アイアングリップ決戦編
1. 決戦前
いよいよ決戦であった。
女王陛下は、自ら前線に立ち、
歌をもって軍を導く覚悟を定められた。
武装もせずに女王が前線に立つなど前代未聞。
その覚悟に、応えねばならぬ。
我らは剣で、道を切り拓く。
武者震いが走った。
陛下のライブを、決して汚すわけにはいかない。
我らは露払いだ。
だが、緊張に飲まれては勝てぬ。
私の過度の緊張は部下たちの緊張につながり、
部下たちの真の能力が発揮できなくなる。
私は大将軍に告げた。
「これは散歩だよ。
女王がこれから歩く前の道を、
ちょっと散歩してくるだけさ。
ついでに軽く掃除もしておくかな。」
大将軍は、わずかに笑い、こう返した。
「帰ってくるまでが散歩だぞ」
それで十分だった。
決戦前、我々は敵の視界を外れ、要塞を出た。
やがて、予定通り、てつはうの轟音が響き始める。
戦いが始まった。
「凧が上がり、陛下の歌が合図だ。
そのリズムに合わせて突撃する。
軍楽隊の歌よりも、
我々の蹄の音こそが、陛下の舞台にふさわしい
軍楽隊は陛下の後ろ。我々は前で散歩だ
陛下に我々の散歩をしっかり見てもらえるのは我々だ
光栄の誉れだぞ
ついでの石ころ掃除、みんなできるよな!」
隠密行動のため、部下たちは声を発しなかった。
ただ、そのこぶしを皆が突き上げた。
その静からなる行動から決意は確かに伝わっていた。
2.散歩の前の石ころ掃除
その時が来た。
陛下の歌が始まり、凧が空に上がった。
「行くぞ。騎兵隊、突撃!
陛下の目に我々の見事な散歩と掃除の風景、
しかと焼き付けていただくぞ!」
物陰から飛び出した瞬間、
敵は陛下の歌に虚を突かれ、見慣れぬ凧をみておびえており、
誰一人こちらに気づいていなかった。
完全な虚。
「異世界人の知恵だけに頼るわけにはいかぬ。
皆が望んでいた騎兵突撃、今こそ成就させる。
騎士として積み上げたすべてを、叩き込め!」
歌やてつはうの音もあり、
我々の突撃は直前までほとんど気が付かれなかった。
敵が気が付いた時にはもう遅かった。
隊列の乱れた敵兵に、我らは突入した。
敵は完全に浮足立つ。
「いける。このまま押し切るぞ!」
その時、城門が開いた。
山岳民族に偽装した歩兵が突撃してくる。
「山岳民族の援軍だ。約束通り来てくれたぞ!」
――嘘だ。あれも王国兵。
ただ、凧の文様、陛下の歌、それらはすべて、
山岳民族が我々に同盟していると錯覚させるに十分だった。
その結果、敵にとってはその嘘は真実となり、
敵の心を折った。
「逃げろ!」
「魔法の援護はどうした!」
「王国が、こんな戦い方をするなど……!」
「山岳民族まで敵に回しては勝てない!」
敵は撤退を始めた。
いや、崩れ落ちたのだ。
「深追いはするな。
まだ戦う意思を持つ敵に集中しろ」
3.散歩の終わりと新たな散歩の始まり
戦場を駆ける中、
私は一つの部隊を見逃さなかった。
士気の高い敵。
本営へと突撃を続けている。
このままでは、鉱山の戦いの悲劇が再現する。
私の頭に最悪の光景がよぎった。
「あの部隊を止めろ。
あれが、最後の抵抗だ!」
間が悪い。
大将軍の正面が、空いている。
間に合うか。
――いや、間に合わせる。
私は部下たちを置き去りにし、馬に鞭を打ち、
風のように駆けた。
まるで陛下の歌が私に乗り移ったようだった。
刃が振り下ろされた瞬間、
私は考える前に、身を投げ出していた。
結果、腕を失った。
だが、それだけだ。
女王陛下も、大将軍も、
巻き込まれた異世界人たちも、誰一人傷つかなかった。
私は鉱山で異世界人も大将軍も、そして女王陛下を傷つけてきた。
その報いを受けるのは当然である。
それを責めない彼らへの罪悪感が腕一本でなくなるのであれば、
安い対価だとすら思える。
陛下は、傷ついた私に王命を下された。
「散歩に、付き合いなさい」
戦えなくなった私にも役割を与えてくださる。
この方に忠誠を誓えたことを、
私は誇りに思う。
異世界人の歴女は、
「牛に括り付けてでも散歩させてやる」
などと、憎まれ口を叩いてきた。
……私は知っている。
これは、異世界の言葉でいう「ツンデレ」だ。
どうやら私は、
腕を失っても、まだ休ませてもらえないらしい。
英雄記は、ここで終わる。
だが、人生は――まだ続く。
4,真の英雄ルークス
しばしの沈黙の後。
アヤが、深く息を吐いた。
「……ツンデレって何よ。私違うし。
それに、誰、エリアスにそんな言葉教えたの」
「そこかよ」
コージが苦笑する。
「でも、それ以外は?」
静かに問う。
アヤは、まっすぐに答えた。
「それ以外は、全部本当。
誇張も、捏造もない。
だからこそ、ここだけ捏造されていて悔しい」
アリアが頷いた。
「この場面だけは、
記録と記憶がこの物語と『全て』完全に一致しています」
「うん」
ハルトも言った。
「ここだけは、『全て』嘘がない。誇張もない」
ミツキが、少しだけ視線を落とす。
「……もし、これがなかったら。
私、ルークスを許せていたか、わからない」
ダリウスが一歩前に出た。
「身を挺して私を守ってくれた。
改めて、礼を言おう」
アリアが、最後に告げた。
「ここは――
本当に、英雄の物語でしたね」
アヤは小さく呟く。
「……ツンデレじゃないのに」
皆、聞いてないふりをした。
そして誰も、突っ込まなかった。




