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三人の〈叔父〉が六月の陽光を浴びながら——

 三人の〈叔父〉が六月の陽光を浴びながら、テラスで果実酒を飲んでいた。

「もうじき一周年だ。誇り高き古王国が共和国にとってかわられて一年もたつ」

 片目の〈叔父〉はシャツについている、虫か何かを払うようなジェスチャーをした。

「ドン・ニコロ。あのごく潰しどもが、この一年でどれだけ勢力を伸ばしたか、考えたくもないが、考えないといかん」

「やつらと我々は違うのだ」

「その通りだ。その通りだが、共和国になって以来、古王国人は人種が変わったみたいになっちまった。どいつもこいつも進歩進歩と下らないことを言うし、労働組合なんてものがわしらの仕事の邪魔をするようになった。そして、あの、〈ギャング〉とかいうごく潰しども。この混乱がやつらの利益になったなんて、信じられないな」

 片目の〈叔父〉は先月、自分の縄張りの市役所改装工事の入札に失敗した。入札価格を漏らすために買収された役人が〈ギャング〉の一味に買収され、そちらに正しい価格を流し、〈叔父〉にはずっと高い値段を教えたのだ。そのことでは怒り心頭で、ときどき眼鏡がずれそうになった。片目の伯父は眼鏡の右のガラスに黒ガラスをはめ込んでいるのだが、そのことを冗談の種にした男を殺したことがある。

「〈叔父〉の在り方も変わった。あんなふうに宝石や高級スーツを見せびらかしながらナイトクラブをハシゴする〈叔父〉なんて、考えたこともなかった」

 医者の〈叔父〉がかぶりを振って、リモンチェッロに口をつけた。彼は〈崖の穴〉村で唯一の病院を経営する、本物の医者だった。有力な〈叔父〉だった父の力を借りず、金の力も借りず、ただ、自分の頭脳だけで医者の免状を獲得したことを誇りに思っており、農地管理人ガヴェロット出身の無学な〈叔父〉たちを軽蔑とまではいかないが、せめて自分の名前くらいは書けるようになってほしいものだと思っていた。

〈片目〉と〈医者〉は仲が悪かった。片方は学のないことを軽蔑し、もう一方は学のあることを軽蔑していた。そして、どちらも同じくらいずる賢かった。そのふたりがドン・ニコロ・アッリーゴの屋敷を訪れ、同じ瓶からリモンチェッロを飲んでいる。事態はそれほどひっ迫していた。

「やつらは〈叔父〉ではない」ドン・ニコロが言った。

「その通りだ。〈叔父〉ではない」〈医者〉がうなずく。「だが、新しい国に適応する形で組織化されている。そこいらのトロリーバスでスリをする集団なんかと一緒にしたら、わしらはいつの間にか、この島からたたき出される」

「だが、どうするっていうんだ? 戦争でもするのか?」

「これ以上、やつらが力を伸ばせば、もう手がつけられなくなる。やるなら今だ」

〈片目〉は左手ですくった架空の小魚を叩き潰すように右の拳で打った。

 ドン・ニコロはため息をついた。テラスにはテラコッタのタイルが敷かれていて、小さな水瓶から涼しげな水の流れる音がした。テラスの端からしたたり落ちる水が名も知らぬ花を潤し、花はドン・ニコロに初夏の香を捧げる。これが君臨するということだった。

 古王国が倒れて以来、大勢の〈叔父〉が死ぬか捕まるかしていた。これまで経験したことのない災厄が降りかかってきていた。罪を隠していたベールは強姦魔によって引きずりおろされ、隠された悪があらわになった。そして、〈叔父〉がひとり破滅するたびに人びとが喝采を送った。もはや、人びとは〈叔父〉を恐れない。

〈片目〉の言うように、行動に移すときだった。これ以上、静観していれば、〈叔父〉は〈ギャング〉のおこぼれで生きることになる。

 それでも戦争をためらうのは息子のことがあるからじゃないかと、〈医者〉は怪しんでいた。

 ドン・ニコロの息子のアンジェロは〈ギャング〉のボスのひとりだった。それも中心人物と言ってよかった。戦争中に作った繋がりで、沙国の良質な〈翡翠〉の密輸を一手に握っていた。〈翡翠〉は国じゅうでまれていた。それなりに気分を高揚させるが、副作用がこれまでのどの麻薬よりも小さかった。そのため、(古王国時代と比べると)開放的な上流階級のパーティでは〈翡翠〉の葉巻や〈翡翠〉のシャンパンのないことは考えられず、また体への被害が小さいゆえに官憲たちの受けがよく、禁断症状で狂った母親が赤ん坊を洗濯桶に沈める夢にうなされず、賄賂を受け取ることができた。

〈ギャング〉を完璧に潰すのであれば、息子との対決は避けられなかった。

〈片目〉の考え方は違っていた。ドン・ニコロは自分と同様に〈叔父〉になるために生まれてきた男だ。敵にまわれば息子だって殺せる――それがたとえ、ひとり息子でもだ。ドン・ニコロが戦争をためらっているのは、あのクソッタレのカラヴァッジョ大佐のせいだった。戦争から帰り、英雄として共和国政府におだてあげられた、あの外道は〈叔父〉たちの資金の流れを調べるためだけに特化した調査部隊をつくって、脱税や資金洗浄、不正融資などで主要な〈叔父〉を次々と挙げていった。この一年間で逮捕された〈叔父〉のほとんどがこいつのせいなのだ。もちろん、〈叔父〉たちはカラヴァッジョ大佐を殺そうとしたが、大佐も部下の会計士たちも一個師団で守られていて、そのなかには本物の装甲車部隊もあった。

 本当に頭にくる憲兵野郎だが、ひとついいところがあるとすれば、〈叔父〉の摘発と同じくらいの情熱を〈ギャング〉の撲滅にも注いでいる。

 つまり、うまく操縦できれば、〈ギャング〉の壊滅に利用できる。利用できるものがあるのに、すぐに戦争に打って出る必要はないし、そうした知恵を使うほうが、ずっと〈叔父〉らしい。

「だが、もう、そんなことは言っていられん」〈片目〉が言った。「本当の敵は〈ギャング〉じゃない。この島に住む全ての人間だ。やつらは〈叔父〉を恐れなくなっている。反〈叔父〉市民組織なんてものがある。ラジオでやつらは言うんだ。〈叔父〉などこわくない! 見かじめを払うのはやめよう!とな。いま必要なのは駆け引きじゃない。暴力だ。ブルトーザーみたいに何もかも薙ぎ倒す暴力だ」

〈医者〉は〈片目〉には気遣いというものがないと軽蔑していた。いま、ドン・ニコロは息子と永遠に敵対するために、自分のなかの精神の輝きを全て集め、耐えようとしているのだ。患者に必要なのは観察であり、まだ措置をする状態ではない。

〈医者〉が医者らしく、物事を判断しているあいだ、ドン・ニコロが考えていたのは息子のことなどではなく(息子殺しについては、とうの昔に覚悟がついていた)、すぐに戦える〈叔父〉たちの頭数だった。

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