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飽和水  作者: 大林秋斗
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それから日がさらに過ぎていった。

絵理たちの家に親戚という人が現れ、家の奥で何やら話をしていた。





そして、わたしはプラスチックの小さな水槽に入れられ、絵理と一緒に外に出た。

今は、木の茂る道からここ、視界の開けた場所にいる。


目の前にあるのは大きな水、水、水の溜まり。

時折、波がたっているのは、何かの生き物がいるという目印だ。


絵理はその池の側にいた。

わたしのいる水槽をを膝の上に置き、何も言わず座っていた。



やがて空は青から赤に色づく。


その時にになって、ようやく絵理は口を開いた。


「……ごめんね……」


注意していないと聞き逃しそうなくらいの微かな声。


「……いつまでも、ここで池を見ていたかった……」


ぽつりぽつり呟く。


「……最後まで飼うつもりだった、でも……、もう、できない……、

わたし違う家に行くの……」


絵理は水槽の蓋を開けた。

蓋の開く反動で、中の水が大きく揺れる。

わたしは姿勢を保とうと体に力を入れた。


絵理は両手で水槽を持ち上げた。


大きな水の方へ、池の方へと近づく。


「……ねえ、グラミーさん……、わたしたちといて、幸せだった?」


絵理の乾いた目がわたしを見下ろしている。

わたしと絵理の目があった。

不意に絵理の乾いた目の表面が湿りだした。

みるみるうちに湿った目に水が満ちだす。

やがてぽたり、ぽたり、その水がこぼれた。


「さようなら」


絵理はそう言ってから、わたしを池へ放った。

ざぶんとわたしの体が水槽の水ごとダイブした。


すぐに池の緑かかった水が、その温みがたちまちわたしの体を覆う。


わたしはただちに水面に顔を上げた。

絵理の姿を探す。


絵理は場所を動いてはいなかったようで、すぐに見つけられた。

池の縁に立ち、服のポケットに手を入れを漁っている。

そこからビニール袋を取り出すと、中に入っていたものを掴んで池に投げた。


絵理が投げたもの。

それは、わたしが大好きな赤虫のごちそうだった。


わたしは飛びつくようにそれを口に頬張った。




空はすっかり暗くなっていた。

体を纏う水の温みが心持ち冷えて感じられる。


いつのまにやら絵理は池の側にいなくなっていた。


わたしは池の縁に向いた体を、反対の方向に変えた。


「……ブラックさん、ここが池よ。水槽の外の……、自然の中」


わたしは、池の奥を目指して泳ぎだした。

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