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第1話 左目に浮かぶ桜

冷たい。


それが最初の感覚だった。


冷たいアスファルトに横たわる陽菜の身体は、もう温度を失っている。


誕生日を祝うはずだった陽菜は、それも叶わずにいた。


そんな陽菜を見下ろす女。


白い髪に、月光のように淡い瞳。


彼女は陽菜の胸元に手を伸ばす。


「協力して」


血で汚れた陽菜の制服の布が、独りでに裂けた。


すると、胸元の皮膚に赤い紋様が浮かび上がった。


絡みついてくる花弁。


 ――彼岸花。


「契約成立」


止まっていたはずの心臓が、一度だけ脈打つ。


次の瞬間、陽菜の身体は影に溶けるように消えた。


再び、部屋には静寂だけが残るーーー。











翌朝。


鏡の中の自分は、いつも通りだった。


左目が何故か妙に痛むし、微かな熱が残っている気がする。


そんな違和感を抱きながら、学校へ向かう足取りは重い。


むしろ休もうとも思った。


教室の扉を開けると、いつもの騒がしさが迎えた。


「玲央、おはよう。今日は遅かったな」


「あぁ、ちょっとな」


幼なじみの鷹宮 蓮に声をかけられた。校則違反だが、金色のインナーカラーを堂々と見せ、ちょっと怖い見た目の蓮だが、女子ウケはいいらしい。


視線は自然と窓側へ向いた。


そこは陽菜の席。


机と椅子はある。


けれど、それは意味も無く寂しげに置いてあった。


最初から使われていなかったかのように。


「なあ、あそこって前から空いてたっけ」


前の席のやつが怪訝な顔をする。


「ずっと空席だろ?」


迷いのない返答。


玲央はスマホを開いて、連絡先を確認する。


陽菜の名前はない。


写真フォルダにも、彼女は写っていない。


背景だけが、もの静かに写っていた。


朝日 陽菜は世界から、消えている。


覚えているのは、俺だけだ。


それからというもの、授業の声は遠く、黒板の文字も頭に入らない。


昼休みも、帰り支度の時間も、窓際の空席が視界から離れなかった。











学校の帰り道、夕焼けが街を赤く染めている。


玲央と紅は一言も話す事無く歩いていると、路地裏から鈍い音がした。


何かを引きずる音。


鉄の匂い。


見てはいけないと分かっていたのに、足が止まる。


玲央は唾を飲み込み、そこを覗いた。


暗くてよく見えなかったが、男が倒れている。


その上に、人ではない何かが居た。


裂けた口。歪な腕。背中から覗く骨。


ーー何だ、あれ。


「…っ、馬鹿逃げろ!」


紅の叫び声がしたと思うと、朝から疼いていた左目が焼けた。


視界が紅に染まっていく。


隣にいた紅の姿が崩れ、光が収束する。


手の中には刀が握られていた。


「逃げないなら、戦うしかないよ」


「馬鹿な事を言うなよ!刀なんて…」


玲央の足は人間ではない何かを見て、震えていたのだ。


 ーー怖い。


そんな腰の抜けた玲央を見て、何かは嘲笑っていた。


食べていたのであろう、男の身体を放り投げる。


ぐしゃり、と嫌な音が響いたと思うと次の瞬間、玲央の腹に衝撃が走った。


玲央は一瞬にして地面に叩きつけられていた。


息ができない。


「主!立つんだ!」


紅の声が遠い。


鬼が痛みで動けなくなった玲央に覆いかぶさる。


牙が喉に迫る。


そんな鬼気迫る中、紅が人の姿に戻ろうとしていた。


「……手を出すな!」


怖いはずなのに、無意識に叫んでいた。


悔しい。


陽菜を守れなかった自分が、何より許せない。


陽菜の顔が浮かぶ。


『玲央くん!』


どくんー。


再び、左目が脈打っていた。


どくんーー。


どくんーーー。


何だか、視界が研ぎ澄まされる気がした。


何かの牙が玲央の首筋に刺さろうとした瞬間、何かは吹き飛ばされ、ビルの壁にめり込んでいた。


玲央は立ち上がり、足を踏み込む。


一瞬だった。


何かの腕が吹き飛び、黒い血が舞う。


だが、玲央の動きは止まらない。


斬る、裂く、抉る。


何かは恐怖のあまり悲鳴を上げ、逃げようとしたが、玲央はそれを見逃さなかった。


「言い残す事はあるか?」


玲央は何かに問いかけたが、聞く耳も持たず、最後に首を断ち切った。


何かは霧となって散ってしまったのだ。


とたんに玲央の身体が悲鳴を上げ始めた。


息が苦しくて、玲央は膝から座り込んだ。


何かが怖かったのか、それとも変わってしまった自分が怖かったのか、手が震えている。


刀が玲央の手から離れ、紅が姿を戻す。


「感情高ぶると、紋は力を増幅する」


左目の奥がじくりと痛み、まだ少し世界が紅色に見えるような気がする。


「制御できなければ、自分の精神がおかしくなる。…だからあまり使わない方が主の為だ」


「そんな戦いでは、いつか身を滅ぼすぞ」


 凛とした女の声が聞こえ、玲央は振り返る。


 路地の入口に、ひとりの女子生徒が立っていた。


 長い黒髪。そして玲央と紅を見る冷たい目。


「明日の放課後、学校にある武道場に来い。……来ないようなら、遠慮なく殺す」


冗談ではない声色だった。


「……何者だ」


玲央が胸を押さえながら立ち上がり、問いかけてみても女は答えなかった。


そして女は玲央に背を向け、夕闇に溶けるように消えた。


左目の熱は消えている。


だが奥で、疼いている気がした。


守るための力のはずなのに。


あの瞬間、自分は何だった?


普通の日常は、もう戻らない。


左目の奥が、わずかに脈打った。

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