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直
「失敗した……」
一人呟いて、足早に辿る帰り道。
霧のように柔らかい光に空を見上げると、濃い芳香を落とすクチナシの花の向こう、梅雨空に浮かぶ雲が途切れて上弦の月が淡い金の光を落としていた。
手を伸ばせば届きそうなくらい低い空に浮かぶ月。
けれど、どれだけ頑張って手を伸ばしてもあの月には決して届かないことを知っている。
ふと、市村に教え損ねた英語の答えが頭をよぎって、自然と自嘲するような笑みがこぼれた。
「ないものねだり、か」
ぽつり、呟いて立ち止まる。
怜の頬に触れた指先に、ほのかに残る感触と温度。打ち消すように手のひらを握りしめて、また足早に家路を辿り始めた。
この痛みも手のひらに残る熱も、きっと、もうすぐなくなる。
来月で、全部。