もう一人の仲間、クルス
「ところで、その仲間っていつ来るの?」
砂漠越えの調整日、朝、マリエラはアンセムたちと食堂でサンドイッチを食べていた。
マリエラがふと、いつまでここに、いるのかと思って聞いてみると、他の3人は顔を見合わせた。まず、ランドが口を開く。
「さあ、俺はしらないな。イーダン聞いてるか?」
「知りません。アンセムが知っているのでは?」
「僕も『先に行く、この町で合流』ということしか聞いてなくて」
「つまり、誰も知らないってことね」
マリエラは呆れていた。しかし、3人は気にした様子もない。
「僕たちは急ぐ旅ではないので、あまり気にしていないかな。マリエラは予定大丈夫?」
そんなふうにアンセムに聞かれて、マリエラは答える。
「私は冬までには一度帰りたいんだけど、この調子で間に合うかしら」
「大丈夫、そんなにはかからないはずだ、多分」
「いや、やつのことだ、あまり期待はしないほうがいい。適当なことを言わないほうがいいぞ、アンセム」
「思い返せば彼に単独行動を許したのは失敗でしたね。しかしあの時はしようがなかった」
マリエラは、仲間たちの話を聞きながら、頭の中で予定を確認する。今は夏の終わりだ。冬の用事はスポンサーたちに研究成果を発表する場なので、必ず帰らないといけない。道が雪に覆われる前に帰ろうと思うと、20日はみたほうがいい。秋の間は待っていられるが、それ以上になるとその仲間に会うことは諦めたほうがいいだろう。
「とりあえず、秋の間は私も待つことにする。それで、その仲間ってどんな人なの。話を聞く限り、ちょっと変わってるみたいね」
「変わっているというか、マイペースな男です」
「適当で女好き、天然の巻き毛」
細身のイーダンと大男のランドがそれぞれ言った後、アンセムが言葉を選びながらつづけた。
「名前は、クルス。小柄で俊敏なタイプだ。弓が得意で、旅の間は狩りをして食料調達をお願いしていたよ。手先も器用で、彫刻が趣味だ」
「へえ、いいわね。会うのが楽しみだわ」
マリエラは、いいながら膝のパンくずを払った。これだけ情報があれば、マリエラだけでもクルスを見分けられる。
「さて、と、私ちょっと買い物行ってくるわね」
「一人で大丈夫ですか?」
アンセムが心配そうに言った。マリエラは何の心配、と思ったが、アンセムは貴族男性、しかも皇族だった。普通高貴な女性は付き人と一緒に行動する。アンセムは女性が一人で行動するのを見慣れないのかもしれないと思った。
「大丈夫、大丈夫。もともと一人旅してたんだから、ちょっとの買い物くらい、なんてことないわ」
マリエラはそう言って、面倒な話にならないうちに、と食堂をさっさと出た。
『それで、マスター、何を企んでるんです?』
アイがイヤリングの形のまま、マリエラに話しかけた。
『さすがアイちゃん。わかっちゃった?』
『マスターがあんなに人のことを聞くなんて珍しいですから』
『そうそう、そうとわかれば、人気のない、水場に行きましょ』
そこまで言うと、アイは、マリエラが何をしようとしているのかわかった。使いたい魔法の種類に検討をつけ、その魔法を使うのにふさわしい場所を提案する。
『承知しました。マスター、3時の方角に大きな水場の気配があります』
マリエラはアイの指示通りに進んだ。
しばらく歩くと、開けた場所に、オアシスが広がっていた。もともとこの街は砂漠に近いオアシスを中心に栄えたのだろう、古い建物がいくつか残っていた。
街に近いところにはまばらに人がいたが、少し離れると、人はいない。誰からも見られないような場所を見つけて、マリエラはかがみ込んで水に触った。
『アイ、もう1人の仲間、クルスが近くの水場にきていないか、確認してもらえる?』
『はい、マスター』
アイは水に触れることで人探しをすることができた。
なぜなら、水源を同じとする水は、記憶を共有している。そのため、一部に触ることができれば、周辺水場で水をくんだり、通ったりした人も見つけることができる。
近場ではなく、大きな水場を選んだのは、一番いろんなところにつながっている可能性が高いからだ。
マリエラはじっとアイの返事を待つ。
しばらくして、アイがマリエラに返事をした。
『条件に合う人は見つかりませんでした』
『そう、ちかくにいることがわかれば、私も旅程の目処がついていいなと思っていたけど、なかなか思い通りにはいかないわね』
『制限の多い能力なので、別の水場なら見つかるとか、条件が具体的になれば見つかることもあります。絵姿があるともっといいでしょうね』
『絵姿ね』
マリエラは同行している3人を思い出す。3人とも、絵がうまそうにはとても見えなかった。その時、マリエラの背後から声がかかる。
「マリエラ、何してるの?」
水場にかがみこんでいるマリエラに、アンセムが声をかけた。アンセムがいると思っていなかったマリエラは、驚いて急いで立ち上がり、振り返った。
「あ!」
勢いよく動いたせいで、マリエラは後ろにバランスを崩した。後ろには、すぐ近くに水場がある。
背中から、こけそうになって、マリエラはとっさに目をつぶった。
「危ない」
右腕をアンセムにつかまれて、マリエラは倒れずに済んだ。
アンセムはさらに手を引き、マリエラはそのまま、勢いが止められず、前に2,3歩進み、アンセムの胸の中におさまる。
「大丈夫?」
「うん」
その時、マリエラはアンセムに、抱きしめられた格好になった。マリエラは、アンセムの背が思っていたよりも高い、と驚いて顔を上げると、アンセムと目があった。
アンセムは最初何でもないような顔をしていたが、マリエラと目が合うと、今2人がどういう状態にあるか気づいて、顔を真っ赤にした。
「す、すみません。そんなつもりでは」
言いながら、アンセムはマリエラの肩を両手で押し、距離をとった。
「何よ、赤くなっちゃって。もしかして意識しちゃった? 私ってかわいいから」
マリエラが笑うと、アンセムはさらに顔を赤くした。
少し冗談めかして言ったが、見た目という点でもマリエラは自信があった。ほめられることも多かったし自分で見ていてもなかなかかわいらしいと思う。長い金色の髪を緩く編んで腰まで垂らし、ぱっちりとした青い目は少し垂れて愛嬌がある。小さめの口の唇は薄い桃色で、頬は柔らかくバラ色をしていた。すらりとした手脚は長く、何を着ても似合う。
『皇子様まで夢中にさせるなんて、罪な美貌よね』
『なにいってるんですかマスター、自意識過剰ですよ。大体皇子だって美しいのですから、美しいものは見慣れているはずです』
アイに言われて、マリエラはアンセムの顔を改めて見た。
アンセムはとても整った顔をしている。すっと通った鼻筋と、知的に見えるまっすぐな眉で、緑色の目は透き通っていた。背も高く、さっきもアンセムの腕の中にすっぽりとマリエラはおさまるくらい、背が高い。
すこし触れただけだが、体つきはひきしまっていて、鍛えていることがわかった。
『悪くはないわね、確かに。私ほどじゃないけど』
『マスターは自信にあふれていますね』
『それが私のいいところ』
アンセムは恥じらって、マリエラと一度距離をとったまま、近づこうとしない。
マリエラはこれはちょっと面白いことになるかもと思って、自分から一歩近づき、あえてアンセムの顔のすぐ近くに顔を寄せた。
「ふふ、まだ赤い」
マリエラが頬をつんと指でつつくと、アンセムは口元を抑えて後ずさった。
「やめてください!」
「そんな、キスしたわけじゃないんだから」
からかうように言って、じりじりと近づいていくマリエラ。アンセムは少しずつあとずさりして逃げていく。
「そ、それで、ここで何をしていたんですか?」
アンセムは違う話題を出す。マリエラはそういえばさっきそんなふうに声をかけられたのだったと思い出す。こけそうになったことで忘れていた。
マリエラはアンセムをからかうことを一旦やめ、リーダーからの質問に真面目に答えることにした。
「ちょっとホムンクルスを使って調べていたの。水を使って、近くに残りの仲間のクルスが来てないか分かればと思ったから。でも、うまくいかなかったわ。数日後にまた試してみるわね」
「それは便利な魔法だね」
「そうでしょう」
「最初に会った時は幻影と解毒の魔法を見せてくれた。会わない間は薬を開発して成功していた。砂漠では、水を使って足止めをしたり、空を飛んだり、便利なかばんもあった。すごいね、錬金術師がこんなにいろんなことができるなんてしらなかったよ」
「全部の錬金術師ができるわけじゃないわ。私と私のホムンクルスが優秀なの」
アンセムにはいいところしか見せていないが、錬金術師には欠点もいくつもある。しかし、説明する必要はないだろうとマリエラは思った。
「もちろんそうだろうけど」
「ふふん、どう、私をスカウトしちゃう? 優秀な人材よ。帝位だって、第一皇子を押しのけて手に入っちゃうかも…」
マリエラが調子に乗って好き勝手言っていると、アンセムの顔が曇った。
「いや、僕にそんなつもりはないから」
「そう?」
アンセムが独り言のように続ける。
「周りはどう思ってるか分からないけど、僕は絶対皇帝にはならない」
「向いていると思うけど」
少なくとも悪評ばかりの第一皇子よりは、マリエラにはアンセムのほうが好感が持てる。マリエラだけでなく、そう思う人は多いだろう。
「もし、そうだったとしても、僕は絶対にならないよ」
「そう」
マリエラはそれ以上追及しなかった。
「そういえば、あなたなんで来たの? 私一人で大丈夫って言ったと思うけど」
「それでも心配だったんだ。女性が一人で出歩くなんてよくないよ」
「そうかしら」
国ごとに考え方は違うし、身分によっても違う。現に街には一人で出歩いている女性を何人も見た。昼のうちは一人でも問題ないと思っていたけれど、そういうふうに思われるなら、一人行動は控えたほうがいいだろうか。とマリエラは思う。
しかし、毎回声をかけて誰かと一緒に出かけるのは性にあわない。マリエラは好きな時にふらっと出かけたいたちなのだ。一人行動も苦にならない。
できれば、一人でふらっと出かけたいが、アンセムが嫌がることはしないほうがいいだろう。団体行動中だし、リーダーの指示には従うべきという一般常識も理解していた。
アンセムとマリエラ、両方が納得する方法はあるだろうか。マリエラは悩んで、間をとる意見を出すことにした。
「じゃあ、今度から、気が付いたら追いかけてきてもいいわよ」
「そんな、いつもは気づけないよ」
「気づかないなら、その時は仕方ないじゃない。私は一人でも問題ないし、夜に一人で出歩くようなことはしないから。それ以上は期待されても無理よ」
「…わかった。なるべく僕が気づけばいい話だね」
なんとか納得してもらえたようだ。
マリエラは集団行動って面倒と思ったが、悪くないとも思っていた。アンセムが単純に心配しているということが伝わっていたからかもしれない。
「ふふ、よろしくね」
マリエラが笑いかけると、アンセムは顔をそらした。なんだろうと思って、よく顔を見てみると、マリエラから見える耳だけが真っ赤になっていた。
『やっぱり、美しいって罪ね』
『なに言ってるんですかマスター。それより、宿のほうが騒がしいですよ。戻ったほうがいいのではありませんか』
アイに言われて、マリエラが宿のほうを見ると、煙が上がっているのが見えた。何かが燃えているようにも見える。
「アンセム、見て、あっち。みんながいる宿のほうじゃない?」
マリエラが指さすと、アンセムはすぐに駆けだした。マリエラも追いかけて、急いで宿の前に向かう。
空を飛べば少しは早くつけそうだったが、先ほどの魔法を使った際に限界まで魔力を使ってしまい、アイはしばらく魔法を使って動くことができなくなっている。
宿に近づいてみると、煙は確かに宿から出ていた。周りが人だかりになっている。水を持ってこい! けが人だ! 医者を! などという声が飛び交っている。
「イーダン、ランド!」
アンセムが大きな声で呼ぶが、返事はない。野次馬が人垣を作っていて、中の様子がすぐにはわからなかった。
「すみません、仲間がここにいたんです、道を開けて」
マリエラとアンセムは人垣をかき分けるようにして、ようやく宿の前の様子を知ることができた。
煙が出ていたのは、入口のドアに火矢が射かけられ、燃え広がったことが原因だった。幸い、焼けたのはドアとその周辺だけで、建物自体は無事のようだった。
消火にあたっている人たちを押しのけて、アンセムが先、マリエラがあとに続いて、先ほどまで二人と一緒にいた食堂へ入る。
そこには、おびえるように端に寄っている店員と数人の客がいた。けがはないように見える。
しかし部屋をみまわすと、床に1人倒れていることに、アンセムは気づいた。
「イーダン!!」
細身の男が口から血を流し、床に横たわっていた。