮る様にして、裂帛の気合とともに駆け寄って来る人間が居た。

それが誰か確かめる事無く、僕は来るべき衝撃に備え左腕を掲げた。


ベギャッ。

文字で表現するならばそんなものだろうか。掲げた僕の腕から聞こえた音は。

音の発生源の片割れである物体。巷では木刀と呼ばれているその凶器は、僕の腕に受け止められたまま止まっていた。

僕は木刀の主へと顔を向ける。

僕の腕に強かに木刀を振り下ろしたのは僕のよく知る人物であった。


「やあ、こんにちは、安曇さん」


僕は少女──安曇咲夜へと挨拶をする。できるだけ事を荒立てない様に気を付けて。

しかし帰って来た返事は、


「誰だ、貴様は」


という、まるで初対面に対する様なものだった。

うん、まあ、そうだろう。

相手は有名人。僕は一般人以下。彼女が僕を知っているわけがない。


「私は貴様の様な下種に気安く名を呼ばれる覚えは無い」


痛烈な一言だ。しかし、普通と下種を比べると下種の方がキャラ立っている気がするよね。どうでもいいか。


「妹をどうするつもりだ?」

「別に、ただ安曇さんを捜しているようだったから送ろうかと思っただけだよ」

「白々しい嘘を吐くな! 大方私の妹があまりに見目麗しいからと下種な欲望に負けて攫うつもりだったのだろう? だがそうはさせない!」


凄い思い込みだ。だが一概に否定できないのも辛い。僕みたいな容姿の奴が幼女に話しかけるのはタブーとされている世の無情さに心の中でそっと泣く。

でもしょうがないよね。傍から見れば今彼女が言った様に誘拐未遂と見えるだろうよ。


「誤解だよ。誤解なのだけど、たぶん信じないだろうから僕は逃げるよ」


言うだけ言って僕はその場から逃げることにした。


「あ、待て!」


安曇の制止なんぞ聞いていられない。

こういうのは逃げるに限る。下手に説得しようとしても上手くいくわけがない。

逆に説得が上手く行っても余計なフラグが立つだけだ。

姉が飛んで来るなら最初から関わらなければ良かったと思うが、これは結果論だ。

僕は走る速度を上げながら首を捻って安曇の姿を見る。

安曇が泣いているさくらの頭を撫でているのが見えた。

今はさくらが姉に会えたということで満足しよう。そのためならば僕は悪で構わない。


正義と悪。

敵と味方。

結局のところ、そんな物は言葉遊びでしかないのだから。





しばらく走り続け安曇が追って来こないのを確かると足を止めた。

僕を追うよりも妹の保護を優先したわけか。良い選択だ!


「なあ、何なんだあの電波女。いきなりぶん殴るとか正気じゃないだろ」

「……」


しかし茶髪少女が付いて来ていた。何で来るかな。

てかよく僕の足に付いて来られたな。


「何で付いて来たのかな?」

「いや、だって、あの場に残るわけにもいかないじゃん」

「それはそうだろうけど……他人のふりしておけば巻き込まれることはなかったんじゃないかな。安曇さんだって


罪なき人間をいきなり殴ったりはしないだろうし」

「だったら、どうしてお前は殴られたんだよ?」

「男……だったからじゃないかな。あと妹さんを守るため、とか?」

「何で疑問形なんだよ。て言うかさ、普通いきなり木刀で殴るか? しかもマジ殴りで」

「マジかどうかはともかく、木刀だっただけマシかなー」


これが真剣だったならば今頃僕の左腕は無くなっていたことだろう。

そう考えればこれはまだマシな展開だ。


「でも、それ折れてるじゃん」

「うん? ああ」


茶髪少女に言われて左腕を確かめる。

木刀を受け止めた箇所は大きく腫れあがり、紫色に変色していた。しかし骨折まではしていない。


「ああ、ってお前……」


何か言いたそうにしている茶髪少女だったが僕は何も言わせるつもりはない。


「ところで、どうするの? 学校に用があったと言っていたけれど」

「あ~、それなんだけど、今日はもう良いかなって。半分達成できたようなものだし」


頭を掻きながら言う茶髪少女。

彼女の用事が何だったのかはさっぱり分からないが、本人が良いと言うのならば僕が何か言うことは無い。


「だったら早く帰った方がいい。この辺りは暗くなると殺し屋がうじゃうじゃ湧くから」

「何それ怖っ!」


冗談のつもりで言ったのだけど、茶髪少女は信じたようだ。まあ殺し屋云々は本当の事なんだけどね。

珍しく素直な少女に出会えたようだ。この出会いを神に感謝しよう。あれ、これなんて自画自賛?


「じゃあ僕も行くよ。君も早く帰りなよ」

「茜」

「ん?」

「私の名前。駒鳥茜こまどり あかね。せっかく知り合ったんだし、名前、教えてよ」


少女の問いに僕は少しだけ考える。何ともお約束な展開に思わず笑いが零れそうになった。

こういうのは竜司の仕事だろうに。だがまあ、他校の生徒ならば問題ないだろう。

先程も言った様に、この辺りを他校の生徒が歩くことは少ない。彼女がここを通り掛かったのもたまたまだろう。


何か用事があったから来ただけに違いない。

だけど、面倒事を進んで招き込むのはどうだろうか?


「なんだよー、いいじゃんかよ名前くらい。けちーけちー」


僕が答えないのを見て頬を膨らませて詰め寄って来る茶髪少女──改め駒鳥。

あれ、何か最初とキャラ変わってね?


「あ~……もう、天色遊だよ」


一期一会。こうして会ったのも何かの縁だ。たとえそれがこの場限りだとしても嫌われて目立つよりはましだ。という言い訳だけど。

そう結論付け名前を告げた。

べ、別に駒鳥の勢いに負けたわけじゃないんだからね!


「天色遊……天色遊」


僕の名前を難しい顔をしながら繰り返し呟く駒鳥。


「天色だな。覚えたから! そっちも名前忘れんなよ!」

「はいはい、駒鳥さんね」


駒鳥め……いきなり笑顔でガキっぽい事を言うもんだから、今度こそ笑ってしまったじゃないか。






駒鳥と別れた後、家に帰った僕は腕のに包帯を巻き形だけの治療を行った。

特にやる事もないのでもう寝る事にする。ちなみに今は午後六時十二分。太陽ももう少し頑張る時間だ。早寝早起きにしては早過ぎる。江戸時代かよって話だ。一般家庭ならばこれから家族の団欒が始まるに違いない。

だけど僕の両親はとっくに死んでいる。だから早く寝ようが遅く寝ようが何か言われることはない。

着替えた後自室のベッドに横になり、天上をぼ~っと眺める。


「そう言えば夕飯どうしよ」


美香の母親は夕食時だけでも家に来ないかと言ってくれてはいるけど、僕はそれを受けるつもりはない。

美香の母親と今は亡き僕の母親は幼馴染だ。その縁もあって美香と知り合えたわけだ。

でも母親はすでに死んでいる。ならば彼女が僕に関わる意味は無いだろう。幼馴染の息子だから面倒見る義務も無いだろう。そのため、僕は彼女の言葉をあくまでリップサービスとして受け取っている。

それに、一人で食べる食事を寂しいと感じる感性はとっくに麻痺しているしね……。


「普通って何だっけ……?」


何とも台無しな言葉が自然と漏れた。




















オマケ。





翌日。朝のHRにて。


「今日転校してきた駒鳥茜さんよ。皆仲良くしてあげてね。駒鳥さんも皆と仲良くね……竜司くんとは必要以上に仲良くなるのはダメだけど」

「駒鳥茜だ! よろしくな!」


…………。

おぅいぇ。

これ、本当は異世界転移モノになるはずだったのですよね。でも短編にしたかったので短くしました。

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