コイバナ: 「お風呂の話」
どうして男は、一緒にお風呂に入りたがるんだろう。
「いいじゃん、今日くらい。」
「やだ。」
「どーしてー。」
「やだ。」
いつも思うけど、不毛な戦いだ。
彼のことは好きなのに、どうしてもこれだけは好きになれない。
何かというと、彼は私と一緒にお風呂に入りたいと常日頃言ってくる。
「別に恥ずかしくないじゃん。もうお互いの身体、知ってる仲だし?」
「っかー。恥ずかしいこと言わないでよ!」
「何がそんなにいけないのさ。」
「お風呂は私のものなの!」
「何だよ、それ。わっかんないな~」
わからないならもう言うな!って言いたくなるんだけど、そこはグッと我慢。
別に、男とお風呂に入ったことがないわけじゃない。
でも、2人で一緒に入るなんて行為は、超だだっ広いお風呂を持ったセレブがすればいい話で、庶民の風呂でするものじゃない。
大体、あんなにガタイのでかい男が一緒に入ったら「狭い」、「窮屈」、「リラックスできない」の三重苦。
私はお風呂の時間が好きだ。
お風呂の中でぼーっとしたり、本を読んだり、足を自分でマッサージしたりするのが私の至福の時だったりする。
私はそれをいかに彼氏といえど、邪魔されたくないだけなのだ。
だから、無理だろうと踏まえた上で、言ってしまった。
「もっと大きいお風呂だったらね」って…。
まさかその後、彼が近所の商店街の福引で温泉旅行を見事引き当てるとは思いもしなかった。
大体、生まれつきくじ運の悪い私に、ティッシュ以外の何かが当たるなんて事を予測させる方が無理だ。
その週末、私たちは温泉地へと向かっていた。
彼があれよあれよと言う間に、何かあっという間に手配してたんだもの。
「今日行く旅館、予約制の家族風呂があるんだって! 個室の大きな風呂! これでやっと『一緒にお風呂』が実現だね!」
「…信じらんない。」
すっかり上機嫌な彼と、まだ実感の沸かない私。
私の中の天使は「久しぶりの温泉ですもの。たーっくさん楽しまないと」なんてウキウキしてるけど、私の中の悪魔は「ここで一緒にお風呂に入ったが最後。あなたのハッピーバスタイムは終わりですぜ。けっけっけっ」と笑っている。
「まあ、温泉だしね。」
楽しもう、かな?なんて思っているうちに、私たちは温泉旅館に到着した。
当然のことながら、到着してまず彼は家族風呂とやらの予約を済ませ、それを基準に全ての予定を組んでいった。
何たる執念だろう。
もう、何が彼をそこまで突き動かしているのか、私にはさっぱり理解できなかった。
家族風呂はさすがにうちのお風呂よりも、数倍広かった。
「これなら、満足?」
彼は嬉しそうだ。
私は彼から何が繰り出されるのか警戒しながら、身体を軽く洗って湯船に入った。
「はぁ。気持ちい~。」
つい口から漏れた言葉に、彼が顔を緩めた。
彼と私はそのまましばらく、何となく向かい合ったまま、黙って湯船につかっていた。
「…あのさ。」
彼が近付いてきて、私は彼に抱き寄せられた。
ふわっと身体がお湯に浮いて、お湯を少し湯船から押し出した。
彼は私の肩に顎を乗せると、深呼吸をした。
「ふう。」
「な、何よ。」
「ううん。こうするの、夢だったんだよねぇ…。」
「は?」
「こうやって、お風呂でのんびり君を抱っこするの、やってみたかったんだ。」
「あ…。そう、だったんだ…。」
私のバカ。何を想像してたんだか!
「君って、いつも幸せそうにお風呂に入ってるでしょう?だから、僕も一緒に入りたかったんだ。」
「『いつも』って…。居間で待ってると思ってたら、覗いてたんかい。」
「あ…。」
彼が気まずそうに顔を背けた。そりゃぁ、気まずいでしょうよ。
でも、とりあえず許してあげることにした。何だか、彼の可愛い一面を見ることが出来たような気もするし。
家の中でのストーカー行為くらい、許して差し上げますわよ。
私は彼の顔を両手で支えると、そっと彼にキスをした。
湯気のお陰でプルプルになった唇が気持ちいい。
「今度から、たまに2人で一緒に入ってもいいよ。」
「えっ! 本当に?」
「うん。でも、『たまに』だよ? うちのお風呂、狭いから。」
私は初めて、2人で入るお風呂も悪くないなと思った。




