祭り
祭り当日、待ち合わせ場所に橋野は来ない。
電話してもメールしても全然捕まらない。 だんだん不安になる。
事故にあったんじゃないか?病気で運ばれたのかもと悪い想像ばかりが膨らむ。
「ねぇ、家まで見に行ってよ」
葉子が彼氏に言っている。その間もみんなで電話したりメールしたりしていた。 が、急に電話が繋がった。
「ごめん、寝坊した」
寝起きだからか、全然焦っている感じがしない。
「早く来て!みんな待ってる!」
電話を切って二人に謝る。
「寝坊だって」
二人も安心したような顔になった。
「今日はあいつの奢りだな」
葉子の彼が笑った。
「こんな日に寝坊なんて信じられないよね」
心配した分、安心したら怒りがやって来た。葉子に愚痴りながら橋野が来るのを待った。
こっちは楽しみにして待ちに待った夏祭りなのに、橋野にとっては寝坊するくらいどうでもいい事だったのかと思うとなんだか悔しい。
「最初に会った時だってさ。そんな感じ全然見せなかったのに、何日か経って急に付き合いたいとか言って来て。橋野って何考えてるのか分からない」
どうして怒りは過去の出来事にまで火を点けるのか。
「あーそれ、彼女がいたんだよ」
葉子の彼が急に話に入ってきた。
「祐美ちゃんに出逢った時、光一には彼女がいたから。彼女と別れるのに何日か掛かったんだよ。ちゃんとするまでは祐美ちゃんには何も出来なかったんだろうな、あいつの事だから」
「えー!そうなの?光ちゃん彼女居たんだ?それって同じ学校?」
「そう、同級生」
「もしかしてカオリ?」
「は?何で知ってんの?」
まーくんは不思議そうだった。
「愛されてんじゃん!」
葉子は私の頬を両手で包むと私の顔を左右に揺らした。カオリの謎は解けた。
「いいなー、羨ましいなー。私も愛されたい!」
葉子は彼氏に詰め寄って脇腹をくすぐった。
付き合い始めたのは私の方がほんの少し早かったのに、葉子と彼はとても距離が近い。
葉子は何でも物怖じせずに彼に話すし、彼も何でも葉子に見せてる感じだった。 私達の前を歩く葉子たちは、手を繋いだり腕を組んでぴったり寄り添ったりしながら歩いている。
「暑いよ!」
彼が腕を払おうとすると、葉子はうちわで扇いであげながら
「ダーメ!」としがみつく。
そんな二人を見ながら後ろを着いていく私達は辛うじて横に並んで歩いている。
そもそも、私は橋野が好きで付き合ってる訳じゃないから、距離があるのも当然と言えば当然だ。
彼氏という存在への好奇心と、橋野という未知の思考回路の持ち主への好奇心だ。そして夏休みという長い退屈な時間を消費するのに最適だった。
大きい祭りだけあってかなりの人出だ。まっすぐ歩くのも人を避けながら進まなくてはいけない。
急に目の前を数人の人が横切ったので慌てて立ち止まった。 次の瞬間、葉子たちも橋野も視界から居なくなってしまった。立ち止まったままキョロキョロしていると後ろから来た人の邪魔になってしまった。
仕方なく歩きだそうとしたら、右手を掴まれた。
「なに迷子になってんの?」
憎たらしいニヤケ顔の橋野だ。
「ちゃんと掴んでて」
そう言って私の手を自分の腕に絡ませた。 細く見えてた橋野の腕は、掴むと意外にも筋肉質でしっかりしていた。香水をつけているのか、近付かないと分からないくらい微かにいい匂いがした。
すっかり葉子たちとははぐれてしまった。 葉子に電話したら彼氏と喧嘩したらしく、もう帰るらしい。葉子たちは距離が近い分、喧嘩もしょっちゅうだ。何度も別れたり戻ったりしている。 私達は喧嘩すらした事がない。本音で向かい合ってる葉子たちが少し羨ましかった。
一通り祭りを楽しんで帰路に着いた。 橋野が家の近くまで送ってくれた。家の入り口が見える辺りで立ち止まると
「人混み苦手だろ?疲れた?」
「うん、でも楽しかった。葉子たちと一緒だったし」
「寝坊してごめん」
見上げるとばつが悪そうな顔で、いつものニヤケ顔じゃなかった。
「送ったからご褒美ちょうだい」
言った途端に顔が近付いてキスされた。避けようと思えば避けられた。そうしなかった理由は自分でも分からなかった。
ただ、好きでもない人とキスをした事を少し後ろめたく感じた。
「親が心配するから早く家に入れよ!」
いつものニヤケ顔。本当に憎たらしい。
でも気分は悪くない。橋野を今までよりは少し分かったような気がしたから。
私が家に入るのを見守ってる橋野に振り向いて手を振った。