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飽和水  作者: 大林秋斗
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カタン、ゴトンと音がする。

列車が動き車輪が軋む穏やかな音。

とても懐かしい気持ちがする。

わたしはわき腹にある糸の様に細いひれをぴんと伸ばしてじっと音を聞いていた。


わたしは魚。

パールグラミー。

ペットショップで一匹300円の値段で売られている魚だ。


列車の音はだいぶ前に、そう、人間に買われた後、袋に包まれ運ばれていく途中で聞いたのだ。


今のわたしは、持ち手のついた蓋のあるプラスチックの小さな水槽の中にいる。

それまで暮らしていた水槽から、一人の人間の手によって、この小さな水槽に移された。


その人間の名前は絵理。

人間の世界でいうところの小学生の子ども。

絵理は家からわたしを提げて列車に乗った。


絵理は水槽を膝の上に載せて、シートに座っている。

水槽の水は小刻みに揺れ続けている。

列車の揺れが絵理の膝越しに伝わっているのだろうか。

それとも絵理自身が震えているのだろうか。


絵理は顔を正面に向け、向かいの車窓から見える景色を見つめている。

わたしはプラスチックの水槽ごしに見える絵理の指を見ていた。

桜色の指先がそろりと水槽を撫でている。

わたしは反射的に体を傾け口をぱくぱく開けて指の動く方向を追いかける。


列車は動いたり止まったりを繰り返す。

何度目に列車が止まった時だろうか。

絵理はわたしを提げて外に出た。


その途端まぶしい光が一斉に飛び込んできた。

水の粒がきらきらと揺らいでいる。

わたしの目はくらむ。

それでもしばらくたつと、目が光に慣れてきた。


絵理は一本に伸びる道を歩いている。

道の両脇にには緑、黄、オレンジの色。

これは木だ。

木の中にある道を歩いている。


「グラミーさん」

絵理は立ち止まり水槽を持ち上げた。

「見える? 素敵な所でしょう?」

絵理の黒い大きな瞳が、プラスチック越しに見える。

その瞳は、ひどく寂しく乾いて見えた。

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