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メームの日記、役に立つ

 一行は光が指し示す方角に進む。一度昼を越して、次の夜には目的の水場に着いた。



「よし、マリエラよろしくな」



 尊大にランドが言う。マリエラはその態度が気に入らなかったが、悪気はないらしいので、構わないことにして、水場に近寄り、アイに呼びかけた。



『アイ、クルスをもう一度探せるかしら』


『はい、マスター。検索を開始します』



 マリエラが水に触れると、アイが水に向かって魔力を走らせる。ほかの人が見ても、何をしているか分からないような状況だ。



「あれは大丈夫なのか?」


「いいから、見ていよう」



 ランドが状況がわからず、アンセムに聞いた。黙ってみてなさいよ、とマリエラが思って、口に出す前に、アンセムがマリエラの気持ちを代弁していた。



『見つかりました』


『よかった。いつ、どのあたり?』


『おそらくですが、今日、ここから北と下にしばらく行った地点です』


『おそらくってどういうこと?』


『私はクルスという人の外見を知らないので、特徴のみで検索しました。今、水に該当の人物の姿を投影しますので、確認してください』



 アイがそういってすぐ、水場が画面になり、男の姿が映し出された。



「クルス!」



 声に出したのは、イーダンが一番初めだった。水場に映し出された男は、ほかの人物と口論のように、激しく言い争っている様子だ。



「音は聞こえないのか」


「そうね、見えるものだけなのよ。この男で間違いなければ、今日、ここからみて北と下の位置にいたそうよ」


「下? 下っていうのはどういうことだ?」



 マリエラは、さあと首をかしげる。マリエラにもよくわからないのだ。ランドが不思議そうにしていたところに、イーダンが口をはさんだ。



「おそらく地面の下に、地下水脈が通っていて、そこに隠れ里があるということなのでしょう。隠れ里というくらいですから、外から見えづらい、森の中にでもあるものかと思っていましたが、まさか地面の下とは、考えていませんでしたね」


「どうやって行けばいいんだ?」


「さあ、何か手掛かりでもあればいいのですが、今のところは思いつきませんね」



 マリエラも何か手がかりはないかと思い、水から手を離して、あたりを見回す。

 水場は二つある。元々大きな丸い水場だったものを、二つに分けるように、真ん中に一直線の地面があった。

 とても自然にできたものとは思えない形をしている。

 マリエラは、首を傾げた。どこかでこれと同じような場所の話を聞いたような。



『マスター!』


『どうしたの、アイ』


『ここ、あれじゃないですか?』


『あれって?』


『マスターが探していた場所です! メームの日記に書いてありませんでしたか?』



 アイに言われて、マリエラはカバンからメームの日記を取り出した。古い錬金術師が書いた日記だ。マリエラはメームの研究成果を探して旅をしている。そのため、メームの日記はマリエラにとっての道標だった。

 マリエラは3人と合流する前、この砂漠にメームの拠点の一つがあるのではないかと検討をつけていた。

 そのために読み込んだページを改めて読み直す。そのページを開くと、一番に大きく描かれていた絵が見えた。ちょうど円を半分に割ったような形で、中央にまっすぐ線が入り、中央から少し離れた位置に赤い色で印が入っていた。



『……手順を残す。両端から見てちょうど中央に当たるところから、西側に6歩、その足元に鍵あり。鍵に触れ、そのあとに、線の延長上にある岩肌に同じ手で触れる。唱える。水なき大地に水を与えん。光なき世界に光あれ』



 マリエラは疑いながらも日記の通りに行動してみることにした。マリエラ以外の3人は、ああでもないこうでもないと言いながら、地下都市への探索方法を話し合っていた。マリエラは3人に何も言わずに、行動を始めた。あっていたらいいが、もし違っていれば、少し格好が悪いと思ったからだった。


 メームの日記に書いてあった通りの場所に向かう。池と池の間の道はちょうど肩幅ほどしかなく、実際歩いてみると、一歩でも踏み外せば、池に落ちてしまいそうだ。



『中央って、これくらいかしら』


『確認してみますね』



 アイが言って、イヤリング型から小さな人型に変化する。そのまま、マリエラのそばから高く飛び上がった。



『マスター、もう一歩右、いいえ、違います。逆です。逆に二歩、そこです、止まって。そこが中心です』



 アイの呼びかけに応じてマリエラは止まり、西側に大きく6歩歩いた。

 メームは背の高い男性だったという話が残っている。マリエラは標準より少し高いくらいの背なので、おそらく歩幅が少し足りないはずだと考え、大きめに歩幅を取って歩いた。


 足もとに何かあるはずだ。マリエラはしゃがみこんで足もとを調べる。ほかの地面と変わりないように見える。砂漠とは言え水場の近くなので、マリエラの足首くらいの高さまで草が生えている。草の根元を見ようとかき分けていた時、アンセムに声をかけられた。



「マリエラ、どうかしたんですか?」


「なんでもないの。ちょっと気になることがあって。あなたたちはあなたたちで話し合っていてくれればいいから」



 マリエラは顔も上げずにそう言って、手元の作業に集中した。

 狭い場所だ。手伝ってもらうにしても、何人もいては、逆に効率が悪い。



『鍵って、何かしらね?』


『そうですね。普通の鍵では誤って水場に落とすこともあるでしょうから、鍵らしい姿をしているとは限らないと思います。地面に固定されているもので、”触れる”と書いてあるので、手の届く範囲にあるものでしょうね』



 アイの考察を聞きながら、マリエラは足もとを探すが、何も見つからない。歩数の数え方が違っていただろうか、背の高いランドなどに手伝ってもらって、もう一度考えなおしたほうがいいだろうか、と思いながら手でまさぐっていると、通路の端のほうへ手を伸ばし、水場の水に手が触れた。水は夜であることもあり、冷たくなっていた。

 その時、マリエラは思いついた。



『ねえ、アイ』


『なんでしょう、マスター』


『あなた、もしかして、ここの水場の記憶の中から、この辺を探している人っていう条件で探せたりする?』


『やってみたことがないのでわかりませんが、やってみますか?』


『お願い』



 マリエラは、この水場の記憶をうまく読めれば、鍵のある場所の特定ができるかもしれないと思ったのだ。

 水場で人探しをするときと同じように姿勢を正し、少し深く手を入れなおす。すると、マリエラの指先に何かが触れた。



『アイ、ちょっと待って、見つけたかも』


『水の中ですか? たしかに日記には”足元”としか書いてなかったので、ありえなくはありません。水の中とは思いませんでしたね』



 マリエラは水の中を覗き込む、手の先に触れたその石のような突起は触れたところから緑色に光りだした。マリエラの手も緑に光る。

 こういうものは仕組みが気になって仕方がないマリエラは、手を開いたり、閉じたり、両手をこすり合わせたりする。緑色は光ったときから状態は変わらず、触った右手の手首から上が淡く光っている。ほかの場所に移ったりしないことから、粉のような何かが付着したのではなく、何らかの魔法がかけられたとマリエラは思った。



『これ、魔法か何かかしら』


『そうですね、水の中に沈んだ、マスターが触ったものが魔道具みたいですね』


『どうやるのかしら、動力は半永久的? 魔石の交換も必要なはずだわ』



 マリエラはもう一度水の中の魔道具を触って、形を確認する。マリエラの手を広げて、ようやく包み込める程度の大きさだ。今度は左手で触ってみるが、左手は光らない。



『個体認識をしてるってことね、そして同一人物二回目の接触はキャンセルするよう設定されている。どうやったらこの色は消えるのかしら。時間制限はあるの?』


『マスター、研究もいいですけど、手順の通りに進めたほうがいいんじゃないですか。こういうのって時間制限きれると、ペナルティあったりするじゃないですか。盗賊対策で』



 アイの言うことももっともだった。

 マリエラは光りだした手と水の中の魔道具を分析したい気持ちを抑えて、日記の次の手順に進むことにする。

 日記に書いてあるとおり、西の方向にまっすぐ歩こうとすると、何か話しこんでいる仲間たちの間を通ることになる。



「はーい、ちょっと失礼」


「おっと、なにしてるんだ。っていうか手、光ってるぞ」


「マリエラ、何をしているか教えてもらっても?」


「いいから、ちょっと黙ってみてて。まっすぐ進まなきゃいけないの」



 仲間たちはマリエラの後についてくる。マリエラはまっすぐ進んだ先にある岩を見た。大きな岩壁の手前に、一つマリエラの背と同じくらいの岩がある。とくに何か書かれているということもない。その岩に光っている手を触れた。そして唱える。



「”水なき大地に水を与えん。光なき世界に光あれ”」



 マリエラの手と、触れた岩が同時に強い光を放ち始める。

 ゴゴゴゴゴという音がして、大きな岩壁に、人が一人通れる程度の穴が現れた。音が終わり、穴が完全に現れると、光も消えた。

 マリエラは穴に駆け寄り、覗き込む。中は岩をくりぬいた構造になっていて、地下へ続く階段があった。仲間たちを振り返り、手を振る。



「ちょっと来てみて、たぶん入口じゃないかしら」


「なんだったんだ今の? 魔法か?」


「初めて見る仕掛けですね」



 仲間たちが近寄ってきて、各々覗き込む。



「誰か先に行くか? それとも全員で行くか?」


「全員で行こう」



 ランドの問いに、アンセムは迷わずに言った。



「二手に分かれると、逆に追手に見つかったりして危険だ。どれだけ離れているか分からないから、食料の問題も出てくる。一緒に入ると全滅の危険があるかもしれないが、ここにとどまるよりいいはずだ」


「わかった。じゃあ、いつも通りの順番でいくか」



 階段はちょうど一人分の幅しかない。大柄なランドは少しでも体を動かすと壁のどこかにぶつかってしまうほどで、縮こまって歩く。

 階段に足を踏み入れると、人がいるところだけ天井が明るく光る。下のほうは真っ暗闇で、先は見えない。先頭のアンセムが声を上げた。



「ここに、看板がある。『必ず入口を閉めて進むようお願いいたします』だそうだ。ボタンが一つだけついている。押すよ」


「ちょっと待ってくれ、まだ入りきってないかも、いや大丈夫だ」



 一番後ろのランドがそういったのを聞いて、アンセムはボタンを押した。入るときと同じ、ゴゴゴゴという音がして、入ってきた入口がしまった。

 自然の光ではない、廊下の天井の光はあまり明るくなく、足もとがギリギリ確認できる程度だ。



「なんだか、不気味ですね」


「イーダン、お前、小心者だな」


「悪いですか! 私は旅に出るのだって初めてなのです。こんな不気味なところ、初めてで恐ろしい。いつ何かの仕掛けがないとも限らないじゃないですか。マリエラ、そういうのはないんですね?」


「私の持っている日記には書いてないわ。ほかの場所でも、注意すべき場所には何か書いてあるから、大丈夫だと思うわ」


「その日記に、ここに行く手順が書いてあったんだよな。なんの日記なんだ?」


「メーム、古代の偉大な錬金術師よ。今は帝国の地域を中心に活動してた。彼の作った魔道具は今見ても理解できないほど高度な技術がたくさん詰まっているの。今の私の研究対象、私はこの人の技術をさがすために旅をしているの」


「そうですか、では、この先にあなたの探すものがあるかもしれないのですね」


「そうね。私は不気味より、わくわくする気持ちが強いわ。この階段だって、足もとのセンサーに反応して、天井が光る仕組みよ。どうやって作ったか、考えるだけで楽しくなっちゃう」



 マリエラは楽しそうに途中の壁や床を調べながら進む。先頭のアンセムは慎重に探りながら、イーダンは少しの物音にもびくびくしながら、ランドはたまに壁にぶつかり縮こまりながら、階段を進んでいった。

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