公爵領、現れたエマジオ
ワープ装置は、大量の魔石を消費する。山のようになった魔石を見て、マリエラは開いた口がふさがらなかった。マリエラが年間でもらう研究費をすべて使っても、この魔石の量を買うことはできない。
「いったいどこにこんなに魔石があったの」
「ここは魔石鉱山の跡地ですからな。まだ掘れば出てくるのです。とはいえ、掘るのも大変なので、こんなに使うのは稀ですがね」
「魔石鉱山なんて宝の山じゃない。絶対また来るわ」
里中には山ほど魔道具があった。しかし動かすためには魔石が必要だ。すべての魔道具を動かす魔石を、どうやって製作者のメームが調達したか不思議だったが、マリエラは、その里長の話を聞いて納得した。
「ええ、お待ちしてますよ。多めに掘っておきましょうね」
「マリエラ! 準備できたぞ」
「わかったわ。長、私があの台の上に乗ったら、起動させてね」
「ええ、お気をつけて」
マリエラは手を振って応え、アンセムたちがすでに立っている円形の台の上に乗った。5人が乗っても、余裕がある。10人くらいは一度に送れる設計のようだった。ただし、魔石は倍必要になる。
「それでは、起動させます」
声が聞こえてからはあっという間だった。
ゴゴゴという音がして、周りの景色が徐々に白く濁るようにかき消えて、一度真っ白になり、今度は上の方から徐々に景色が現れた。
「森の中か」
「公爵領の地図は用意しています。このあたりに着いているはずです。ですから公爵の城に向かうには…」
イーダンが懐から方位磁石を取り出し、地図とあわせて方角を探し出し、指さした。
「あちらの方に向かえばいいはずです」
イーダンの指の先をほかの一同も見る。森の中に、細い道があるのがわかる。
「ねえ、音がしない?」
「クルスには何か聞こえるの?」
「うん、足音。数十人はいると思う。それと武器の音が聞こえる」
『アイ』
『はい、マスター』
『戦闘準備』
ランドとアンセムが剣を出し、構えた。イーダンは後ろに下がり、マリエラの周りにはいくつかの水の玉が宙に浮いている。
「もしかして、里の長がしかけた罠だったかもな」
「ランド、聞き捨てならないな。うちの長のこと疑ってるの?」
「クルス、ランド、言いあってる場合じゃない。どっちにしろ戻るわけにはいかないんだ」
アンセムがいさめて、一番前に出る。
同時に、マリエラにも聞こえるほど、大きな音が鳴った。音と同時にイーダンが指さした方向の木が数十本一気にマリエラたちの方向へ倒れてくる。
マリエラたちが立っているところは広くひらけているため、木々が倒れてきても当たることはなかった。しかし土埃が立って、視界がさえぎられた。
土埃の向こうから、まず数人が顔を出す。全員、騎士の装いをしている。
「公爵領の紋章ですね」
「こちらから攻撃はするな」
騎士たちはアンセムたちを確認すると、後ろに向かって何かを伝えて、それ以上は近づいてこなかった。
土埃も落ち着いて、騎士たちの全容が見えてくる。30人ほどの一団で、後ろの方に一人、装いの違う男がいる。
その男が前の方へ出てくる。よくとおる威圧するような声が響いた。
「ようこそいらっしゃいました、アンセム皇子」
声と同時に騎士たちが敬礼する。
その様子を見て、アンセムは構えていた剣を下ろした。
「ヴァイス公爵、久しいな」
「や、驚かせましたかな。申し訳ない。あまり通らない道でしたから、ついでに魔法で道を広げながら来ていたのです」
話を聞いて、アンセムがランドとクルスに合図して、剣を下げさせる。マリエラもそれに倣って水の塊を消した。
「こちらから向かおうと思っていたが、知らせがいっていたのか」
「はい、事前にこちらの装置を起動しておかなければなりませんので、あちらから連絡が来ていました。連絡が来るまで、このような装置があることも忘れておりましたが、何とか起動することができて何よりでした。起動自体は昨日、臣下がやっていたので、改めてお迎えに参りました。遅れて申し訳ない」
ヴァイス公爵はアンセムの前まで歩いてきて、ひざまずいた。
「アンセム皇子、いえ、アンセム皇太子殿下。我々を導きくださいませ」
「僕は皇太子ではない。間違って伝わったようだな。お前たちを導く覚悟もまだないのだ。しばらく世話になるが、あまり期待するな」
「また、そのようなことを。アンセム皇子は相変わらず謙虚で思慮深くいらっしゃる、まさに皇帝の器と常から思っていたものですから、つい願望が口に出てしまいましたな。道々、この公爵領についてご説明させていただきます。そのうちにお心も変わりましょう」
立ち上がり、にこやかに話を続ける公爵だったが、持論を曲げる気はないと言外に含ませている。アンセムは苦いものを口に入れたように顔をゆがませ、公爵の横に立って、一緒に騎士たちの方へ向かう。騎士たちは倒した木々を端によける作業をしている。
マリエラたちはアンセムと公爵の後ろについて、周りを数人の公爵家の騎士が囲む形で、歩きはじめた。
しばらく歩くと森は途切れ、丘を一つ越えた先に城が見えた。
それと同時に、悪臭が鼻をつく。
「なに、この匂い」
「戦場のにおいだな」
マリエラとイーダンが顔をしかめ、鼻をつまんでいた。クルスは少し嫌な顔をするくらいで、ランドは慣れているのか、平然としていた。
「戦場って、公爵領っていっても、帝国は今、戦争してないはずでしょ」
マリエラは自分の考えがあっているか分からなくなり、イーダンに聞くと、イーダンはうなずいた。
「ええ、そのはずです。公爵領は王国と接している領地です。王国とは長いこと友好関係にありますからね」
「そうよね」
「表向きにはね」
クルスが平原を見渡しながら指をさす。
「あそこ、とあそこもかな。火の手が上がってる。どちらもただの焚火じゃなさそうだ」
丘の横を通ると、においは一層きつくなった。恐る恐るマリエラがその『丘』だと思っていたものを見ると、人間の顔と目が合って、悲鳴を上げそうになった。よくよく見ると、死体が折り重なって、積み上げられていたのだ。
「ひどい」
「そのままにしていると獣に食われますから、こうしてまとめて、結界の中に入れているんです。結界では腐敗までは防ぐことができず、においはひどいですね」
「もう少し余裕が出れば、きちんと墓を作って弔うつもりですが、今は人手を防衛にさいていますから、なかなか難しいのが現状です」
すぐ近くにいた公爵領の騎士が説明してくれる。マリエラはわからないことは聞かずにいられない性分なので、思いついたことを質問する。
「これが、さっき公爵が言っていた、公爵領の現状ってこと?」
「ええ、隣にある伯爵領で作物不足が原因の飢饉が発生しています。そのため、難民として大量の移民が公爵領にやってきました。伯爵領を通ってさらに遠い他領から来た者もいたようです」
「やってきた移民が悪さをしてるってこと?」
「いいえ、移民たちは問題ないのです。公爵様の指示のもと、居住区を与えられ、そこで不自由なく生活しています。問題だったのは、移民たちが逃げてきた、伯爵領の領主、カルーナ伯爵が、この公爵領に攻めてきたことです」
「攻めてきたってのは物騒だな。同じ国なのに、攻めるなんてあるのか」
「いいえ、帝国法で禁じられていることです。相手の言い分としては先に領民を奪ったのは公爵側なのだから、それを取り返すのは正当だと言い張っているのです」
「聞いたことあるよ、カルーナ伯爵」
クルスが会話に入ってきた。クルスは元々宮廷に勤めていたので、貴族の関係には詳しいようだった。
「リンドール殿下の母方の親戚だ。今、宮廷でとても強い力を持ってる」
イーダンもうなずいた。
「私も聞いたことがあります。なんでも、リンドール殿下が皇帝になったら、宰相になる約束をしているとか」
「とても強い力を持っているのは確かなようです。伯爵領で飢饉が起こり、それによって隣の公爵領にやってきた国民を保護したこと、公爵様に悪いところはないのですが、皇帝陛下にとりなしを頼んでも伯爵の妨害でうまくいかず、ついには陛下が崩御されてしまいました」
「そして、戦争状態になった、ということね」
「リンドール殿下が皇帝になれば、このような状況が国中で起こることでしょう。一つの大きな帝国が、分裂することもありうると、公爵様は危惧しています」
「帝国は今、大きいから他国からも狙われないが、内紛があるとわかれば、周りの国に攻めこまれるだろうな。そりゃあ、アンセムに皇帝になってほしい公爵の気持ちもわかる」
マリエラは先を行くアンセムを見た。公爵の隣で、公爵から話を聞いている様子だ。今、マリエラたちが騎士からきいたことと、同じような話を聞いているのだろう。
目の前には広大な平原があり、少し高台のため、領地がよく見渡せた。煙が上がっていたり、死体が積みあがっている以外は、平穏な領地に見える。
「アンセム様はどうするんでしょうか。こんな惨状を見たら、心が動くかもしれません」
「そうね。正義感が強いから」
マリエラは前方にいる、アンセムの背中をじっと見ていた。
※※※
一行は公爵の城に数時間で到着した。
ちょうど昼食の時間だったため、マリエラたちは食堂に案内される。
「殿下は別室に用意いたします」
「いや、特別扱いは必要ない。ほかのことでも、不要だ」
「そうはいきません」
公爵は引かなかった。公爵といえば高位貴族であるから、格式にこだわるのだろうなとマリエラは思い、そのやり取りを見ていた。
その時、後ろから、聞き覚えのある声が聞こえた。
「マリエラ、久しぶり!」
ここで聞くはずのない声だったので、マリエラの反応がいつもより遅れた。声の主はマリエラの名前を大声で呼びながら、両手を広げて走り寄り、あと少しのところでマリエラの腹に抱きつこうと、飛び込んでくる。
マリエラは、抱きつかれてはたまらない、と、その男の頭に右足のかかとを落とした。
男はマリエラの足もとの床に顔をこすりつけて倒れこんだ。
「いてて」
男は暴力を受けてもつらそうな様子がなく、むしろ嬉しそうにしている。
長い銀色の髪を後ろで一つに結び、眼鏡をかけて黙っていれば理知的な美形に見える。
男のにやけづらはミストリア王国にいたころから見慣れている。マリエラはその名前を叫んだ。
「エマジオ先輩、なんでこんなところにいるんですか?」
「なんでって、ひどいなあ、ぼくに会いたくなかったの?」
「会いたいわけないでしょうが、気持ち悪い」
「ああ! 久しぶりのマリエラの罵倒! これだよこれ!」
エマジオは両手で自分を抱きしめるようにして、感動をかみしめている。それをランドたちが奇妙なものを見る目で見ていた。
「なんだ、この変態。お前の知り合いか?」
「ええ、残念なことに。魔塔の先輩。それで、さっきの質問、なんでこんなところにいるんですか?」
「なんでって、公爵様に呼ばれたのと、うちの国王陛下から、マリエラの様子を見て来いっていわれて。なんか変な手紙を残したらしいじゃない」
そう言われて、マリエラは思い出した。アンセムが王国に行きたいと言っていたので、連れて行っていいか国王に聞いて、そのままにしていたのだ。ペンダントの遺言のことがあり、すっかり忘れてしまっていた。
「やば」
「こっちで返事を用意しても、一向にとりに来てくれないって陛下怒ってたよ」
マリエラの袋は、マリエラの方から動かないと、もののやり取りができない。そのため、国王陛下が返事を書いても、マリエラが取りに行かない限りそのままなので、陛下からの手紙が、そのまま残されていたことになる。
マリエラはあわてて倉庫とつながっているカバンの中をまさぐり、自分あての分厚い手紙を取り出した。
「これね」
「もう向こうは大変だったんだから。マリエラが帝国の皇子と結こ…」
マリエラはエマジオが余計なことを言いそうな気配を察して、両手でエマジオの口をふさいだ。
「おーほほほ、ちょっと私たち二人で話さないといけないみたいね。ここじゃよくないわ。外に行きましょ」
マリエラはエマジオの首根っこを捕まえて、引きずるようにして中庭に向かった。




