妻が祠をちょっと壊して呪われたので、俺は祠を粉砕した
最初に言っておく、俺は暴力は振るわない主義だ。
空手を習い始めたとき、誓ったこと。
ただし──相手が神なら別だ。
彼岸花が咲き誇る、いいお日和に。
陽気に誘われ妻が散歩に出掛けたから、俺は居間のソファでアイスをかじっていた。
一人気を抜いて過ごして、完全に油断していた。
出ていたはずの妻が真っ青な顔して立っていた。
「どうしたの?」
これより青みを増すと国民的猫型ロボットの色になるぞ、とからかいかけた。
そんな俺に、妻の依子は「大変なことになった」と呟く。
大変!
レンタルを返しそびれて延滞がでていたか?
トイレが詰まって流れなくなったか?
「ちょっと祠を壊しちゃって」
ほこら? HOKORA?
おぅ……! 俺の生活辞書にない単語だから、変換に時間がかかった。
祠か!
神を祀っているやつ。これでいいよな?
涙目になった依子は、組んだ手を細かに振るわせていた。
うそだろ……? 日々、名もなき家事の分担について、こんこんと怒りを俺にぶつけ、ハキハキテキパキ動くのが好きな依子がこんなになるなんて。
「祠から出てきた神さまが、『呪ってやる、一週間後に死ぬ』って」
急にぶっ込まれたスピリチュアルに、俺はついていけていない。
なにそれ? 祠とか、神とか。
呪うのどうの、ふざけたこと言った相手が近所の悪ガキじゃないという根拠はあるのか? 根拠を述べよ。
と、疑いの念がムンムンな俺に、依子は腕を捲ってみせた。
国民的アニメ映画の、神に呪われた少年のような……禍々しい紫黒いアザ。
呪いでもなければ、どんな複雑な方法でつくんだ! と、問いかけたくなるほど、依子の腕にぐるぐる巻きついている。
「わ、わかった。まずは……落ち着いて。それから……俺をその祠まで連れて行ってくれ」
◇
裏山の山裾にこぢんまりと、石づくりの小さな祠があった。
小さな石像が一個入れば良し、ささやかなものだ。
「これ……?」
そういえば、屋根の端っこが欠けている。
「うん」
「またなんでこんなとこ割っちゃったの?」
「散歩で山から下ってきて、ここに出てきたとき石で足が滑って、そこで支えちゃったらポッキリって」
「はあ~」
『なんで散歩で山なんかいくの?』は、この際言っても仕方ない。
「で、そのあとで……?」
「うん、その中の、ご神体の顔がすっごく凶悪になって『呪ってやる、一週間後に死ぬ』と言ったの」
まだ半信半疑だ。
依子が……死ぬ?
なんともいえない俺の前で、祠の中のご神体がふるり、と動いた。
「えっ……!」
柔和な表情をしていた石像は、眉間に皺寄せ見る間に底意地のわるい童の顔つきをした。
『のろって……やる』
ぺたり、ぺたりと祠から歩み出したご神体は、俺たちの前で止まって告げた。
恐ろしい、これは本物だった。
この小さな祠の主は本気で依子を呪い殺すつもりなんだ。
「──ゆるせない」
……なにがなんでも俺が守る。
斜め後ろで、全身を振るわせている依子を感じる。
俺はギリ、と拳を握りしめ、覚悟を決めて依子を振り向いた。
「愛してる!!」
「あ、あなた……!!」
両手を下ろして、拳を握り、俺は背筋を開く。
「っんああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
気合いを入れる雄叫びに、周囲の空気も、依子も、ご神体すら凍りつく。
俺はためた力を一気に拳にこめ──祠に向かって振り下ろした。
バッコオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!
大きな音と共に、質素な祠は砕かれた。
依子も、ご神体もあんぐり、と口をあけっぱなしにしている。
その間も俺は祠の欠片へ丁寧に拳を振るっていった。
「どうだ! 粉砕してやったぞ!」
「ええ!? あなた!! えええええ!?」
「依子がちょっと壊しただけで呪われて一週間後の死なら、俺はどうなるんだ!? 即死か!? でも俺は死んだら怨霊になってやる! 死んでも恨んで俺たちを呪ったお前をやっつけてやるからな!!」
啖呵を切る俺に、依子は顔をくしゃくしゃにして泣いていた。
「ばか、ばかぁ! なんてことすんのよ! これじゃあなた……すっごいむごい呪い受けちゃうじゃない! 私、私……!」
抱きついてきた依子の肩に、手を回す。
「俺は、依子が死ぬとこなんて見たくない。そんなくらいなら、死んでもお前を守れる方に賭けてやる」
「大ばかよ、あなた!!!」
俺の腕の中、ポカポカ胸を叩く依子を抱きしめると、そっと抱き返してくれた。
祠を粉砕したが、夫婦の絆は固くなった気がする。
これで呪い殺されても、俺はいいよ。
やったよ、やりきったよ。
精一杯、不敵な微笑みでご神体の方を向く。
俺たちを呪うご神体はといえば、祠の方を向いてワナワナしていた。
人間の童だったら、真っ青で涙を浮かべている時のような、頼りない声を出す。
『よ、依代……わたしの、依代……!!!』
なんだかこいつにとって祠は大事らしい。
ゆらゆら左右に揺れたかと思うと、ゴテっとご神体は転がった。
「あ……腕」
依子の腕から、あの禍々しいアザが消えていた。
『呪わない、呪わないから……、守護してもいいから、お願い、依代をおくれ……依代、依代……』
聞けば、この神さまは石像は操っているだけで、祠という住処が現世とつながる唯一の足場らしい。
『きえちゃう、きえちゃう…………うええーーーーーーん』と、プルプル揺れて泣き出した。
依子を呪ったし、俺に呪い死にの覚悟までさせた小憎らしい神ではあるが……かわいそうにもなってくる。
「──わかった、お前、うちの庭に来い。依代を用意してやる!」
『ホント? ホント?』
石づくりの社形は無理だが、まあ、住めそうな形をしていればいいよな?
◇
「神様の守護って、あるのかもしれないな」
競馬で勝った俺は、上々の気分で家の門を潜ろうとした。
そのとき、ご近所さんに呼び止められる。
回覧板を受け取って、ご近所さんはうちの庭に目を留めた。
「あら? 犬小屋? でも犬はいないの?」
「ああ~、あれは、ちょっと別のものがいまして」
『守護しています……』
第三の声に、ご近所さんは周囲を見渡したが、声の主を見つけられず、気のせいと思って帰って行った。
家に入る前に、俺は庭に寄って手を合わせた。
ホームセンターで買ってきた、赤い屋根のプラ製犬小屋。
その中に入っている石像は今日もやわらかな表情をたたえている。
俺は、暴力を振るわない主義だ。
人ならぬものなら、立ち向かうためなりふり構わないが──
それが必要な不運に遭うことは、きっともうないだろう。
守護神がいるからな。
主人公もですが、きっと私も脳内が暴走していました。
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