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北龍王と南麟帝  作者: 藍川 峻
南麟帝本紀 第2章
8/11

南麟帝本紀 第2章 第4話

(10)廿伍(25)


「キャラよ、ギルバリアが毎年我が国の王都に使節を寄越してくるのは知っているな」

 朝の公爵一家の喫茶の時間、メルリース公が口を開いた。

「えと、確か――」

「ギルバリアは海が無い国だから」アレクシスが助け船を出した。

「そうそう、海無し国だからセイランから海産物を買っていて、毎年その量だとか値段とかを決めるため――?」

「そうだ。それでだな、来年はこのメルリース領を通って王都に向かうことになった」

 公が皆に向かって云った。「今年まではギルバリア領内で南端まで行き、そこからサライ侯爵の領を抜けて王都に入っていたが、今年大雨と洪水でそちらの道が使えなくなっているらしいのだ」

「大変。おもてなしの準備をしなくちゃ」ヴァランティーヌの言葉に公が云う。「来るのは()月の終わり頃だから、焦る必要は無い」

「いつもいらしているのはダリアン侯でしたね」

「引退したという話も聞かんから、来年もそうだろうな」

「父様、何日くらい滞在されるのですか」

「我が領は通るだけだから、一晩宿泊するだけだろうよ」

「それじゃあ、舞踏会も無しね」

「ただ使節が通るだけなのだから、必要あるまい。どうせ、王都では歓迎の式典を催すだろうしな。晩餐会程度でよかろう」

 じゃあ、服を選ぶのはもう少し先でいいわね。それだけ考えると、キャラはその話題から興味を無くしていた。

 無論、この時点ではキャラには知る由も無いが、運命の転換点ともなる出逢いまでまだ三箇月以上あった。



 ギルバリアはセイランの東北東に位置しており、帝制を()いている。パンディラ半島の諸国の中では比較的若い国で、現皇帝は四代目、約五十年――帝国になる前から数えても六十年程度しか経っていない。

 キャラが知るギルバリアはその程度であった。

「王様と皇帝ではどちらが偉いのですか?」

 喫茶室の前で控えていたレーラを伴って自室に戻る途中だった。レーラの無邪気な問いにキャラが必死に頭を回転させて考えるが、キャラもよく解っていない。

 キャラが巧く答えられないのを悟り、前を歩いていたアレクシスが振り返って答えた。

「どちらも国家元首という意味では対等な立場だよ。ギルバリアは昔、自分が王だと勝手に云う――それを僭称(せんしょう)と云うんだけど、王を僭称する人が何人も出てきてね、彼らの上に立つ、という意味で皇帝を名乗ったんだ、初代皇帝が」

「そうなんですねぇ」レーラが感心して云う。

「結局、名前が違っているだけで、中身は余り変わらない訳ね」

「大雑把に云うと、王国は封建制、帝国は中央集権体制を執ることが多いな」

「封建制……なんか習ったような……」

「プトレマイオス侯に質問してみるといい。嬉々として教えてくれるぞ」

「うーん、普通に教えてくれるならいいんだけど、あの熱量がね――。あーゆーのを『老いて(なお)(さか)ん』って云うのかしら」

「いや、絶対違うぞ。大体淑女が口に出して云うべき言葉ではない」

「えー、何故ですか?」

「そのうち解るようになるさ」




拾壱(11)(10)


 セイラン王が病に倒れたとの報を受け、メルリース公は慌てて王都に駆け付けた。

 最近、不予を訴えることはしばしばあったが、いずれも軽いものであり、今回のように昏倒するのは初めてのことだった。

「まだ壮年と云っていい年齢(とし)のはずなんだがなぁ」

 アレクシスは首をひねると腕を組んで半眼になる。沈思黙考するときのアレクシスの癖で、こうなると取りつく島もなくなるのでキャラは談話室を出て自室に戻った。

「王様が死んじゃうと」レーラの問いかけを遮ってキャラが云う。

「王様や王妃様が亡くなったときは、お隠れになった、と云うのよ。気を付けないと、不敬罪で捕まっちゃうからね」

「ええ、捕まるのはイヤです――えと、王様がお隠れになったら、その後どうなっちゃうんですか?」

 実際にはそう仮定することすら不敬と取られることもあるが、キャラもそこまでは気付かずに、レーラに答える。

「今のセイランには王子様が二人いらっしゃるの。順当に行けば長子の  殿下が跡をお継ぎになるでしょうね」

「じゃぁ、もし、王子様がお二人ともお隠れになったら?」

 王子には「お隠れになる」は必要ないのではないかと思いながら、キャラは答える。

「今の王家には他に男子がいらっしゃらないから、多分三公会議が開かれて、そこで決める、はずよ、確か」

「それじゃ、公爵様が王様になることもあるのですか?」

「可能性は全くないわけではないけど、限りなく低いわ。大体王子様が一遍に二人とも死ぬなんてあり得ないし、いずれ王子様にお子が生まれたらその子が王位継承権を最優先に得るしね」

「と云うことは、キャラ様も王位継承権をお持ちと云うことですか」

「持ってはいるけど、十番目くらいよ。大体、アレク兄様がいらっしゃるんですから、私に順番が回ってくる前に兄様が立派に勤め上げるわ」

 そう云えば、カティやセルディとそんな話をしたこともあったなぁ、とキャラは一瞬感慨にふけった。忙しそうだけど、カティは元気かしら。


拾壱(11)廿伍(25)


 再びセイラン王の病状がひどくなったとの報を受け、メルリース公は王都に赴いた。

 「アレク兄様」廊下で会ったアレクシスにキャラは声を掛けた。「今、ちょっとお時間よろしいでしょうか」

「ああ、かまわないよ」

「今ちょっとレーラに王室の状況を説明しようと思って、でもわたしも詳しくは知らないことに気付いて、兄様に教えていただこうかと探していたところでした」

「じゃあ、そこの談話室に入ろう」

 談話室に入ると「お茶の用意をしてきます」と云ってレーラは、備え付けの用具を使ってお茶を二人分、キャラたちが腰掛けた脚の短い椅子の傍の卓に置いた。

「あら、あなたもお飲みなさいな」キャラが声を掛ける。

「よろしいんですか。ありがとうございます」

 レーラが自分の茶を持ってキャラの傍に座すと、アレクシスが切り出した。

「じゃあ、まず、今の王太子はどなたか知っているね?」

「セレス第一王子殿下ですね」

「そうだ。宰相の職もそつなくこなしているし、セレス殿下が順当に次期の王位に()けば、国内は安泰、というかあまりそれまでと変わり映えしない治世に落ち着くだろうね。ただし、有事の際には心許ない、という意見もあるらしい」

「そして第二王子がセリク殿下」

「うむ、その通り。現在、王国軍の最高司令官になっていて兵たちの信頼も厚いし、ご本人も武芸に秀でている」

「去年の武芸大会では兄様が勝ちましたよね」

「ぎりぎりだよ。素晴らしい槍使いだった。で、セリク殿下がそのまま軍司令官としてセレス殿下を補佐されれば、最高の組合せだと思う」

「なんか、そうでなさそうなお話しぶりですね」

「実はセレス殿下は側室のエウロペ様のお子なんだよ」

「あ、側室の方の」

「そう、そして王妃陛下との仲が悪い、というか、一方的に王妃がエウロペ様を嫌っている。立太子の時にも相当揉めたらしいよ。そして王子同士も仲が良いとは云えない」

「はぁー、なるほど。それじゃ、セレス殿下が即位する際にもひと悶着あるかもしれないと――なんか、文官派対武官派という構図が見えてきちゃうんですが」

 おや、とアレクシスはキャラを見直した。(キャラも政治に興味を持ち始めたのだろうか)

「とにかく王太子は決まっているのだから、順当に行けるはずなんだがなぁ。まぁ、国王陛下が長生きされるに越したことはないね」

「早くご回復されるとよいですね。――ということよ、レーラ」

「はい、よく分かりました。今後の動きには目を離せないと云うことですね」

 あら、と今度はキャラがレーラを見直した。普段の行動や話し方はとても迅速とは呼べないものであったが、頭の回転は速いのかもしれない。



拾壱(11)廿玖(29)


 例年は拾弐(12)月下旬にメルリース公爵家は揃って王都にある公館に移り、王都で新年を迎えていた。メルリース公のみならず、三公五侯の重臣たちは国王に新年の挨拶を行い、その後催される国王主催の新年の宴に出席せねばならなかったからである。挨拶は公と公妃のみが行い、新年の宴にはキャラやアレクシスも同席していた。

 ところがこの日、王都の公爵から文が届き、公爵はそのまま新年まで公館に居ることが知らされた。公館にも家宰や使用人がいるとはいえ公爵を一人で住まわせるわけにも行かず、とりあえず公妃のヴァレンティーヌは拾弐月初頭に公館に入ることとなった。

 キャラも一緒に先乗りしても良かったのだが、王都に早く行ったとて仲の良い友人がいるわけでもなかったので、キャラはアレクシスと共に例年通り拾弐月下旬に上都することとした。公爵不在の間はアレクシスが領内を取り仕切ることとなったので、アレクシスは先乗りできなかったのである。

「と云うことで、私たちは拾弐月下旬に移動するからね」キャラがレーラに告げた。「私の方はたいしたことないから、母様の荷造りの手伝いをしてあげてね」



拾弐(12)(10)


 拾弐(12)月に入ると、公邸の中は慌ただしくなる。年末までにすべきことと、領内で行う新年会の準備は毎年のことだが、今年は公爵と公妃のいつもより早い荷造りがあったため、邸内はいつにも増してせわしない空気に満たされていた。

 レーラも公妃の荷造りや邸内の諸事にかり出され、邸内でもっともやることのない公女はこの日、暇を持て余して、セルディが訓練しているところをぼーっと眺めていた。場所は公邸の裏庭で、他に人はいなかった。

「ねえ、セルディ」セルディの動きが一段落したことを見て取り、キャラは声を掛けた。「あなたの<閃光の秘剣>だけどさぁ」

「は? なんですか、せんこうのひけんって」

「私が名付けたのよ。かっこいいでしょ」

「かっこ、いいんですかね。よくわかりませんが」

「とにかく、あの兄様に褒められてた高速の剣だけど、あまり人目に晒さない方がいいわよ」

「と云われましても、親衛隊の隊士たちと訓練することもありますから」

「親衛隊には他にも御前試合に出る人がいるんでしょ。その時は敵になるのよ。今から手の内をさらしたら、対策をたてられちゃうじゃない」

「――なるほど、そうですね」

 キャラは呆れて、最近気を付けていた(しと)やかさを忘れて云った。「あんたって、そういうところが抜けてる、っていうか、そもそも勝つ気はあるの?」

「成年の部に出場するのは初めてですからね、胸を借りるつもりでいきます」

 キャラはひとつため息を吐いた。「あんたは私の専任衛士なのよ!? みっともない戦い方したら、承知しないわよ!」

「は、承知しました!」

 思わず背筋を正して敬礼をするセルディであった。


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