鉱山での出会い
1.鉱山での出会いと才能開花への貢献
鉄鉱山への左遷。
それは多くの者にとって、終わりを意味する地であった。
だが私は違った。
王国に剣を捧げし騎士として、
どこにあろうと為すべきことは変わらない。
鉱山に赴いてからも、
私は王国のために粉骨砕身した。
劣悪な労働環境。
疲弊しきった人々。
希望を失った空気。
それらを前に、
私はまず中央と掛け合い、
改善の余地を探った。
だが、現場を知らぬ者の言葉には限界がある。
ゆえに私は、すでに鉱山の中心にいた男——
ディランと名乗るカリスマある男、
それは実はダリウスだったが、
に、それとなく権限を委ねた。
表に立つ者と、実務を回す者。
役割を分けることこそが、組織を動かす鍵である。
そうして鉱山は、
わずかずつではあるが、変わり始めていた。
そんな折、
突如として現れた異世界人たち。
見た瞬間に、私は悟った。
彼らを導くことこそが、
私がこの地に送られた意味なのだと。
彼らは未熟だった。
だが、確かな才能を秘めていた。
私は役割を与えた。
才能が最も輝く場所へと。
ハルト。
彼は効率化という、
鉱山にとって最も重要な問題を解決した。
トロッコの革命。
あれは異世界ならではの発想であり、
王国の技術体系には存在しなかった知恵である。
その革新を、
形として定着させたのがミツキだった。
彼女の描く図は、
言葉に頼らぬ理解を生み、
口下手なハルトの発想を、
現場へと浸透させた。
女が鉱山送りという、
極めて過酷な状況。
だが、もし彼女を特別扱いし、
ハルトと切り離していたなら——
歌姫革命は、成就しなかったであろう。
私は人を信じた。
ダリウスの人間性を。
ハルトの誠実さを。
だからこそ、
あえてミツキを鉱山に投じた。
その結果が何をもたらしたか。
今さら、語るまでもない。
そして、歌を携えて現れた男。
コージ。
彼の歌は、
理屈では支えきれない心を救った。
兵站と戦略。
勝利のために不可欠な要素であることは疑いない。
だが、
士気なき軍は、動かない。
コージは、その空白を埋める天才だった。
さらに現れた一人の女性。
名を名乗らぬ、王女——アリア。
見た瞬間に分かった。
かつて遠くから見た、
あの赤子であると。
私は神に感謝した。
王妃亡き後、
王女の立場が悪くなっていることには気づいていた。
だが、当時の私には力がなかった。
それでも——
王女が目の前に現れた。
この人に尽くすことこそが、
我が人生の意義であると、
心から思った。
名を名乗らぬ以上、
特別扱いはできない。
それでも、
王女がきつい仕事に身を投じる姿を見るたび、
胸が痛んだ。
将来、不敬を問われることも覚悟していた。
そして最後に現れたのが、
歴女アヤ。
性格こそきつい。
だが、その頭の回転の速さは、
一目で分かった。
この女が真価を発揮したとき、
アリア様の知恵袋となることは、
容易に想像がついた。
ただし——
この生意気さでは、
他者とうまくやっていけない。
だから私は、
あえて役に立たない立場を与えた。
人は、
落ちてこそ強くなる。
獅子は子を千尋の谷に突き落とすという。
私もまた、その役目を担うのだと信じた。
上に立つ者は、
嫌われる勇気を持たねばならない。
それが、
王国に仕える者の覚悟である。
2.その裏では
「……以上が、鉱山での出会い編だ」
ルークスが読み終えた瞬間。
「はい、止める」
アヤが即座に手を挙げた。
「最初から行くわよ。
“粉骨砕身”?
これ絶対うそでしょ」
こーじが突っ込む
「『それとなく権限を委ねた』
それとなく、じゃないだろ」
ダリウスが腕を組む。
「完全に俺に丸投げだった
中央との調整、俺が全部やったぞ
医薬品、衣料、食糧——
奴隷たちの中からつてをたどって手を回したのは俺だ」
「私は、信頼していた」
「それを丸投げって言うんだ」
「『見た瞬間に悟った。彼らを導くことこそが使命』
って、……あのさ」
ハルトが遠慮がちに手を挙げる。
「俺たち来た時、
めちゃくちゃ冷たくなかった?
“勝手にしろ”って言われた記憶しかないんだけど
導いてないよね?」
「観察していた」
「放置とも言う」
さらにハルトが続ける
「『ハルトは効率化という最重要問題を解決した』
そこはいい」
ハルトが頷く。
「でも“役割を与えた”って?
勝手にやったよな?」
「与えた」
「俺、自主的にやったんだけど」
「導いた」
「どこで!?」
そんななかミツキは
『ミツキをあえて鉱山に投じた』
とかかれたページを凝視していた。
「……」
ミツキが無言で圧を加えた。
「あの、ミツキ、さん、
ちょっと、そこまで睨まないでもらえると
うれしいかな?」
ミツキはようやく意を決したように話はじめた。
「“投じた”じゃないでしょ
“放り込んだ”でしょ
しかも——」
声が低くなる。
「男の人たちと雑魚寝しろって言ったの、誰?」
「……」
「本当に、死んだ方がましって思ったから
いくらダリウスとハルトがいるからって、
小さな音一つで飛び起きたんだから
どれだけ不安だったかわかる?」
ダリウスもミツキに同調した。
「人間性を信じた、とか書いてあるけど
俺がお前の嫌味を止めたはずなんだが」
普段おとなしいハルトもここだけは饒舌になった。
「そもそもミツキに初めて会ったの、
ダリウスが食堂に連れてきてくれたからで、
ルークスは丸投げした後じゃない」
「……結果は良かった」
「結果論で語らないで」
「次は俺に文句言わせてよ
『コージは士気を支える天才』
そこはまあ、いいかな」
コージが肩をすくめる。
「でもさ」
最初、力仕事しかさせてなかったよね?
俺、勝手に歌い始めただけなんだけど」
「……偶然にみえた必然だ」
「それを“見抜いた”って書くの、
だいぶ盛ってるよ?」
「次は私の番ですね
『見た瞬間に分かった。あの赤子だと』
はい、嘘ですね」
アリアが即断した。
「私、名乗るまで気づいてませんでしたよね?」
「……」
「目も合わせてなかったですよね?」
「……名を名乗られなかったからです」
「名を名乗っても、
私につくかどうかしばらく悩んでましたよね」
「いや、それは部下を巻き込むかどうか悩んでいたので」
「まあ、そういうことにしてあげますよ。我が国の英雄さん」
最後にアヤの番が来た。
『アヤを人間修行のために谷に突き落とした』
「……」
アヤが本を閉じ、にっこり笑った。
「それ、
“人間修行”じゃなくて“いじめ”って言うの」
アヤの笑顔が逆に恐ろしい怒りを醸し出していた。
「あとさ、ここよ、ここ」
アヤが指を止めた。
「“性格がきつい”って何?
史料に主観、入れないで」
ぴしっと言い切ってから、ふと眉をひそめる。
「……って、これ」
一拍。
「ここはルークスに怒るところじゃないわね」
「え?」
ハルトが首をかしげる。
「こんなの入れるのは……」
アヤはため息をついた。
「エリアスよ」
「あー……」
全員が納得の声を出した。
「ロッシュは感情、入れない!」
アヤが断言する。
「ロッシュは
“売れるか売れないか”しか見ない
感情を入れるとしたら」
指を立てる。
「現場の聞き書きを、
“味付け”して書くタイプの人
だからこれは——
取材メモを
勝手に“人格評価”に変換した誰かの仕業ね」
「ということは」
コージがニヤニヤしながら言う。
「エリアスが
“現場の声”とか言って
アヤの評価を
勝手に一文でまとめた、と」
「十中八九それね」
アヤが即答する。
「“厳しいけど有能”とか
“口が悪いが信頼できる”とか
そういうのを
史料に混ぜると、後世が困るのよ
検定教科書で
めちゃくちゃ揉めるから」
「……もう揉めてる気がする」
ハルトがぼそっと言った。
「はい、補足終わり」
アヤはぱん、と手を叩いた。
「つまりこの一文は
ルークスの罪じゃない
エリアスの“余計な味付け”
覚えておきなさい
史料は、冷たくて無味乾燥なくらいがちょうどいいの
それはともかくとして」
一歩近づく。
「獅子は子を千尋の谷に突き落とす、って
その後ちゃんと助けるのが前提だから
私、助けられてませんけど?」
「……強くなった」
「自力でね」
「……」
ルークスは黙った。
「総合すると」
アヤがまとめる。
「この章は
偶然を必然に書き換え
放置を指導にし
丸投げを信頼にし
無神経を覚悟に変換してる
英雄記としては満点
史実としては、赤点」
「でもです」
アリアが柔らかく言った。
「全部彼がやったって言い切ってないところは、
まだ良心的ですよ」
「……」
「完全に奪ってる本、
世の中にはもっとありますから」
アリアの評価を聞いて、
ルークスは深く息を吐いた。
「だから、俺はエリアスたちに何も言ってないのだが。
……次は、どこだ」
「次?」
アヤがにやりと笑う。
「次に盛られてるところ
——戦いよ」
その場の全員が、
無言でルークスを見た。
「……あそこは、
本当に勘弁してほしい」
英雄は、観念した顔でそう言った。




