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千羽鶴

世の中に千羽鶴用の折り紙が存在する事を知った。折り紙売り場の片隅にそれを見つけた時に変に感心してしまった。

放課後に購入して帰宅するとひたすらに折り続けた。ご飯とお風呂とほんの僅かな睡眠以外の時間を全て費やした。それはとても功を奏した。家では何の不自由も感じなかった。

反面、学校では葉子に気遣われ、鶴を折ることも出来ず苦痛だった。

2日後、橋野の意識が戻ったと葉子を通じて知った。だが面会はまだ無理らしい。ホッとはしたが、まだ安心は出来ない。

意識が戻っても全てが元通りになるかは分からないと聞いていたからだ。頭を打ったことで脳に損傷があるかもしれないらしい。

千羽鶴はまだ半分ほどだった。折り終わる頃には一般病室に移れるだろうか?

朝、いつも通り家を出た。いつも通り電車に乗ったが、面会できないのに橋野の病院まで来てしまった。

面会時間ですらないが帰る気にもなれず、仕方なくICUの前の長椅子に座った。

30分くらい経った頃、扉が開いて車椅子の橋野が看護師と出て来た。この前の看護師さんだった。

私を見つけると近寄り話し掛けてきた。

「これから検査に行くんだけど、一緒に来る?」

「はい!」

一緒にエレベーターに乗り込んだ。

「なんで居るの?」 橋野が聞いてきた。

白目が真っ赤に内出血している。事故が一気に現実味を帯びて怖くなったけど、そんな事は悟られないように笑った。

「ちゃんと学校行けよ」

「ちゃんと行くよ」

エレベーターを降りて二人は検査室へ入って行った。 私は廊下の椅子に座って検査が終るのを待った。

橋野の病状を聞く中で、もしかしたら私のことを憶えてないかもしれないと思っていた。でも私を見るなり変わらず話しかけてきた橋野にホッとした。でも、他のことはまだ分からない。安心し過ぎないように自分を戒めながら待った。

検査が終わった橋野とまたICUまで一緒に戻った。

「夜、電話するから」

別れ際にそう言うと橋野は扉の中に入って行った。たったそれだけだった。

背中に羽が生えてたと思う。そのくらい浮足立って学校へと向かった。着いたらちょうど休み時間で葉子のクラスへ直行した。

「橋野に会えた!」

「え、うそ!」

葉子の目がみるみる涙で満たされる。 葉子を抱きしめた。橋野に会えなくなって初めて泣いた。それが嬉し涙だった事が何よりも嬉しかった。


夜、電話を逃さないように細心の注意を払って待った。8時過ぎた頃に掛かってきた。

「なんで病院に居たんだよ」

いつもと変わらない橋野の声だった。

「会える気がしたから」嘘をついた。

「今、看護師さんに公衆電話に連れてきてもらって掛けてるから長く話せない」

「うん、どこか痛い?」

「目が覚めたら色んな所が痛かった」

内出血してた目を思い出した。

「普通の病室に移れるようになったら連絡するから、ちゃんと学校行けよ。じゃあ切るよ」

「ちゃんと行ってるよ、おやすみ」

「おやすみ」

その日は鶴は折らずに寝た。布団に横になっただけで吸い込まれるように深い深い眠りに就けた。


病院で橋野に会ったのは、その後1回だけだった。 千羽鶴を折り終わって糸を通し始めた頃、橋野が一般病室に移った。夜にまた電話があって、橋野本人から知らされた。知らせにやる気を漲らせて一気に千羽鶴を仕上げて橋野を見舞った。

千羽鶴を見た橋野はすごく嬉しそうだった。

「一人で折ったの?なんかスゲー!」

白目の内出血も治っていて、嬉しそうに千羽鶴を見上げていた。

「検査の結果が悪くなければ、結構早く退院出来るからさ」

「もう病院に来るなってこと?」

「遠いし、そろそろテストもあるだろ?」

「俺に会えなくて寂しい?」得意のニヤケ顔。

「まさか!」 言ってから

素直に「うん」て言えば良かったと少し後悔した。


10日ほど経って順調に回復した橋野は退院した。 多少の後遺症は残っているが、傍目からは分からない。日常生活には問題無さそうだ。とは言え、直ぐには登校出来ずに家で療養中だった。退屈そうにしてたので葉子達と見舞いに行った。

男の子らしく無駄なものの無いシンプルな部屋に不釣り合いな千羽鶴。

「これ、俺のお気に入り」

「はいはい、わかりました。退院出来たのも祐美の千羽鶴のお陰だね」

もう一つ、この部屋に不釣り合いな物があった。それは机の片隅に目立たないようにペンスタンドの奥に隠すように置かれていたが、色合いがパステルカラーで異質だったので目に留まったのだ。

すっかり元通りの私達に見えて、私の中にはある疑念が芽生えていた。

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