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午後二時。〈頂の洞〉村のあちこちで——

 午後二時。〈頂の洞〉村のあちこちで、昼寝のまどろみから引きずり出された男たちが手錠をかけられて、憲兵の護送トラックに放り込まれた。女たちは呪詛を叫びながら憲兵たちに嚙みつこうとし、二階のバルコニーからも罵声を浴びせられた。

「こんなのは不当逮捕だ!」

 男が叫んだ。警視正が指揮する警官隊が男をぶん殴って、護送車に放り込んだ。

 次々と家の戸口の暗がりから手錠をかけられた男たちがあらわれ、トラックに追い込まれる。逮捕というよりは漁業のようだった。

〈医者〉が見たところ、逮捕された男たちのなかに〈叔父〉はいなかったが、〈医者〉が使っているものが大勢いた。古王国時代だったら、このなかの誰かがしゃべることなど、まったく心配しなかったが、今だと、それも怪しかった。憲兵は村の社交クラブの前は素通りしていたが、〈医者〉の運転手兼ボディガードの男が自分も逮捕されると思ったのか、逃げてしまい、車だけがそこにあった。

「ジュセッペの馬鹿め、逃げちまいやがった」

「わたしが送りましょう、博士」

 さっきまで〈医者〉と同じテーブルでカードをしていたニッコライ博士が言った。

 車に乗ると、ニッコライ博士がたずねた。

「病院ですか?」

「いや、一度、家に寄ってから病院に行く」

 病院と家は別々の集落にあった。〈医者〉は家に寄ると、忘れていた懐中時計を手に取って、チョッキに突っ込んだ。

「さあ、病院まで頼むよ。博士」

 病院のある集落への道は高さのそろわない石垣に沿って伸びていて、電柱の白い碍子が目に刺さるように白く光っていた。集落までは褐色の草と乾いたサボテンの他には何もない荒野で、崖の上の古い屋敷が霞んだ青の上に浮くように立っていた。

「人が家畜みたいに捕まってます」と、ニッコライ博士がかぶりを振った。「先日、カラヴァッジョ大佐と会ったのですが、あなたのことを〈叔父〉呼ばわりしていました。だから、あなたが村にとって、どれだけ欠かせない人物で、どれだけの慈愛を示してきたかと教えたのですが、彼は取り返しがつかなくなる前に、あなたと友人として付き合うことをやめろというのです」

「警察というのはそういうもんだ。普段友だち付き合いしても、令状一枚で、まるで月に住んでるみたいに物が分からなくなり、逮捕するんだ。そこには友情も家族もない。ただ、逮捕状があるだけだ。つまらない密告や匿名の手紙がわしらの社会を壊していく。わしらはただ手をこまねいて見ているしかない」

「古き良き時代はもう過去のものということです。これからの時代は残酷な役人たちが人の運命を左右する……」

「共和主義者の、メガホンを積んだ車が、わしの病院が貧乏人を治療しないとがなり立てた」

「それが嘘であることは全員が知っています。実際、あなたは貧困家庭に無料で薬を配っています。それに聖堂参事会員で——」

「そうしたことがもう何の意味もないんだよ、博士。この国では酷薄であればあるほど、人間として優れていると称賛される」

 そう言いながら、〈医者〉はニッコライ博士が医学以外のことでは恐ろしいほど馬鹿だなと思い、この親切な同業者を慰めの目で見ていた。もし、自分が〈叔父〉でなかったら、きっとこのニッコライのようになっていたのだろう。共和制が羊みたいな村人たちに余計な知識をつけさせているのは知っていたが、ニッコライ博士はその恩恵にあずかれなかったようだ。〈医者〉の知識は確かに誇りになるが、真実はだいたい人を失望させる。共和主義者が様々な経済の数字を民衆に見せているが、それで分かるのは、引き続き、彼らは金持ちにはなれないことだけだ。

 そのとき、ニッコライ博士がブレーキを踏んだ。道に乾いた丸太が横たわっていた。

 機関銃を持った男が三人、石垣の後ろから飛び出し、自動車に弾を浴びせた。

 ニッコライ博士と〈医者〉は車のなかで跳ねあがり、ねじれ、割れたガラスに血肉が飛び散った。

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