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飽和水  作者: 大林秋斗
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7

夏が辺りに強い印象を振りまいていく。

ジジジという蝉の姦しい声、まぶしい光はこの玄関にも届く。


水槽の水は、ぬめりを増した。

重くわたしの体に纏いつき、ぐっと温く感じられた。


お母さんは以前ほど、水槽をきれいにしなくなっていた。

石やガラスにぺたりとコケが付着し、砂利には汚れが目立って増えた。


お父さんとお母さん、二人一緒に居る所を見ることがなくなった。

意識的にお互いを避けているようだった。


家から響いていた不協和音はその分減った。

けれど、絵理やお父さん、お母さんの表情は虚ろさを増していた。


ことにお母さんは酷かった。

虚ろな顔だけでなく、頭を手で押さえ眉に皺を寄せ、しかめ面を作ったりした。


玄関で腰をかがめ、胃袋から内容物を吐き出したりしていた。



お母さんは疲れている……。


わたしはそう感じた。


けれど、何もできない。

ただ、お母さんが、自分が吐いた内容物を、お母さん自身が片付けていたのを見ているだけ……。






そうしているうちに、お母さんはパートに行ったきり、帰って来なくなった。


電話の音が、何度も鳴った後で、お父さんと絵理は慌てて家を出て行った。


そのうちに日が傾く。


わたしのいる水槽は煌々と明るかった。

けれど、家の奥は黒い闇が包んでいる。


絵理たちは、まだ戻らない。



だいぶたってから、外で物音がした。


玄関の扉が開き、ようやく絵理とお父さ帰ってきた。

絵理とお父さんはうつむいたまま何も言わずに家の奥に入った。

その後を、初めて見る人間が数人追っていった。

その人間たちは白くて横に長い荷物を、大事そうに持ち上げ運んでいた。


そして、黒い服を着た人間たちが、一斉にやって来た。


その黒い服の人間を、お父さん、絵理も黒い服を着て出迎える。

「このたびは……」と、言葉少なく家の奥へと向かっていく。

そして、しばらくすると黒い服の人間は足早に家を出て行く。



1日がたつと、今度は家の中から、大きな箱が人間たちに抱えられて、家の外に運ばれた。

その箱が出された後から、絵理とお父さんが黒い服を着たまま出ていった。


家はまた、人が居なくなった。


わたしはごちそうも何ももらえなかった。

煌々と蛍光灯の点った水槽の中で、わたしはガラスに付いたコケを齧ったり、底の石に寄りかかり居眠りしながら、絵理たちが帰って来るのを待った。


しかし絵理たちはなかなか帰って来なかった。

何日かの日が過ぎてからようやく、絵理とお父さんが戻ってきた。


絵理たち以外の人間が数人一緒だったたが、お母さんはそこにはいなかった。


お父さんは白い箱を胸に両手で抱えていた。



しばらくたって、絵理とお父さん以外の人間たちが、玄関を出て行った。


家の中には絵理とお父さんの二人がいる。

しかし、誰もいないように、物音がしない。



やがて絵理が家の奥からわたしのいる水槽に向かって歩いてくるのが見えた。


絵理は手の中に小さな包みを持っていた。


包みを広げ、中にあるものを人差し指と親指で摘み、水槽の蓋の隙間から落す。



わたしは絵理がごちそうを入れに来たのだと思った。

しかし、いつものごちそうとは違う。


それは白い小さな粒だ。


はらはらと水槽の底目指して粒が落ちていく。


わたしはその粒を勢いよく口に含んだ。

硬く味も何もしない。

砂利のような感触にすぐに吐き出した。


絵理はそんなわたしの様子を、気にも留めていないようだった。

包みにある粒が無くなるまで、摘んでは落としを数度続けた。

そして、ぼんやりと乾ききった目で、落ちていく粒の動きを追っていた。


「……グラミーさん、お母さんよ」


砂利の上に白い粒がぽつぽつと落ち積もっていく。


「……雪が降ってるみたい、きれいよね……」


絵理はいつまでも飽きることなく、白い粒を見続けていた。

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