マリエラ、研究に没頭する
マリエラが資料室に籠って3日が経った。
たまに仲間たちが入ってきて、好き勝手に話していく。それを聞いて、マリエラは適当に相槌を打つが、内容は聞いていなかった。なぜなら、研究から手を離せなかったからだ。1,2時間の仮眠はとって、特製の栄養剤を飲んでいるので、目はさえていた。
「マリエラ、大丈夫? そんなに根を詰めたら、倒れてしまうよ」
アンセムはよくそんなことを言って、食事を持ってきたり、世話を焼く。
「アンセムにそんなことをさせるなんて!」
怒っているのは、すっかり元気になったイーダンだ。経過がよくてなによりだとマリエラは思う。
ランドはあまり来ない。
「もうこれ食べないならもらっていいか?」
たまにきて、マリエラが少ししか食べずにおいてあった食事のうち、手を付けてないパン等を持っていった。
クルスは一番不可解だ。なんだか視線を感じると目を上げると、にっこりと笑って窓からマリエラを見て、手を振っている。マリエラが手を振り返すと、満足したように去っていく。
そういった仲間たちの干渉はあったが、マリエラの研究は順調に進んでいた。道具や設備が足りないので、実際に魔道具を作ったりはできないが、資料を書き写すことが今の段階では一番大切だった。
マリエラが一息つこうとちょうど間食に用意されていた菓子に手を出したところ、お茶を持ったアンセムが入ってきた。
「お疲れ様」
「ありがとう、ちょうど飲み物が欲しいと思っていたところだったの」
「大変そうだな。資料を写すなら、手伝えるけど、邪魔になるかな」
「いいのよ、そんなに急いでるわけじゃないし、自分で書くと勉強になるの。書きながらアイディアを思いついたりするしね」
アンセムはお茶を飲むマリエラを見て、ずっと微笑んでいる。
何かおかしいところでもあるのかしら、とマリエラは思うが、何日も資料室に籠っていて、見かけにも構えていないので、いまさら気にしてもしょうがないかなと思って、菓子をかじった。
アンセムは一度視線をマリエラから外して質問した。
「マリエラは、これからどうするつもり?」
「これから? そうね、とりあえずは研究かな。メームの日記にあった遺跡は、この隠れ里で間違いなさそうだし、ここの資料と魔道具を見せてもらって、秋には王国に帰るわ。出資者たちに成果を伝えないといけなくて。そういえば、アンセムはどうするの? ここにずっといるの?」
「まだ決めてないよ。でも、マリエラの話を聞いていて、マリエラについて行って、王国に行くのはどうかなって思い始めた。迷惑でなければだけど」
「別に私は迷惑じゃないけど、いいかどうかは多分国王陛下に聞かないといけないわよね。アンセムは今大変な立場だし。そもそも国境を越えられるかしら。私はメダルがあるからいい…って、あ!」
マリエラは、自分が持っているメダルが、アンセム皇子の肖像が入っている、ということを思い出した。そして、アンセム皇子が今や、次期皇帝であるリンドールに狙われているということも。
「もしかして、メダル、使えない?」
「そうだね。使おうとすると捕縛されるかもしれない」
「やだ、どうしよう。使うつもりでばかりいたから」
国境がほぼ検査なしで通れる、便利なメダルだったのだ。それが使えなくなると、今、王国に戻ることもむずかしくなり、それだけではなく今後王国からほかの国へ行くこともむずかしくなる。そのため、今たてているメダルありきの研究計画が、根本から揺らぐことになるのだ。
「なんてことしてくれたのよ。私の研究が…」
「ごめんね」
「あなたが謝ることじゃないわ。悪いのはあのリンドールとかいうやつ」
「でも僕が宮廷を出なければ、どんな形ででも、まだつかえただろうから」
「でも、そうしてたら暗殺されてたんでしょ、だったら出てきてよかったんだわ。それより、王国に帰るのも少し考えないといけないわね。迎えにきてもらうのも時間かかるし、秋に帰れるかしら?」
マリエラは考えながら口に出す。それは考えをまとめたいときの癖だった。
王国にはすぐに連絡して、国境まで迎えに来てもらえば、なんとか間に合いそうだと計算をする。そうと決まれば、手紙を書かなければ、と、書き写しに使っていた紙とは違う紙を取り出し、国王陛下あての手紙を書き始めた。
内容は、今の自分の状況と、アンセム皇子と一緒に行動していることを書いた。王国に連れていってもいいか、一緒に書いて判断を仰ぐ。
今の国王陛下は、アンセムが王国へ来た時に王子だった人だ。アンセムが来た時に起きた事件の後、何かとマリエラによくしてくれていた。もともとよく手紙のやり取りをしているので、マリエラはあまり様式には気を遣わず、すらすらと思ったままを書いた。
それをカバンの中、倉庫につながっているところへ入れておく。毎日、魔塔の担当が食事を用意したりするため、倉庫を確認に来てくれる。手紙もおいておけばその人が送ってくれるのだ。
「これでよし。一応聞いておいたから、返事を待っててね。あ、ほかの人に相談してからがよかった?」
「いや、いいんだ。どこに行くかは僕しだいだと、みんな言ってくれてるから。ありがとう」
そこまで言って、アンセムが立ち上がり、マリエラを誘った。
「ちょっと外に出ない?」
「外? まだ書き写しの途中で…」
「それもいいけど、いい加減、体によくないよ。少し体を動かそう。何回か街に出てみたけど、いいところだよ。食事処もある。それに、魔道具も本物を見るのもいいんじゃない?」
マリエラは気乗りしなかったが、魔道具、ときいて、すぐに出かけることにして、机を片付け始めた。後回しにしていたが、実際に動いている魔道具を見ることも、大事な研究だった。
今まで紙に書いてあったものが、実際動いている様子を想像すると楽しくなってきて、マリエラは急いで片づけを終えた。
「これで、よし。行きましょう」
マリエラはアンセムより先にほとんど走るような速さで資料室からでていく。アンセムは苦笑して、マリエラの後を追った。
※※※
アンセムは何度かクルスたちと一緒に街にでかけていた。その時にクルスに案内してもらったため、アンセムは道に詳しくなっていた。街歩きしているうちに見つけた魔道具を一つ一つマリエラに見せながら歩いていると、一か所でマリエラが動かなくなった。
「こんな魔道具があるなんて信じられない!」
マリエラは店の前で叫んでいた。その店は、どこにでもあるような道具屋だ。マリエラはその道具屋の中の商品ではなく、入口に設置された自動開閉扉に驚いて声をあげた。
「そんなにすごいものなの?」
これまで見て回った中には、夜になると誰が灯さなくても光る街灯や、大掛かりなはね橋に、歌い出す箱、見たこともなかった魔道具がたくさんあった中で、この扉に注目する理由が、アンセムにはわからなかった。
「ええ、構造としては難しいものではないわ。この隠れ里の入口を隠していた魔道具と同じような構造よ。でも、ここの扉は毎日何回も開閉されて、もう何百年もたっているのにまだ使えている。そして両手に収まるくらい小型なのが、すごいわ。構造がみてみたいわね」
マリエラが天井近くに設置されている自動扉を動かす機械を見ようと背伸びしていると、中から店員が出てきた。
「どうされましたか?」
「私、錬金術師なんだけど、この構造を見てみたくって」
「そうなんですね。踏み台を用意しましょう」
用意された踏み台に乗って、マリエラは横から、下からといろんな角度から眺め、どの程度まで感知するかを調べている。
「この扉ももう古いものですから、動きが悪くって、手で開けることもあるんですよ」
「開けてみてもいいかしら? 原因がわかるかもしれないわ」
「ええ、直るなら、ぜひ」
許可を得て、マリエラは機械の蓋を開けた。
『汚れているわね。アイ、きれいにしてもらえる?』
『はい、マスター』
ホムンクルスのアイが水を出して、中をきれいにすると、構造がよく見えた。中を見ると、設計の緻密さがよくわかる。
ひとつひとつ見ていくと、動力になっている魔石が摩耗しているのがわかった。
何百年も毎日扉を動かし続けていた魔石だ。石を取り出すと今にも崩れそうなほど、もろく、それだけの動作で少し欠けた。
「魔石を交換しないといけないわね。ここに置いてあったりする?」
魔石は魔道具に欠かせないパーツだった。そのため、魔道具の多いこの町であれば、おいてあることもあるだろうと思ってマリエラは聞いた。ちなみに帝国などは魔道具がほとんど流通していないので、街の道具屋に魔石を取り扱っているところは少ない。
「あります。この籠の中がそうです」
籠ごと差し出された魔石をマリエラは吟味する。大きさがちょうどはまるかどうか、形は正方形に近いほうがいい、と選んだ一つだけを手に取り、残りを店員に帰した。
魔石をはめなおして、魔道具を閉じる。
「さあ、ためしてみて」
店員が自動扉の前に進むと、今までとは比べ物にならない速さで自動扉が反応して、スッと開いた。
マリエラはそれを見て、満足そうにうなずいた。
「もともとの構造がしっかりしているから、長持ちするのね」
「助かりました、お買い物に来る方に、荷物をたくさん持ったままでも開くと好評だったので、このまま使えればとおもっていたのです。しかし、この里にはもう錬金術師はいないので、魔道具は直せず、壊れたらそのまま廃棄するようになっていて」
「なんですって!?」
マリエラは信じられずに声を上げた。天才の作ったものを捨てているというのだ。マリエラにとってみればなんてもったいないことをするのかと信じられなかった。それに長の家には直すときの手順書も残されていた。それをみれば錬金術師でなくても直し方がわかるはずだった。
「長のところで修理の手順書を見たわ。それは確認して、それでも直せないってこと?」
「ええ、あの手順書にのっているのは魔道具のうちでも一部ですし、手順書にのっていたことは一通り試してみてはいるのです。しかし、どうにも直らなくて。一応、何かに使えるかもしれないので、廃棄といっても、分解も事故につながるので、倉庫にまとめているのですが」
「それ、見せてもらうことできる?」
「ええ、というか差し上げますよ。これで修理のお礼になりますかね」
「もらえるの? いいえ、それはやりすぎよ。買い取るわ、倉庫に連れて行ってくれる」
「はい、もちろんです」
店員は店の裏手にある扉の方へ向かう、マリエラはついて行こうとして、すっかりアンセムのことを忘れて話をしていたことに気が付いて、振り返った。
「アンセム、ごめん、話をすすめちゃって、私にとって大事なことだったから。ついてきてもらえる?」
「ああ、僕も興味があるから、一緒にいけると嬉しいよ」
アンセムが楽しそうにしているのが不思議だった。なぜなら、帝国には魔道具があまりないから、魔道具ときくと、あやしくて危険と避ける人が多かったからだ。
しかし、よく思い返してみれば、マリエラとアンセムが初めて会った日も、ホムンクルスを見たがっていた。
「錬金術、好きなの?」
「うん、わくわくするよね。魔法もいいけれど、魔術師は大体攻撃に魔法を使うだろう。それに、僕みたいに魔力がない人でも使えるところに魅力を感じるよ」
「そうね、錬金術のいいところはまさにそこだわ。誰の生活も豊かにするのが、私たちの目標なの」
倉庫は道具屋を出てすぐ隣にあった。話しながら歩いているとすぐについた。店員がポケットから取り出した鍵で倉庫の扉を開ける。
倉庫の中は広かった。家3軒分はある。両側に棚があり、たくさんの箱が陳列されていた。箱に入りきらないものは、そのまま外に出されて棚に置かれたり、中央にまとめてたてられていた。
「大きなものもあります。中には昔、よく使われていたものも混じっているようです。そういうものは、できれば直しておいていっていただけると助かるのですが」
「いいわよ。直せるだけ直して、いくつかよさそうなものを相談してもっていかせてね。ただ、魔石を使うから、さっきの魔石を貸してほしいの」
「ぜひ、いくらでも使ってください」
店員はそう言って、魔石を取るために道具屋に戻った。
「すごい量だね。こんなに直せるもの?」
「そうね、でも似たようなものもたくさんあるはずだから、まず分類して、数が多いのは新しく手入れの手順書を作ればいいでしょ。ただ、人手が必要ね。長に頼んでみようかしら?」
「そうだね、きっと喜んでもらえると思う。僕らも手伝うよ。ランドは力仕事で役に立つし、手順書作りのような仕事はイーダンが得意だ。クルスは知り合いが多いから、色んなところに声をかけてもらおう」
「ありがたいけど、でも、いいの? やりたいこととか他にあるんじゃない?」
マリエラがいうと、アンセムは困ったようにほおをかいた。
「それが、この3日のうちに里の周辺は回ってしまって、することもなくて時間を余らせていたんだ。ゆっくり休むのも大切だけど、人の役に立てることがあるんだったら、ぜひやらせてもらいたい」
マリエラは資料室にこもっていて、アンセムたちがどうしているか、わかっていなかったので、いわれてからようやく、そういえばこの人たちすることないのかもしれないと気がついた。
そういうことなら、思う存分こき使える、とマリエラは喜んだ。
「じゃあ、今日は何があるかを見るだけにして、あとは明日以降、人を集めてやりましょう」
しばらくすると、店員が魔石を持って戻ってきた。こういうふうにしようと思っている、とマリエラが伝えると、店員は喜んだ。
「長も喜ぶと思います、そういうことなら鍵もお渡ししますね」
「いいの? わざわざ鍵をかけるくらい大切なものなのに、私に渡してしまって」
「いいんです、そもそも鍵をかけたのも、子どもたちがへんに触って誤作動を起こすといけないのでかけていただけで、貴重だからでも何でもないです。取られて困るものもないので」
店員はそう言って笑った。そして、倉庫の中を案内してくれる。どういうふうに分類しているか、これはこういう機能だったようだというふうに説明した。
マリエラはそれを一つ一つメモしながら、聞いた。
「それじゃ、明日から作業するので」
そう言って倉庫をでた時には、すっかり陽が暮れていた。




