第8話 境界の鳥居
いつもの放課後。
神社の境内に、木刀の音が静かに響く。
特訓を終えた玲央と蓮に、彩乃が声をかけた。
「……少し、来てくれ」
彩乃は普段より真剣な声音だった。
二人は顔を見合わせ、頷く。
彩乃の後を追い、境内の奥へ入る。
滅多に足を踏み入れない森の中で、空気がひやりと変わる。
少し進むと、そこにあったのは、古い鳥居だった。
朱色は色褪せ、柱はわずかに傾いていて、風が吹くたびにぎしりと軋む。
「……これは?」
ただの古びた鳥居に見えるが、奥から何かが流れてくるような感覚があった。
彩乃は静かに言う。
「これは、私達と契約している刀剣達が存在する世界と、私達が住む現代を繋ぐ鳥居だ」
「境界……」
彩乃は鳥居に手を触れる。
「私はこれを、小夜と一緒に守っている」
急に空気が揺らぎ、彩乃の背後に小さな影が現れた。
小学生ほどの背丈で、白い着物を纏った少女が立っている。
無表情に近い、静かな瞳。
彩乃と契約する刀剣ーー小夜。
少女は何も言わず、彩乃の袖をそっと掴む。
その存在は小さいが、確かな守護の気配を纏っていた。
紅は赤い髪を揺らし、鳥居を見上げる。
「説明が足りないな」
紅の声は低い。
「私達の世界の図書で保管されていた“禁断の書物”が、白夜に持ち出された」
玲央の心臓が跳ねた気がした。
「禁断の……書物?」
「触れてはならない記録だ」
鳥居が、強風でぎしりと鳴る。
「それが開かれれば、境界は歪む」
蓮が静かに問う。
「でも、白夜はまだ開けていないんだろ?」
「書物は“選ばれた者”しか開けない」
怜央は自分はどうなんだろう、と胸に問いかけてみた。
その時――
「ごめんごめん! 遅れた!」
場違いな明るい声がして、石段を駆け上がってくる少女が見えてきた。
ショートカットに稲妻模様の飾り。
蓮と契約する刀剣ーー雷牙。
手には紙袋があり、甘い匂いが漂う。
そんな雷牙を見て、蓮が額を押さえる。
「お前……また駅地下のクリームドーナツ買ってきたな」
「え、バレた!?」
雷牙はけろりと笑う。
「まあまあ、みんなの分あるからさ、怒んなって!」
袋を掲げると、小夜がじっと袋を見つめる。
雷牙は小夜に気づき、にやりと笑う。
「チビちゃんも食う?」
小夜は何も言わないが、視線は逸らさない。
彩乃は小さく息を吐き、口元を緩める。
「……それじゃ中で食べさせてもらおう。この前、新しい茶葉を買ったんだ。良かったらどうだ?」
雷牙が来てから、緊張が少し解けた。
「……話はまた後にしよう」
鳥居の境界は揺らいでいる。
だが今は、甘い匂いと温かな茶の時間。
それは、ほんのひとときの休息だった。
それは、夜の路地裏だった。
黒牙は闇に溶けるように立っている。
ルカを取り込み力は増したが、黒牙は力が足りずに苛立ちが滲む。
あれからずっと欲望に塗れた人間を探していた。
嫉妬、憎悪、劣等感。
今日も一人、契約を持ちかける。
「力が欲しいか?」
男は震えながら頷く。
一瞬、成功したかに見えた。
だが――
男の身体が痙攣し始めたのだ。
「が……あ……!」
それは馴染まず、男は崩れ落ちる。
そしてまた、命が静かに消えた。
「……またか」
失敗ーー。
これは何度目だろうか。
もっと深い闇を持つ者。
もっと壊れた魂。
夜の街を歩きながら、視線は無意識に神社の方向へ向く。
「もっと、もっと強い奴を殺さなければ」
自然と黒牙の口元が歪む。
闇は、確実に広がっていた。




