ネクタイも帽子もシャツも、そして、――
ネクタイも帽子もシャツも、そして、おそらく下着まで黒に統一したニコラ・ビアンコには〈ニッキー・ホワイト〉というあだ名がついていた。〈叔父〉たちが〈ギャング〉を馬鹿にする理由のひとつがこのくだらないあだ名だったが、共和国で次々と開店するナイトクラブやカジノでは、むしろ〈エル・エンギニオレ〉や〈アルメッジャーレ〉といった呼び名のほうが笑われた。ラバに乗って猟銃を手に畑を見てまわる時代は終わり、〈ギャング〉たち、教会の破門の脅しも効かないミニスカートの娘たちが表通りを歩く時代が始まっていた。
ビアンコは映画スターと見間違うほどハンサムで、背が高く、交友関係も〈ギャング〉らしく派手だった。議員、警察署長、映画スター、大富豪、高級娼婦の元締め。誰もがビアンコと友人になりたがった。ビアンコは室内でもサングラスをとらなかったが、その目はきれいなブルーで、女性はみなその虜になってしまう。髪をきれいになでつけ、床屋ではなく、美容院で髪を切り、金髪に真っ赤なルージュの店員に爪の手入れをさせ、男伊達を見せつけるのが心底好きな自己愛主義者であり、自分を愛さないもの、自分に歯向かうものについては生きていることを考えるだけで死にたくなるほど怒る、一種の狂人だった。
美女を連れてナイトクラブをハシゴし、カジノで鉄工所の一家が一年暮らせるだけの金を惜しげもなくスって見せた。ビアンコはいくら勝ったかよりも、いくら負けたかを派手に自慢するタイプのギャンブラーだった。
首都の第七地区はビアンコの縄張りだった。だから、ボディガードを連れていなかった。アンジェロ・アッリーゴは何度も用心しろと言ったが、ビアンコは肩をすくめて、こう、こたえた。
「金髪と赤毛とブルネット。こいつらを車に乗せたら、どこにボディガードを乗せるんだ?」
根城にしている高級ホテルのスイートにはビアンコが脱ぎ捨てた黒いスーツ、シャツ、帽子が放り出されていて、倒れたシャンパンの瓶が絨毯を〈翡翠〉に染めていた。ラジオはビッグバンドのアンサンブルをかけ、ベッドの上で寝ていた全裸のビアンコがうめき、あくびをしながら、起き上がる。
「なんだ、子猫ちゃん? 欲しくて帰ってきたのか?」
殺し屋は口紅だらけのビアンコの顔に二発撃ち込んだ。