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イーダン、重傷を負う

 アンセムがまず、倒れていたイーダンに駆け寄り、傷の様子を調べ、脈を診た。傷は胸元と腕にあり、口から血を流しているようすから、内臓も傷ついているようだった。



「重傷だ、だが、まだ生きている」


「任せて」



 マリエラは短く言うと、アンセムはイーダンをマリエラに託した。マリエラは腰に付けた道具箱から、『万能薬』をとりだした。マリエラが開発した薬だ。旅の前に作りだめして、倉庫の半分くらいは薬の備蓄があった。

 そしてすぐに栓を開け、逆さにする。中の液体は、音を立てて、すべてイーダンの傷口にかかる。

 錬金術で作った薬はどれもそうであるように、傷が光って修復が始まる。


 端に集まっていた人たちが、その様子をみて、口々に話す。その声がマリエラにも聞こえた。



「あ! もしやあれは」


「噂の『聖女の涙』では!?」


「高価な品だというのにあんなに惜しげもなく使えるものかな」


「『聖女の涙』なら、あれ一つで1か月分の給金だ」



 『聖女の涙』マリエラはその名称が嫌いだった。



『もうほんとやだ、この名前』


『聖女ってマスターのことですもんね。マスターの涙、私も見たことがないですが、もしかして成分にはいってるのですか?』


『そんなわけないでしょ! 作ってるのあのドM先輩なんだから、どっちかっていうと変態の涙でしょ。もうイメージだけで変な名前つけないでほしい』


『でもおかげで売れてるんですよね』


『だからってやっていいことと悪いことがあるわ』



 イーダンは苦しむ様子もなく、血も止まり、徐々に傷が修復していっている。薬が効いたのだろう。間に合ってよかったとマリエラは安堵する。

 どんな薬にも治せる限界があり、『聖女の涙』にも回復の限界はある。今回は治せる範囲内だったようだ。

 隣に立って様子を見ていたアンセムは、ほっとしたように笑顔を見せた。



「ありがとう、マリエラ、貴重な薬を惜しみなく使ってくれて」


「今使わなくてどうするのって話だから、いいのよ。それより」



 マリエラは室内を注意深く見回した。特に、人が集まっている反対側。

 今までマリエラたちが向いていた方向と反対側を振り返った。


 イーダンの姿にショックを受けて、集中していたが、治療中も音は聞こえていた。剣と剣がぶつかる音、戦いの音だ。

 マリエラと同じ方向をアンセムも向く。


 二人の視線の先には、もう一人の仲間、体格のいいランドが、顔を隠した男2人と争っていた。ランドは見るからに劣勢だった。



「加勢する」



 アンセムが一言それだけを言って、マリエラから離れ、ランドのほうへ向かう。走りながら、腰に差していた剣を抜いた。

 最初は動いているランドと敵の2人が目に入ったが、よく見ると、ほかにも3人が床に転がっている。

 ランドと争っている相手と似たような服装をした者が2人、そのあたりの町の人と同じ服装をした人が1人だ。



「ねえねえ、あそこで倒れてるのって、知り合いだったりする?」



 端っこで争いに巻き込まれないようにしている人たちに向かってマリエラは聞いた。指さしたのは一人だけ服装違う男だ。集団の1人が、やっと聞こえるくらいの小さい声で返事をした。



「はい、あの、うちの用心棒なんです。早々に倒されてしまいました」


「じゃあ、あの人は助けなきゃってことね。了解」



 マリエラはイーダンの様子が安定したことを確認して、イーダンから離れることにする。今は魔力切れで戦いに参加することはできないが、治療と捕縛なら今のマリエラにもできる。


 ランドとアンセムのほうをちらっと見る。2対2になったことで、相手の優勢は崩れていた。

 ランドも達者だが、アンセムの剣技は目を見張るものがあり、すでに自分の相手をしている一人を切り伏せているところだった。



「よいしょっと」



 マリエラは自分ができることに集中する。

 自分の腕輪の端を引っ張って、ひも状にして、倒れている敵2人に向かって投げると、ひもは自動で2人を縛り上げた。小さなうめき声が聞こえた。まだ生きているようだ。

 そして用心棒という男にも、イーダンにやったのと同じように薬をかけた。


 それだけのことをしている間に、アンセムとランドは不審者2人を倒し、腕をひねり上げていた。

 マリエラはひとまず手元の用心棒も息が安定していることを確認してから、立ち上がり、拍手をして、アンセムとランドのほうへ歩いて行った。



「すごい、あっという間だったわね。2人ともなかなかやるじゃない」


「イーダンは!?」



 ランドが慌てている。先ほど治療したのでもう大丈夫だと告げたが、信じられないようで、走ってイーダンのところまで無事を確認しに行った。

 アンセムはのした男たちにさるぐつわを噛ませ、後ろ手にロープで縛っている。



「アンセムも、強かったのね。そういうこと、得意だとは思わなかった」



 マリエラの国では王子は外交のために勉強に力を入れていても、基本的には守る人が近くにいるので、自分で鍛えようとか、強くなろうとはしていないようだった。

 帝国ではもしかしたら違うのかもしれないなとマリエラは思う。



「うん、騎士団に入ろうと思っていたから」


「騎士団? どうして?」



 騎士には平民や、貴族位を継げない下位貴族の次男以降の子がなることが多い。皇族などの上位貴族は、指揮官になることはあっても、騎士団に団員で入るという話を聞いたことがなかった。



「少し事情があって」



 話しづらそうにするアンセムを見て、マリエラはそういえばアンセムはわざわざ身分を隠していたことを思い出した。



「ごめん、ここでは話しづらいこと聞いた。またの時に教えてよ。それより、この人たち誰だろうね。何が狙いだったんだろう」


「おそらく、兄の子飼いの暗殺者たちだと思う」


「兄って…」



 マリエラはそれ以上口に出さなかった。

 アンセム皇子の兄は、リンドール、帝国の皇太子だ。

 アンセムは少しだけ物思いにふける様子を見せて、マリエラに向かっていった。



「行こう、ここは場所がばれてしまっているから、さらに追手がかかる前に逃げる」


「どこへ?」


「クルスの故郷、砂漠の隠れ里」


「でも、そこへ行くために、ここでクルスと合流しようとしていたんでしょう?」


「そうだけど、待っていることはできなくなった。自力でたどり着くしかない」



 アンセムの表情は硬かった。

 その時、イーダンの無事を確かめたランドが、背中にイーダンを背負っているのが見えた。ランドもすぐに移動を始めるつもりらしい。

 道案内なしにどうやっていくつもりなのか、マリエラには見当もつかない。


 けれど、ついていくしかない、とマリエラは思った。



『え、何でです? 危ないですよ。マスターは追われてないんだから、もうここで別れちゃったほうがいいのでは』


『そうよね、安全っていう意味だと、たしかにそうなんだけど、なんていうのかな。今更外れるのもずるい気がするっていうか』


『マスターはずるさとか気にする性格じゃないですよね』



 アイはマリエラとの付き合いが長いので、マリエラの性質を理解していた。なんとなくの返答では満足してくれない。



『ほっとけないっていうのかな。このままアンセムたちが襲われて、何かあったりしたら、私が一緒にいればよかったって思うかもしれないって思ったら、まあ一緒に行ってもいいかなって、なんとなく』


『マスター、命に係わる問題ですよ。まあとか、なんとなくとか、そういう中途半端な気持ちで決めることじゃないです』



 アイのいうことはもっともで、マリエラも悩んでいる気持ちが半々だった。

 メームの日記について知りたいだけなら、この街の人たちの中にだって、知っている人がいるかもしれないから、マリエラが悩んでいるのは、そこではない。


 マリエラが悩んでいるのはアンセムについてだ。

 久しぶりに会った皇子、もしここで別れたら、きっともう二度とあうことはないだろう。兄皇子に命を狙われているから、へたをすれば命を落とすかもしれない。そうでなくても、アンセムは皇位をつぐつもりがないようだし、決して表にはでてこないだろう。言っていた通り、騎士にでもなって、どこかで国を守る任務に就くか、一生今のように、兄を避けながら生きるか。


 なんにしても、マリエラは今、アンセムと離れたら、二度と会うことはないと確信していた。そしてそれは嫌だと思っていたのだ。



『理屈だったら、私も離れるべきだってわかってるわ。でも、離れることはいつでもできる。今は一緒にいたいの』



 アイはしばらく考えるように返事をせず、少ししてぽつりとつぶやいた。



『マスターにはそういうことは縁遠いと思っていました』


『そういうこと?』


『そういう、命を懸けてでも誰かのそばにいたいとか、そういうイロコイについてです』



 言われて、マリエラはうろたえた。そんな、それではまるでマリエラが、アンセムのことが好きで離れたくないと言っているようではないか。



『ちがうんですか?』


『違うわよ! せいぜい友愛とか、義務感とか、そっち!』


『まあ、それでもいいですけど。わかりました。でも、マスターが本格的に危険だと判断したら、私はどうやってでも引き離しますからね』



 アイはマリエラのことを心配している。それくらいはマリエラにもわかっていたので、素直にうなずいた。

 話している間も、メイリードたちはこの場から離れるため、宿の人たちに説明をしたりしていた。損壊の保証だとか、そういう話だ。ひと段落つくまでマリエラは黙って様子を見ていた。

 最終的にアンセムが出したお金の袋で、話はまとまったようで、アンセムがマリエラに声をかけた。



「マリエラ、行きますよ」



 アンセムは当然のようにマリエラと一緒に行くつもりのようだった。

 ランドもイーダンを背負って、マリエラにいった。



「ほら、急げよ。部屋にあるものも持ってかなきゃならない。イーダンが倒れて人で不足なんだ。わがままいわずに働いてもらうぜ」


「わかってるわよ。でも、今回だけだからね。あと、急がされるのは嫌」


「ランド、イーダンはマリエラがいないと助からなかったかもしれないんだ。そんなふうに言うものじゃないよ。もちろん手伝ってもらえると助かるけど、基本的には僕が片付けるから」



 アンセムがリーダーとは思えないくらいの腰の低さで、率先して動いている。よく考えれば皇族なのだから、余計、らしくないといえる。



「いいわよ、別に手持ちの薬だったし、気にしないで。先に私の部屋から片付けるから、終わったらあなたたちの部屋を手伝うわ」



 そうして、手早く片づけを終え、宿を出た。

 預けていたラクダを連れて、もう一度砂漠側へ向かう。



「それで、どうやって向かうの?」


「一度きりの使い切りでできる魔法だ。本当は使いたくなかったんだけど、こうなったらしょうがない」



 そう言って、アンセムは懐からメダルを取り出した。

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