マリエラ、消える
ランドからアンセムへ連絡が入ったのは、マリエラとランドとで話し合ってすぐのことだった。昨日話した時には、翌日も話すことがあるような様子ではなかったので、不思議に思いながら、アンセムは面談の許可を出した。
「よお、昨日ぶりだな」
「何かあったか?」
「ちょっと頼まれごとをしててな。どうも宝飾品は持ちなれないから、さっさと手放したくって、急ぎで連絡しちまった」
言いながら、ランドが手に持っていたペンダントをおもむろにアンセムへ差し出した。アンセムはそのペンダントに見覚えがあった。マリエラが”離れがたい人と持つ”と言っていたペンダントだった。
「それと、マリエラからの伝言だ。そのペンダントはアンセムが持つべきだ、あとはどうしても急ぎで会いたいってよ」
「急ぎで?」
アンセムは手に持ったペンダントをじっと見た。青い石と赤い石、二種類あった内の青い石のペンダントだった。
青い色を見ていると、マリエラの青い瞳を思い出す。
アンセムはその面影をふりきるように、顔を左右に振った。
「ごめん、会わないよ」
「なんだ、かたくなだな。珍しくずいぶんとマリエラも沈んでたぞ」
「だめなんだ。特に今は、マリエラの立場は本人が思ってるより危うい」
「だったら、なおさら近くにいて守ってやればいいだろうが」
ランドの声は怒っているようだった。ランドは体格がよく、威圧するような雰囲気がある。しかし、あまり怒ったり声を荒げることはしない。特に雇い主であるアンセムには気を使っていて、このようにすごまれたのは、アンセムにとって初めてだった。
「マリエラはもう覚悟を決めてたぞ。あとはお前次第だ」
「覚悟? それって」
「あとは本人に聞けばいい」
ランドはそれだけ言って、部屋から出て行った。
「相変わらず無礼な男ですね」
ずっと話を聞いているだけだったイーダンがため息とともに小さく漏らした。
「イーダンはどう思う」
「何がですか?」
「僕は覚悟が足りないんだろうか」
「そんなことありません。何もしないことを決断するのも、大切なことです」
アンセムはイーダンをじっと見た。笑顔ははりついたように1ミリも動かなかった。イーダンはどんな時もアンセムを肯定する。
アンセムは以前はそれが当然だとあきらめていたが、今は少し物足りなく感じる。みんなで旅をしていた時の、気安い雰囲気が遠く、懐かしく感じられた。
手に持ったペンダントを首にかけると、すでにかけてあった金の鎖が手に触れた。鎖の先には両親との絵姿が入ったロケットがある。
そのロケットを開き、両親と幼い自分の絵をじっと見た。
両親は笑っている。父である皇帝は、早くに今の皇妃を迎え、リンドールが生まれた。母と出会ったのはそのあとだと聞いている。義務感からの結婚はうまくいかず、皇妃と父は公の場でしか顔を合せなかった。
そのうちに母と出会い、アンセムが生まれた。
皇妃はアンセムが生まれた瞬間から、アンセムを憎んだ。
母は、アンセムの身を守るために、皇室から逃げ、市井でアンセムを平民として育てたのだ。
苦労ばかりの母に聞いたことがある。
「僕は生まれないほうがよかったんじゃないかな」
母は悲しそうな顔をして、アンセムを抱き寄せた。
「そんなこと、あるわけないわ。一番大切なあなたを毎日見ていられるのよ。何回うまれかわっても、私は同じように選ぶわ」
アンセムは母の服にぎゅっとしがみつく。
質の悪いごわごわとした生地が頬にあたる感覚を鮮明に覚えていた。それからすぐに母は亡くなってしまった。もう会うことはできない。母だけではない、父も、アンセムが会って、今相談したいと思う人は、会うことができなくなっていた。
アンセムは二つのペンダントを一緒に握りしめた。
「…会うよ。マリエラに会うことにする、会って話し合わないといけない」
「承知しました」
イーダンは足早に部屋をでて、マリエラの部屋に向かった。
※※※
こんこんと扉をたたくが、返事がない。マリエラの部屋の扉を押すと、すぐに開いた。マリエラは持ち物がほとんどないため、自分が留守の間は鍵をかける必要がないと思っていて、鍵を開けたままにしていることが多かったので、イーダンは気にせず、中を覗き込んだ。
使用感はあったが、荷物は何もない部屋だ。マリエラもいない。
イーダンは次にランドの部屋に向かった。ランドならなにか知っているのではないかと思ったからだ。
「ランド、マリエラはどこにいるか知りませんか?」
「さっきは部屋に戻るっていってたが、いないのか」
「ええ」
二人がいったいどこへ行ったのか話していると、クルスが人を連れて部屋に入ってきた。
「よかった、2人とも、ちょっと聞いてほしいんだ。ねえ、さっきの話、ここでもう1回してみてよ」
クルスが連れていたのは掃除婦の格好をした少女だった。
少女はおびえるように目をさまよわせている。
「あ、あの。公爵様に私がいったことっていうのは」
「もちろん、黙ってる。さあ、言って」
少女は大きく深呼吸をしてから、言った。
「あの、あなたたちの仲間の金色の髪の人が、抱えられていくのを見ました。気を失ってたみたいです」
イーダンとランドが息をのむ。マリエラが強いことを知っているだけに、信じられない気持ちがつよく、まさか、とつぶやいた。
「それは、誰に?」
「あの、それは、その」
「言いづらい? 大丈夫、誰にもいわないよ」
クルスが優しく話しかけるが、少女は床を見つめて、何も言わなかった。
焦れたイーダンが口をはさむ。
「我々は皇子殿下の命でマリエラを探しています。皇子殿下は例えばこの屋敷の主、公爵よりも偉いのです。ですから、あなたが何かを隠していると分かれば、解雇を命じることもできるのですよ」
少女はバッと顔を上げ、おびえる目でイーダン、クルス、ランドの順に顔を見た。みな厳しい顔をしている。
ようやく少女が口を開いた。
「公爵様の次男、キース様が、そのひとを担いでいったよ」
キースのことはイーダンとクルスは知っていたので、2人で目を見合わせた。
「おい、知ってるのか。キースって、そんな強いやつか?」
「ええ、帝国一の魔導士です。彼ならマリエラを倒すこともできるでしょうね」
「とにかくアンセム皇子にこのことを伝えないといけない。おれはこの子を見てるよ。大事な証人だから。2人はアンセム皇子に伝えに行って」
クルスに言われて、2人は部屋を出て、すぐにアンセムの自室に向かった。
アンセムはその時、公爵と会談中だった。
「どうした、あわてて」
「公爵様がいらっしゃるとはしらず、失礼を…」
「ああ、まだるっこしい、そんな挨拶してる場合じゃないだろ。アンセム、マリエラがさらわれたぞ。そこの公爵の息子に」
ランドが公爵を指さした。公爵は突然の闖入者に驚いていたところ、自分の子について話が出てきて、さらに動揺した様子だった。
「私の子がそんなことをするわけがありません」
「しらばっくれんなよ。キースってやつが連れてったって、見たやつがいるんだ」
「キース? キースは今帝都にもどっているはずです。確かに動向を把握していません。しかし殿下、信じてください。私はミストリア王国にもわざわざ彼女がここにいることを知らせています。ミストリア王国からも援助が期待できるこのタイミングで、マリエラ様をさらう理由はないのです」
アンセムは二人の言い分を静かに聞いていた。2人はお互いに自分の主張を繰り返し、ほどんど口論になっていたが、アンセムは仲裁せず、自分の考えに集中していた。
「まず、マリエラが公爵領内にいないか、公爵、調べてほしい。この件は外交問題だ。キースの疑いを晴らすためにも徹底的に調べるように」
「はっ」
「そして、同時に、皇都へ向かう」
「進軍する、ということですか? それはまだ時期ではありません。まだ支援も十分ではないのです」
「では、支援がそろうのはいつごろか」
「ミストリア王国からが早くて明日、他の領地からは、遠方もありますので、3日はかかるかと」
「ならば、3日後に王都に着くように出ればいい。どちらにしろ、即位式まで日がないのだ。即位されてしまえば、帝位の正当性を問うことは難しい」
「では、とうとう気持ちをお決めになったのですね」
公爵は満願かなったというような喜色満面の笑みだ。アンセムはその話を肯定も否定もしなかった。
「今はマリエラを探すことが最優先だ。公爵領にいなければ、目撃者の言う通りキースの仕業である可能性が高い。キースがいる帝都へ、ミストリア王国とともに奪還しに皇都へ向かうしかないだろう。マリエラはかの国では聖女とも呼ばれる尊い存在だ。必ず無傷で返さなければならない。公爵、とにかく一刻をあらそうのだ、頼んだ」
「はい」
公爵は側近に指示を伝えるため、部屋から出て行った。残ったのはイーダンとランド、そしてアンセムだけだ。
ランドが、どうしても理解できないという顔をして、首をかしげている。
「なあ、さっきの聖女って、もしかしてマリエラのことか?」
「ランドは知らなかったんですね。私もアンセム皇子と公爵のお話に同席して知りました。本人を知っていると、違和感しかありませんが、事実のようですよ」
「なんだって、そんな珍妙なことになったんだか」
※※※
マリエラは頬にあたる冷たい石の床の感覚で目を覚ました。
「いたたた、どこよ、ここ」
マリエラの独り言は真っ暗な部屋に消えていく。誰からも返事はなく、マリエラの声は暗闇に飲まれて消えた。
いつもは聞こえるアイの声も聞こえない。いつも左耳に着けているアイの存在も感じ取れない。どうやら、アイのイヤリングは外されてしまったようだ。アイに限らず、身に着けていた魔道具すべてが取り上げられていた。
真っ暗で時間の感覚もなくなっていく。
そんな中、突然、こつこつと、階段を下る足音が聞こえてきた。不規則に重なっているため、3人ぶんだと判別できた。3人が階段を下りて、マリエラのいる独房に近づいてきている。
マリエラは少しでも様子を見ようと体をよじる。両手が後ろ手に縛られているが、両足は自由がきいた。両脚と肩を使って、起き上がり、なんとか音がする方向へ体を向けた。
目を凝らすと見える独房の格子の先から、明るい光が差し込んだ。
「なんて汚いところ、早く出たいわ」
「ええ、同感です。母上、しかし本物か見分しないわけにはいきませんから」
マリエラは聞いたことのない声だった。上流階級独特の鼻につく発音だったので、身分の高い人間だろうということだけはわかった。最初が女の声で、次がいくらか若い男の声だった。
マリエラは明るさに慣れず、しばらく目をつぶって、それから開いた。まだちかちかと視界は明滅していたが、先ほどよりはいい。光の先には、たいまつを持った魔導士らしい、ローブを着た茶髪の男と、見たこともないほどきらびやかな格好をしている母子がいた。
母はマリエラの母と同じくらいの年齢だろうが、頭に黒い羽根飾りをつけ、大きな扇で顔を覆っていて、ほとんど人相がわからない。子のほうは、マリエラより年上だろうか。大きな鼻とタカのように鋭い目つきをしている。その目が、マリエラを見分するように見ていた。
「昨日は寝ていたが、ようやく起きたか。なんだ、薄汚れているな」
「連れてきて、そのままですから。時間をいただければきれいに整えます」
「そうだな、見れたものじゃない。が、あの目、間違いない。肖像画の女と同じだ、マリエラ・ルネサンス」
下卑た笑みが大きい口に張り付いている。男は舌なめずりをした。マリエラは名前を呼ばれただけで、嫌悪感が抑えられない。
マリエラは豪華な服装や、尊大な態度から、男の正体に検討をつける。ミストリア王国の国王陛下でも着ないような服を着ている。マリエラに興味がある男を、1人だけ知っていた。
「あんたが、リンドール皇子?」
マリエラは、魔塔の先輩、エマジオと会った時に、言われたことを思い出していた。いわく、リンドール皇子がマリエラに興味を持ち、求婚してきているらしいということだ。その時にマリエラが王国にいて、断っていれば、こんなことにはならなかったかもしれない。
少なくとも見るからにその男は、マリエラの好みではなかった。
「いかにも。なるほど、声もなかなかいいな。鳴かせがいがありそうだ」
「はっ、そんなこと言えるのも今のうちよ、この手が自由になれば、あんたなんか塵にしてやるから」
「いやだ、なんて野蛮なの。リンドール、やはりこの女はやめておくべきよ」
「いいや、ますます気に入った」
リンドールが鉄格子に近づいてくる。マリエラはにらみつける。リンドールは鉄格子を満足げに撫でた。
「この格子と手枷には魔力封じが施されてる。せいぜい、強がっていることだな。何、魔力が使えなければ魔導士など、取るに足らない。今に媚びるようになる」
「私を連れてきたこと、後悔させてやるわ」
「リンドール、不愉快よ。こんなところに長居できないわ。私はもう戻りますからね」
皇妃と思われる女性が扇をさらに広げて、不快感を表し、部屋から出て行った。リンドールもそれについて行くように、鉄格子から離れる。そして一緒に来ていた魔導士に指図した。
「明日までに見れるようにしておけ。ただ、逃がすなよ」
「はい」
リンドールは最後にマリエラを頭からつま先までなめるように見分して、部屋から出て行った。
マリエラは、再び真っ暗になった部屋で、1人、にやりと笑った。
「錬金術師なめんじゃないわよ」




