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飽和水  作者: 大林秋斗
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4

わたしは誰かに見られている気配で目覚めた。


顔を向けると水槽を見ている人物と目が合った。

絵理だ、絵理がいた。

ランドセルを背負い学校に行くかっこうをしている。


いつのまにやら夜は過ぎ、朝が来ていたのだ。


家の奥からも、わずかな音、テレビの音が聞こえてくる。


絵理はいつものように、水槽の蓋の隙間から、摘んだ赤虫を落した。

わたしは寝不足でどこかすっきりしない頭のまま、落とされた赤虫を食べた。


ブラックエンゼルも目覚めていた。

彼は、赤虫を口に入れては吐き出してを繰り返していた。


絵理はすぐに玄関を出ようとはせずに、わたしたちの方を見ていた。

それから「いってきます」と、声を出し、玄関から出て行った。


しばらくたってお父さんとお母さんが玄関に現れた。


「……帰りは早いと思う。当分、職安通いかな?

なあに、そのうち、次の仕事が見つかるさ」


「そうよね、気をつけて」


「心配するな、なんとかなる……」


お父さんが笑顔をお母さんに向けていた。

しかしその笑顔は水越しだからだろうか、ひどく歪んでいる。


お父さんを見送った後、お母さんが大きなため息をした。

そして家の奥へ戻った。





水槽には、いつもより食べ残しが多く浮かんでいる。

ブラックエンゼルがあまり食べなかったのだ。

彼の体の艶が、いつもよりないように感じる。


わたしはブラックエンゼルに近づいた。


「大丈夫? 調子悪そう」


「うん、心配かけてごめん。よく眠れなかったんだ」


ブラックエンゼルが胸びれをひらひらさせて返事した。


「わたしもよ、1日中明るいと、調子狂うわよね」


「……でも、君は強いよね、ぼくよりずっとぴんぴんしている」


ブラックエンゼルがぷくりとあぶくを吐いた後、言葉を続けた。


「……ほんとに君は強くて、そしてきれいな魚だ……」


そうしてブラックエンゼルはわたしを見つめた。


ほんとに、変な、変なことを言っている、彼は。

きれいなのはブラックエンゼルの方。

わたしは、その彼をひきたてる役回りの魚。

そう思っているのに。


言葉に詰まり、黙ったままでいるわたしに、ブラックエンゼルが語りかける。


「そうだ、君が生まれた東南アジアも、きれいな所なんだってね、だから君はこんなにきれいなんだ」


「東南アジアという所をわたしは知らない、

わたしは生まれた時も水槽の中だった」


『きれい』という言葉をつかう彼に反発して、返す口調がきつくなる。


ブラックエンゼルはわたしの物言いに驚いたようだ。


「ごめん、君は養殖場育ちだったんだ、気分を悪くさせてしまってごめん」


すまなさそうに背びれ、尾びれを縮込ませた。

彼の体色が益々冴えなく見える。

しょげかえる彼に、わたしの方が悪い気持ちになった。


「……ごめんなさい。わたしこそ言い方がきつくなって」


「ううん、謝らないで。考えが足りなかった。

ぼくもグラミーさんと同じ、養殖場育ちなんだよ。

だけど、君は自分のことを知っていた方がいい。

君は、もともと、東南アジアのジャングルにある川や沼に住んでいる自然のままの魚なんだよ」


ブラックエンゼルは尚も話し続ける。


「東南アジアの魚で、ぼくはもう1匹、知っている魚がいる。

名前はね、アジアアロワナ。彼もすごくきれいな魚だった。」


「アジアアロワナ?」


「そう。彼とはぼくを売りに出して熱帯魚屋で出会ったんだ。

彼は店の一番奥にある水槽に、目立たないようひっそりといた。

アジアアロワナは人間が種族として現れるよりも、ずっとずっと古くからいた魚なんだ。

うろこは黄金みたいにきらきら光っていて、神々しかった。

熱帯魚屋にいたアジアアロワナはまだ子どもでね、しきりと故郷を恋しがっていた」


ブラックエンゼルがまたひとつあぶくを吐いた。


「故郷ってとてもいいものなんだろうね」


「そういうブラックさんは、もともとどこの出身の魚なの?」


少しの間が開いてから、ブラックエンゼルが口を開いた。


「……ぼくは、自然には存在しないんだ」


「えっ?」というわたしのとまどう声に答えるよう、ブラックエンゼルは話した。


「アマゾンという所にエンゼルフィッシュという魚がいる。

その魚から人間が人工交配を繰り返し作り上げた魚なんだ。」



「少し休むね」そう言うと、ブラックエンゼルは水草の方へ泳いでいった。

そして彼は動きを止めると、水草に寄りかかり眠る態勢に入る。


その彼の姿は、どこか寂しそうに見えた。

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