見つけた遺物、明かされる真実
翌日、マリエラはアンセムたちと一緒に倉庫にいた。もともとの仲間に加えて、クルスの知り合いと、長が手配してくれた若者が数名、あとは道具屋の店員も店番以外は、いてくれることになったので、合わせて20人ほどになっていた。
「さて、張り切って進めるわよ」
「僕とランドは大きな魔道具の移動の補助を、イーダンは記録を頼む。それ以外の人たちは、クルスをリーダーに魔道具の分類を手伝ってくれ」
マリエラが腕を回しているうちに、アンセムが指示をだす。
有能な右腕の仕事に満足したマリエラが、うんうんとうなずきながら聞いていると、イーダンが口をはさんだ。
「早く始めましょう。マリエラ、あなたが動かないとなにも始まらないんですよ。わかってるんですか?」
「わかってるわよ。じゃあ、手前のこれから始めましょうか」
そう言って、一番近くにあった箱を指さすと、アンセムがすかさず棚からおろした。
「またアンセムをこきつかって…」
イーダンのぼやきが聞こえたが、マリエラは聞かなかったことにして作業をすすめた。
※※※
作業をすすめるうちにわかったことがある。
それは、大体の魔道具が、清掃と魔石の交換で直ってしまうことだ。
『たしかに、手順書にはそんな基礎的なことは書いてなかったわね』
『最初は基礎的な手入れとしてみんなが知っていたのかもしれませんね。ただ、メームの魔道具は優秀なので、長持ちするうちにみんな手順を引継ぎ忘れていったのかもしれません』
『そして、帝国に錬金術師はいないから、だれも気付かずにここに残っていったってわけね。簡単に済みそうでよかったわ。清掃と魔石入れ替えの手順をみんなに教えて、手順書も作る。それで直らないものだけ、私が見ればいいんだから』
マリエラはさっそく道具屋の店員をはじめとする、この里の住人たちに手入れの方法を教えた。そのころには大体の分類を終えていて、メンバーの中には手が空いている様子のものもいたので、ちょうどよかった。教えると、手順に難しいことはなく、すぐに覚えて作業を始めた。
マリエラは難しい修理に手を付けようと、周りを見回したところ、一つの木箱が目についた。
もうほとんどの魔道具は、種類別、重要度別にわけられているが、その箱の中だけが、いろいろな魔道具が雑多に入っている。
「クルス、これって、なんの箱?」
分類班のリーダー、クルスに声をかける。
「これは、何かわからないもの。道具屋に確認したんだけど、先代以前から引き継いだもので、詳細が分からなくなっているってことだったよ。ほかの物はわかるように箱に用途が書いてあったり、タグがついたりしているんだけど、何もついていなくて、判断つかなかったものをまとめておいた」
「なるほどね、ありがとう、分かったわ」
中には、ただの箱や、ただの本、装飾品などが入っていた。一見したところ、なににつかう魔道具かもわからないものばかりだった。一つ一つ分解して、構造を調べないと使い方もわからないように見えた。
その箱の中で、マリエラの目を引いたのが、一対のペンダントだった。
2つで1セットになっているペンダントは、意匠がまったく同じで、ついている魔石の色だけが違い、赤と青の魔石がそれぞれのペンダントについていた。
そのペンダントだけは見たことがあった。
『これ、メームの日記で見た。最高傑作だって書いてあったペンダントよ』
『え、見つけちゃったんですか?』
『うーん、でもね。使い道がわからなくって』
『どういうことですか?』
『別れがたい相手とひとつずつ持つとよい、って書いてあったの。それ以外なんの説明もなくって、いいものかどうか、判断つかないわ。小さくて分解もできないし、使ってみないと分からないタイプの魔道具ね』
マリエラはペンダントのことはおいておいて、先にほかの道具の鑑定、修理に手を付けることにした。マリエラが見なければならない魔道具は、まだ数十個残っていた。
他の人たちの手前、普段のように夜通し作業するわけにもいかず、作業は日中だけで一旦終わらせた。マリエラは、夜は作業室で作業したり、今日の成果をまとめたりする時間にしようと思っていた。しかし、帰る途中で、アンセムがその行動に反対した。
「マリエラ、今日は僕が資料室に行くよ。書き取り、少しでも手伝えると思う。代わりにベッドで休んで。さすがに働きすぎだ」
「いいのよ。好きでしてるんだから」
「それでも、だ。体を壊したら元も子もないだろう。とにかく、これだけは譲らないから」
「同感です」
横から口を挟んだのはイーダンだった。イーダンはアンセムのことならともかく、他のメンバーの健康を気遣うことはない。そのため、珍しいとマリエラは思った。
「なに、イーダンも心配してくれるの」
「茶化さないでください。アンセムの手伝いで私も資料室に行きます。今日のメモもまとめないといけないですから。こう見えて、資料作りには自信があります。誰でもできることは任せて、今日は休んでください」
イーダンにまでそう言われては、従わないわけにはいかなかった。1人、部屋に入ったマリエラは、そうはいっても自分の記録くらいは部屋でつけようと思って寝台の上に座った。
途端に眠気が押し寄せてくる。私疲れてたんだな、と思いながらマリエラは気を失った。
そして、目を覚ますと、すでに翌日の昼になっていた。
寝坊したからと慌ててマリエラが倉庫へ行くと、アンセムが中心になって、皆が作業を進めているところだった。
「ごめんなさい、寝坊して」
「よく休めたみたいでよかった」
「お、待ってたぜマリエラ、こっちだ、こっち」
ランドが手招きする方へ、マリエラは急ぎ足で向かった。
そうして作業を再開して、日が暮れると解散した。マリエラとアンセムは日替わりで部屋のベッドを使い、一週間が経って、ようやく魔道具の修理が終わった。
「ありがとうございました、本当に持っていくのはそれだけでいいんですか?」
頭を下げたのは道具屋の店員だった。マリエラが持っていくことにしたのは、あの最高傑作と言われた1対のペンダントだ。
それ以外に興味があるものは、徹底的に分解して構造をメモしたため、現物としてはもらわなくても、後で再現して作れるようになっていた。
「いいの。十分よ。それより、いくらで譲ってもらえるかしら?」
「いいえ! そんな恩人からお金なんてもらえません」
店員はぺこぺこと頭を下げて、首を振った。
「悪いわね」
『悪いなんて思ってないくせに』
『アイ、ちょっと黙ってて』
「マリエラ!」
少し離れたところにいたアンセムから声をかけられ、マリエラは店員にあいさつだけして、そこを離れ、アンセムのところへ行った。
「ごめんね、話し中に」
「いいの、ほとんどおわっていたから」
「よかった。解散していいか聞こうと思って呼んだんだ。みんなを待たせてるから」
「そうね、解散でいいと思う」
解散を告げると、そこに集まっていた復元を手伝ってくれていた人たちが、それぞれ分かれて帰っていく。それを見届けながら、アンセムが聞いた。
「これから、どうする? まだ昼過ぎだけど」
「資料室に行こうと思ってるわ。調べたいことがあって。そうだ、アンセム、付き合ってもらえない? ちょっと1人じゃできないことがあるから」
マリエラはさっそくペンダントの機能を調べてみることにする。長の屋敷に戻って、資料室に戻ると、さっそくアンセムにペンダントを渡した。
「まず、これを首にかけてみて。大丈夫、攻撃魔法はかかってないのは確認したわ」
アンセムはいわれるまま、ネックレスを首にかけた。ペンダントは二つあり、それぞれに青い石と赤い石がはまっていた。アンセムが首にかけたのは、青い石のペンダントだった。マリエラが赤い石のペンダントを自分の首にかける。
「何か、変化はある?」
「特にないと思うよ」
「おかしいわね。近くにいるとだめなのかしら」
マリエラは首をかしげて、ペンダントを上げたり下げたり、裏返したりしてみる。しかし、なにをしても変わらない。
「このペンダント、どういうものなの?」
「私も詳しくは知らないわ。『別れがたい相手とひとつずつ持つとよい』って製作者の日記には書いてあったんだけど、それ以外は何も」
「それなら、実際に使ってみるしかないってことか」
「そうね、ずっと持ってないと分からないかもしれないし、師匠か先輩かで試してみようかな」
マリエラは魔塔の人たちのことを思い出していた。魔道具なので、魔道具に詳しい人に渡す方が使い方を分析する分にはいいから、誰かに渡して実験しようと思った。とりあえず親しい順に師匠と先輩の名前を上げる。2人とも忙しいが、文句をいいつつも手伝ってくれるだろう。
「だめだよ」
アンセムが強くそう言ったので、マリエラは驚いてアンセムを見た。アンセムはペンダントを握りしめている。
「だめだ。その人たちは、マリエラのこと『別れがたい相手』と思ってないかもしれないし」
「失礼ね。別れがたいと思って、くれてるわよ、たぶん」
しかし、言われて思い返すと、師匠はマリエラが旅に出るたび、ようやく問題児が出て行ったとせいせいした顔で見送っていた。別れがたいとはそもそも思ってくれていないだろう。魔法薬の研究をお願いしているドM先輩はマリエラにののしられるのをいつも待っている人なので、別れがたいと思っていると思う。しかし逆にマリエラのほうはなるべく近づきたくないので、条件に合わない。
「これは僕が持つよ」
「メイリードが? でも」
「別れがたいって思ってる気持ちならだれにも負けない。マリエラもそう思ってるでしょう」
話の矛先が自分に向いて、マリエラは顔が赤くなるのを感じた。
マリエラもそう思っている。確かにアンセムとは別れがたい。はっきり言われると、確かにそうで、マリエラは気恥ずかしくなって、そっぽを向いた。
「もう、わかったわ。その片方はあなたに渡すことにする。ただ、その前にほかに調べたいことがあるから、貸して」
「よかった、絶対だ。絶対、片方は僕が持つからね」
「わかったわ」
アンセムがペンダントを外そうとすると、元々首につけていた鎖に引っ掛かった。アンセムはペンダントと一緒に、その鎖を首から外した。
「ああ、そうだ、これをつけていたんだ」
元々アンセムが身に着けていたロケットを持ち上げる。ロケットの鎖がメームのペンダントと絡んでいるのを外し、アンセムはマリエラにメームのペンダントを返した。
「それ、大事なもの?」
マリエラがロケットを指さした。
「ああ、父上が別れるときにくれたんだ。母との絵姿が入っている」
アンセムがロケットの側面についたツメを開けて、中を見せた。以前開けた時と変わらず、小さな絵が入っている。
「少し貸してもらっていいかしら、魔法の気配がするの。もしかしたら、これが干渉して、メームのペンダントがうまく作動しなかったかもしれないから」
「魔法? これも魔道具ってこと?」
アンセムはロケットをそのままマリエラに渡す。マリエラは、ロケットを閉じた表側にある紋様を眺めた。
「小さな魔石が散りばめられてるわ、わかりづらいけど、魔道具よ。多分、この裏に仕掛けがあるはず」
ロケットの蓋の裏にはめられた板を外すと、中には一枚の小さなカードが入っていた。カードには小さな文字が書かれている。
「小さいけど、なんとか読めるわね。ええと『聞き耳に注意せよ』何か録音してあるみたいね。お父さんからのメッセージが入っているのかも。部屋に戻って、聞いてみたら」
「どうすればメッセージを聞けるのかな」
「複雑な構造になってるし、私が触ってもなんともないから、ここにあなたが触ると」
「こんな感じ?」
「ちょっと、ここではまだ触らないで」
マリエラが止めたが、すでにアンセムの手が、ロケットの起動部分に触れていた。
「アンセム」
ロケットが光り、声が聞こえた。男性のようやく出たというような、かすれた弱弱しい声だった。
「父上の声だ。すごいね、魔道具ってこんなこともできるのか」
「ちょっと、呑気にしてないで、せめて部屋の端に行って聞いてよ」
マリエラがアンセムの背中を押す。アンセムは押されるまま、部屋の端のほうへ、歩こうとした。ロケットから聞こえる声はその間も話し続けている。
「…驚かずに聞いてほしい。リンドールは私の息子ではない」
その一言が、2人だけの部屋に響いた。
すでにこの話をした皇帝は亡くなり、その長子とされるリンドールが皇位を継ごうとしている。しかし、このペンダントに残された声は、リンドールに皇位を継承する資格はそもそもないのだといっているのだ。
アンセムとマリエラはそれぞれ衝撃を受けた。
「うそだ」
「なんてこと…」
2人は驚いて、動けなくなる。皇帝は低い声でなおも続けた。
「アンセム、皇帝になる資格があるのは、この国でお前だけだ」




