復活のとき
「帰りにカラオケ行こう!いっくんも誘っておいてよ」
慶の友達が私のクラスに居て、最近はよく一緒に遊んでいる。
クラスに戻って逸生に声を掛けた。
「葉子が放課後カラオケ行こうってさ」
「また慶とのデートに付き合わされんの?」
嫌そうに言いながら結局行くのが逸生だ。
逸生とは元々仲のいい方だった。席も近かったし、何度か放課後に遊びに行った。そんな事もあって葉子は逸生を誘うのだ。
カラオケの帰り道、駅まで着くと私だけが違う電車だ。
「いっくん、暗いから祐美のこと送ってあげてよ」
葉子は私と逸生をくっつけようと何かと画策する。
「ああ、送ってくよ」
私が断るよりも早く逸生が言った。 葉子たちの電車が先に来て二人で見送った。
「送らなくていいよ」
「あいつらを二人にしてやっただけ。一緒に帰る俺の身にもなってよ」
「確かに!じゃ、ここで」
と言ってホームに入ってきた電車に乗り込んだ。
「暇だから送ってやるよ」
ひょいっと逸生も乗り込んできた。後から他の乗客も乗り込んで来てどんどん奥へと押されてしまった。かき分けて降りろとも言えないので、とりあえず私の降車駅まで行くしかなかった。
電車に揺られながら間近に立つ逸生を見上げた。首が痛くなるくらい、逸生は背が高い。好みで分かれそうだが、すっきりとした切れ長の奥二重に鼻筋が通った整った顔をしている。
見た目は完全に合格点。ルックスだったら橋野なんかよりタイプなのに、不思議な事に全然異性として興味が沸かない。
「待って!」
ホームに降りると改札へ向かって歩き出す逸生を制した。
「ここまでで大丈夫だから」
「ここまで来たんだから最後まで送るよ。え?もしかしてすごく遠い?」
急に心配そうな顔になった。
「ううん、逆に近いから」
「なら送るよ」
くるっと背を向けて歩き出した。咄嗟に逸生の手首を掴んで引き止めた。
「送って欲しくないの!」
振り向いた逸生の顔が驚いている。
「あ、逸生に送って欲しくないって意味じゃ無くて!誰にも送って欲しくないの」
逸生の手を離して気まずさに目線を反らした。 逸生も私が彼氏と別れた事は葉子たちから聞いて知っている。
橋野と別れたばかりの頃は駅で鉢合わせるかもしれないとそわそわしていた。しかし、別れてから一度も偶然に橋野に会うことはなかった。この駅を使うことを止めたのだろう。
美里から杏奈の家に毎日のように入り浸っているとも聞いた。 橋野に一切会わなくなった事で、最近は橋野を思い出すことも無くなった。でも流石に逸生に送られたら嫌でも思い出す。
重苦しい空気をかき消す様に
「そうか、そうか!」
乱暴に私の肩に手を回すと
「わかったよ」
肩に回した手で頭をポンポンと軽く叩いた。
その時だった。数メートル先の階段下辺りに橋野が現れた。咄嗟に逸生の手を振り払った。
確実に目が合ったはずなのに、橋野は何事もなかった様に階段を登って行ってしまった。
いつかは会ってしまうだろうと思っていたが、それが何故今日で、このタイミングなんだろう。
橋野は馴れ馴れしく絡んでる逸生を見てどう思ったんだろう。がっかりしたのか、それともホッとしたのか。そんな事を考えて、その場から動けなくなってしまっていた。
「木下、大丈夫?」
我に返って逸生を見上げた。 逸生も橋野の存在に気付いたようだった。
「もしかして、俺余計なことした?」
気まずそうに私の表情を覗き込む。
「全然!電車来たよ!」
ちょうど滑り込んできた電車に逸生が乗り込むのを見送った。
急いで階段を駆け上がって改札へ向かった。
橋野は居るはずもなかった。
「そうだよね…」
小さく独りごちてトボトボと歩き出した。
暗がりに見覚えのあるシルエットを見つけたのは、いつも橋野と別れるあの場所だった。