8
それから日がさらに過ぎていった。
絵理たちの家に親戚という人が現れ、家の奥で何やら話をしていた。
そして、わたしはプラスチックの小さな水槽に入れられ、絵理と一緒に外に出た。
今は、木の茂る道からここ、視界の開けた場所にいる。
目の前にあるのは大きな水、水、水の溜まり。
時折、波がたっているのは、何かの生き物がいるという目印だ。
絵理はその池の側にいた。
わたしのいる水槽をを膝の上に置き、何も言わず座っていた。
やがて空は青から赤に色づく。
その時にになって、ようやく絵理は口を開いた。
「……ごめんね……」
注意していないと聞き逃しそうなくらいの微かな声。
「……いつまでも、ここで池を見ていたかった……」
ぽつりぽつり呟く。
「……最後まで飼うつもりだった、でも……、もう、できない……、
わたし違う家に行くの……」
絵理は水槽の蓋を開けた。
蓋の開く反動で、中の水が大きく揺れる。
わたしは姿勢を保とうと体に力を入れた。
絵理は両手で水槽を持ち上げた。
大きな水の方へ、池の方へと近づく。
「……ねえ、グラミーさん……、わたしたちといて、幸せだった?」
絵理の乾いた目がわたしを見下ろしている。
わたしと絵理の目があった。
不意に絵理の乾いた目の表面が湿りだした。
みるみるうちに湿った目に水が満ちだす。
やがてぽたり、ぽたり、その水がこぼれた。
「さようなら」
絵理はそう言ってから、わたしを池へ放った。
ざぶんとわたしの体が水槽の水ごとダイブした。
すぐに池の緑かかった水が、その温みがたちまちわたしの体を覆う。
わたしはただちに水面に顔を上げた。
絵理の姿を探す。
絵理は場所を動いてはいなかったようで、すぐに見つけられた。
池の縁に立ち、服のポケットに手を入れを漁っている。
そこからビニール袋を取り出すと、中に入っていたものを掴んで池に投げた。
絵理が投げたもの。
それは、わたしが大好きな赤虫のごちそうだった。
わたしは飛びつくようにそれを口に頬張った。
空はすっかり暗くなっていた。
体を纏う水の温みが心持ち冷えて感じられる。
いつのまにやら絵理は池の側にいなくなっていた。
わたしは池の縁に向いた体を、反対の方向に変えた。
「……ブラックさん、ここが池よ。水槽の外の……、自然の中」
わたしは、池の奥を目指して泳ぎだした。