始まり
「橋野先輩と話したの?」
ライヴから数日後、美里から聞かれた。一緒に行った友達だ。
「帰りが一緒になって、駅が同じだったけど、ほとんど話してないよ」
橋野から付き合いたいから私を紹介して欲しいと言われてる事を知った。
橋野は見た目も全然タイプではなかったし、もちろん恋愛感情も無かったが、私は迷わず付き合うことにした。
自分が周りと違うと気付いたのは中学の時だ。
小学生の頃は友達と一緒にアイドルの話をしたり、クラスの男子にランク付けしたり、周りの子と自分に違いを感じた事はなかった。
それが中学生になった頃から、 友人達は好きな人の事を考えると眠れなくなるとか、他の事が手につかなくなるとか言うのだ。目が合っただけで胸が苦しくなるとまで言う子もいた。そんなのは少女漫画や恋愛ドラマの中のフィクションだとばかり思っていた私は驚いた。
でもそんな事は悟られないように、周りに合わせて誤魔化していた。 そのうち私にも分かる日が来るだろうと言い聞かせていたが、一向にそんな気配はなかった。
子供の頃から他人と足並みを揃えて、協調する事を良しと教育されてきた私にとって、それは私の中で小さな焦りとなり不安にさせていた。
そんな時に橋野に出会った。 彼氏が出来ることで自分の中に何か変化が起きるかもしれないという期待感と、不思議な印象の橋野自身への興味もあって付き合うことにした。
それにしてもどうして橋野は私と付き合いたいと思ったのだろう?
あの日、ほんの少ししか話さなかったし、橋野にそんな素振りは無かった。そう思ってたなら帰り道に言えたはずだった。
付き合ってみると更に橋野は分からない人だった。
「橋野って呼び捨てにして。なんかいい感じだろ?」
最初にそうリクエストされて、年下なのに彼氏を苗字で呼び捨てにする事になった。彼の周りの人は私を生意気と思っていたかもしれない。
でも、その響きは私も気に入っていた。恋愛感情を持ってない私にとって、甘過ぎないけど他人行儀にならない丁度いい呼び方だった。
橋野とは学校帰りに送ってもらったり、休みの日にたまに会った。二人きりの事は少なくて、いつも彼の友人や先輩や後輩達の誰かが一緒で、まるで彼の交友関係に私がお供しているようだった。
付き合うってこんなものかなと私の好奇心は肩透かしを食らった気がしていた。
たまに二人きりになった時は必ず
「最近、同じクラスの杏奈が可愛いんだ」
と言ってくる。
そんな事を言われてもどう対応していいか分からない。彼氏とのシュミレーションは一通りしてみたが、これは想定外だ。
せめて目の前に居る人を褒めるならリアクションの取りようもあるが、私は杏奈を知らないのだからリアクションのしようもない。
内心狼狽えながらも、無表情に「へぇ」と応えるだけの私は高飛車な女に見えたかもしれないが、私にはそれが精一杯だった。
こんな事の繰り返しで、私の恋愛感情が覚醒める兆しは全然無かった。