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evergreen  作者: 小日向
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6.あることないこと

 放課後になってざわつき始めた教室で、悠哉が大きなスポーツバッグを手に俺の席に寄って来た。

「甲斐って今日、生徒会室行く?」

 その口調は確認で、俺はなんとなく言葉を濁した。

「別に決めてねーけど」

 俺は生徒会役員じゃない。だから本来ならこんな質問が出るわけないのだが、それでも俺が最近生徒会室に顔を出しているのは事実だった。悠哉にとってもそれは既に当たり前のことになっているらしく、居心地悪く思う俺に頓着せずに話を続けた。

「俺部活先に行くからさ。行くなら、副会長にこれ渡しておいてほしいんだよね」

 そう言って、一冊のファイルを渡される。俺は戸惑って悠哉を見返した。部外者である俺が、こんなことを頼まれていいのか?迷う俺に、悠哉はあっさりと告げる。

「昨日遅れるって言ったら、会長が甲斐に渡しておけって」

 …あの人は。

 食堂で話して以来、会長の俺への扱いはこんな感じだ。ものすごい気軽にパシられている。

 と言っても、そんな扱いなのは俺だけではない。他人に対して常にそんな感じだというのは、生徒会に出入りするようになって知ったことだ。使えるものはなんでも、当たり前みたいに使う。

 それを断る人間がいないってのも不思議だが、そこで溜息を吐いた俺も、結局断れないひとりだったりする。

 頼むな、と一言残して部活に向かう悠哉の背中を見送り溜息を吐くのと、俺の横にある窓から真治が顔を出したのは同時だった。

「相変わらずだなー、大野」

 悠哉とのやり取りを聞かれていたらしい。真治は俺が昨日貸したゲーム雑誌を手にしていた。返しに来たってことなんだろうけど、クラスは違うが寮に帰れば隣の部屋なんだから、何も今でなくてもと思うのだが。

 けれどそれに突っ込むよりも、真治の言葉に驚いて目が丸くなった。

「真治、会長のこと知ってんだ?」

 今まで真治から会長の話なんて聞いたことなかったから、意外だ。思わず身を乗り出して聞いてしまったが、考えてみればそうおかしなことでもないと気付いた。

 真治は1年留年している。詳しくは聞いていないが、去年も1年生だった。つまり会長とも同じ年。それで寮まで同じとなれば、知り合いであってもおかしくないだろう。

 その推測を肯定するように、真治が頷く。

「去年は同じクラスだったからね。それに、大野はあの顔だから、目立つんだよ」

 …俺は半年、知らなかったけど。

 けれど知った今となっては頷いてしまう。なんで気付かなかったんだと自然に思ってしまうほど、あの人の容姿は目立つ。

「しかし大野が生徒会長とは…よく承認が下りたな」

 そう言う真治も、選挙には参加しなかったはずだ。俺は興味が湧いて、真治に質問を続ける。

「会長って、そんな感じ?」

「いや…おかしくはないけど。大野はなんにもしないからなぁ」

「ああ…」

 そこは躊躇いなく頷いた。会長に連れられて生徒会室に出入りするようになって、生徒会の実態が見えてきた。実は少し予想していたのだが、やっぱり実際に仕事をしているのは副会長の川崎先輩だった。会長は名目上生徒会室にいるけれど、寝ているか雑誌を読むか、喋るかしかしていない。たまに川崎先輩に判断を仰がれても、適当に答えて終わりだ。

 その上、川崎先輩の指示を受けて忙しく動く悠哉たち他の役員を、何かと言うと顎で使う。

 だから人を使うのに慣れていて、上に立つ人間としては見栄えがするのだけど、相応しいかと言われれば首を傾げてしまうのも正直なところだ。

 だから俺が生徒会室の出入りを許されているのも、会長をひとりにさせておくとろくなことがないとか、そんな理由なんじゃないかと思っている。本来の役目を果たすために生徒会室に集まる面々に比べると、あまりにも間抜けた話だ。

「まぁ、川崎がいるから大丈夫なんだろうけど。見城もいるし」

 真治はそう締め括った。見城というのは俺たちの住む第一寮の寮長だ。俺はそんなに話したことはないけれど、多分会長と一番仲が良い人だと思う。

 …そう考えると、会長って押さえるところは押さえてるんだな。それはある意味すごいことかもしれない。そんな風に感心していると、今まさに話題に上がっていた人がひょっこりと教室に顔を覗かせた。

「あ、いたいた。甲斐ー。生徒会室行くよー」

 当たり前のようにそう言われて、思わず顔を顰めた。




 まるで子供が近所の友達を遊びに誘うような無邪気な声は、最近ではおなじみだ。

 2年の教室から特別棟の3階にある生徒会室へ行くためには、1階か、1年の教室がある3階の渡り廊下を通る必要がある。そのついでだと、会長はこうして俺を迎えに来ることがある。

 1年の教室にすたすたと入ってきて、突然の異物に興味津々のクラスメイトの視線をまるで無視して俺の席までやって来るのだ。

 美貌の先輩が突然間近に現れるとあって、女子たちの視線は食い入るようだ。けれど会長は今日も周りを無視して俺の席の前に立った。行くよ、ともう一度繰り返し、そこで初めていつもと違う反応をした。俺の隣にいた真治に目を向けたのだ。

「あれ、鎌田がいる。なにしてんの?」

 ぱちくりと瞬くその目は、本当に驚いているようだった。会長の非常に率直な質問に、真治は慌てるでもなく答える。

「なにしてんのって、1年生してるんだよ」

「あ、そか。留年したんだっけ」

 それはもう暢気に、会長が頷く。真治本人が隠していないから気にすることもないのだろうけど、その手の話って普通、ナイーブな部類に入るのではないだろうか。

 けれど会長のあっけらかんとした反応に、真治も苦笑しただけだった。

「忘れる?そういうこと。けっこうセンセーショナルだと思うんだけど」

「覚えてるよー。3階の教室からダイブしたのは」

「!?」

 あれはびっくりした、と続ける会長の顔をマジマジと見る。…今会長は、なんて言った?

 いやぁ、なんて真治は照れ笑いを浮かべていて、あまりに平和そうな口調に、俺は聞き間違いかと首を傾げてしまった。

 じゃあ今のはどんな意味だろうと考えていたら、突然会長がこちらを向いた。

「甲斐知ってる?こいつが留年した理由」

「いや…入院しててテスト受けられなかったっていうことしか…」

 俺はもごもごと答える。それはなんて言うか、普通の人間にしたら興味はあっても自分からは聞けない話題なのだ。

 3月の終わり、寮に引っ越した日に隣の部屋に挨拶に行った俺は、真治の部屋が思っていたより生活感があったことに驚いた。築10年は経っている寮でも、人が入れ替わったばかりの部屋はさすがに余所余所しい空気を残しているものだ。新しい環境に来たのだと、俺は自分の部屋を見てそう実感したのだ。

 なのに同じ状況のはずの真治の部屋は、色んな生活の匂いがした。散らかっているとかそういうことじゃなくて、もうずっと暮らしているような、そんな印象を受けた。

 ふと現れた違和感を口に出せないでいる内に、真治から言い出したのだ。寮生活は先輩だけど、同じ学年だからよろしくと。

 驚いたけれど、真治は年が上だからと威張り散らすようなことはなかった。寧ろ知っていることをさりげなく教えてくれる有難い存在だった。すぐに1年からは一目置かれ、慕われるようになった。

 本人が留年を隠さなかったのも、逆に近づきやすかったのだろう。けれどさすがにその理由に踏み込むことは躊躇われた。気にしていないという言葉をそのまま受け止めるほど、俺たちだって子供じゃない。だから真治が話してくれたことしか知らない。

 それが、人付き合いのルールだと思っていたから。

 だというのに、会長は俺の言葉に嬉しそうに頷いた。そしてあっさりと暴露してくれた。

「そーそー。その入院の理由がね、テスト期間中に鬱憤溜まっていきなり飛びます!って窓開けて」

 飛んだんだよねー、と明るく言う。

 だが、俺に明るく聞き流すなんてことはもちろんできなかった。頭が真っ白になるってこういうことか。

 …飛び…って、3階から?

 なんだそれは。

 まずその光景が思い浮かばない。人が3階からしかも飛びますって宣言して?

 それは一般に、自殺と言うんじゃないのか。

 けれど暴露した会長に、そんな深刻な気配は微塵もない。…いや、会長のことだから、そんなことはどうでもいいと思っていたりする可能性もなくはない気もするが。しかしそれにしたって。

 しかも飛び降りたのは目の前の真治だという。俺の寮生活での隣人。付き合いはそろそろ半年になる。

 確かに留年した理由を聞くことはなかったが、それは世間一般の気遣いの範囲だ。真治がそこに触れてほしくないとか、悩みを抱えているだとか、そんな風には誰も思わなかった。

 だって真治はいつも落ち着いていて、まぁたまに羽目を外すときはとことん誰よりも外すところはあるけれど、そんなことも含めて俺たちの兄貴分だ。さすが年上っていうのは違うと、みんなで話したこともある。

 それが突然、飛び降りた?

 気が付くと、周囲のクラスメイトたちが聞き耳を立てていた。会長がいればいつものことだけれど、いつもよりもっと堅い顔で。

 それはそうだろう。俺だってそうだ。こんな風に話題にしていいことなのかと神妙にもなる。だというのに、その横で会長たちはのほほんと会話を続ける。

「まぁあの頃、テスト続きだったからねぇ」

「溜まってたんだよねー…」

「すっきりしたの?」

「すっきりはしたけどね。留年しちゃったし」

「バカだよねー」

「うん。今度はテスト関係ないときにやるよ」

 え、そういう問題?

 その場にいた全員が思ったはずだが、真治に向かい合っていた会長はそうしなよと頷いた。表情は大真面目で、そのバカバカしいほどの会話運びに、俺たちは呆気に取られた。

 どこまでが、本気なんだろうか。

 思わず浮かんだ疑問に抗えず、俺は手を挙げてふたりの会話に割って入った。

「あの、それってどこまで本当の話なんですか?」

 疑ってかかったのは仕方のないことだと思う。その証拠に周囲からどよめきが上がった。ように思う。大衆の疑問を代弁できたということだろう。

 自分たちの出した結論に満足げだった会長と真治は、そのときやっと俺の存在を思い出したような顔でこちらを向いた。きょとん、と目が丸くなっている。

 真治の視線が、俺の後ろにいた連中の方へ向いた。

 それから会長と目を見合わせる。

 にこりと笑ったふたりの答えは、完全にハモった。

「さぁ?」

 …案外このふたり、去年はいいコンビだったんじゃないか。

2011/6/12 タイトル番号修正

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