平民女の逆襲? いいえ。私はただ事実を指摘したまでです。
どうなさったのですか、皆様。
私のような平民の女を、学園の裏庭で呼び止めて。
このような大勢でーー公爵令嬢ミレア・シット様のみならず、イヤガル辺境伯家のエレーヌ様、ツンデ侯爵家のサキ様、ランボー伯爵家のメリー様、ダマス子爵家のサラ様、カクス男爵家のビアンカ様ーー錚々たるご令嬢方が揃って、総計六、七……八人がかりで、私を取り囲んで。
そこまでして、私ごときに問いかけるようなことはないかと思いますが。
裏庭なので、ゴミ焼却炉も近くにありますし、私がゴミ当番で、ゴミ捨てに行くのを待ち伏せしていらしたのですか?
ちょっと怖いんですけど。
え? なんですって?
私が、貴女の婚約者に、色目を使っている?
彼を誑かさないで?
はあ。またですか。相変わらずのお話で……。
しらばっくれるな?
平民でありながら、私がヌルイ・ホシン王太子殿下のお相手にのし上がろうとしている?
そのために、殿下の婚約者であられるミレア公爵令嬢に恥をかかせたと?
王太子殿下ですら、私に気移りして、ミレア様との婚約を破棄しようとなさっている?
みんな、私、リフレインのせいだ、と?
いえいえ、立て続けに、なんという言いががかりを。
そんなこと、あるはずないじゃありませんか。
私は平民ですよ?
そんなことをすれば、ヌルイ王太子殿下の評判はーー。
え?
他の貴族令息にも色仕掛けを? 私が?
平民のくせに、貴族夫人に成りおおせようという、立派な陰謀?
私が貴族になりたいだけ?
あははは。
そんなことはございませんよ。
どうして、そんな噂が……。
貴女の婚約者も、私に誘惑された?
私が殿方を相手に、いつも馴れ馴れしくしているのを知っている?
なになに?
私が、何人もの貴族令息を誑かして手玉にとったせいで、多くの婚約した貴族令嬢が泣いている?
だから私を窘め続けたのだと?
平民のような、身分の低い者から、口を利くこと自体、そもそも無礼な振る舞いだと?
あぁ。それに関しては、お言葉ですが、私は平民ですので、誰かからお声掛けされない限り、こちらから口を利くことは一切、しておりませんよ。
「身分下からは、口を利くな」という貴族社会の鉄則は、私、キッチリ守っておりました。
先ほどおっしゃった、貴女方のお相手ーージャック・カンゲン公爵令息やボイド・テンカ伯爵令息、さらに言えばヌルイ・ホシン王太子殿下ですら、皆様、向こう側から私に語り掛けてくださったのですよ。
私の方から語った事は一度たりともありません。
もっとも、こちらから、貴族社会のマナーや、学業について不得手な科目内容についての質問ぐらいはしたことはあります。
学園規則によれば、学園内においては、身分に関係なく友誼を結ぶように、となっておりましたから。
ですので、この程度なら問題なかったはずです。
正直、私としましては、貴族の方々の規範と申しますか、貴族社会の常識にできるだけ合わせようと努力してまいりましたし、身分の高い、貴族家の方々とあまりお近づきになりたいと思っておりませんでしたので、こちらからはできるだけ語らなかったはずです。
ええ、誓って言いますが、私は意図的に誰か、貴族家のご令息を誑かしてなんか、おりません。
え?
嘘を言うな?
現に、貴族令息の方々が何人も、私と付き合いたがってる?
ですから、皆様、私を恨んでおられる、と。
さしずめ、被害者の会ということかしら。
それにしても、貴族家のご令嬢は大変ですね。
それぞれの家で決められた婚約者がおられて、その方の心の動きにも注意を払って。
でも、令息方が勝手に、私のことを魅力的に思っただけなんですよ。
ああ、たしかに、私がすぐ泣くという噂は、特に入学当初に関しては、ほんとうです。
紳士的な美少年たちから優しくされて、その度に感激して泣けてきたんです。
平民社会では、女は押し並べて雑に扱われるばかりですから。
それから、今のように、大勢の令嬢方から強く問い詰められると、碌に口が利けなくなるというのも、学園生活に慣れるまでは、たしかにありました。
貴女方のような、ご令嬢方の美しさと威厳に打たれてしまって、緊張し、村の訛り言葉しか喋れなくなって、アワアワしてしまったのです。
貴女方から見たら、わざとのように見えたかもしれませんが、特に入学当初の私は、そんなふうに嬉し泣きばかりして言葉が出なくて、慌てふためくしかできませんでした。
さらに貴族のご令嬢のように背筋をピンと伸ばして、エレガントに歩くこともできなくて、真似しようと思って歩いたら、ズッコケてばっかりで。
それを周りのご令息方が笑ってくれて、それで会話が始まって、友達になったりして。
そうして私が殿方と交友関係を広げていったさまも、ご令嬢方は、殿方に向けた、私のあざとい演出だと思っている向きもあるようですけど、ほんとうに違うんです。
誤解なんです。
え? そんな言い訳は認めない?
私が、貴女の婚約者を誘惑した?
彼が、私の話ばかりして不愉快?
そんなことを、おっしゃいましても……。
誓って申し上げますが、ほんとうに私は何もしていません。
私たち平民は、貴族のご令嬢のように、作法をわきまえてもおりませんし、流麗な社交術を身につけてもおりません。
ですから、かえって喜怒哀楽を自由に顔に表すことができます。
ヌルイ王太子殿下をはじめ、多くの貴族家のご令息方が、私のことを気に入ってくださったのは、そういったところじゃないかと思います。
貴女たち貴族令嬢方は体裁ばっかり整えて、笑ったり、怒ったり、自由気儘に振る舞えません。
そんな窮屈なところが、令息方から見たら、魅力の乏しい、つまらない女と思えてしまうだけかと。
私は別に王太子殿下や他の名門貴族のご令息方を誑かしたわけではありません。
ただ単純に、私の存在そのものが、彼らの目に魅力的に映っただけのこと。
だって、平民と貴族では、住む世界が違うんですもの。
おかげで私のような平民女性の振る舞い自体が、とっても新鮮に映ったんだと思うの。
喜怒哀楽を素直に出す女の子ーー楽しいときは声をあげて笑う、悲しいときは人前でも泣く、怒りたいときは怒るーーそうした当たり前の姿が好まれたに違いありません。
感情を素直に出せるから、私は、ご令息方から注目を浴び続けたんじゃないかしら。
でも貴女方、貴族家のご令嬢方は違います。
感情を素直に顔に出すこと自体、慣れてはおられません。
それに、いつも貼り付いたような笑顔を浮かべて、素敵な振る舞いをしようと意識してばっかりいて、相手の男性の心なんか知らんふりなんですから。
おかげで、ヌルイ王太子殿下は私に接すると、
「ほのぼのとした温かさを感じ、青空のように広々とした気持ちになる」
とおっしゃっていました。
貴女方、貴族家のご令嬢と接しても、そうしたリラックスした気分になれないのでしょう。
実際、私だって、貴女方とお茶会をすると、いつも点数をつけられているような、窮屈な気分がするんですもの。
だいたい私なんか、王太子殿下とお付き合いできるだなんて思ってません。
まして婚約や結婚だなんて、思いも寄りません。
ただ単に、お勉強の成績が良いから、貴族家の子女ばかりが通うこの学園に、タダで特待生として入学させてくれるっていうから、来ただけなんです。
将来は、村のために貢献できたらなぁって思ってただけなんです。
ですから別に貴族の作法も社交会も、私は興味ありません。
本来は、関わることすら嫌でした。
好きなときにお茶を飲めて、好きなときにダンスができて、ちょっとしたお仕事をしながら、家族で暮らしていきたいわ。
貴族の社会は、結婚も政略結婚しかないし、それぞれの家ごとに、利権が絡んだいろいろな陰謀があって、いつ罠を仕掛けられるかわからない。
そんなピリピリした生活は嫌なんです。
そして貴女方のように、いつも貼り付いた笑顔を浮かべて、綺麗に身だしなみを整えて、張り詰めているだなんて、ほんと真っ平。
寝坊したときのボサボサ頭で、ラフな服装で村を散歩したりすることーーもちろん、こうしたことは村でもやったら叱られるけど、別に大騒ぎになることじゃないーーそんなことすらできないんですものね。
貴族家の者になると、すっぴんで街をフラフラなんて、もってのほかになってしまう。
もちろん、平民だからといって、遊んでばかりはいられません。
貴族の方々以上に、遊ぶ暇などございません。
仕事が大変なんです。
平民は男女ともにお金のために朝早くから夜遅くまで働いています。
特に女性は、日中は炊事、洗濯、掃除とクルクルと働き続けます。
おまけに寝る間も惜しんで夜鍋をして、家族の衣服の繕いをしたりして、家計を助けています。
かたや貴族の方々はサロンなどを開いて、いろんな人を招いては、お茶菓子やお料理などにどれだけ工夫を凝らすかが、女主人の腕の見せ所となっていて、そういう見栄を張ることにお金をかけています。
そしてそのとき、身につけているドレスや宝飾品のセンスや、会話の知的レベルなんかも問われて、そこが貴族の紳士淑女に求められていることだとお見受けします。
それはそれで、大変なことでありましょう。
とはいえ、貴族の方々だけでなく、平民であっても、それぞれに生きていくうえでの大変さはあるのですから、平民の女だからって、私をみくびらないでいただきたいのです。
重ねて言いますが、私、どなた相手であっても決して色仕掛けなんかしておりません。
無垢な少女と思われているようですけどーーあれ? 思われてません? それは失礼を。コホンーーとにかく、私は王太子殿下とのお付き合いなんて、もとより望んでおりません。
ヌルイ王太子殿下と婚約? 結婚?
そんなの、無理無理!
ほんとうに無理ですもの。
そんなことをしたら、天と地がひっくり返るようなものです。
当たり前ですよね。
ちょっと仲良くしただけで、これだけ貴女方ご令嬢方がギャーギャー怒って囲み込んで、私を殺しかねない勢いになるんですよ?
王太子殿下と結婚なんかしたら、国中の者から嫌われて、私、処刑されてしまいます。
ということで、私、特待生の平民女からの感想をまとめさせていただきます。
まず第一に、私が、貴族のご令息方にモテたのは、私が自然体なだけだったから。
貴族の作法を知らない、その仕草が面白がられただけで、私が特に狙って、あざとい演技をしたわけではない、貴族のご令息方を誑かしはしていない、ということ。
あ、だからと言って、貴女方、貴族令嬢の礼儀作法を貶めるつもりは毛頭ございませんからね。
貴女たち、ご令嬢方は、私にはできない貴族の作法を身につけておられて、それはそれで平民である私たちから見たら、すごく綺麗で、憧れるものなんです。
ですから、そうした文化的伝統は大切にしてもらいたく思っております。はい。
で、話を戻しますと、貴族令息方に、私の仕草がウケてしまったのは、物珍しかったからです。
私と貴方たちは住む世界も、育った環境も違うんですもの。
そりゃ、互いの違いが目についてもおかしくありませんよ。
そして第二に私の感想としては、いくら私が殿方の興味を引いたからといって、嫌がらせをしたり、いじめたりなさらないでください、みっともないですよ、ということ。
貴女方がことあるごとに私に「彼氏を誑かさないで」とか「婚約者を惑わさないで」と訴えますので、私にそのような意図はないと何度も申し上げてきました。
ところが、言うことを聞かず、そちらのイヤガル辺境伯家のエレーヌ様は、私が舞踏会で着ていくドレスを勝手に引き裂き、そちらのカクス男爵家のビアンカ様は私の筆記用具を奪って、私の目の前で窓の外に捨てたり、あちらのランボー伯爵家のメリー様は皆が見ている前で、私のお腹をグーで殴ったりして。
皆さんは揃いも揃って扇子を開けて、その裏で笑っておられたのでしょう。
ほんと貴女方、貴族家のご令嬢方は、悪意や怒り、妬みすら、隠そうとなさらない。
貴族社会では、そういう振る舞いを避けるのだと思っておりましたのに、意外です。
平民の私相手だからこそ、平気で、あられもない態度をとられていたのでしょうか。
「あなた、恥を知らないの?」
などと良く言われながら、いじめを受けましたが、私の方こそ、常々、内心では、
(どっちが恥知らずなのよ!?)
と思っておりました。
でも、なによりもまず、勘違いしないでいただきたいのは、私は別に貴女方の世界ーー貴族社会に入り込みたいとは思っていなかった、ということです。
私がこの学園に来たのは学業をするため、将来、安定した職業に就くためであって、貴女方、貴族家の子女と深い友誼を結ぶつもりは、本来、なかったのです。
ですが、貴族家の令息方が勝手に私に言い寄ってきて親しくしようとしてきたんです。
そのせいで貴女方ご令嬢方から嫌がらせを受けるに至っているのです。
ですから、意を決して、一ヶ月ほど前、ついに言ってやったんです。
「非常に迷惑しています。なんとかしてください」と、令息方のご実家に。
手紙をしたため、苦情を申し上げたのです。
はい?
どうしてそんなことをしたのかと?
令息方に恥をかかせるのかと?
おかしなことを言いますね。
もちろん、貴女方が私をいじめるからじゃありませんか。
貴女方が嫌がらせを止めていただくには、どうしたら良いのかと、私も考えたのです。
貴女方、いじめの実行犯の方々の怒りの原因は、すべて、貴女方の婚約相手である、貴族家の令息方が私に言い寄るからであって、他に理由がございません。
ですから、「お宅のご子息が勝手に私を気に入るのはやめてください。私は迷惑しているのです」とご実家に伝えて、どこが悪いのでしょう。
教師に言うべきだと?
あははは。
それは無理ですよ。
教師の方々は子爵以下の貴族ばかりですから、公爵、辺境伯、侯爵、伯爵といった高位貴族家のご令嬢の横暴を止めることなんかできませんよ。
当然、承知しているでしょ。そのようなことは。
それに学園内での出来事とは言え、婚約者を奪ったとか、誑かしたとかいう言いがかりは、みな学園外での、貴族家同士の関係から始まる問題です。
言ってみれば、ご両親を始めとしたご実家の問題なのです。
ですから、ご実家に向けてお知らせしたんですよ。
「お宅の息子さんの婚約者が、私が息子さんを誑かしている、などと謂れのない非難をしてくるので困っています。
お宅の息子さん方に、そのような誤解を、お相手にさせるような行為をするのはやめていただきたいのです。お願いします」
と手紙で訴えったんです。
あら?
何を驚いていらっしゃるのですか?
私としては、ご令息方が気軽に声をかけたり、私と連れ立って歩こうとしたり、親しみを持って接して来ているだけだと、承知しております。
ですが、貴女方が、「婚約相手の令息を誑かした」だの、「淫らな関係を持とうとしている」だの、「彼の心が奪われた」だのとおっしゃるので、私の意見ではなく、婚約のお相手である貴女方の意見をそのまま、お相手のご実家にお伝えしたのです。
だって仕方ないじゃありませんか。
私がご令嬢方にいじめられて困っていると、いくらお相手の令息方に訴えても、
「そんなはずはないよ。
僕の婚約者は礼節をわきまえ、心が広く、優しい淑女ですよ」
とばかり言って、貴女方を窘めることもなく、
「君の思い過ごしですよ。
平民出身の君には、わからないのかもしれないけど、貴族家のご令嬢は、そういった、はしたないことはできないんだよ」
などと、夢見がちなことをおっしゃるものですから。
扇子で叩かれて、頬を赤く腫らせている私の顔を目の前にしながら、
「君のほっぺは赤くて可愛いね」
などと口走るくらいなのですから。
被害者である私が、いくら事実を訴えたところで、誰も真面目に取り合ってくれないのです。
王太子殿下や貴族家のご令息方は、平民出身の女は、まるでお人形さんか、ペットのように思っているんですもの。
ほんと、彼らの女性観に歪みを感じた次第ですわ。
ですから、貴女方のいじめや嫌がらせがエスカレートする一方で、誰も止めてくれない、今も、こうして令嬢方に取り囲まれて尋問されている際も、殿方たちはまるで気づかず、のほほんと学園生活を送っているのかと思うと、少し腹が立つほどです。
というわけで、ご実家に、事実の報告をーー。
あら?
そんなふうに、私に向かって、お怒りになっても。
言ったでしょう。
お相手の令息方は、何もしてくださらないし、貴女方に、私が、
「婚約のお相手を誑かしたつもりは毛頭ない」
といくら言っても、貴女方は聞いてくださらない。
ですから、お相手のご実家に苦情を申し上げる以外、道がなくなったのだ、と。
平民だからといって、口が利けない、文字が書けない、などと思われては、迷惑です。
貴族家はもちろん、たとえ王家に向かってであろうとも、苦情ぐらいは訴えることはできるのですよ。
「貴方の家のご令息の軽々しい振る舞いによって、私は迷惑を被っております」と。
はい?
直接、貴女方に言えと?
お相手の実家に文句を言うのは筋違いだと?
ですから、貴女方には何度も言ったじゃないですか。
「嫌がらせは、おやめください」と。
「貴女方のお相手の令息方も、私を面白がっているだけで、婚約しようとまで思っておりません。貴女方が勝手に嫉妬しているだけです」と。
え?
そのようにあられもない言い方をするな?
「嫉妬している」などといった、無礼な言いように我慢ができない?
ですが、事実ですよね?
言い方を変えたところで、私へのいじめを止めてくださったのかしら?
とても信じられませんね。
とにかく、私といたしましては、勉学に勤しもうと思っているのに、誤解をもとに嫉妬した貴女方から嫌がらせばかりされて、灰色の学園生活になっていました。
実際、令息方にいじられるのも、その時は軽やかで面白かったりするのですが、後になって、貴女方からいじめられると考えますと、ここ最近は、うんざりしていました。
ですから、ご実家に訴えたんですよ。
手始めに、ご令息方のご実家に。
次いで、私をいじめる貴女方のご実家にーー。
実家は関係ない?
王太子のみならず、複数の令息方と関係をもとうとした私がいけない?
実際、貴方のお相手が、貴女に婚約破棄を言い渡した?
あぁ。
それは、そのお相手が、珍しく私の言い分を信じてくれたか、いじめの現場を直接、自分の目で見たんじゃないでしょうか。
メリー・ランボー伯爵令嬢ーー貴女は特に露骨に私をいじめてくれたですからね。
私の髪の毛を引っ張ったり、後ろから頭を叩いたりするのを目撃されたからだと思いますよ。
「あんな、はしたない女だとは思わなかった」
とお相手のリムル・トール侯爵令息が吐き捨てるようにおっしゃっていたのを見かけましたから。
あら?
どうして、しゃがみ込むのですか?
別に良いじゃないですか。
真実の姿を見ただけなのですから。
貴女が嫉妬したのを可愛いと思うくらいのお相手じゃないと、結婚した後、夫婦関係が長続きいたしませんよ。
それに安心してください。
私にちょっかいをかけた令息方の大半は、廃嫡される運びになったそうですから。
あら。何を驚いておられるのです?
目を丸くなさって……。
廃嫡に驚かれてるのですか?
ご実家によっては、廃嫡どころか、実家からの勘当ーー平民落ちになった令息もおられるようですよ。
貴女方、ご令嬢方のご実家に、苦情の手紙を書くまでもなかったんです。
お相手のご実家に私が手紙を書いただけで、思いも寄らない効果があったようで。
そこら辺、私は平民の出ですので、想定もできずに、びっくりいたしました。
ご実家のご当主様が、さして調べもせぬうちに、ご令息の家督相続権を奪ったのです。
私のような女にちょっかいを出すような者は、嫡男として認められないと。
中には、ヌケガ子爵家のように、息子を実家から勘当すると息巻いているご当主様もございました。
なぜかって?
私にどうして、そんな権限が?
ほほほ。
もちろん、私はしがない平民です。
貴族家のご当主様を動かすような、強大な権限なんかありませんよ。
たかが平民の女です。
でも、考えてみれば、当然でしょう?
平民の女と結婚する貴族なぞ、ありますでしょうか。
私は、貴女方、ご令嬢から嫌がらせを受け、それも度重なったので仕方なく、その令嬢の婚約相手のご実家に、私が迷惑している事実を伝えました。
すると、たいがいの家は恥入って、息子を廃嫡する、とおっしゃいました。
学園に通わすのをやめたい、という家も多かったのですが、そこは王家が認めませんでしょうから、難しいようで。
この学園内では、家柄に関わらず、付き合い方や振る舞いは自由であり、その学則を破る行為は許さない、と学園創立時の国王陛下の命令で定められていますので。
ですが、どんな貴族家でも、自分の自慢の息子が、平民女を相手に、婚約者を差し置いてのめり込み、親密に付き合い始めて、肉体関係すら結ぼうとしている、などと噂されていることを知ったら、息子には失望した、そんな体裁の悪い息子には家督を継がせられないと、貴族家のご当主様が思われても、何ら不思議がありませんよね。
ええ、そうですよ。
サキ・ツンデ侯爵令嬢、貴女のお相手であるジャック・カンゲン公爵令息様のお父様は早速、息子を廃嫡処分に決したそうです。
そして、これ以上我が家に関わらないでもらいたいと私に手紙を寄越してきましたわ。
あらあら。
どうして、お泣きになるのですか?
貴女方が私に訴えた、お相手の行状を、そのままご実家にお伝えしただけですのに。
「平民の小娘が、私の彼を奪うな!
この泥棒猫が!」
とおっしゃってましたけど、私は泥棒などしておりません。
貴女の婚約相手の方から、「少し街を散歩しませんか」と誘われたりしただけです。
それでも、言いがかり同然で、貴女からいじめられるので我慢できず、
「ツンデ侯爵家のご令嬢サキ様から、このようないじめを受け、私は迷惑しております」
と、婚約相手のご実家であるカンゲン公爵家に訴えただけなんですけど。
ああ、そうなんですね。
自分の将来の夫が、家督を相続できなくされたことが、悔しいのですか?
でも、それもまた、仕方ありませんよね。
私だって、苦情を申し上げた令息方のご実家から、こんなに厳しい反応があるとは思いませんでしたもの。
そこら辺は、貴族家の令嬢方や令息方とは違って、私は平民の女ですから予想できませんでした。
それにしても、さすがは威儀を尊ぶ貴族家のご当主様、と言うべきかしら。
私から息子さんの風聞を聞かされたら、反応も対処も、じつにが早かったですわ。
それからが大変でしたのよ。
いきなり自分の息子が家を継げなくなったとなると、今度はお相手に悪いと思い、「お相手のご実家に向けて、婚約破棄を通告しなければならない」と言い出すんですもの。
婚約は当人ではなく、親同士、家同士の取り決めですから、「当主の決定は絶対だ」と言うんですね。
それで、親同士で勝手に、ご令息、ご令嬢の婚約破棄が決定してしまって。
すると今度は、「どうして、ウチの娘が婚約破棄されたのだ!?」と、貴女方、令嬢方のご実家が怒って、事情を問う手紙を、お相手の貴族家に向けてお出しになって、さらにその手紙を、お相手のご実家を経由して、結局は私宛に送って寄越すのですよ。
まったく、良い迷惑でした。
仕方なく、貴女の家のご令嬢から、私はこういう嫌がらせを受けました、それは娘さんのお相手の婚約者が、平民の私相手に懸想しているから、ご令嬢が嫉妬に狂ってーーと逐一報告する羽目になりました。
そうすると、今度は、娘の、そんなはしたない行状が相手方の貴族家、さらには貴族社会に広く知れ渡ってしまっていると知って絶望するご実家が後を絶たなくなったのです。
「学園を卒業したら、娘を謹慎させる」とか、「修道院に放り込む」と言い出す始末でーー。
え?
知らされていない?
それは、そうでしょう。
こうした動きは、ほんの数週間前に始まった出来事なんですから。
特に、卒業間近の今に、息子や娘に対して、廃嫡や修道院送りになったなどと伝えて、学園で暴れられる危険を冒すよりも、卒業を終えて屋敷に監禁でもした際に報せた方が良いと気遣っているのでしょう。
あらあら、随分としおらしくおなりで。
静かになったところで、重ねて言いますね。
具体的に言えばーーそう、そこにおられるナスリ伯爵家のテラス様。
貴女のお相手であるボイド・テンカ伯爵令息のご実家は、そんな行儀の悪い息子には家督を譲れない、卒業と同時に勘当を言い渡す、と決したそうです。
そうなると、今度は、婚約したままでは、お相手のナスリ伯爵家にまで迷惑がかかるからと、貴女のご実家に、ご息女との婚約を破棄をしたことと、私から苦情が来た、このような内容だった、と正直にお伝えしたようです。
私が書いた手紙の写しまで、貴女のご実家にお届けなさったそうでーーほら、これをご覧ください。
私のバスケットですが、中には私の筆記用具とノート、外国語の単語帳が入っておりますが、その他にも様々な家から届けられた手紙があるのですがーーそうそう、これこれ。
この手紙が、貴女のご実家からいただいたものです。
読み上げましょうか?
『特待生リフレインへ。
我がナスリ伯爵家の娘テラスが、ご迷惑をおかけしたようで、面目ない。
とても信じられない内容が記されているが、相手のボイド・テンカ伯爵令息によれば、酷い誤解で、少し仲良くしただけで、どうして平民出身の女性と親しく付き合ったことにされ、挙句、そちらのテラス・ナスリ伯爵令嬢との婚約を破棄し、その平民リフレインと婚約し直そうとしている、とまで妄想されたのか、理解に苦しむ、とのこと。
しかも、そうした誤解に基づいて、特待生である其方を相手に、筆記用具を捨てたり、ノートを盗んだり、カンニングの濡れ衣を着せるような、数々の嫌がらせを、あの愛らしい我が娘テラスがしたとは、正直、にわかには信じられない。
だが、そのような被害を受けた、と其方に声高に訴えられ、しかもそれが事実として、さまざまな高位貴族家に喧伝されてしまったからには、そのような事実があったかなかったかは、もはや問題ではなくなってしまった。
我がナスリ伯爵家の名誉に懸けて言わせてもらう。
そのような振る舞いをしたと、貴女が訴える女は、いたとすれば、その者は到底、我がナスリ伯爵家の令嬢とは認められない。
従って、娘テラスは学園を卒業すると同時に、修道院送りとするーー』
あら?
どうして、お泣きになるの?
わんわんうるさくて、続きが読めないじゃない。
貴女のお父上は、とても厳格なお方なのですね。
こうも書いてありますわよ。
『ーーたとえ、其方が平民であるにもかかわらず、多数の貴族令息を誘惑したことが事実であったとしても、私の娘が其方のドレスを破ったり、靴底に針を忍ばせるなどの嫌がらせをして構わないということにはならない。
貴族令嬢としての嗜みを忘れ、しかもそれを複数の貴族家のご令嬢と一緒になって行っているとしたら、それは王国貴族の恥に他ならぬ。
そう思って、私はカンゲン公爵家、アマイ侯爵家、ヒトノセ伯爵家、イヤガル辺境伯家、スルー子爵家、カクス男爵家、果てはホシン王家にまで、それぞれ自分の家の息子や娘について、其方の手紙に記されている家々に、その手紙の写しを送って見せた。
すると、それぞれの家にも、すでに其方からの手紙が届いていて、様々な嫌がらせを受けたという苦情が記されていることを知った。
いくら成績優秀な特待生だからといって、平民の娘に婚約者を乗り換えるなどという恥知らずな行為を我が家の息子がするはずがないと憤慨したり、筆記用具を窓の外に捨てたとか、靴底に針を隠し入れたとか、ドレスを引き裂いたとか、とても我が娘がしたとは思えない事態だと嘆いたり、とにかく手紙を受け取ったすべての貴族家が深い悲しみに陥っている。
特に、それぞれの家の奥方ーー母親たちが嘆き悲しみ、たとえばランボー伯爵夫人などは塞ぎ込んで部屋に閉じこもってしまわれたとのことだーー』
あら、メリー・ランボー伯爵令嬢?
いかがなさいました?
貴女が一番、隠すことなく、人前でも暴力を振るっていたではありませんか。
私の頬を平手で打ち据え、嘲笑っていたじゃありませんか。
何を今更、青褪めて、少女のように、お泣きになるのです?
私が、貴女の人生をむちゃくちゃにした?
そんなことないですよ。
貴女方の言い分を、そのままお相手のご実家にお伝えしたところ、お相手のご実家が、貴女の実家に、勝手に確認を取っただけじゃありませんか。
貴族社会は名誉で成り立っている?
こんな恥を親に知られては、生きてはいけない?
知りませんよ、そんなこと。
私は事実を手紙に書いたまでです。
恥だと思われる行動したのは貴女方、ご自身じゃありませんか。
私だって必死な思いでこの学園に通っているのです。
貴女方に良いようにいじめられたまま、「婚約者を奪った」などという濡れ衣を着せられた状態で、生きていくわけにはまいりませんもの。
何度も言っているでしょう。
私は単に殿方に面白がられてるだけで、貴女方の婚約者としての立場を奪う気もないし、私が代わりに婚約者に納まろうというつもりなど、まったくないということを。
そして、令息方が私に懸想したと思って、令嬢方がお怒りになっている、そして私をいじめているという事実を、結果として、双方のご実家が知っただけのことですよ。
どうして泣いておられるのです?
みなさん、うずくまって。
先ほどまでの勢いは、どうしたのですか?
平民には、わからない?
実家から勘当されたら、貴族ではいられない。
もう嫁ぎ先がない?
修道院に入れられるか、家の中に押し込められるか。
悲惨な人生ーー?
どうして、そんなことで泣くのです?
お相手がご実家から勘当されたとて、平民になるだけじゃありませんか。
私と同じですよ。
良かったんじゃないですか。
あの貴族家のご令息たち、いえ、ヌルイ王太子殿下ですら、私の頭を撫でながら、皆様、判で押したように、良く言っていたものですよ。
「平民は良いな、自由で、伸び伸びしていて。
僕も平民のような気軽な立場になってみたいよ」と。
そうなんですよ。
貴族のご実家から勘当されるということは、常日頃、おっしゃっていたことが実現する、ということではありませんか。
お喜びください。
ご令嬢の方々、貴女方が愛する婚約者の多くの方が、念願の平民になれるのですから。
そうそう、アンナ・スルー子爵令嬢もおっしゃってたじゃないですか。
私のノートを噴水の泉に落としながら、
「平民の女って、自由奔放で、作法も知らず、好き勝手に振る舞って、まるで子供のようね。羨ましいことだわ」って。
笑いながら、言ってましたよね?
ですから、愛するお相手、アックス・ヒトノセ伯爵令息と一緒に、平民になって添い遂げたら良いんですよ。良かったじゃありませんか。
もはや、うるさい作法も、厳しい躾もないのですから。
私と同じように平民になって、能力に応じて働いて、頑張って生きていけば。
え?
私が、こうなることをわかっていて、罠に嵌めたのかって?
だとしたら、仕返しが過ぎる?
そんな、とんでもないことでございますよ。
私は、お相手の実家に息子さんの風聞をお伝えして、さらに貴女方の実家から問いかけが来たものだから、つい反応して、手紙で返答しただけですよ。
ご令息方は私をからかっただけですし、ご令嬢方は誤解した挙句に、私に嫉妬して、嫌がらせをしただけだ、と。
事実を詳らかに、いろんな貴族家にお知らせしただけです。
そうしたら、思いの外、反響が凄くて。
息子さんやお嬢さんの処分を明記した手紙はわずかでしたが、いずれも同様の内容でした。
いかなる理由であれ、平民女に言い寄ったり、髪の毛を引っ張るなどのいじめをしたり、とにかくそのような愚かな振る舞いをしたこと自体が問題だ、さらにその事実を貴族社会で周知されてしまったからには、息子に家督を継がせるわけにはいかない、あるいは娘に生涯の結婚を諦めさせて修道院に入れるしかない、という反応でした。
あぁ、公爵令嬢ミレア・シット様、貴女も罪な女ですねえ。
貴女が要らぬ言いがかりを私につけていじめたものだから、結果として、ヌルイ・ホシン王太子殿下は王位継承権を喪失したそうですよ。
代わりに、弟のネラウさんが王太子となられるそうで。
ただ、平民女に入れあげた、との不祥事で廃太子となった事実は、あまり表向きにしたくないそうで、そこら辺は別の理由が公表されるそうですけど。
あぁ、こんなプライベートを含んだ、政治的なお話をするのでしたら、たしかにこのような裏庭で話すのがちょうど良いですよね。
このような内容、教室で話すと、傍から小耳に挟んだ人が騒ぎ出して、大騒動になっているかも。
せっかく陛下や王妃様、そのほか多くの高位貴族家のご当主様たちが内密に事を運ぼうとなさっているのに、噂が立っては申し訳なかったところです。
そうそう、私がここで話した内容が外に漏れたとすれば、それは貴女方が噂した結果ということですから、よくよく考えて、外では話してくださいね。
私たちのような平民の家とは違い、貴族家ではこのような事実が明らかになっただけで廃嫡になったり、修道院送りになるのだと知って、私の方が驚いたくらいです。
もちろん、貴女方は貴族の礼節というものを良くわきまえていらっしゃるそうですので、充分承知していることなんでしょうけど。
あら。
こんなはずじゃなかった?
こうなるとは思わなかった?
意外ですわね。
私のような平民と違い、貴族家の令嬢のほうが家族や一族、家臣からも愛され、恵まれている、とおっしゃっていたのに。
悪い噂が立った程度で、勘当されたり、修道院に送り込まれたり。
そんな親子に愛情なんて、ほんとうにあるのかしら?
平民の私には、疑わしく思えてならないんですけど。
でも、考えてみれば当たり前ですよね。
高位貴族家のご令息ばかりか、将来の国王陛下であられる王太子殿下までが、私のような平民の女の子と浮ついた噂が出るようでは、いけません。
だって、私が公爵令嬢を押し除けて婚約者の座を奪ってしまったとすれば、平民の私がいずれは王妃様になるということですよ?
そんなの、国民の誰もが許しませんよ。
私のお父さん、お母さんですら、びっくりなさって、挙句、周囲からの冷たい視線に耐えられず、表に顔を出せなくなることでしょう。
私が大勢の貴族令息に声をかけたのは、国家転覆を図っているからだといった、おかしなことを言うご令嬢もおりました。
ですが、何度も言っておりますように、ご令息の方が面白がって私に声をかけただけなのを、貴女方で勝手に誤解して嫉妬して嫌がらせをしただけなんです。
そしてその事実を、双方のご実家が、詳しく知ったというだけのことですよ。
ほんとうに、それだけで、何も特別なことはありませんでした。
何かあったとすれば、令息方が私相手にからかったり、いじったりして、結果として、貴女方が私に嫌がらせをした、という事実があっただけです。
たしかに、それだけで令息方は実家から勘当され、貴女方の将来は未婚と決まった人が多いようです。
でも、それって、この学園の方々の誰もが替えが利く、ということが明らかになっただけのことですよね?
今、貴女たちご令嬢方が涙を流しつつも懸念しているような、国家の有用な人材が失われる、という心配もご無用ですよ。
貴女方のお相手が廃嫡される、ということは、彼らは不可欠の存在ではなかった、弟とか、婿とかで補填が利くだけのヒトだった、そういうことになります。
ですから、私がいくら貴族家相手に手紙を出しまくったところで、国家のありようを脅かす行為だとまで非難なさるのは、まるで当て嵌まりませんよ。
貴女方のみならず、その婚約者のご令息方も、皆、自意識過剰、自己評価が高過ぎです。
とはいえ、さすがにヌルイ・ホシン王太子殿下の廃嫡にまで影響があったとなると、国の機関も動き始めたようですね。
事実、ホシン王家の調査機関が動いて、我が校の教師をはじめ、大勢の方々から聞き取り調査をするために潜伏なさっているそうでーーそうそう、我が校の用務員さんのたいがいは、じつは王家から遣わされた調査機関の方だそうですよ。
ほら、あの焼却炉の裏にいる方、あの青い服の用務員さん、この現場もじっくりと観察なさっているようですわ。
あら、なにも今更になって警戒なさらずとも。
貴女方自身がおっしゃっていたではありませんか。
貴族社会は窮屈だ。
常に人の目がある中で、緊張して生きていると。
それが事実ならば、今更、誰に見られていようと、何も恐れる必要はないじゃありませんか。
逆に言えば、広いようで狭い貴族社会において、周知されることを承知で、貴女方は、私に嫌がらせをしてきたのでしょうから。
あらあら、子供のように涙目になって、わんわん泣かれたら、私が何も言えなくなるじゃありませんか。
もう聞きたくない?
ご冗談を。
貴女方が私を取り囲んで、「申し開きをしろ」「弁解しろ」と言うので、私が答えたまでです。
あら、何かしら、ミレア・シット公爵令嬢様。
ヌルイ・ホシン王太子殿下の廃嫡は信じられない、たった一人の学生、それも平民女からの手紙だけで廃太子が決まるはずがない?
そうかもしれませんね。
でも、私自身、王宮に出向いて、謁見の間において、ヤッパ国王陛下とユルス王妃殿下に直接、訴えたことがありますから、それが効果覿面だったのかも。
ほんの五日前の休日での出来事ですけど。
どうして私が国王陛下に直に嘆願できたか、ですって?
平民が王宮に足を踏み入れることはできないはず?
そうですね。
でも、口実があれば。
たとえば、式典の主賓であったなら、平民でも陛下に謁見を賜ることはできるのですよ。
知らないのですか?
学園の首席に決まった者は王宮に勤めることができるうえに、学園の最大の出資者である王家の代表者、つまり国王陛下からお褒めの言葉を授かるしきたりになっているのです。
その式典があったのが、五日前でした。
その際、「平民から首席が出たのは初めてである」と、ヤッパ・ホシン国王陛下はおおせになりました。
「王家や貴族家を束ねる国王としては、恥ずかしい限りではあるが、それほど貴女は優秀なのだろう」
と陛下からおっしゃっていただきました。
その場にヌルイ王太子殿下はおられたかと?
なぜだか、おられませんでしたわ。
てっきり私よりヌルイ殿下の方が好成績かと思っておりましたのに。
その時には、私の手紙を受け、王家でも調査機関が動いておりましたので、ヌルイ殿下の廃嫡が決定していました。
ですので、私が次席から繰り上がって首席になったのでしょうか?
だとしたら、皮肉なことですね。
とにかく、公的な場で、あの方を見かけたことはありませんでしたわ。
どちらにせよ、平民である私が王家や貴族家に潜り込むのでは? という懸念はなくなったのですから、喜んでくださらないかしら。
ひどいことをして、心が痛まないのか、ですって?
だって私はひどいことなんか、まったくしておりませんもの。
事実を単に明らかに手紙に記して、それをご実家にお伝えしたのみです。
ひどいことをしたのは貴女方でしょう。
それに、ご令息方ーー。
私がこのように貴女方に取り囲まれて糾弾されているにもかかわらず、相変わらず男どもはこの場に姿を表さない。
そして貴女方がどのような嫌がらせを私にしても、「そんなことはないよ」と笑うだけ。
ほんとうに私は、お相手さん方から、からかわれただけですのに、勝手に「彼氏を奪われる」と焦って、貴女方が私に嫌がらせをした結果が、このザマですよ。
良いじゃないですか。
自分のやるべきことを、これからすれば。
家に納まるのは窮屈だ、とサラ・ダマス子爵令嬢なんかおっしゃっていたじゃないですか。
お茶会の時にーーあ、お茶会と言えば、滅多と私は呼ばれたことはなかったですけどーー貴女方は貴族令嬢としての嗜みがどうとか、作法がどうだとかうるさかった。
ですけど、そのしがらみから解放されて、むしろ私に感謝してもらいたいですわね。
私?
私は最近、就職が決まって嬉しいですよ。
成績優秀なのを買われて、王宮で秘書官となるよう、内定が取れました。
皮肉ですよね。
私が王宮勤めになる一方で、貴族家でお育ちになったご令息方のほうが逆に野に下り、職探しをする羽目になるとは。
悪くすると、本当に路頭に迷いかねないんですから。
ご令嬢方も、そんな彼を支えてあげて、頑張ってください。
ご実家によって婚約破棄とされたにしても、私をいじめるくらいの、お相手に対する「真実の愛」がおありなんでしょうから。
そうそう、この場に令息方が居られないのは、実際に学園に登校していないからかもしれませんね。
さすがに王家から「卒業までは、実家から廃嫡されたことは伝えるな」というお達しがあったそうなのですが、親の反応がおかしくなったのを気づいた人もおられるようで、タレス・ボーヤ男爵令息なんかは、もう二週間も前から、私に顔合わせようとせず、ソッポを向いておられました。
彼らも、まさか自分たちが平民特待生をからかっただけで、実家から追い出されることになるなんて、思いもしなかったことでしょう。
そうですね。
令息方のお怒りは、私というよりは、総じて貴女方、婚約相手である令嬢方に向けられていて、ひどく恨んでいるようでしたわ。
当然ですわね。
勝手に「婚約相手を奪う気か」と私相手に嫉妬したまでは許せるとしても、平民女ごときと肉体関係をも結んだ、という風聞まで立てられては、お相手としてはたまったもんじゃありませんですから。
え?
肉体関係とまでは言っていない?
そうかしら。
「身体で誘惑したのでしょう!?」
と、エレーヌ・イヤガル辺境伯令嬢から罵倒されたのを、私は忘れていませんわ。
「身体で誘惑」って、それは「ベッドへのお誘い」という意味なんでしょ?
違います?
とにかく、貴族令息方の悪評ーー平民女と関係を持っているーーと噂したのは、婚約相手である、貴女方、貴族令嬢方なのですから、ご令息方の怒りは、すべて貴女方ーー婚約相手に向かっているのですよ。
これでは、うっかり外も歩けませんわね。
その意味では、修道院やご実家に閉じ込められた生活をする方が、相応しいようです。
仕方ありませんよ。
身の安全のためですから。
それにしても、たしかに、王家から、あるいはご実家からの廃嫡や勘当が明確になるまでは、実感が湧きませんね。
ひょっとしたら、廃嫡や修道院送りにする取り決めは、解除されるのではないかーーと淡い期待を持つのもわかります。
まだ行動に移してないですから、実際に勘当されたらどうなるのか、というリアリティも持てませんよ、実際。
とりあえず、平民の一人として言わせてもらえば、平民社会で生きていくのも、結構、大変ですよ。
貴族社会のしがらみはないですが、生存競争はより厳しいと言うべきでしょうから。
ですから何度も言いましたでしょ?
「いじめや嫌がらせをなさるのは、大概にしてください」と。
世間的には隠したつもりでいても、被害者である私がしっかりと見ているんですから。
貴女方は、貴族としての作法や礼節をわきまえているのかもしれませんが、人としての倫理に欠けておられる。
嫉妬で自らの心が歪んでいることぐらい、自分で気づいていただきたかった。
どちらにせよ、私が貴族家や王家に入り込もうとしているとか、貴族令息や王太子殿下を誑かしたという事実も、ましてや、国家の重要な人材を誘惑して堕落させているという説も、すべて貴女方がばら撒いただけのデマですので、ご安心を。
ああ、泣いてばかりじゃなくて、愛するお相手様のところへ、今すぐ駆けつけたらいかがですか?
貴女方の真実の愛が、今こそ確かめられるのですから。
ご令息方にしてみれば、婚約相手から勝手に、「平民女に入れあげている」と噂され、「肉体関係すら持っている」と決めつけられてもなお、許すことができるか、試されている。
貴女たち令嬢方にとっては、お相手が貴族家の者ではなく、実家から勘当されて、平民と化してもなお、添い遂げることができるのか、愛を育むことができるのか、貴女たちの言う、礼節をわきまえた、貴族婦人として相応しいお付き合いができるかどうかが、試されているのですよ。
健闘をお祈ります。
それでは。
私、これからゴミ箱を教室に戻しに行きますので、失礼します。
卒業式まであと一週間ほど。
それ以降は、私は貴女方とお会いすることもないでしょう。
さようなら。
◇◇◇
そして、三年後ーー。
私、リフレインは、王宮付きの秘書官として外務省長官に付いてから、しばらくして、遠方の外国アウトエリア共和国の領事館に転属となった。
そして領事館の官舎には、愛する夫が、私の仕事帰りを待っていた。
「おかえり、リフレイン」
「ただいま、殿下」
官舎三階のリビングで、私は夫と両手を広げて抱き締め合う。
私の夫は金髪に碧眼の貴公子ーー元王太子のヌルイ・ホシンであった。
「殿下呼びはやめてくれよ。
今の僕は王家から追放された身なんだから」
「そんなの、形だけよ。
弟のネラウ王太子殿下も、兄である貴方の事情を良く知っているんだから。
ほんと、うまくいって良かったわ」
ヌルイ・ホシンは廃太子となって、遠方の外国に留学という体裁になった。
外国の貴婦人と恋仲となって王位継承権を捨てた、という美談で国民には公表された。
ところがじつは、付き合ったお相手は、学園の平民特待生リフレインだった。
彼らが学園時代から付き合っていたのは事実で、ミレア・シット公爵令嬢によるリフレインに対する非難は正しかったのだ。
だが、ヌルイ以外の貴族令息たちがリフレインに対して、馴れ馴れしくちょっかいを出し、そしてその婚約相手である令嬢方が憤慨して、リフレインをいじめ始めてしまった。
なので、王太子と特待生は一計を案じた。
令息、令嬢たちの動きに乗じて、わざと事態をエスカレートさせ、ミレア公爵令嬢との婚約破棄と廃太子を実現させ、円満に恋を成就させることを狙い、これを実現させたのだ。
現在、リフレインは、アウトエリア共和国のホシン王国領事館付きの秘書官として勤めており、ヌルイ元王太子は、そのリフレインの内縁の夫として、官舎の最上階を根城にして、気儘に暮らしていた。
元王太子は、妻の黒髪を優しく撫でる。
「君ばかり働かせてすまないね」
「構わないわ。
外国で領事館付きの仕事をすることは、もとよりやりたかったことだもの。
王妃様や外務省長官が取り計らってくれて、今の生活ができるようになったのだから、感謝してるわ。
ただ、貴方が廃太子となったばかりか、内縁の夫扱いで日陰者になっていることが申し訳なくて……」
夫ヌルイは、豪奢な金髪を掻き分けて、白い歯を見せた。
「君が気に病む必要はないさ。
僕は本心から国王になんかなりたくなかったし、ミレア・シット公爵令嬢の我儘なヒステリーに将来も付き合わされるのか、と絶望していたんだ。
そんな矢先に、学園で君と出会った。
ほんと、神様に感謝してるよ。
幸い、弟は国王になりたかったようだし、ミレア嬢は修道院に押し込められた。
結果として、ミレア嬢が王妃になりおおせるのを阻止できたんだ。
ホシン王国にとっても万々歳さ。
ミレア嬢はとても王妃に相応しい人物ではなかったからね。
だから、君や僕が罪悪感を感じるべき相手は、噂と君の手紙のおかげで廃嫡や勘当となったジャック公爵令息や、リムル侯爵令息などといった貴族令息の面々ぐらいさ。
でも、彼らを廃嫡や、勘当に追い込んだのは、勝手にデマを飛ばした婚約相手の令嬢たちなんだからね。
いわんや、君は彼女たちから不当に嫌がらせを受け続けていたんだ。
あの令嬢たちに悪いと思う必要はないさ」
にこやかに微笑む元王太子だったが、妻のリフレインに黙っていることがあった。
それは彼の元婚約者であるミレア・シット公爵令嬢の、あまりに恐ろしい行動である。
ミレア公爵令嬢は、メリー伯爵令嬢やテラス伯爵令嬢といった取り巻き令嬢らに、
「このままだと、貴女の婚約者も、あの特待生に奪われるわよ!
なんとしても、あの平民女を懲らしめなきゃ!」
と煽りまくることから始まって、リフレインと無関係な他クラスの令嬢にまで、いじめへの参加を強要していた。
シット公爵家の系列派閥の令嬢は、様々な嫌がらせに協力させられた。
平民女の筆記用具を捨てたり、ゴミ当番を何度も押し付けたりしないと、
「貴女のご実家が、不幸なことになるわよ」
と、ミレア・シット公爵令嬢が脅して回ったのだ。
それでも、リフレインが王太子と親しく接するのをやめないと見て取った彼女は、リフレインに対する嫉妬が限界突破し、ついには子飼いの従者どもにリフレインの暗殺を命じ、さらに彼女の実家にまで暗殺者を派遣したのである。
リフレインの両親は、田舎の村で野菜や果物を育てているだけの農民だ。
畑や果樹園を持ち、農作業の使用人は何人か雇っている、田舎村ではそれなりに裕福な家だが、当然、武力を持たない。
ヌルイ王太子がミレア公爵令嬢の動きを察知したから、自分付きの騎士団を派遣して、リフレイン本人にも、ご両親にも、気づかれないうちに暗殺者の排除に成功した。
だが、この水面下で展開した事件をきっかけに(実際、騎士団員二名が死亡し、三名が負傷している)、ヌルイ王太子はミレア公爵令嬢との婚約破棄を決定したのだった。
往時を思い出して、目を細める元王太子に、妻は不思議そうに、
「どうしたの?」
と顔を覗き込む。
夫ヌルイは気を取り直すかのごとく、パン! と膝を打ってソファから立ち上がる。
「何でもないよ。
さあ、食堂へ行こう。
料理長が君の帰りに合わせて晩餐を用意しているはずだ」
食堂では、領事館付きの給仕が、大きなテーブルに晩餐のための料理皿を並べていた。
アウトエリア共和国自慢の、魚の煮付けを中心とした郷土料理が湯気を立てていた。
二人でキスをしてから、舌鼓を打つ。
フォークとナイフを手にしながら、ヌルイ元王太子は朗らかに笑う。
「先のことはわからないけど、とりあえず今は二人で愛を育もう。
子作りに励むんだ。
弟には、ウチの子に王位継承権は持たせないと言ってあるから、将来、政争に巻き込まれる懸念はない。
おまけに、君にも産後の仕事復帰を確約させてある。
安心して僕との子供を産んでくれ!」
「もう。そんなあからさまな宣言は、平民の男だってしないわよ」
リフレインは顔を赤くしながらも、再びヌルイに唇を寄せてキスするのだった。
(了)




