7.僕らの映画鑑賞
「たけ、テレビ貸して」
そう言って、これが観たい!と弾むような声で差し出されたのはお涙頂戴の代名詞のような映画で。
そんなに楽しみにして観るものか?と思った。
千尋の部屋にテレビは置いてないから、まぁ俺の部屋に来るのは良いとしよう。とはいえ映画はひとりで観る主義な俺は場所だけ譲って、ベッドの上で雑誌を読むことにした。
よいしょ、と寝そべったところでパチンと音がして電気が消えた。
「…何で電気消すの?」
「雰囲気出ないじゃん」
当然のように言われると返す言葉がない。
かくして俺は、自分の部屋だというのに窓際に寄って、暗くなり始めた外の光を頼りに雑誌を読むという、かなり情けない状態を強いられることになった。
その映画は淡々と進んで行く。
余命幾許もないと知った主人公が、劇中で進めていく自分が死んだ後の準備。それが些細なものであればあるほど涙腺を刺激されて、さっきからヤバイ。
もちろん映画はひとりで観る主義を翻したわけではない。ただ8畳の1R、音も映像もシャットダウンするには狭すぎた。静かで穏やかな声は雑誌を読んでいても入り込んでくるのだ。
千尋は無言で映画を観ている。
寝ているのではないかというほど身動きをしない。―――よもやこの展開でそれはないと思いたい。確かに静かな映画ではあるけれど、片手間に観たって入り込んでいたりするわけだから。
そう思って盗み見た千尋の横顔に、つう、と涙が流れた。
瞳に溢れた涙は、瞬きをする度に頬に軌跡を描いて零れていく。それこそ映画みたいだ。光源がテレビしかない狭い部屋の空気が、神聖なものに変わっていくよう。
そうなんだよな。こいつ、外見だけは完璧なんだ。
音を立てればその空間を壊してしまうのではないかと柄にもなく思って、動けなかった。
だけどそれが嫌だとか気まずいとか、そんなこと全く思わなくて、どころか邪魔してはいけないなんて思ってすらいたのに。
ずび。
濁音が挟まった。
視線はテレビに固定されたまま、千尋が脇にあったティッシュの箱をがしりと掴む。膝の上に抱え込んで、数枚一気に引き抜くと盛大な音を立てて鼻をかむ。そこに余韻は一切ない。
「…お前さぁ」
「うるさい気が散る」
どっちが。
せめて外見に合うかみ方をしてくれ、とはひどい言い様だが、それでも思わずにはいられなかった。
なんかせめて、もうちょっと。
2011/6/12 タイトル番号修正