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閑話 クルス、不思議な力を使う

 おれ、クルスは生まれつき、すこし不思議な力がある。

 その人の目を見れば、その人がほしいものが何かわかるのだ。



「ね、お母さん、今日は疲れてるんじゃない。休んでてよ」


「あら、わかっちゃったか。クルスにはいつも驚かされるよ」


「クルス、どうやってわかったの? お母さんいつも通りだったよ」


「へへへ、なんとなくだよ」



 家族はいつも不思議がっていたけれど、好意的に受けいれてくれていた。おれが贈る誕生日プレゼントは、いつだってだれより喜ばれた。

 この力が問題になったのは、おれが学校に通うようになってから、とくに人間関係が複雑になる、思春期をすぎたころだ。



「クルス、あの子が俺のこと好きか、お前ならわかるんじゃないか」



 小さな里では、皆が幼いころからの同級生だ。特に力を隠していなかった小さいころを知っている幼馴染たちは、自分勝手な相談をしてくる。

 クルスはちらりとその子の目を見た。

 その子は彼のことが好きではなかった。



「ううん、わかんない。最近、力も弱くなったみたいでさ」


「ちぇ、なんだよ」



 そんな嘘をつくのがいつものことになっていた。

 大体、答えてもろくなことにならなかったりする。そして、自分がトラブルに巻き込まれて面倒なことになるのは避けたかった。



「ごめんね」



 おれはその場をしのぐために謝った。

 そういったこともあったから、里はなんとなく居心地が悪かった。嘘をつかなくていい、自分のことを誰も知らない場所に行きたい。そう思って、大人になったおれは里の外に出ることにした。


 就職先に宮廷を選んだのは、長の紹介があったからだ。里の長は隠れ里という隠された場所にいるのに、いろんなところに顔が利く。

 紹介で行った宮廷で採用され、隠密部隊に配属された。幸い、おれの能力にあった職場だったようだ。上司の望むことは目を見ればわかったし、ターゲットの心の中も、大概は目を見れば、察することができた。


 おれは出世して、皇帝陛下の直属部隊に配属された。その時にはもう皇帝陛下はベッドで寝た切りになっていた。おれたちの仕事は、皇帝陛下の目になり、耳になることだった。

 そんなある日、おれは皇帝陛下に呼び出された。



「息子たちの真意を知りたい」



 皇帝陛下はベッドで目をつむったまま、独り言のようにつぶやいた。

 それを聞いて、おれはすぐに調査にむかった。なぜなら、おれにうってつけの依頼だったからだ。ふだんなら得意分野が違う同僚に相談することもあったが、この時ばかりは、誰よりもおれが適任だとわかっていた。だって目を見るだけで、相手のほしいものがわかるのだから。

 おれはまず、2人の皇子のうち、リンドール殿下のもとに向かった。

 近づく手段を考えた結果、女官に変装して殿下に近づくことにした。おれは背が低く、顔も中性的なので、少しコツさえつかめば、女装は様になるからだ。特に女官の制服は肌の露出が少ないため、男性的な特長は服を着れば隠すことができた。



「殿下、お酒をお持ちしました」


「ああ、そこにおいておけ」



 言われるままにおれは、リンドール殿下の座る椅子の横の小机に酒瓶を置いた。昼間だというのに、酒の瓶はすでに4本開いている。空き瓶を回収しながら、ちらりとリンドール殿下の目を見た。

 リンドール殿下の目の中には、ほしいものがあふれかえっていた。権力、酒、女、人望、金、そういった欲望が渦巻いている。その気持ちの量に酔って、おれのほうが気持ちが悪くなるほどだった。


 もう本心を知ることができたのだから、あまり長居しても仕方がない。

 その場を去ろうと、後ろを向いた時、おれの左腕に、リンドール殿下の手がのびた。

 その手をさっとよける。

 リンドール殿下は見るからに鍛えていないため、手をつかまれても振り払うことは簡単だった。しかし、男だとばれたくない。そう思ってよけた。



「おいおい、わかってて来たんだろう」



 そういってにやりと笑うリンドール殿下の目は、色欲にまみれていた。ぞっとして、一歩ずつあとずさる。リンドール殿下の色好みは有名で、女官たちは一人でいると手を出されるのを恐れ、必ず2人組でしか応対にでない。つまり、1人で来た女は手を出していいというのが、リンドール殿下の部屋では当たり前のことになっている。

 もちろんおれもそのことを知っていたが、ばれる危険を考えて、あえて一人で行動していた。



「おたわむれを」



 口には微笑みを張り付けながら、額からじわりといやな汗が流れ落ちる。大きくあとずさりしながら、最後は走るようにして部屋を出た。

 ドアをバタンと閉めると、知らずに止めていた息を吐き、深呼吸する。女装が完ぺきだったことを喜ぶべきだと思いながら、足が知らずに震えていた。


 いつまでもここにいては怪しまれる、次はアンセム殿下のところへ向かわなければならない。アンセム殿下は身の回りのことはほとんど自分でするし、専門の侍従以外を近づけないため、おれは女装のままではアンセム皇子に近づけない。そのため着替えなければならなかった。


 着替えのために自分の部屋がある棟へ向かおうとすると、通路の向こうから真っ赤な髪の男がこちらに来るのが見えた。


 キース・ヴァイス、帝国一の魔術師だった。

 おれはなるべく目立たないように通路の端を通る。目立たないようにと思っていたけれど、つい癖で、すれ違う際に盗み見るようにキースの目元を見た。

 リンドールの雑多な欲望が混ざった目とは対照的に、キースの目には、たった一つ、力に対する欲だけが見えた。最強の魔術師は、天才だけではなれないのだろう。強い欲望が目に籠っていた。


 すれ違って数歩歩いた後、キースがあからさまに鼻を鳴らした。



「妙な魔術のにおいがする」



 つぶやくような、誰にいうでもない言葉だったが、おれは両手に抱えた空き瓶を持ち直して、足早にその場を去った。そのあと、キースは追ってはこなかった。


 以前、自分の不思議な力が何なのか気になって、魔術師を訪ねたことがある。その時の老魔術師がいうには、クルスの力は魔術の一種だという。ただし、古の魔術で、クルスにしか使えない力であるため、魔術師からすれば奇異な術として、迫害されるだろうとも言っていた。


 キースは魔術を鼻でかぎ分けるようだ。おれはあの赤い髪が少しでも見えたら逃げようと心に決めた。



 そのあと、着替えてアンセム皇子の鍛錬場に向かう。そこには、アンセム皇子と手合わせする騎士たちがいた。毎日非番の騎士たちがかわるがわる鍛錬しているところなので、1人初めての人間が紛れ込んでいても、誰も不審に思わなかった。

 おれは新人騎士の格好をして、鍛錬場に入り、そのまま大声で名乗りを上げた。



「18連隊所属、モモです! 手合わせ願います!」


「威勢がいいな、よし、かかってこい」



 18連隊は隠密部隊が隠れ蓑に使う部隊の一つだ。確かに名簿上はモモという名前が載っているが、実態はない部署だった。

 アンセム皇子は何人もの相手をした後のようで、汗をかいていたのを、右手の袖で拭って、木剣を握りなおして、かまえた。

 おれは誰にもあやしまれずにアンセム皇子の目を見ることができた。しかし、戸惑った。なぜなら、アンセム皇子の目には、まったくなにも見えなかったからだ。力の不調かなと首をかしげていると、アンセム皇子が切りかかってきた。慌ててよけて、反撃する。


 しかし、さすがに毎日鍛錬しているアンセム皇子の剣の実力は高く、おれは全力でかかったけれどすぐに切り伏せられて、床に倒れこみ、自分が持っていた木剣を手放した。



「いい試合だったよ」


「へへ、ありがとうございました」



 アンセム皇子はおれの手を取って、立ち上がらせた。その時におれはチャンスが来たと思って、もう一度注意深く皇子の目を覗き込んだ。すると、うすくだが、アンセム皇子のほしいものがわかった。


『自由』


 アンセム皇子は市井で育った異色の皇子だ。宮廷での豪奢な暮らしが性にあわないかもしれない。しかし、不思議だったのは、その欲望が何かにさえぎられるように、ほとんどみえなくなっていたことだった。今までも、濃い、薄いはあったが、見えないほどに薄い人を見たのは初めてだった。まるで、本心を自分で律して抑圧しているようだと思った。


 おれはその結果をすぐに皇帝陛下に伝えた。目を閉じた皇帝陛下はうんうんとうなずき、唸るように小さな声で言った。



「やはり、か。難しいものだ」



 後日、おれは呼び出され、アンセム皇子とイーダンと一緒に旅に出ることになった。おれはアンセム皇子と会ったことがあったが、その時は変装していたため、きづかれなかった。


 ほとんど旅が初めてだという2人に頭を抱えながら、もう一人の仲間を探す。

 アンセム皇子は背が高く、きたえているだけあり体格もよかったが、イーダンは細身で、おれも背が小さく、強そうには見えない。アンセム皇子を護衛する、見るからに強そうな男が必要だと考えた。


 傭兵ギルドに行くと、数名が紹介された。傭兵は金次第でどの戦場にも行くので、荒くれものたちの殺伐とした空気があった。アンセム皇子はリンドール皇子に嫌われている。そのため、リンドール皇子からの追手が来ることもあるだろう。その時に金で裏切るような男では話にならない。もちろん、凶悪犯罪に手を染めるような輩は論外だし、浪費癖があったり、女癖、酒癖も悪くないにこしたことはない。

 おれは持ち前の力を発揮して、ランドを選んだ。下心のない、金が目的だが、義理も通す優秀な傭兵だ。なにより大男で、力持ちである。どんな荷物を持たせても、愚痴一つ言わなかった。旺盛すぎる食欲は玉にきずだけれど、そのくらいはかわいいものだろう。


 そして、隠れ里とわたりをつけるため、おれは一時みんなからはなれることにした。場所が秘匿されているので、里の者が外部の者を連れてくるときは、許可がなければならないからだ。

 しかし里の長は、なかなか首を縦に振ってくれなかった。

 何日通っても、厄介ごとかもしれないと、拒否の一点張りだ。どうしようかと途方に暮れていた時、皆のほうが隠れ里を見つけて、やってきてくれた。


 どうやって見つけたのか、おれは不思議に思った。手順は里の人間しかしらないし、今までも里の人間の案内なしで、たどり着いた人は誰一人いなかったのだ。

 しかし、その疑問は、1人増えたメンバーが解決してくれた。

 腰まで伸ばした長い髪の女性だ。マリエラというらしい。サファイアのように青い目を覗くと、一途な錬金術への愛が見えた。魔道具について詳しい錬金術師がいたから、この里への道を見つけることもできたのだろう。



「何、この美人さん!」



 何よりおれが気に入ったのは、マリエラのきれいな顔もそうだが、それを見つめるアンセム皇子の目を見た時だった。

 マリエラへの一途な気持ちがあふれだしている。

 前見た時は、うっすらとしか感じられなかった気持ちが、今は目を凝らさなくてもはっきり見えるようになっている。


 皇子にも、心からほしいもの、我慢なんて考えられないくらいの大切な人ができたんですね。


 天国にいる皇帝陛下にも、見てもらいたいなと思って、おれは青い空を見上げた。

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