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北龍王と南麟帝  作者: 藍川 峻
南麟帝本紀 第2章
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南麟帝本紀 第2章 第1話

()廿弐(22)


 公都メルティアに帰還し、一日ゆっくりして旅の疲れを癒した次の日。

 朝、キャラは父のメルリース公に呼ばれ、公宮の執務室に行くと、アレクシスや公宮に勤める重臣たちも揃っていた。

 これはこの後王宮に出仕して国王陛下にご報告申し上げることだが、当事者のお前たちには先に伝えておこうと思ってな。そう前置きしてから語ったことは、この度の戦の発端についてだった。

 その後の偵察、諜報活動の結果、攻めてきた者たちの正体が知れた。北狄とはいくつもの小集団がある北の遊牧民族をまとめて指す言葉だったが、最近一つの国家として糾合したらしいことが解った。その国家の名前をファングと云う。

 そのファングの突然の来襲の理由を聞いたとき、キャラは呆気に取られてしばらく声を出すことが出来なかった。

「それは(まこと)ですか?」

いつも冷静なアレクシスの声も上擦っていた。「そんなばかなことで…」

 呆然状態から醒めると、キャラは腹立たしさが募るのを止められなかった。

 パンディラ暦百二十五年()()日、ファングの使者と名乗る者が、カルナック公爵領の公都カルタークを訪れた。無論門衛は公都に伺いを立てたのちに通したのだが、使者が渡した書状を読んだカルナック公はすぐに許しを出したらしい。たった三人の従者だけを引き連れてきた使者は、カルタークで歓待された後、カルナック公が付けた供の者十人を引き連れて十日後に王都に姿を現した。何故かメルリース公爵を始めとした貴族たちには、そんな異国人の訪問は全く知らされていなかった。

 とりあえず宰相を務めているセレス王子が面会したが、使者は国王陛下に直接でないと用向きを伝えられないと云う。

 あいにく王は王妃とともにルノア公領で開かれた園遊会に出るため不在であり、翌日にならないと戻らない。どうやらカルナック公が出したはずの伝令は未だ王の元には達していなかったらしい。王に書状を出す一方で使者は城内に留まってもらい、急遽ささやかながら歓迎の宴を催した。

 問題はそこで起きた。酔っ払った使者が、綺麗な伯爵夫人に狼藉を働いたのだ。

「狼藉ってなに?」

 キャラには聞き慣れない言葉だ。

「つまり乱暴なことをしたってことだよ」

 アレクシスが簡単に教えてくれたが、とにかくもう社交界にはいられないようなことらしいことはキャラにも解った。

 そしてその場にいた伯爵夫人の兄は逆上してナイフで使者を刺してしまった。刺しどころが悪かったと云うのか、使者は死んでしまった。

 集まっていた重臣たちはあわてふためき、とにかく公にしないようにと使者の従者を拘束しようと図ったが、彼らは既に姿を消していた。

「つまり酔っ払い同士が勝手にいざこざ起こして、その結果スーサで関係ない人たちが死にそうになったり傷ついたりしたって云うの?」

 キャラが憤慨して云うと、いつもの冷静さを取り戻したアレクシスが、

「いや、最初から仕組まれていたのかもしれない」

どういうことなのか、キャラには解らなかったが、それはメルリース公を始め居並ぶ重臣たちも不得要領な顔をしていた。

「つまり、ファングとやらは、攻め込む口実を作りたかったんじゃないかな。狼藉を働いたというのも、計画だったのか、若しくは普段からそういうことをしがちな者を故意に使者にしたのか」

「殺されるかもしれないと考えると、すすんでその計画を実行したがる者はいまい」

「そうです。この使者とやらは侵攻の口実のために、殺されるために送り込まれたと見るべきかと。ただ解らないのは、なぜそこまでして口実を作る必要が有ったのか。昔北狄が攻めて来た時も突然のことだったと聞いておりますが」

「うむ。その通りだ。今回は北狄とは違う。何かやつらなりの事情が有ったんだろう。実際には親書を持って来たようでもなし、従者どもの逐電の手際といい、友好が目的とは思えん。アレクシスの云う通りなのだろう」

なんでそんなくだらない人たちのために、スーサの人たちは怪我をしたり、家が燃やされなくてはいけないのだ。

キャラは初めて世の中の理不尽さ、そして大人でも愚かな人がいるんだということを思い知った。

「それにしても、そのファングとやらは気になりますね」

「ならば、ファングの件は、アレク、おまえに任せる。――いや、待て、おまえは行ってはならんぞ。今にも飛び出さんばかりの顔をしておるが、おまえには公嗣としてせねばならぬことが山ほどあるのだぞ」

「お見通しでしたか」

「解らいでか。人をつけてやる。一月で調べ上げるのに何人必要だ」

「それでは、まず間者として派遣できる者を二、三人。彼らが戻ってから報告をまとめるのに祐筆として二人ほど」

「よかろう。間者の方は条件はあるか」

「まずは髪の色が灰色から黒、瞳の色も黒に近い方がいいですね。肌もなるべく浅黒い人を。そうそう、馬術に長けていることは必須です」

「そういえば、言葉はどうなんだ? 我らとはよほど違うのか?」

「聞いた限りではパンディラ共通語を使っているようですが、無論独特のイントネーションや聞き慣れない言葉はあるようです」

「む、なるほど。では、何人か人選して一覧をおまえの元に届けさせよう」そう云うと公爵は傍らに控える文官に声を掛けた。「エドワード子爵、聴いていたな」

「はい、早速手配いたします」



()廿参(23)


 朝食後のお茶の時間、喫茶室で親子四人で――メルリース公爵夫妻、アレクシス、キャラの四人でいる時に、一人の客が招じ入れられた。

「あら、珍しいわね。ていうか、またあなた?」

 と、キャラが云う。この時間、家族以外の者を喫茶室に入れることは滅多にない。そしてスーサですっかり顔なじみとなったが、メルティアに戻ってからはそうしょっちゅう会うこともあるまいと思っていた少年が入室して、直立不動の姿勢をとった。

 なんとなくキャラはイヤな予感を覚えた。

 メルリース公がキャラに向かって云う。

「キャラ、今更紹介する必要もないだろうが、親衛隊見習い、セルディ・サン・クラリスだ。今後、この者がお前の専任衛士を務める」

「は⁉︎」

 キャラはしばらく絶句した。突然のことに頭がついていかない。「センニンエイシ? なんですか、それ?」

「前にも話しただろう。お前にも専任の護衛が必要だと。もう間もなく十四になるんだ、いつまでも女官長が護衛を兼ねるわけにもいくまい」

「でも、そんな急に。しかもこんな中途半端な時期に?」

「ちょうどあなたの誕生日の一月前よ」公爵夫人がキャラの疑問に回答した。

「正式な任命は来月のお前の誕生日だ。前から誰にしようかとノルディと人選していたのだが、スーサから戻った後、役目がまだ定まっておらん者がいたのを思い出してな。歳も近いし、良いだろう」

 専任の護衛が四六時中付いてまわられるのは、束縛を嫌うキャラには、絶対窮屈に思うという確信がある。だが、渋ったところで国の決まりだから覆すことはできまい。他の公女や侯爵家の息女はみな同じ境遇なのだ。キャラだけを特別扱いするわけにはいかない。

「それともこの者では嫌なのか? 聞けばすでに何度も護衛の任をしているそうではないか」

「二回だけです! それに別にセルディがイヤというわけじゃなく、専任の人がつく、っていうのが――」

「おう、そうか。では決まりだな」

「キャラがイヤと云ったところで、もう決まってるんじゃないですか」夫人の言葉に公爵は答える。

「そうだ。決まった者を簡単に変えるわけにはいかんからな」

「……」

 どうやら最初からキャラの意思は関係ないらしい。

「よろしくお願いいたします、姫さま!」

 まあ、悪い性格でないことはキャラには解っている。どうせ護衛がつくのが避けられないのなら、見知らぬ者や反りの合わない者が来るよりはいいか、と思い直すキャラだった。


 専任衛士といっても一日中キャラに付きっきりというわけではない。もしそうだったら、キャラが先に音を上げていたかもしれない。

 セルディは朝夕の二回キャラの部屋を訪れ、その日の予定と次の日の予定の確認をする。城の外に出る用がある時は付き従う。公都の外に出る時は、まずキャラ一人で出ることは無いが、元々十人以上の親衛隊が随伴するが、その際にもセルディも同行することになる。もっともキャラが公都の外に出る事は、新年に王都に挨拶に行く時と夏にスーサに行くぐらいしかない。

 キャラに出かける予定が無い時は、他の親衛隊士たちと訓練をしたりしているらしい。

 拾月某日のことである。 

 中庭で一心不乱に木剣を振るセルディを見たのは、アレクシスと回廊を歩いていた時だった。もちろんカティも二歩後ろで控えている。

 アレクシスが立ち止まるのに合わせて、キャラたちも一緒にしばらく眺めた。縦に振り下ろしたり、横に薙いだり、突いたり、それらを組み合わせたり。けっこう剣の動きが速くて、風を切る音がビュンビュンとする。

 やがてセルディがこちらに気付いた。

「公嗣さま! 姫さまも」

 慌ててひざまずこうとするのを制してアレクシスは声をかけた。

「やあ、頑張っているね」

「今日は休日ではなかったの?」キャラが訊くと、

「次の試験には通りたいものですから。自主練習をしているのは私だけではありません」

 二月上旬に、正式に親衛隊に入るための試験があるって云っていたことをキャラは思い出した。

「きみはやはり父君から剣技を習っているのかい?」

「はい。週に二度稽古をつけてもらっています。それ以外は他の隊士の方たちに教わっております」

「ところで、木剣はもう一本あるかな」

「はい、ありますが…」

「ならば私と立ち合ってみないか?」

「ええっ、公嗣さまとですか? 私などまだまだです!」

 アレクシスはこれまで全国剣技大会で少年の部では何度も優勝し、十六になって一般の部に移ってからも三位二位と並いる強豪を倒している。次の大会の優勝候補筆頭である。セルディが躊躇うのも無理はない。

「やってみなければ分からないさ。さ、木剣を」

「は、はいっ」

セルディは、予備用として置いておいたらしい木剣を、捧げるようにしてアレクシスに手渡した。アレクシスはそれを軽く振りながら、

「それに私は昔、ノルディ卿に稽古をつけてもらったこともあるのだよ」

 アレクシスは中庭の中央まで歩いた。セルディもそれに従い、五歩ほど離れて足を止めた。

「さあ、遠慮はいらない。本気で来たまえ」

 ようやくセルディも覚悟を決めたのか、木剣を構えた。

「だあっ!」と声を上げると、地を蹴って間合いを詰め、木剣を振り下ろした。

 アレクシスは体を開いてかわしながら「ほぉ」と感心したような声を漏らした。

 セルディは剣を戻すと今度は斜めに振り下ろした。

 アレクシスは敢えて剣を合わせてみる。打撃の威力を計っているようだ。

 横に薙ぐ。

 突く。

 正面で斬り下ろす。

 袈裟懸けに振り下ろす。

 下から刎ね上げる。

 セルディは打突を繰り返したが、ことごとく躱されるか振り払われ、かすりもしない。

 遂には突きを躱したアレクシスが軽く手を打つと、セルディは

 木剣を取り落としてしまった。

「参りました」

「はい、お疲れ」

 肩で息をしているセルディに対し、アレクシスは息を乱してすらいない。

 カティが二人に手拭いを渡した。

「まだまだだねぇ」キャラが云うと、

「いや、そんなことはないよ」アレクシスは額の汗を拭くと云った。「打撃の強さもあるが、剣尖の動きが速い。正直驚いた。余程素振りを繰り返しているのだろう。これで突きの速度を上げられれば、剣技大会でも結構いいところまでいけるだろう。そういや、今いくつだっけ?」

「十五です」

「じゃあ、年末の剣技大会、試しに出てみるといい。少年の部に出られるのは今年までだし。というか、何故今まで出なかったんだい?」

「私などはまだまだ……父にも出るからには結果を残せ、と云われているんですけど、結果を出せる自信がなくて」

「大丈夫だよ今のきみなら少なくても入賞はできるだろう」

「真ですか。ありがとうございます!」

「でも、いいの、兄様? セルディにだけ稽古つけるとヒイキにしてるって云われちゃうんじゃない?」

「普段キャラの世話をやいているぶん、他の者よりは時間も限られているからね。逆に平等にするためさ」

「でも兄様の従士だって二人いるし」

「キャラの専任では、人一倍大変そうだからね」

「ちょっと酷くないですか? セルディもなにか云いなさいよ」

「公嗣さまはやっぱりよく解ってらっしゃいますね」

「あんた、クビ」

「え、そんな」たじろぐセルディを見てアレクシスは助け舟を出す。

「命じたのは父上だ。キャラにはそんな権限はないから、心配することはない」

「じゃ、父様に云いつけてやるわ、有る事無い事」

「いや、無い事は駄目でしょう」

 そんなやりとりを見て、カティはしみじみと云った。「セルディ様も随分ツッコめるようになったんですね」


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