もう一つの出逢い
橋野光一と出会ったのは友達に誘われて行ったライヴの打ち上げだった。友達の先輩のライヴだったので、打ち上げまで付き合う羽目になった。
ずっと知らない人に囲まれて人あたりした私は、そっと打ち上げのファミレスから外に出て風に当たっていた。
夏の夜が好きだ。湿気を吸って重たくなった空気が、夜の黒を濃くしている。
深呼吸すると湿気が鼻の奥をツンと冷たくして、全身を浄化していくようで心地良い。
「大丈夫?」
振り返ったら橋野がいた。 友達の先輩としてさっき紹介された内の一人だ。
はっきりした整った顔立ちをしているのに地味な印象なのがアンバランスで不思議だった。
「あ、大丈夫です、ちょっと外の空気を吸いたかっただけだから」
「かわいいって言われるでしょ?」
ニヤケ顔で橋野が言った。
「彼氏居ないの?」
口説かれてる? そう思って警戒した。
「いま‥せん」
ふうん、という感じで橋野はファミレスに戻って行ってしまった。
ただの世間話だったのに過剰に警戒してしまった自分が恥ずかしい。
大きくふぅと息を吐いて店に戻ると、私を見つけた友達が近付いて来た。
「先輩と一緒に帰ることになったから、ごめん。帰りは一人で帰って」
そう言うと顔の前で両手を合わせる。 友達はその先輩目当てで来たので仕方ない。
「良かったじゃん。上手く行くといいね」
私もこの場から開放されるので問題ない。
最寄り駅へと一人歩く。 一人だと普段よりどうしても早足になる。夜とは言え、早足で歩くと少し汗ばむ。
微かな鼻歌が聞こえた。聞き覚えのある曲。振り向くとまた橋野がいた。
「それ、さっきのライヴでやってた‥」
「好きなんだ」 ドキッとした。「この曲」
動揺を悟られないように平静を装い穏やかに微笑んだ。つもりだ。
「電車?どこまで?」
駅名を伝えると
「ついでだから送るよ」
家の最寄り駅から自宅まで10分足らず。街灯もまばらな夜道に立ち込める青草の匂い。
電車の中から会話らしい会話もないし、ずっと橋野は無表情だ。
男の人と二人で夜道を歩くなんて初めてだった。緊張から足早に歩いていた時とは違う汗が出てくる。
「この近くって事は中学校も一緒だったって事ですよね?全然気付かなかった」
気まずさに堪えきれず話し掛けた。
「俺、隣町だから。駅はこっちの方が近い」
「そうなんだ。あ、家もうそこだから!」
家の10mくらい手前で頭を下げて逃げるように帰って来た。