色づく妖精
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
……というわけで、我々が普段からなじんでいる色の正体は、光だったというわけだ。
物体は光源からの光を一部吸収して、残りを反射する。その反射したものを我々は目で受け取り、色として認識しているわけ。
物によって光をどれだけ吸収して反射するかというのは、異なってくる。それが色の違いとなって理解されるんだな。
光なくして、我々は色を知覚できないのであれば、光を放つものは世において特別なものといえるだろう。太陽はいうに及ばず、火も電灯も、暗い中を照らして色を私たちに運んでくれるありがたいものだ。
色という重大な判別材料。それを受け取る我々も、伊達に進化してきたわけじゃない。
色でもって、いいもの、悪いもの、心地よいもの、やばいものを学んできていて、それを遺伝子に刻み込まれている。
もし、みんなも生活の中で奇妙な光源と色合いを目にするときがあれば、少し気をつけてみたほうがいいかもしれないな。
授業もひと段落したし、先生の脱線話、聞いてみないか?
先生が小学校へ通っていた時分。朝のホームルーム前の教室で、友達のひとりがこう報告してきた。
「どうもまた、妖精さんがやってきたみたいだぜ」
ん? と先生を含めた、大半の生徒が顔をあげた。
妖精さんの存在は、当時の先生たちの間でまことしやかにささやかれる存在だったんだ。
妖精、フェアリー像はみんなそれぞれ持っているだろうけれど、先生たちの間では場違いな色を持つものこそ、妖精の訪れたあかしとしていた。
報告に会ったのは、学校の裏手にあるやや大きめの屋敷。そこを囲う緑中心だった生垣の一角が、不自然な黄色に染まっていたんだ。
秋を迎えた、紅葉の一環と思えなくもないが、季節はこれから春を迎えようというとき。しかも数日前まで、この生垣にあのような色の部分は見受けられなかったはずだ。
誰かが色を塗ったのだとしたら、たいした手間のかけようだが、あのような垣根のてっぺんという、いたずらには手こずりそうなポイントをわざわざ選ぶだろうか?
そうなると、これらの事象を「妖精さん」と片付けたほうが楽なわけだ。
ただの怪現象でおさめずに妖精のしわざとするのは、一度起こるとあちらこちらで同じようなことが続く傾向にあるからだねえ。
それはあたかも、妖精さんが飛び回っていたずらをしているかのように思えるんで。
予想の通り、それから生垣に続くようにして、あちらこちらで変色が見られた。
ブロック塀、バス停の待合ベンチや屋根、田畑の土や犬小屋に住まう犬の身体に至るまで、昨日とはまったく違う色をその身に帯びて、さらけ出す様子が目撃されたんでね。
クラスの子が家で飼っている犬もまた被害を受けたんだが、妖精さんのやっかいなところは、この色を科学的な手段で落とすのは、ままならないという点。
水やせっけんなどのたぐいで、いくら丁寧に洗ったとしてもほとんど効果を見せないんだ。そのかわり、時間が経過すると自然に色は薄らいでいき、消えてゆくというのが経験上で分かっていること。
裏を返せば、自然に消えるまでの時間は、この色におかされた姿をさらし続けなくてはいけなくなり、恥をかくやもしれないというわけ。
不憫に思った友達は、犬をひと目につかない位置へ移したらしい。妖精さんがいる間は、誰もがこうした目に遭うリスクを負うんだ。
これまで妖精さんは長くて一週間もたてば、新しい被害を出すこともなくなり、我々も「ああ、去っていったんだなあ」と判断がつく。
ところが、このときは10日あまりが過ぎてもちらほら被害が出たばかりか、ついに我々にも被害が出る、珍しいケースだったんだ。
いつも通りに家を出て、学校へ向かう途中。交差点の信号待ちをしていたときだ。
目の前を通り過ぎていく車たちを見送りながら、青信号のタイミングを見はかろうと、向かって右手の車道信号をちらりと見たんだ。
三色が横に並んだ信号機。そのやや上あたりに、緑色の球体が浮かんでいる。
空の色の一部ととらえるには、今日はいささか灰色すぎる。天気予報の通りならば、朝からずっと曇り空が続く予定なのだ。しかも、その球体はよく見ると、かすかに上下動していた。
やがて、車道の信号も青から黄色に変わっていったあたりで、球体は上下動をやめないままフヨリと、信号機うえから外れていく。
するとどうだろう。
先ほどまで球体がとどまっていた信号機の上部が、元の灰色とは似つかない緑色へ変わっていくじゃないか。
――もしかして、あれが妖精さんなんだろうか?
もしそうだとしたら、肉眼で見るのははじめてだ。
そのまま対岸の歩道沿いに、漂いながら飛んでいこうとする妖精さん(仮)を、何気なく目で追っていた先生なのだけど。
妖精さんが、とうとつにぴたりと動きを止めた。向きも高さも、ちょうど先生の顔面と向き合うポイントで、ね。
先ほどのような、頼りない上下動もない。まるで狙いを定めているかのような、固まり具合だ。
嫌な予感とともに身をかがめたのと、球体が先ほどの動きからは想像できないほどの剛速球で、先生の頭上をかすめていったのは、ほぼ同時だった。
10数メートル突っ込んだ妖精さんは、そのままホップして空高くへ飛んで行ってしまったのだけど、通過された空間の眼下にあるアスファルトは、元来の灰や藍色の上に、球体と同じ明るい緑をまぶされていたよ。
先生もまたしかりだ。直撃は避けたものの、頭のてっぺんから背中にかけて発光する緑色のラインをたっぷり浴びてしまっている。
先にも話したように、科学的な手段でこの色をのぞくことはできない。先生なりにいろいろ洗うことに気を配ったが、たいした効果はあがらなくて、数日間は恥をさらすことになったよ。妖精さんが本当にいるらしい、というのが分かったのは幸運だったけどね。
当初の生垣にもたらされた色とも違うし、あのときの妖精さんは複数いたのかもと、先生は思っている。
これまでは色を変えることのみで、その存在を知らしめている妖精さんたちだが、先生は一抹の不安を覚えなくもない。
あの時間で落ちる色たちは、先生たち人間以外の誰かにもみられているんじゃないかとね。いわばマーキングやペインティングのたぐいだ。
例の着色が、その観察する誰かの判断材料になるのだとしたら、いずれ大がかりな事件なりできごとがあるのかもしれない。妖精さんはその尖兵のごとき存在かもしれない、とね。