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砂漠の隠れ里、クルスとの再会

 扉を開けると、光がまぶしく、4人ともが目をしばたたかせた。

 明るさの差が激しく、とてもではないが目を開けていられない。一番最初に回復したのがランドだった。



「おいおい、なんてこった。こりゃ外だ」



 次第に目が慣れ、ほかの3人も周りの景色が見えるようになった。見上げると4人が通ってきた通路側の壁は、固い岩の壁が高くどこまでも高く続いているように見える。

 その壁の先には青い空が広がり、明るい太陽が燦燦と照らしていた。砂漠の真ん中のはずだが、周りには緑があり、噴水がある。首都の公園のようだ。



「外ね」


「風が気持ちいいですね」


「信じられないな。こんな場所があるなんて」



 整備された石造りの道沿いに歩いていくと、周囲に家が徐々に増えていく。

 人通りはほとんどなく、遠くに人がいるのが見えるくらいだった。そのうちの1人が、どんどん近づいてくるのがわかる。砂漠を歩く人らしく、マリエラたちと同じように布を顔の周りに巻いていた。そのため、人相がわからないが、小柄なことだけはわかった。



「ちょうどいいですね。あの人にクルスがここにいるか聞いてみましょう」



 イーダンがそういって、近寄ろうとすると、相手のほうが大きな声をだした。



「よく来たね! アンセム、ランド、イーダン」



 跳ねるようにしながらかけてくる男の顔周りの布がとれる。くるくると巻いた茶色の髪に、猫のようなアーモンド形の目をした男だ。声は高く、身長はこの中で一番低い、人なつこい少年のようだとマリエラは思った。



「クルス、ここにいたんですね。待ち合わせの場所に来ないから、探しましたよ」


「あそこで待とうと思ったが、追手に襲われてね。クルスがいるだろうここを探してきたんだ」


「よくこれたね。あと、なにこの美人さん!」


「あら、なかなか見どころあるじゃない。マリエラよ。よろしくね」


「よろしくお願いします」



 クルスは少し考えるように顎に手をあてて、そしてにかっと笑った。



「美人がいるなんて、張り合いがでるってもんです。なんで最初からいれなかったかな。いいね、錬金術師の仲間」


 クルスはなんでもないようにそう言って、アンセムたちから、合流するまでの話を聞いていた。4人で道中の話を面白おかしく話している。


 1人、マリエラだけは話の中に入れないでいた。クルスに違和感を感じていたからだ。

 マリエラを錬金術師だと一目で言い当てたのは、クルスが初めてだった。錬金術師自体が帝国ではあまり有名ではない。王国であれば多少はいるが、それでも数は国中合わせて100人程度だ。実験室にこもりがちという以外、これといった特徴がないため、外見で職業がわかった人は、今まで一人もいなかった。

 アイが変形していたら、まだ、正体をしるための手がかりはあっただろうけれど、アイはイヤリングの形のまま、マリエラの耳に下がっている。



『アイ、私って、錬金術師に見えるのかしら。一目でわかるくらい、それらしいと思う?』


『そうですね、あまりそれらしくは見えませんよね。大体錬金術師は病的で色白で軟弱、常に研究室で研究をしているものですが、マスターはよく外出するので、そんな風ではありませんし、服装も旅人らしいと思いますよ。装身具自体は、そこまで珍しいものではないですし。魔道具は普通の旅人でもつけていますから、それだけで錬金術師には見えないはずです』


『そうよね。実際、私のことを錬金術師って見抜いたのはクルスが初めてだったのだから、見かけでわかったってわけじゃないってことね』


『考えられるのは2つですね。1つ、元々マスターの顔と経歴を知っていた。もう1つは、ずっと一行の動きを監視していた』


『両方かもしれないわね。どっちにしても、厄介な人であることには変わりないわ。単純そうに見せて、きっと裏がある』



 アンセムが旅を始める前から、元々の知り合いということは聞いていた。つまり、イーダンと同じ、宮廷に仕えていたのだろうと想像できる。宮廷はアンセムが育った場所であると同時に、敵であるリンドールがいる場所でもある。

 イーダンは見るからにアンセムに心酔しているが、クルスにはそんな様子はない。本当に仲間なのだろうか? そんな疑問さえマリエラの頭には浮かんできた。



「そういや、クルス、お前どうしてここにいたんだ。合流場所は決めてあったんだ。一旦行って引き返してここに来た俺たちと、同時についたわけじゃあるまいし。せめて砂漠の途中ででも合流しなきゃおかしいだろ、何日もここにいたってことか?」


「そう、それなんだよね。本当は長の許可をもらって、堂々と迎えに行きたかったんだけど、なかなか長の説得が難しくてさ。ここは隠れ里だし、表の争いにはかかわりたくないっていってたんだ」


「そうか、いや、そう考えるのは当然だな。ここにはここの生活があるだろう。迷惑にならないうちに出ていこう。クルスと合流するのが第一でここに来たんだ。長居することもない」



 アンセムの言葉に、クルスはゆるく首を振った。



「いいや、ここにいたほうがいい。狙われてるんだから、なおさらだ。ここはどの国にも、どの派閥にも属してない場所。身を隠すにはうってつけなんだ。だから、ここにいられるように、一度里の長に会ってほしい。長も実際にアンセムに会えば、信頼がおけるかどうか判断できるだろうし」


「そうか。でも、迷惑をかけるわけには」



 アンセムが話している途中で、マリエラは手を挙げた。



「賛成! だってさすがに疲れたわ。せめて数日くらい休ませてほしい」


「マリエラ、リーダーはアンセムです。そんなわがままは…」


「イーダン、あなたが一番つらいはずよ。今だって顔が真っ白じゃない」


「それは…」



 イーダンは反論もまともにできなかった。じっさい、辛いと感じていたのだろう。まだ傷が癒える前に強行軍で砂漠を進み、この隠れ里にたどり着くまでも、長い階段を上り下りしてきた。そのため今も見るからに顔色がよくない。

 けがをしてから、体力はまだ戻っていないはずだとマリエラは思う。



「私たちには休息が必要よ。せめて数日の間だけでも、おいてもらえるように説得しましょう」


「賛成だ。俺でも疲れてる。イーダンなんてその比じゃないだろ」



 イーダンは黙っていた。否定しないということは、相当辛いのだろうと想像できた。マリエラとランドの話を聞いて、アンセムは口を開いた。



「わかった。そうしよう」


「じゃ、長のところに案内するね」



 クルスが先頭に立ち、歩き始める。ここまでは一本道だったが、だんだん家が増えていくにつれ、道も複雑になっていく。クルスは迷いなく進んでいった。



※※※



「クルスが来ました」



 周囲の中でもひときわ立派な建物で、玄関は大きく、庭も広く、よく手入れされているのがわかる。クルスが名乗ると、中に通された。応接室は広く5人が座ってもまだ余裕があった。



「お待たせしました」



 出てきたのは老人だった。見たことがないくらい老いているとマリエラは思った。おそらく100歳の人がいるなら、これくらいだろうと思う。腰が曲がり、歩くのもやっとという様子だった。

 老人には一人、若い男がついていて、介助されながら歩いていた。

 相手側の椅子に、老人だけが座り、若い男は後ろに立ったまま控えている。



「さて、わざわざご足労ありがとうございます。代表の方と、クルスだけ残ってもらえますかな。いろいろと人がいては話しづらいこともあるものでね」


「わかりました。イーダン、ランド、マリエラ、外で待っていてほしい」



 若い男が扉の前に行き、先に開けて待っている。



「はい」


「わかったわ。後でね」


「大丈夫だと思うが、気をつけろよ」



 3人が外に出ると、若い男も扉の外に出て、扉の前に立った。



「そちらの椅子をお使いください」



 廊下には長椅子がおかれていた。言われた通りに3人は座って待つことにする。

 話し合いはそんなに長くかからなかった。



「待たせたね」



 アンセムが部屋から出てくる、その後ろからクルスがついてきていた。



「どうだった?」


「滞在の許可は出た。ただ、何かあっても保証はできないという話だ」


「それなら悪くないわね。でも、何か要求されたりしなかったの? お金とか」



 マリエラがそういうと、アンセムたちの後ろから、老人の声がした。



「ほっほ、そんなことはしませんよ」


「ああ、おっしゃる通り、何もなかった」


「もともと、この隠れ里は逃げてくる者には寛容です。ここにいるのは逃げてきたものかその子孫がほとんどですからな。ただ、こちらから招くようなことはしない。それだけのこと」



 老人の声は朗らかだが、黒目がちの目はほとんど表情が読めない。



「自らここへの道を見つけることが大事なのです。あなたが見つけたと聞きましたよ。錬金術師だ、とも。お探しのものがあるのでしょう」


「ええ、メームという人が、ここにいたことがあるはずです。その知識を学びたいと思っています」


「メームですか…名前は確かではありませんが、この里にはいたるところに魔術具があります。おそらくそれの製作者でしょう。魔術具の管理方法でよければこの屋敷にも残っているのでお貸ししましょう」



 老人の提案にマリエラは目を輝かせた。



「ぜひ、今からでも!」


「おい、それは1人でやってくれよな。俺たちは休むから」



 ランドは大きくあくびをした。



「あの、滞在場所はどこがいいでしょうか。近くに宿でもあれば借りたいとおもうのですが」



 イーダンが手を上げる。そういえば宿らしいものは、ここに来る途中でも見つけることができなかった。せっかく町にいるのに野宿は嫌だとマリエラは思う。



「ああ、この屋敷の客間をお使いください。めったに客人などないので、この里には宿が一つもないのです。クルスの実家は手狭ですしな」


「そう、俺10人兄弟の6番目でさ。俺一人ならなんとか泊まれるけど、狭い家に雑魚寝させるわけにはいかないから。みんなはここに泊まってよ」


「案内して差し上げて」



 老人が若い男に指示をだした。



「はい。ではついてきてください」



 若い男は迷わず館の中を進んでいく。案内された部屋は、2人部屋が2部屋だった。



「2部屋なのね」


「はい」



 若い男は最低限の返事しかしなかった。そして、案内が終わったということで、すぐに応接間の方向へ帰っていった。

 2部屋ということは、男女で分けようとすると、アンセムたちが3人で1部屋を使うことになる。中をのぞくと、なかなか狭い。ベッドをくっつけても大柄なランドがいて、男3人で寝るのは難しいだろうと思う狭さだった。

 かといって、隣室のベッドを運びこめるほどの広さもない。



「で、だれが私と同室になる?」


「アンセムだろ。俺はイーダンと先、休むから。おやすみ」



 そう言って、ランドはイーダンの背中を押して、一室にさっさと入っていった。イーダンは疲れ切って自力で立つのがやっとの状態だ。ほとんど寝ているので、ランドに押されるまま、おとなしく部屋に入った。残ったのはマリエラとアンセムだ。クルスは実家に帰っている。



「じゃあ入りましょ」



 マリエラはなんで入らないのか不思議に思いながら、アンセムの手を引く。しかし、アンセムは顔を赤くして、動かなかった。



「マリエラ、僕はほかの部屋がないか聞いてくるから、中で休んでいてください」


「何言ってるの? いいから入りましょう。あなただって疲れてるのよね」


「でも、マリエラ、これはよくない」



 アンセムは頑として動かない。マリエラはアンセムが何をそんなにためらっているのかわからなかった。



「何にもよくないことないわ。いいから、入りましょう」


「マリエラは疑った方がいい。僕がなにかするかもしれないのに」


「なんでよ、疑う必要ないじゃない。あなたほど誠実な人はめったにいないもの」



 マリエラは確信していた。アンセムは信頼できる誠実な人間であることはすでにこれまでの数日でわかっていた。



「でも」



 アンセムがこんなにためらったりするのは珍しいとマリエラは思った。そして、そんなにためらうことがあるというのも不思議に思った。今までだって野営ですぐ横にいたのである。そんなに気にすることとはマリエラには思えない。

 マリエラは動揺しているアンセムの腕をつかんで、強引に部屋にひきずりこんだ。



「ちょっと、マリエラ」


「外でいつまでもしゃべっててもらちがあかないわ。私、急いでるの」



 そして、マリエラは入った途端アンセムから手を放し、言葉通り大急ぎて、自分の荷物から、栄養剤を取り出し、一気に飲み干した。

 大きな荷物、上着を奥の方のベッドの上にほうり投げ、そのまま部屋から出ていく。



「私はこれから資料室にいって研究するから。じゃあね」



 マリエラはアンセムの反応を確認する暇もおしんで、急いで部屋から出た。

 残されたアンセムの部屋から、ドスっという鈍い音が聞こえてきた。何か柔らかいものを殴ったような音だった。



『マスター…』


『何? どうかした?』


『アイは皇子に同情します』


『何よ。なんのこと? いいたいことあるなら、はっきり言ってよね』


『はぁぁぁぁ』



 アイは長い溜息をついただけで、詳しくは何も教えてくれなかった。アイにしても、アンセムにしても、不可解だとマリエラは思った。


 だってマリエラはこれから滞在中、《《資料室に籠り切り》》になるのである。荷物がある場所が一緒だからといって、今まで一緒に旅をしてきたのだから、一緒に寝るわけでもないし、荷物を置くだけの場所に何を気にしているのかさっぱりだ。マリエラはアンセムが、マリエラの荷物を盗まないと確信している。


 しかしなんにしても最優先は資料だ。この部屋に来る途中、教えてもらった資料室に向かって、マリエラは一目散に向かうのだった。

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