オルド河原の戦い
1.後方遮断作戦
水攻めの策が進む中、私はなおも思案していた。
――これだけでは足りぬ。
勝利を決定づけるには、もう一押しが必要だ。
私は、かつて演習中に偶然見つけた裏道を思い出していた。
敵の目をかいくぐり、上流から後方へと回り込める細道。
あそこを使えば、王子軍の輸送部隊を叩ける。
「前線で五十騎は無力だ。
だが後方を乱すなら、十分すぎる」
そう進言した。
ダリウスは激しく反対した。
「退路がない! 挟まれたら終わりだ!」
歴女も顔面蒼白になって止めに入った。
「あなたこそ、軍の中核。あなたを失うかもしれない作戦は立てられない」
それでも、私は退かなかった。
「これまで、そなたたちに背負わせたものへのせめてものわびだ
加えて、王女様に頭を下げさせた。
このくらい、俺が責任を取らねばならぬ」
沈黙が落ちた。
やがて、二人は唇を噛みしめ、うなずいた。
夜。
事前に把握していた上流地点から静かに渡河。
夜明けとともに、我らは後方へと進軍した。
――いた。
想定通りの場所で、王子軍の輸送隊を発見。
王子は完全に油断していたのか、護衛の姿は見えぬ。
好機であった。
我らは一気に包囲。
だが、私は剣を振るわなかった。
慈悲をもって告げたのだ。
「武を競う必要はない。
生きて帰れ」
我が武勇に恐れをなした彼らは、戦わずして降伏した。
結果お互い無傷で輸送隊を制圧し、
すべての物資を接収した。
無益な血は一滴も流れなかった。
接収後、煙を上げる物資を燃やした。
その煙が合図となり、王子軍は完全な混乱に陥った。
かくして、戦わずして勝利は決した。
王子軍は瓦解し、王女様の勝利となった。
剣を交えずして導いた勝利――
それこそが、我が生涯最高の栄誉である。
2.裏道の発見の真実
……本を閉じたアヤが、ため息をついた。
「裏取りの具体策を進言したのは、確かにルークスね」
「でもさ」
ハルトが首を傾げる。
「俺、上流で作業していたから知らないけど、
二人は、そんなに必死で反対したの?」
ダリウスが首を横に振った。
「危険なのは事実だったが、
『危なければ突撃するな』と指示は出していた」
「命懸けの単独行じゃなかったわよね」
アヤが淡々と補足する。
「……あと」
ハルトが地図を指した。
「そもそも、なんであんな裏道知ってたの?」
視線が一斉にルークスに向く。
「……」
ルークスは目を逸らした。
「ルークス?」
アリアが静かに問い詰める。
「正直に話してくださいね。あ、一女性からのお願いです」
「やっぱりそのほうが怖いじゃないですか
実は……恥ずかしい話なのだが、過去に演習で迷った」
「「「「迷った?」」」
「ああ、オルド河原はよく演習で使う。
だが、俺はその時、道を間違って上流に行ってしまった。
今回使ったのはその時のルートだ」
「あれ、じゃあ、帝国攻めで最初、後詰めだったのは」
「ああ、その時の失敗で前線部隊から外されていたせいだ」
一瞬の沈黙。
「え?そんな話、始めて聞いたんだけど」
「それ、誰も知らなかったんじゃ?」
「初耳よ」
全員が顔を見合わせる。そして、痛恨の一撃をハルトが浴びせた。
「鉱山への左遷って、帝国領内のサボタージュだけが理由じゃなんだ」
「そ、そんな昔のことはいいだろ。
それより、後方かく乱に成功したのは事実じゃないか」
3.物資接収の真実
「それはそうよね。あれで一気に戦況が動いたのは事実よ。
その功績は確かに大きいよね。
……でもさ」
アヤが本を指で叩いた。
「物資の接収、ベルトランが逃げた後じゃなかった?」
「そう報告を受けているぞ」
ダリウスがつないだ。
「ああ、そうだ。ベルトランも馬鹿じゃなかった。
護衛は五十はいた。無理に攻めていない」
「じゃあ、戦ってない?」
「少し離れた場所で煙幕を焚いただけだ。
信号弾を大量に用意してくれているのは助かった。
そうこうしているうちに、ベルトランが退いて、その時、
護衛も追随した」
「で、結果として」
ハルトが整理する。
「輸送隊だけが取り残された?
それを接収したんだよね」
「その通りだ。輸送体が降伏したのは河原での趨勢が決まってからだ」
「つまり——」
コージが指を鳴らす。
「誰も死んでないのは、
慈悲じゃなくて、偶然の積み重ね?」
「そう言ってやりたい。けど、偶然だけど偶然じゃないわ」
アヤが即答した。
「準備と判断があったからこそよ。そこは認めてあげる」
全員が同時に本を見る。
「……ここ、だいぶ盛ってるな」
「英雄譚だしな」
「でも——」
アリアが静かに締めくくる。
「被害が出さなかったのは事実ですね。
それを導いた判断があったのも事実ですよね」
「つまり」
アヤが言った。
「書き方は英雄譚。
中身は、合理的な作戦行動」
ルークスは小さく息を吐いた。
「……それでいい」
それは恥ずかしい過去が暴露されたものの、
確かに功績が認められて、
すこしだけ一息ついた安堵の声だった。




