嵐の前
葉子が珍しく学校を休んだ日の昼休み。
同じクラスになった美里とお弁当を食べた。
「私が橋野先輩の自宅の電話番号を教えたせいだよね?」
例の電話で杏奈に成りすました時に、電話番号を美里に聞いたのだ。
その直後に別れたのを知って気にして居るのだ。
「なんか嫌な予感はしたっていうか、不自然さは感じてたのに、すんなり教えたりして私。ごめんね」
「美里は何も悪くないし、寧ろ感謝してる」
「そう言ってもらえると、正直少し救われる」
色んな人に迷惑掛けたんだなと、申し訳無い。
私が橋野と別れただけなのに多方面に影響が出て、もしかしたら私の知らない誰かにも迷惑を掛けたのかもしれないと思った。
「今、逸生くんと付き合ってるの?」
「え?付き合ってないけど」
「でも好きだったりする?」
「まさか!ないない!」
つい喰い気味になってしまった。
「良かった!それならお願いがあるんだけど」
美里の目が輝いている。
「私ね、逸生くんの事が好きなの。逸生くんとうまく行くように手伝ってくれないかな?」
「あれ?美里ってバンドの先輩」
「それってもう1年も前の人でしょ?祐美だって別れてるんだから、私だってとっくに別れてるよ」
変な理屈だが納得してしまった。
美里には借りがあるし、普段なら断る所だが引き受けてしまった。
5時間目から授業どころではない。やっぱり断ればよかった。後悔ばかりが繰り返しやって来る。
幸運なことに逸生が誘いに来て一緒に帰る事になった。とは言え、駅までのほんの少しの時間しかない。 話し掛けるきっかけを探ってチラチラと逸生を盗み見る。
「なんかあった?」
「え?あ、うん。ちょっと話があって」
きっかけを掴んだので、美里のことを一気に畳み掛けるように喋った。全部吐き出してすごくスッキリした。
「なんだそれ!」
興味なさそうに逸生が吐き捨てた。
「とりあえず、その子に返事してあげてよ」
「知らねーもん、そんな奴」
「だよね?断っていいから返事だけしてあげて」
「は?ヤダよ!面倒くせー」
「そう言わずにお願い!」
手を擦り合わせるように逸生を拝んだ。
「絶対ヤダ!」 取り付く島もない状態。
「二度とその話するなよ」
機嫌も悪くなってしまった。
そもそもこんな事は苦手なのだ。上手く出来るはず無かった。
どうしたものか。
二度と話題に挙げられないのに本人には何と伝えれば… 全然知らないから返事するのも嫌だって、とはさすがに言えない。
やっぱりこんな事引き受けるんじゃなかった。後悔しかない。
数日を何もしないでやり過ごした。
「祐美!」
昼休みの終わり間近、教室を出ようとした扉付近で後ろから呼び止められた。
覚悟をして振り向く。やっぱり美里だ。
「逸生くんに言ってくれた?」
言ったと言えば、結果を求められる。
「まだ言えてなくて」
とりあえず嘘をつく。
「えー?遅くない?」
「私、やっぱり無理かも…」
断ろうとした時
「木下!」 逸生の声がした。
振り向くと数メートル先から廊下を走ってくる。ちょうど出入口に立ってた私を見つけたようだったが、逸生からは教室の中の美里は見えてなかった。
「家に泊まりに来る時に花火買ってきて欲しいんだけど」
私の横まで来てそう言った所で美里に気付いたようだ。
「あ、なんか話の途中だった?じゃ、帰りに!」
そう言って行ってしまった。
最悪だ。 振り向くと彼女の表情から明らかに怒りが見てとれた。
「そういう事?最初に確認したよね?騙して楽しい?」
「誤解だよ!違うよ!」
反論するももう遅かった。こっちも取り付く島もない。