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閑話 イーダン、回想する

 私はイーダン、アンセム皇子の従者である。

 先ほどの話で重傷を負い、マリエラに助けられた、イーダンだ。

 死にかけた時に走馬灯のように自分の人生を振り返るという話があるので、私も振り返ってみようと思う。


 アンセム皇子に仕えるようになったのは10歳のころ、それ以来お世話をさせていただいている。

 もともと私はアンセム皇子の兄、リンドール皇子のところに配属された。



「顔が気に入らない」



 その一言で初日にクビになった。とはいえ王宮務めは公務員なので、顔が理由で辞めさせられることはない。大体、目が細いくらいで、そんなに珍しい顔をしているわけではないので、いいがかりもいいところだと思う。

 私はしばらくは事務官付の雑用として働き、アンセム皇子の遊び相手兼従者として、10歳でアンセム皇子付きになった。


 アンセム皇子は大変温和で誠実、無欲な方だ。

 朝は使用人たちより早く起き、身支度を終えて一人剣で素振りをされている。

 皇族の義務である職務にも早いうちから大変熱心に取り組まれ、勉強をすれば4か国語をマスターし、あいた時間があれば慈善活動に精を出される。


 アンセム皇子は私たち仕える者の誇りだった。


 ある日、アンセム皇子は隣国の王国へ外遊に行かれた。皇帝からの指示で、皇太子であるリンムルカではなくアンセム皇子が選ばれ、アンセム皇子は当代きっての魔術師である、キースを連れて王国へ旅立たれた。

 私は大変心配したが、まだ若いという理由で同行は許されなかった。


 そして、帰ってきた時、アンセム皇子の耳にはただれた傷ができていた。



「皇子、どうされたのです、その傷…」


「跡だけがのこってしまったな。大したことではない、気にするな」


「キース、あなたという人がついていながら、どういうことです?」



 キースは私のことは無視して何も答えない。元からふてぶてしい男だが、この件については貝のように口をつぐんでいた。

 皇子も何度聞いても答えてはくれなかった。


 ほかの同行者に聞いたところ、皇子は王国の歓待の宴の最中に襲撃を受けたという。そして、それを助けたのが、王国の1人の少女だということだった。

 マリエラ・ルネサンス、のちに万能薬〝聖女の涙″を開発し、名声を獲得する少女が、アンセム皇子をたすけたのだという。肝心のキースはその時役立たずで、むしろマリエラの魔術具を破壊したとかで、今回早めに返されたとのことだった。


 なるほど、プライドの高いキースが話したがらないはずだ、と私は思った。

 そして、その時から私はマリエラという見たことのない少女に感謝と尊敬の気持ちを持つようになった。


 それから十年近くが経ち、宮廷の雰囲気は様変わりした。


 以前は健康でいらっしゃった皇帝が病に倒れ、その代理として皇太子の第一皇子が台頭した。もともと、皇太子といっても、第一皇子と第二皇子で年齢はさほど離れていない。そのため、皇帝は二人を後継者として、どちらがふさわしいか秤にかけているところがあった。

 第一皇子は正妃の子で、帝国の高貴な血を引いている。一方第二皇子は身分の低い側妃の子で平民として育って頼れる外戚がいない。そして、第一皇子は人柄が残酷で自分勝手、第二皇子は慈悲深く人望がある。

 どちらを後継にするか、迷っている最中に、皇帝は病に倒れた。そのあとは皇太子と正妃が実権をにぎることになる。



「逃げるぞ」



 ある日のことだ。その日、第二皇子はいつものように毒を盛られた。何人目かもわからなくなった毒見役が悶絶しながら倒れた日、アンセム皇子はそうつぶやいた。

 皇子は23歳、もう立派な青年に成長していた。



「どうしたんですか、急に」


「このままでは殺されてしまう。僕がここにいることで、皇太子たちへのけん制になればと思っていたが、もう限界だ。僕の代わりに苦しむ人を見たくない。僕は城を出ることにする。イーダン、君には世話になったな」



 お礼の言葉と一緒に、金子の入った袋を渡される。

 イーダンはとっさにその袋を押しのけて、皇子の前にひざまずいた。



「どこまでもお供いたします」



 イーダンはアンセム皇子にどこまでもついていくつもりだった。この優しく高潔な皇子が危険な旅に出るとしっていて、どうして宮廷で勤め続けることができるだろうか。

 イーダンはそんなことはできない。



「危険だぞ」


「もとより承知です」



 イーダンに護身の心得はなかったが、交渉事等の従者の仕事は得意だ。なにかあったとしても、アンセム皇子の盾になれれば本望だと思う。

 そんなイーダンの本気を察したのだろう、皇子はゆっくりうなずいた。



「これから、皇帝陛下に謁見してお許しを仰ぐ、一緒に来てもらおう」



 アンセム皇子について皇帝陛下の部屋に向かう。皇子付きの私は初めてその部屋に入った。一歩入った瞬間に薬草の匂いがぷんと鼻につく。病人の匂いだった。



「父上、申し訳ありません。私の力不足でした」


「…謝るな」



 皇帝の言葉は弱弱しかった。私は昔、手伝いで入った宴の席で、皇帝の近くで給仕をした時のことを思い出していた。端まで届くような豪快な笑い声で、威厳にあふれた皇帝の、分厚い身体は、今は見る影もない。

 皇帝はゆっくりと身体を起こし、傍らに立つアンセム皇子の肩を叩いた。

 その手は肉が削げ落ち、骨と皮だけになっていた。



「謝らなくてよい。どうせなら恨め、こうなる前に、お前に皇帝を継がせなかった私をな」


「そんな。父上には感謝しています。母上が亡くなってから、私を受け入れ、育ててくださいました」


「はは、まったく、なぜ私はお前を後継者にせず、貴族などの言うことを気にしておったのか」


「いいえ、父上。私は皇帝に向きません」



 アンセム皇子は、はっきりと断言した。私はそういったことをいう皇子を初めて見たため、驚いて皇子を凝視した。アンセム皇子の緑の目は澄んでいて、両手を強く握りしめている。

 陛下は優しい目でアンセム皇子を見ていた。王子と同じ緑色の目だった。



「アンセム、賢い子だ。たしかに今はそれが最善だ。今はな。だが、お前が去って間もなく、私は死ぬだろう」


「父上…!」


「なに、お前のせいではない。それより、お前のことだ。自分を顧みず、人のためにばかり生きようとする。今までは私がいたが、これからはいない。そのことが心配でならない。1人で行くつもりか」


「いいえ、従者を一人、あちらのイーダンを連れていきます」



 イーダンは話に出たため、すっと一歩前へ出て、名乗る。



「イーダンと申します。陛下、私が命に代えても皇子に不自由な思いはさせません」



 皇帝は私を上から下まで見分するように見た。

 そして、以前聞いた声と同じ威厳のある、低い声で、私に命じた。



「イーダン、仲間を集めよ。皇子にふさわしい者たちだ。アンセムに足りないところがあるのなら、その者たちに補わせ、必ずやアンセムを皇帝に押し上げろ。これからお前が仕えるは時期皇帝と心得ろ。いいな」


「ははっ」


「父上!!」



 アンセム皇子は皇帝の膝にすがりつくように手を置いた。



「私は向きません」


「アンセム、お前の清廉さ高潔さはたしかに、それだけでは皇帝の資質には足りない。しかしリンドールよりはよい」


「兄上には血筋がおありです」


「血筋、な。たしかにリンドールの母の血筋はたしかだが」



 皇帝は、そこまで言って、迷うように目線を窓の外に向けた。



「いや、いずれ知れることだ。とにかく、リンドールより、アンセム、そなたのほうが皇帝に向いている。向きでない部分は周りに頼りなさい。私からも一人つけよう、クルス」



 皇帝が呼ぶと、部屋の隅の陰になっているところから、小柄な男が浮き上がるように出てきた。

 今までいることに気付かなかった私は驚いて一歩うしろへ下がった。

 しかし、アンセム皇子を見ると、まったく驚いていない。皇子は気づいていたようだ。



「クルスは諜報に長けている、私が皇后に見つからないように動かせるのはクルスだけで、心もとないかもしれないが、よくやってくれるだろう」


「いいえ、もともと一人で出ようと思っていたので、じゅうぶんです。ご配慮をありがとうございます」


「あとはこれを」



 皇帝は枕元にある引き出しから、布袋を取り出し、そのまま皇子に渡した。

 皇子は受け取って、開ける。中には手のひらに収まるくらいの大きさのロケット(絵姿の入るペンダント)が入っていた。皇子は端の金具を外して開ける。



「これは」


「ミリアム、お前の母親と、お前との絵だ。絵師に描かせた」


「生まれてから、直接お会いすることはなかったと聞いていました」


「そうだな。生まれた子が男児だと分かった時に出て行った。産後すぐだぞ。信じられん。だがそれだけ、王妃に恐怖していたのだろう。かわいそうなことをした。居所はわかっていたから、絵師を行かせて、あとは想像で描かせた、」


「幸せそうですね」


「さあて、ミリアムにとってはどうだったか」


「母は幸せでしたよ」



 アンセム皇子の母については、聞いたことがあった。田舎領地の育ちで、快活な性格を皇帝に見初められた。身分が低いため側妃だったが、一番の寵妃。しかし宮廷生活が合わず、宮廷を飛び出し市井で皇子を育てた変わり者、というのが宮廷での評判だった。



「父上の手紙を楽しみにして、その返事を書くのに一日使って」


「確かに長い手紙だった」


「宮廷に連れ戻そうとすればできたのに、そうしなかった父上に感謝しています。母は最期まで母らしく過ごしました」


「そうか」



 皇帝はまぶしいものを見るように目を細めて、微笑んだ。



「そのロケットは身に着けておいてほしい。何、お守りのようなものだ。きっとお前を助けるだろう」


「はい、父上」



 アンセム皇子は深々とお辞儀した。



「それでは、行って参ります」


「ああ、道中くれぐれも気を付けて」



 皇帝陛下の部屋を出て、その脚で城の外まで出た。それから、旅が始まった。もちろんアンセム皇子はこのような旅は初めてで、何を隠そう私も旅は初めてだ。

 小さいころから働いていて、休みの日は息抜きに街に出かけるくらいのものだった。



「ええ? すごいね、それで城出ようとしてたの?」



 皇帝に付けられたクルスという男は、国王からつけられたので、よほど優秀な者かと思ったが、そうは見えない。明るいところに出ると、同い年か、それより下に見える。



「ええと、じゃあ段取り、最初はやりますね、今後はイーダンがやったほうがいいと思うんで、覚えてください。おれは護衛と情報収集に専念しますから」



 そうして旅の最低限の装備を手早くそろえた。その装備の中に、4頭の馬と1人、男が混じっていた。

 ランドという。傭兵らしい。



「俺たちのことは、一人旅してる貴族の3男とそのお付きの者ってことにしてます」



 そう離れた場所で私たちに説明した。



「そもそも、どうして人が必要なんだ?」



 皇子が聞くと、クルスは驚いて目を見開いた。



「そこからか。イーダンは力仕事に向かなさそうだし、皇子に雑用させるわけにいかないんで。あと普通に見た目いかついのいたほうが、防犯上やっかいが少ないんで、雇いました」


「僕はなんでもするつもりだ」


「ええ、ええ、わかりますし、その気持ちでいてもらえると助かります。ただ、荷物持ちは譲りません。必要なんで雇ってます」



 クルスはうなずいたが、ランドを雇うことだけは譲らなかった。



「ランド、自己紹介」



 クルスが呼ぶと、ランドはのっしのっしと歩いてきた。大男だ。人の多い宮廷でもこれほどの大男は見たことがなかった。



「ランドだ。よろしくな」


「僕はアンセム」


「アンセムがリーダーだよ。絶対服従で」


「ああ」



 クルスにリーダーといわれて、アンセム皇子は首をかしげていた。リーダーなのか? とつぶやいている。



「私はイーダンです」


「よろしく」



 手を差し出されて、握手を求められる。私はそのまま手を差し出すと、折れると思うほどの強さで握り返された。

 そしてそのままぶんぶん上下に振られる。私はその握手の勢いで頭がかくかくと左右にゆれた。



「はっはっは! 細いな。まあ、護衛には心もとないってことだろうと思ったぜ。これでも戦場を渡り歩いてきたんだ。荒事は任せときな」



 イーダンがもめごとの対応や、護衛のような業務に向いていないことは自分でもわかっていた。握手の手を外される。さきほど握手の勢いで、ずれた眼鏡を直した。



「ええ、ぜひ、そのあたりはお願いします」



 私たちはクルスの故郷でもある隠れ里へ向かうことにした。皇子の身の安全を図るためである。閉鎖的な場所なので、先にクルスが向かい、様子を見ると同時に皇子のことを説明して理解を得るといい、しばらくしてクルスが離脱した。

 そして合流場所として指定された町の手前にある砂漠で、マリエラと合流する。



「それにしても、なんだか変だと思いませんか、ランド」



 私はランドと2人、宿の食堂で食事をしていた。ここはクルスと合流する街で、マリエラが先に出ていき、それを追いかけてメイリードも出て行った。マリエラは少ない食事を手早く終わらせていたが、メイリードはまだ食べている途中だった。いつもきれいに食べ終えるまで立ち上がらないのに、今日は目玉焼きにフォークが刺さっている。

 そして、ランドは朝だというのに山盛りの肉を食べている手を止めずにしゃべる。肉が口に入っているので聞き取りにくい。



「変って、なにが?」


「アンセムです。マリエラは女性とはいえ、今は朝方で、周りは明るいし、ここは街の中でも治安のいい地域です。そもそも田舎で、駐在所もあり、治安はいい街なのに、心配だからついていくなんて」


「変じゃないだろ、好きな女なら」


「好きですって!?」



 私は思わず右手に持っていたナイフをテーブルに突き刺した。



「なんてこというんです!」



 大体清廉な皇子には、今まで浮いた噂の一つもなかった。いくら美しい女性がいたところで、そんな簡単になびくような皇子ではないことは、私が一番よく知っている。禁欲的という言葉がよく似合う人だ。



「なんてことって、そんな大声ださんでも。思ったことを言っただけだぜ、俺は」


「私は許しません!」


「そんな母親みたいなこと言うな。いいじゃないか。アンセムだって年頃だし、そろそろ夫婦めおとになったって」



 ランドは気楽に新しい肉を口に放り込んだ。私は何も知らないランドにいうわけにいかず、言葉を飲み込んだ。

 アンセムはただの人ではなく、時期皇帝になる人です。その人の夫婦になるということは、つまりマリエラが皇后になるということ…



「ふさわしくない! アンセムの隣はもっと身分のある貴族家の優しく芯の強さを併せ持つ清楚で高潔な人物でなければ…!」


「お貴族ってのも大変だな。なんとなく似合いだ、じゃだめなのか。あと芯の強さだけはクリアしてるな」


「あんな傲慢で高慢で暴力的で自分勝手で悪魔のような女は」



 私が話していると食堂のドアに取り付けられたベルがカランカランと鳴った。

 マリエラが戻ってきたかと思って、私はそちらのほうを向く。ドアにはマリエラではなく、黒ずくめの男が立っていた。そして私をじっと見ていた。

 私は嫌な予感がした。私は名前も顔も変えていない。アンセム皇子と同時に逃げたため、私がアンセム皇子と一緒にいることは、宮廷の人はわかっているだろう。

 背中に汗が流れた。



「ランド、逃げますよ」



 聞こえないくらいの小さな声で伝えると、ランドは察したようで、近くに置いてあった肉切ナイフを両手に持った。



「了解だ」



 そして戦闘になり、私はすぐに倒れた。

 以降、意識はない。

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