第2話 最後の大掃除。
「妃殿下はお庭でお待ちでございます。贈り物はこちらでお預かりいたします。」
当然のことながら、アグネスは正装して来た。旧知の仲とはいえ、相手は懐妊した妃殿下だから。お腹にいるのは国王陛下のお子。今までとは立場が随分と違う。
迎え出てくれたアーダに頷いて、贈り物を渡す。
直接渡したかったが…まあ、いい。
半歩ほど遅れてついてくるアーダに振り向きもせずに話しかける。
「随分と気に入られたようね。いい仕事をしているようで安心したわ。」
「ありがとうございます。」
何を白々しく…この子の毎月の報告書には、懐妊のか、の字もなかったじゃないの。
緘口令が出ていた?それにしても…。
中庭に出ると、3月の日差しが暖かい。
用意された椅子に、大きくなったお腹をさすりながらクリーム色のドレスの女が座っているのが見える。日差しをよけるためか、大きなヘラの帽子をかぶり、綺麗なリボンがあごの下で結ばれて、豊かな金髪が帽子からこぼれている。
すぐそばに、いつものばあやが控えているようだ。
(イングリット…)
私の姿を見つけて、席を立つ。
少し背が低い気がするのは…ヒールの靴じゃないからね?
「まあ、妃殿下。この度は誠におめでとうございます。」
スカートをつまんで礼をする。
イングリットの表情は帽子でよく見えないが、口元がにこやかにほほ笑んだのが見えた。
「少し歩いたほうがよろしいんでしょう?お散歩しながらお話しませんか?」
手を差し出すと、イングリットが心配そうな顔のばあやに目配せして、歩き出す。
中庭は早咲きの花が彩り、暖かな日差しに誘われて小鳥の声もする。
お腹を抱えるようにゆっくり歩くイングリットの歩調に合わせる。
少し遅れて、アーダが付いてくる。護衛の姿が見えないが、どこかに潜んでいるのだろう。
「もう8年たちましたか。あきらめないでよろしかったですわね。」
「ええ。」
「もう皆さん、どちらが生まれるか…王子なのか姫なのか、楽しみにしておられますよ?何かあったらご連絡くださいね。このアグネスが妃殿下のお力になりますから。」
「ありがとう。」
よくもまあ、私の耳に入らないようにしたものだわ。
白いレースの手袋をした手がさするお腹を眺める。
バタバタッ、と鳥が飛び立つ。
「賊が入りました!!」
警備兵の笛が鳴る。
中庭に潜んでいた警備の者が妃殿下に向かってと、声の方に分かれて走り出す。その、本当にほんの一瞬。
「危ない!!」
叫ぶと同時にイングリットを抱えるようにして、目の前の池に転がり落ちる。
何者かの攻撃から、あたかもイングリットを守るように。
「妃殿下!!」
アーダの絶叫が聞こえる。転がり落ちる私たちに手を思い切って伸ばしている。
もう、遅いわ。
イングリットを離さないようにしがみつく。ドレスが重い。
池はそんなに深くはない。イングリットを抑え込んで、空けた右手でポケットに仕込んだ短剣を…
そこで右手をねじ上げれれる。襟ぐりを掴まれて引き上げられる。早い。
「早く!妃殿下を!!」
もう…遅いわ。
アーダが池に入って私を引き離した後、イングリットを引き上げる。
もう騎士が集まってきている。
私は…そうね、ここで泣き崩れる。
妃殿下を、身を挺してお守りしましたが…お子はだめだったかもしれませんね。
せっかくお祝いに駆けつけましたのに…残念です。
アーダ?初動がまだまだ甘いわね。
結い上げてきた髪が、水にぬれてほどけてしまったわ。
座り込んで泣く。