英雄記?捏造?
1. アヤに届く本
王立図書館は、アヤにとって至福の場所だった。
歴史書、年代記、各地の風土記。
毎日のように届けられる新刊の山を眺めながら、彼女は満足げに微笑んでいた。
「ふふ、今日も良い本が届いてるわね」
リバトーンの印刷技術が向上してから、本の流通量は飛躍的に増えた。
おかげで、アヤの「積読」も飛躍的に増えていた。
「これは農業史、これは鉱物図鑑、これは……ん?」
一冊の本が目に留まった。
装丁は派手で、表紙には勇壮な騎士の絵が描かれている。
発行元:リバトーン商業ギルド出版部
『鉱山でくすぶっていた中年、王女の歌で覚醒し、今や最高の騎士ですが何か?』
「……は?」
アヤは目を白黒させた。
「なに、このタイトル」
ページをめくる。めくる。さらにめくる。
「…………」
彼女の顔が、徐々に険しくなっていく。
2.四人がそろう
ちょうどその時、図書館の扉が開いた。
「アヤちゃん、迎えに来たよー」
ミツキが顔を覗かせる。その後ろには、ハルトとコージの姿も。
「あら、三人とも。ちょうどよかった」
アヤは本を持ち上げた。
「ちょっとこれ、読んでみてくれない?」
「何?新しい歴史書?」
ハルトが本を受け取り、表紙を見る。
『鉱山でくすぶっていた中年、王女の歌で覚醒し、今や最高の騎士ですが何か?』
「なにそのタイトル」
「発行元、リバトーン商業ギルド出版部だって」
三人が本を囲む。
ページをめくる音が続き——
「「「……」」」
沈黙。
そして、爆発。
「これ、だいぶ盛ってない!?」
ミツキが叫んだ。
「盛ってるというより、もはや捏造だろ!」
ハルトが本を振り回す。
「ちょっと待って、この『幼少期より絵画や歌に秀で』って
——ルークスが絵なんて描いてるの見たことないんですけど!」
「そもそも『王妃護衛隊に配属された優秀な成績』って、
近衛に入れなかった二番手じゃなかったっけ?」
ハルトとミツキが騒ぐ中、アヤとコージは意外と冷静だった。
「俺も歌聞いたことないけど。
鉱山から今まで、国歌以外で
ただ、まあね」
コージが肩をすくめる。
「マーケティングの観点から言えば、多少盛るのはOKだろ。
誹謗中傷じゃない限り、言論は自由だし」
「納得できないんだけど!」
「俺もできないよ。
でも、これができるのがさすがリバトーン商業ギルドってことさ」
アヤも頷いた。
「歴史小説と歴史書の違いって、そんなものよ。
どうせ歴史書の方が地味で売れないんだから」
「アヤがそれ言う?」
「私は歴女として正確な記録を残すわ。
でも、民衆が読むのはこういう本なのよ。
それは認めないといけない」
ここまで一気に行った後、ボソッとアヤは付け加えた。
「……悔しいけどね」
「まあ、二人がそう言うなら……」
ハルトが渋々本を閉じる。
「いいけどさ。でも、なんか釈然としないな」
「それは同感」
ミツキが腕を組む。
「というか、これ誰がロッシュに情報流したの?ルークス本人?」
「それは聞いてみないとわからないわね」
アヤは本を手に取った。
「とりあえず、経緯だけ確認しましょう。王宮に行くわよ」
「「「OK」」」
王宮の謁見の間——というほど堅苦しくはない、アリアの私室。
「あら、これは……」
本を受け取ったアリアは、ページをめくりながらくすくすと笑い始めた。
「面白いですね」
「面白いで済ませていいんですか、アリア様」
「だって、一部はもはや捏造ですもの。笑うしかないじゃないですか」
アリアは特に気にした様子もなく、紅茶を一口。
「『見た瞬間に悟った。あの時お目見えした赤子だと』
……私のこと、鉱山についた瞬間に気づいたことになってますね」
「絶対嘘ですよね」
「絶対嘘ですね」
みんなで笑っていると、扉が開いた。
「陛下、ダリウスとルークスが参りました」
「あら、ちょうどよかった。通して」
入ってきたのは、噂の渦中の人物——ルークス・ハーヴェイ。
その隣には、ダリウスの姿もある。
「ご相談があって参上しました、陛下」
「相談といっても火急じゃないわよね。ちょうどよかった」
アヤが本をルークスに突きつけた。
「これ、知ってる?」
「……なんですか、これは」
ルークスが表紙を見る。
『鉱山でくすぶっていた中年、王女の歌で覚醒し、今や最高の騎士ですが何か?』
「…………」
彼の顔が、珍しく困惑に歪んだ。
「知りません」
「知らない!?」
「知らりません。初めて見ました」
「じゃあ誰がロッシュに情報流したのよ!」
「知らんと言っている」
ダリウスが本を覗き込む。
「……リバトーン商業ギルド出版部か。ロッシュめ、また何か企んでいるな」
「あなたも知らないの?」
「俺も初耳だ」
全員が顔を見合わせた。
「じゃあ、どうやってこれ書いたんだよ……」
ハルトが呟く。
「商業ギルドの情報網、おそるべし……」
コージが感心したように言った。
「いや感心してる場合じゃないでしょ」
アヤが慌てて突っ込むも、コージは意外と冷静に返答した。
「でも実際すごくない?本人に取材せずにここまで書けるって」
「すごいけど!すごいけどさ!」
ミツキが本をパラパラとめくる。
「これ、どこまで本当でどこから嘘なの?全部嘘?」
「さすがに全部嘘ではないだろう」
ルークスが腕を組む。
「……たぶん」
「たぶん!?」
アリアが手を叩いた。
「面白そうですね。とりあえず、みんなで検証してみましょうか」
「検証?」
「ええ。一章ずつ読んで、何が本当で何が嘘か、確認していくんです」
アヤの目が光った。
「……いいわね、それ。歴女として、史料批判は得意よ」
「俺は聞いてるだけで胃が痛くなりそうだが」
ルークスが渋い顔をする。
「まあまあ、英雄殿。ご自身の英雄譚ですよ?」
「私は英雄ではないです」
「本にはそう書いてありますけどね」
アリアはにっこりと笑った。
「さあ、始めましょう。第一章——『ルークスの生い立ち』から」
こうして、王宮での「英雄譚検証大会」が幕を開けた。
ルークス本人にとっては、針のむしろの始まりだった。




