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北龍王と南麟帝  作者: 藍川 峻
南麟帝本紀 第2章
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南麟帝本紀 第2章 第3話

玖月廿伍日(承前)


「いや、まさかの展開でしたね。話の展開ではセイル・リートが王になるような流れだったのに、以前聞いていた初代王はクラウス様だったので、どうなるんだろうって聴き入っちゃいました」カティがため息を吐いてから云った。

「セイランの名前はセイルと云う人から取ったとは聞いていましたが、そういう事情だったとは。初めて聴きました」と云うセルディはプトレマイオスの興奮がうつったのか、頬を赤くしている。

「プトレマイオス伯のお話がお上手でしたから、思わず引き込まれてしまいましたわ」

 と云ったカティは、講義ということを忘れて物語を聴いている気分になっているらしかった。

 水差しから玻璃の盃に水を注ぎながら侯爵が云った。「今でもセイル・リートは英雄として慕われておるが、その活躍もクラウス王の支えがあったからなのじゃ。彼ももっと評価されてしかるべきじゃ」

(やっぱ語り継いでいくには英雄の方が好まれる、ってことかしら。悲劇性があった方が民衆に贔屓ひいきにされるって兄様も云ってたな)とキャラは考えた。

「さて、姫さまはすべて聞き知っていて退屈そうでしたから、ここで質問をさせてもらいますぞ」

「へあ?」急に指名されて思わず変な声が出た。

「クラウス王は現在の制度の基礎ともなっている幾つかのことを始めたのじゃが、何がありましたかの?」

「えーと、パンディラ暦を制定して広めた」

「ふむ。他には?」

「確か、国内の貨幣を統一したんじゃ――」

「左様」

「え、まだ? あ、そうそう、五爵位を定めたのも初代だったかしら」

「違いますぞ。初代陛下が定めたのは三公と四侯だけです。建国戦争の際に特に功績のあった三人を公爵として、クラウス王は三人の妹をそれぞれ嫁がせたのじゃ。さすがに三公は分かりますな」

「もちろんよ! ルノア公に、カルナック公……あれ?」

「キャラ様。ご自分のところをお忘れですよ」

「あ、そういえばそうだったわ」

「信じられない……」とセルディが慨嘆する。

「もっと自覚を持たないといけませんな。あなたにも王位継承権はあるのですぞ」

「そうか、公爵家ということは、王家の血筋を引いてらっしゃるんですよね。姫さまが女王になる可能性もあるのか」

「セルディ、なんかイヤそうに云ってない? だいたい継承権、って云っても十何番とかだから、まずまわってこないわね」

「ルノア公はもともと五都市の代表の一人じゃった。残りの四人がそれぞれ侯爵となったのじゃ」

「でも今は侯爵家は五つありますよね」とカティが疑問を呈する。

「二代目のアウグスト王の御代に近衛隊が作られ、近衛隊の隊長が侯爵の爵位を賜ることになったのじゃ。故に領地は賜っていない。もし、万が一、仮に姫さまが女王になったり」

「仮定を強調しなくてもならないわよ」

「アレクシス様や、いやそれよりも先にメルリース公が王になる可能性もあるな、もしそうなったとしたら、サン・クラリスが近衛隊長となって侯爵閣下になるのはかたいじゃろうな」ちらりとセルディを見ながら云った。

「初代と二代目は国内の平定と国力の強化に努めた。そして三代目のユリウス王は、コダール王国の内紛につけ込み、とうとう宿敵のコダール王国を滅ぼしたのじゃ。旧コダールの地を併合し、アンティウス朝はますます隆盛を極めた。東に興ったギルバリアとは小競り合いが幾度かあったのじゃが、四代目のアウグスト二世の御代に不可侵条約を結んだ。その後は隊商が行き来する間柄となっておる」

「ギルバリアには」キャラが口を挟んだ。「海がないから、海産物を持って行くことが多いのよね」

「その通りですな。さて、それでは次回からは初代から六代目の前王ユリウス二世までの各王の事跡について説明しますぞ」

「ありがとうございました」

 三人が唱和し、伯爵に続いて室外に出た。

「あー、疲れた」

「姫さまは何か疲れるようなことしてました?」

うるさ(うっさ)いわね。あの熱い講義は聴いてるだけでも疲れるじゃない」

「セイランにもドキワクの歴史があったんですねぇ」

「カティ……嬢」

「もう。カティと呼んでいただいてかまいませんよ。年齢としも身分もセルディ様の方が上じゃないですか」

「身分と云っても私自身が伯爵な訳ではないが……。では、カティ、そのドキワクっていうのは?」

「あら、私としたことが下世話な言葉を使ってしまうなんて」

「ドキドキワクワクのことでしょ」

「そうなんですよ。最近女官たちの間で、言葉を略して云うのが流行ってるんですよ」

「カーテローザをカティと呼ぶような」

「それは愛称だから、また違う話ですねぇ」カティはにっこり笑いながらはっきりと否定する。

「カーテローザがカティ。キャリアンティーヌがキャラ。セルディはセル? ルディ? んー、あまりしっくりこないわね」

「無理に略さなくていいです!」


玖月廿漆日


 二人の男が、アレクシスの居室に入ってきた。一人は二十代半ば程、もう一人は四十代初めの頃のようだ。共通して、髪の色も瞳の色も黒く、肌の色も浅黒い。

「アルフレッド・ウェーバーと申します」

 四十代の男は鼻の下と顎にきれいに切りそろえた髭を蓄えていた。身なりもきちんと平民の正装をしている。「公嗣閣下におかれましては、ご機嫌麗しく存じます」

「ああ、そんなに固くならないでくれ。で、きみは?」

「ジャスティン・チャンっす」

 二十代の男は、対照的にくだけた普段着だった。この国の男性の平均より長い髪をしていた。最近若い男性の間で流行になっているようだ。「公嗣様直々のお呼びと云うことなので、緊張するっす」まるで緊張しているように見えない口調と態度で云ってのけた。

「突然の話ですまないが、君たちには北方に行っていただきたい」

 アレクシスは二人に細かい話をした。四十代の男、ウェーバーは「公嗣閣下の御為であれば」と即座に承ったが、もう一人のチャンは最初は渋っていたものの報酬の額を聞いて請け負うことを決めた。


そして二日後、二人は別々の道から北方へ向かって旅立った。


拾月壱日


 キャラが午後のお茶をカティと喫していたとき、メルリース公の呼び出しがあった。

「おそらく、到着したのだと思います」

「どんな子なんだろうなぁ」

「私も小さい頃に二、三度会っただけなので、ちょっとどんなだったかはわかりませんね」

 二人が応接室の一つに入ると、メルリース公夫妻とアレクシスの他に四人の人物がいた。一人はキャラもよく知る女官長だ。他の三人は貴族の装いをした夫婦らしい男女と少女だった。

 公爵が紹介した。

「こちらがマークス男爵だ」

「公女様には初めてお目もじいたします。ギルバート・ディル・マークスと申します。この度はご快諾いただき、ありがとうございます。」壮年の男が挨拶する。「こちらが妻のエリザベート――」夫人が一礼する。「そして娘のレーラでございます」

 少女が多少ぎこちなく令嬢の挨拶をした。「はじめまして。レーラと申します。これからよろしくお願いいたします」

 目がぱっちりとした可憐な相貌は、兄から土産としてもらった人形を思い起こさせた。キャラは微笑んで挨拶を返した。「キャリアンティーヌ・ディア・メルリースでございます。遠路はるばるようこそいらっしゃいました」そして少女――レーラに向かって云う。「もう挨拶はすんだのだから、そんなに固くならなくてもいいのよ。これからよろしくね」

 年が明けると十五歳になるカティは、社交界へのお披露目をするために、これから実家に戻り準備に忙殺されることになる。仕官を説かれるカティに代わり、キャラの身の回りの世話をするべくレーラが任官されたのであった。マークス家はカティの実家であるサーク家とは、カティ曰く「ちょっと遠い親戚」の関係にあり、レーラの任官にもサーク男爵の推薦があった。

 十二歳のレーラは同年代の中でも小柄で、キャラにしてみれば妹ができたようでなんとなく嬉しい。いままでは兄からはもちろん、カティも年上だから、妹の身分に甘んじてきたが、これからは姉上らしく振る舞えるのだ。カティにそっとヒジで小突かれ、慌てて緩みかけていた表情を引き締めた。


 今日から一週間、レーラはカティについてするべきことを覚え、引き継ぎを済まさねばならない。また女官長からも女官の仕事についての説明もある。

 そしてカティは十日に迎えの者が来て翌日実家に戻る予定になっていた。

「そうかぁ。あと十日でカティはいなくなっちゃうんだよね」

「別に今生の別れじゃないんですから。どこかの舞踏会とかで会いますよ」

「そっか。私の名義で舞踏会やお茶会を開いちゃえばいいんだ」

「そう乱発はできないと思いますけど……」

 キャラとカティはレーラを連れて自室に戻るところだった。レーラにキャラの部屋とレーラの居室を教える必要がある。公女付きの女官の部屋は一つしかないので、カティが公都を発つまではカティとレーラは同室で過ごすことになった。

 レーラは早く仕事を覚えようと一所懸命だったが、懸命さが過ぎて失敗することもあるらしい。「それでも頑張ってますから、すぐキャラ様のお役に立てるようになりますよ」カティはそう云いながらも一抹の不安を隠しきれないようだった。



拾月拾日


 「それでは、次にお会いできるのは新年祝賀会の時ですね」

 カティの部屋から広間に向かう途上でカティが云った。公爵家の娘であるキャラはすでにお披露目済みであった。カティの言葉にキャラは首を振った。

「その前に年末の王都武芸大会があるじゃない。今年はセルディも出るんでしょ」

「アレクシス様におっしゃられてから、その気になったようですね。でも去年もうちには招待状が来なかったようですし」

 爵位を持つとは云え、最下位の男爵では中央からはあまりかえりみられない。

「その時はうちの縁者ってことにすれば良いわ。あながち嘘ではないわけだし、父様にも頼んでおくわ」

広間にはすでにメルリース公一家が揃っていた。ほかに女官長やレーラほか幾人か仲の良かった女官らがいた。それら一人ずつと別れの挨拶をし、アレクシス、キャラ、レーラは、彼らの、特に公嗣閣下の見送りに甚だ恐縮するカティを連れて、ぞろぞろと門前まで歩いて行った。門前にはすでに二頭立ての馬車が一台駐まっていた。

「武芸大会のことは私からも口添えしておくよ」

 去年の優勝者の言ならば、主催側も無下にはできないだろう。アレクシスにはそういう読みもあった。

「アレクシス様、ありがとうございます。でもご無理はなさらないでくださいね」

 次にカティは改めてキャラに向き合った。

「これでもう、キャラ様に振り回される日からは――」カティの頬を二筋の涙が流れた。「あれ、おかしいな……解放されて落ち着けるわ、って云うつもりだったのに」

「わたしだって、これでカティのお小言を聞くことが無くなって、清々するわ、って……」

 キャラもいつの間にか涙をこぼしていた。

「落ち着いたら、手紙ちょうだいね。あなたからのが来ない限り私からは出さなくてよ」

「承知しました。それではみなさま、ごきげんよう。レーラも頑張りすぎない程度に頑張ってね」

 まだ幼いレーラには難しすぎたようだったが、とりあえず笑顔を見せた。

 カティが馬車に乗り込むと、御者の一声と鞭の一振りで馬車は動き出した。

 サーク男爵領までは、一日半の行程である。

 馬上のセルディも一礼して馬を歩かせた。公都郊外までの護衛――というより付き添いを拝命していた。


「レーラ、湯浴みが終わったら今日はもう休んでいいわよ。明日から大変になるだろうからね」自室へ戻る道すがら、キャラが云った。

「解りました。ありがとうございます」

 そうだ、明日は便箋を買いに行こう。インクはまだ有ったかしら。そんなことを考えながら、キャラは自室に入った。

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