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飽和水  作者: 大林秋斗
3/8

3

水槽の水は絵理のお母さんがきれいにした。

上蓋にある蛍光灯と、ろ過装置のスイッチが同時に切られた時が水をきれいにする合図だ。


水槽の中にホースが入れられ、水がだんだん抜かれていく。

3分の1くらい抜かれたところで新しい水が水槽内に注がれた。

そしてガラスについたコケや、砂利に溜まった汚れも取り除かれた。


水槽が掃除されている間、わたしたちは底に沈み、作業が終わるのをじっと待つ。



わたしたちのごちそうは絵理が用意した。

絵理は朝、学校に行く時に、水槽の中へごちそうを入れた。


ごちそうは人間が作った薄くてひらひらものと、赤虫。

わたしは特に赤虫が好きだ。

水に落ちた赤虫は、水を吸いふやける。

わたしは、そのふやけた赤虫を水ごと吸い込むように飲み込んだ。

口の中は、たちまち赤虫の甘い肉の味が広がる。


わたしは、赤虫を摘んでいる絵理の桜色した指を見ているだけで、心が浮き足立った。


ブラックエンゼルもわたしと同じようだ。

彼は、朝、絵理が水槽に近づいただけで、水面まで浮き上がった。

胸びれを振り、口をぱくぱく開ける。


「はいはい、あわてなくても、ちゃんとあげるから。」


絵理が水槽に向かって笑いかけた。



絵理のお父さんは、水槽の蛍光灯のスイッチをつけたり消したりして、朝と夜を知らせてくれた。


お父さんは、絵理よりずっと早い時間に会社へ行き、絵理よりも遅く帰ってくる、

その時に、蛍光灯の明かりを点けたり、消したりした。


水槽の生活は快適だった。

わたしたちは、規則正しく、ゆったりと時間を過ごしていた。





ある日、絵理のお父さんは、絵理よりもずっと早く、会社から帰ってきた。

お母さんは何も言わず、お父さんを出迎えていた。

お父さんは大きなため息をついた後、乱暴に靴をぬいで、家の奥に行った。

お母さんはその後を、俯いたまま追って行った。


だいぶ時間が過ぎてから、絵理が学校から帰って来た。


玄関に脱いであるお父さんの靴を認めると、少し首をひねったものの、すぐにいつもと変わらない様子で家の奥に行った。



その日は不思議だった。


水槽の蛍光灯は灯されたまま。

お父さんはいつまでたっても、スイッチを切りに来ない。


水槽の中はこうこうと明るい。


家の中には絵理とお父さん、お母さん、3人の人間がいるはずなのに、物音がしない。

いつもなら、玄関にも、テレビの音や話声が聞こえてくる。

けれど何の音もしない。

しんと静まっている。


わたしはだんだん不安になってきた。

水槽の中をあてもなく、ふらふら泳ぐ。


ブラックエンゼルは絵理たちのいる家の奥の方に体を向け、じっと見ている。


わたしはひれを広げ、大きく伸びをした。

いつのまにやら、ブラックエンゼルはガラスに寄りかかり、うとうとまどろんでいる。

夜もだいぶ深まっているよう。


「ブラックさん、そのままだと、体、痛くなるわよ。」


わたしは彼に声をかけてから、水草の方へ泳いでいった。

水草の細長く伸びた葉の間に体を突っ込み、寝る準備に入る。


ブラックエンゼルもふらふら泳いで、わたしの隣にある水草まで来た。

水草に体を滑りこませ、再びうとうとし出した。


そんな彼を横目に見ながら、


(わたしも眠ろう)


そう思ったものの、蛍光灯が点った明るい水槽の中では、なかなか眠れなかった。

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