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第9話 霧の境界

ドーナツを囲んでお茶をした、次の日の日曜日。


まだ夜と朝の境目のような時間で、神社の境内は霧に包まれていた。


空気は白く、肌寒い。


静まり返った森の奥へ、彩乃は足を運んでいた。


パジャマの上に羽織を引っ掛けただけの姿。


髪も整えていない。


だがその瞳は冴えていた。


嫌な予感がするーー。


理由はないが、ただ、胸の奥がざわつく。


鳥居へ向かう足が自然と早まる。


霧の向こうに、朱色がぼんやりと浮かび、そしてそこに立つ黒い影があった。


鳥居の柱に手を伸ばしている男は黒牙だった。


「……守護者が直々に来たか」


彩乃は一歩踏み出す。


「鳥居に触れるな」


「少しぐらいいいだろ?ケチくさい事言うな」


その足元から、黒い気配が滲むと空気が重くなる。


「小夜」


彩乃が静かに呼ぶと、いつの間にか側に小さな少女が立っていた。


「なんとしてでも、鳥居を守るぞ。もう、誰も失いたくない!」


小夜が無言で頷くと、次の瞬間光が走る。


小夜の姿が溶け、一本の刀へと変わる。


白く澄んだ刃。


静かな殺気を感じた。


彩乃は柄を力いっぱい握る。


分かっているーー。


力の差は歴然で、黒牙はルカを取り込み、さらに強くなっている。


それでも、守ると決めた。


「へぇ、俺と殺ろうって?」


黒牙が地面を蹴ると、一瞬で距離が詰まる。


黒い爪のような刃が振り下ろされる。


彩乃は咄嗟に受ける。


耳が痛くなるような、金属音。


衝撃が腕を痺れさせる。


「く……っ!」


彩乃の足が地面を滑る。


だが倒れない。


鳥居の前で、退けない。


彩乃は刃を弾き返し、横薙ぎに切り払う。


霧を裂く一閃。


黒牙は軽く後退する。


「今度は、お前を取り込みたいなぁ」


黒牙の口元が歪んだと思うと、次の瞬間黒い影が増えたのだ。


そして地面から伸びる闇の刃。


彩乃は霧の中を滑るように移動し、背後から斬りかかる。


衝撃が森に響き、木々が震える。


鳥居が、ぎし、と軋む。


「鳥居が……!」


彩乃は位置を変え、攻撃の軌道を逸らす。


黒牙の一撃が地面を抉り、土が舞い上がる。


「守りながら戦うのは不利だぞ」


「大きなお世話だ」


彩乃の息が荒いが、それでも目は逸らさない。


小夜の刃が淡く光るり、彩乃は深く踏み込む。


一瞬、世界が静止したように見えた。


彩乃の紋の力だ。


刃が黒牙の肩を掠め、血が散る。


だが浅かった。


「それが本気か?」


黒牙の圧が増し、空気が震える。


彩乃の足がわずかに揺らいだ。


まだ、黒牙が強くなろうとしている。


だが、彩乃にも使命がある。


「小夜……!」


刃がさらに白く輝き、彩乃は真正面から斬り結ぶ。


火花が散り、霧が裂ける。


衝撃が鳥居まで伝わる。


黒牙は気づいていて、わざと鳥居へ圧を流している。


「どうする?守護者。自分の命か、鳥居を守るか」


迷いは命取りになる。


彩乃は刃を返し、攻撃の軌道を変える。


鳥居から黒牙を引き離し、地面に着地した。


紋の力を使いすぎたのか、呼吸が荒い。


霧の中で、二人は対峙する。


黒牙の圧が、さらに増した。


彩乃の腕は痺れ、足の感覚も鈍い。


それでも、刃を握る手だけは離さない。


「もう終わりにしよう、守護者」


黒牙が一歩踏み込んだと思うと、その瞬間、闇が爆ぜた。


彩乃の視界が揺れ、横薙ぎの一撃が胴を捉える。


鈍い音がし、肋骨が砕ける衝撃を感じた。


肺から空気が押し出され、声も出ない。


彩乃の身体が宙を舞い、地面へ叩きつけられる。


立たなければーー。


鳥居を、守らなければーー。


歯を食いしばり、右腕で身体を支えようとするが、黒牙の刃が振り下ろされた。


反射的に右腕で受けるが、骨が折れる感触。


嫌な音が身体の内側で響く。


小夜の刃がきしみ、握力が抜ける。


次の瞬間、彩乃は足元を払われた。


着地に失敗し、両足首に鋭い痛みが走る。


もう、身体は悲鳴を上げていた。


彩乃は完全に地面へ崩れ落ちた。


立てない。


呼吸が浅い。


視界が白く霞む。


黒牙がゆっくりと近づく。


「人間は本当に弱くて脆いな」


黒牙が刃を振り下ろそうとした、その瞬間。


「彩乃ちゃん!!」


切り裂くような叫び声がしたと思うと、霧をかき分け、走ってくる影が見えた。


祖母だった。


寝間着のまま、息を切らし、必死の形相で駆けてくる。


部屋にいない孫を探して、胸騒ぎのままここまで。


黒牙の動きが止まる。


彩乃の祖母は一般人だ。


黒牙の舌打ちが響く。


「またにするか。じゃあな、守護者」


黒牙の姿は朝霧の中へ消えた。


重圧がふっと消える。


祖母が彩乃の元へ駆け寄った。


「彩乃ちゃん!しっかりして!」


彩乃の身体は血に濡れ、腕は不自然に曲がり、足は動かなかった。


呼吸もかすかにしているようだが、重症だ。


そんな孫の姿を目の当たりにし、祖母の手が震える。


その時――


淡い光が揺らぎ、小夜が刀から人の姿へ戻る。


「おばあちゃん、大丈夫。私がいるから」


祖母は涙をこらえながら頷く。


「お願い……小夜ちゃん……」


小夜が彩乃の胸に手をかざすと、柔らかな光が包む。


「命は繋いだ。でも……時間がかかる」


「外は寒いわ。とりあえず中へ入りましょう!」


祖母と小夜で、慎重に彩乃を抱き上げる。


霧の中、ゆっくりと神社へ戻った。


鳥居が、静かに立っている。


境界は、揺らいでいた。

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