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evergreen  作者: 小日向
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5.プレジデント・ランチ2

「ああ、あの痴漢の話ね」

 俺と会長が初めて会ったときのことを話し終えると、目の前に座った川崎先輩が頷く。その隣に座った会長は食べることに集中していて、相槌も打たなければ視線も寄越さない。

 これは最初から一貫していて、だから沈黙に耐えられなくなった俺が事情を全部話した。

 話し終えて漸く俺は自分の食事に取りかかる。今日は何かの野菜のかきあげ丼だった。いいのか悪いのか微妙なところだ。歯応えがあるだけマシと思うべきか。川崎先輩のB定食は不満げながらも後半戦突入、会長はたらこスパに集中している割に、さっきから全然進んでいない。

「でも千尋、今度からああいうこと勝手にやっちゃダメだよ。冴えない親父だったから良かったけど、それで収まらない場合だってあるんだし」

 川崎先輩が住んでいるのは第二寮だけど、会長とはクラスが同じで、だから一緒にいることが多いらしい。宥める口調はなんとなく、慣れを感じさせた。このふたり、いつもこんな感じなんだろう。

 そう思っている間も会長は無視を決め込んでいたようだ。聞いてんの?と迫る川崎先輩に、嫌そうに漸く顔を上げる。

「もーその話何回も聞いた」

「右から左に流してるくせに」

「流してないから、何回も聞いたって分かるんだよ、あっちゃん」

「あーっそ」

 口の減らない会長に、川崎先輩は話を切ってしまう。乱暴にお茶に手を伸ばして一気に飲み干すと、湯呑みをテーブルに置いた。高い音が響く。

「とにかく。付き合わされた渡辺や佐藤だって可哀想だろ」

 渡辺というのは、悠也のことだろう。てことは佐藤は痴漢を引きずって行った奴か。顔と名前を一致させながら、なんでこの人が会長じゃないんだろうか、なんてことを考えた。

 川崎先輩の言葉は先輩らしい気遣いに満ちていて、しっかり者という言葉がぴったり合う。生徒会長とか、似合いそうなのに。

 けれど実際の生徒会長は動じない。

「喜んでたよ」

「…喜んでても、駄目」

 折角まとめたのに、悪びれない会長の一言で川崎先輩は一気に脱力してしまう。はああ、と大きな溜息を吐いて最後の一口分のごはんを口に運ぶ。もそもそと咀嚼する様は、なんだか可哀想だった。

 もしかしたら、会長もそう思ったのかもしれない。ちら、と川崎先輩を映した視線に同情の色なんてまるでなかったけど、吐いた溜息には了承の色が現れていたから。

「分かったよ。じゃー今度のときは甲斐連れてくから」

 それで収まるって話でもなかったようだが。突然名前を出された俺は、傍観者気分から急に引き戻されて目を瞬かせた。

「は?」

 間抜けな声が漏れた俺の代わりに、呆れた顔をした川崎先輩が指摘する。

「余計ダメでしょ。生徒会でもないのに巻き込むなんて」

「じゃあ生徒会入ればいいじゃん」

「そんなんで入れるなら選挙なんかやらないだろ」

「じゃあボランティアで」

「ボランティアは善意。千尋が強制するもんじゃない」

「えーもー、じゃあなんならいいわけ?」

 非常に的確な指摘だったと俺は感心したのだが、会長にはそうでもなかったらしい。口を尖らせて、まるで川崎先輩が難癖を付けているとでも言いたげな口調はいっそ見事だ。

「なんでもダメだって言ってるの!ていうか何?水島のことやけに気に入ってるじゃん」

 正攻法では無駄だと悟ったのか、川崎先輩が会話の矛先を変える。言われてみて、確かにそれは俺も気になるところだった。まだ2回しか顔を合わせていないのに―――しかも前回は会話すら交わしていない―――俺に関して食い下がろうとするのは不思議だ。

 川崎先輩に対して意地になっているとか、そんな風には見えなかったから余計。

 疑問符を浮かべる俺たちふたりに向けて、会長がにんまりと目を細める。それは、ついさっきも見たような不吉な笑顔だった。

「んー?んん、なーんか、見たままじゃない感じがねー」

「はぁ?」

「…いや、普通ですよ、俺」

 思わず口を挟んだのは、よく分からない嫌な予感に背中を押されたからだ。

 この短時間で、会長という人が突拍子もないことを言い出す人だということは分かっていた。何を言われるんだろうという警戒心が俄かに首を擡げる。

「ほら千尋。水島を困らせるなよ」

 川崎先輩の常識的な反応すら嫌な予感を助長している気がする。肯定するように、会長がふふふと笑った。

「あっちゃんは分かってないなー。…よいしょ」

「わ」

 会長が突然立ち上がって、テーブルに身を乗り出した。少し長めに伸ばしている俺の髪が引っ張られる。乱暴ではなかったけれど、両手で掴まれてしまうとどうしようもない。急に耳と首元が寒くなった。

「あ、思ったより多い」

「ちょ…!」

 俺は慌てて自分の耳を両手で隠す。その拍子に、中指にしていた指輪とそれらが触れて、チャリ、と音が鳴る。響くような音ではないけれど。

「何すんですか…!」

「ピアス好きなの?」

 そんな俺の反応に笑って、会長が髪から手を離す。俺は慌てて髪を整えた―――というか、耳を隠した。ちらりと見れば、正面の川崎先輩が驚いて目を丸くしている。

「何個?」

 椅子に座り直した会長の声は悪びれない。表情に浮かぶのはにやにやとした笑いだ。ただひたすら楽しそうな、悪意がないから余計に厄介な笑顔。

「…8、ですけど。別にピアスなんて、普通でしょう」

 今時男子高校生がピアスを開けていたところで声高に非難されるものではない。…もちろん、両耳に8個開いているのが普通だとは、俺だって思わないが。

 だからと言って、バンドをしているだとかガラの悪い奴らと付き合いがあるとか、破壊衝動があるとか思われては困る。俺はゲームとピアスがちょっと普通より好きなだけで、他は至って普通の高校生なのだ。この数はさすがに注意されるだろうな、と思うから隠しているだけだ。俺に疚しいところがなくても引かれることくらいは分かっていた。

 だからなんとなく言い訳がましく声が小さくなったというのに、返ってきたのはふぅんなんていう、素っ気無いくらい短い反応だった。顔を上げると、まだ固まっている川崎先輩に向かって、会長が得意気に話しかけるところだった。

「見たまんまじゃないでしょ?」

 テストの答えが合っていたみたいな無邪気な問いかけに川崎先輩は頷いて、それからごくりと喉を鳴らして俺を見た。

「ていうかさ、ピアスって痛くないの?」

「いや…今は別に。そりゃ、開けるときは痛いですけど、一瞬ですし」

「えー…でも刺すんでしょ?俺無理」

「あっちゃん先端恐怖症だもんねぇ」

 会長が笑って、川崎先輩は顔を顰めながらも頷いた。

 それでも興味はあるようで、川崎先輩の質問が続くまま答えているうちに、話題はアクセサリー全般に変わっていった。会長も川崎先輩もそういうのは好きらしく、お互いの好きなブランドの情報交換をしていたら、あっという間に昼休みは終わってしまった。

 次が体育だったことを思い出した俺は、慌てて食器を持って立ち上がる。失礼します、と会釈をするついでに伺うと、会長と目が合った。

「またね」

 そう言って笑う顔は人形みたいに綺麗なのに目だけは不吉な光を宿していて、なんだか俺はいけない道に嵌り込んでしまったんじゃないかと不安になった。

2011/6/12 前後編に分け

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