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番外編 春の続き

春の日、桜に包まれた小さな式場で、怜央は深く息を吐いた。


白いタキシードが妙に落ち着かない。


「医者がそんな顔してどうすんだよ」


隣で蓮が笑う。


「うるさい」


けれど、怜央は笑っていた。


すると扉が開き、純白のドレス姿の彩乃が現れる。


強くて、真っ直ぐで、誰よりも不器用な人。


その人が、今、自分の隣へ歩いてくる。


桜の花弁が、祝福のように舞う。


誓いの言葉。


「健やかなる時も、病める時も――」


「共に生きます」


迷いはなかった。


指輪が重なり、彩乃が小さく囁く。


「やっと、やっとですね」


「ああ」


遠回りした。


失ったものもあった。


それでも今、この手は離さない。


数年後、彩乃は体育教師になった。


校庭で響く笛の音。


生徒に囲まれ、叱りながらも誰よりも寄り添う。


怜央は小児科医になった。


注射が怖くて、泣いている子どもと、目線を合わせる。


「大丈夫。怖くないよ。終わったら、好きなシールを選んで?先生が貼ってあげる」


不思議と、子どもたちは彼の前で泣き止む。


蓮は児童養護施設で働いている。


居場所を失った子どもたちの、背中に立つ存在になった。


そして、商店街の一角に小さな店がある。


白い看板で、可愛い字が書かれている。


「さくらパンケーキ」


紅が静かに生地を焼く。


小夜が春色のクリームを丁寧に絞る。


雷牙がぶっきらぼうに皿を運ぶ。


「ほら、落とすなよ。もー、口にクリーム付いてるって。ほらほら、順番な?」


店内は、子どもたちの笑い声で満ちている。


蓮が連れてきてくれる、児童養護施設の子どもたちも常連だ。


甘い匂いが、世界を優しく包む。


また、ある春の日。


「……怜央」


彩乃が差し出した小さな検査薬。


理解した瞬間、怜央の手が震える。


「……ほんとに?」


彩乃は頷き、怜央は泣きながら抱きしめた。


今度は守る側だ。


数ヶ月後、無事に産声が病院に響く。


小さな命が誕生した。


女の子だ。


怜央はその子を抱いた瞬間、胸の奥が締めつけられた。


理由は分からないが、懐かしい気持ちになる。


「名前……どうする?」


彩乃が微笑むと、二人は自然と同じ言葉を口にした。


「……陽菜」


一瞬、風が止まった気がした。


温かい涙が零れる。


初めてなのに、ずっと知っていた名前。


赤ん坊は、小さく笑った。


あっという間に退院の日になり、三人で桜並木を歩く。


花弁が舞い、陽菜の頬に落ちる。


「甘い匂いするな」


怜央が顔を上げた視線の先には、さくらパンケーキが立っている。


ドアベルが鳴り、


「いらっしゃいませ。……彩乃!それに怜央も、陽菜ちゃんも、来てくれたんだ」


小夜が笑う。


――陽だまりパンケーキ。


誰も深く考えないその名前に、紅だけが一瞬、目を伏せる。


覚えている。


あの日の約束も、涙も。


この世界の代償も。


だが何も言わない。


主は知らなくていい。


それでいい。


怜央は娘を抱きながら、店内を見渡す。


「なんか……落ち着くな」


「懐かしい、気がするよ」


彩乃が笑い、陽菜が小さな手を伸ばす。


桜が窓の外で揺れている。


かつて怜央が書いた願い。


「刀剣も、人間も幸せに暮らせる世界」

 

それは、ここにある。


争いも無くなり、境界は開かない。


刀剣も人も、同じ春を生きている。


陽菜は眠ってしまい、その頬に桜の光が差す。


どこか遠くで、優しい気配が微かに揺れた。


誰も気づかない。


それでも確かに、春は巡り、命は巡り、想いは消えずに残る。


世界は、静かに続いていく。

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