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092 偽りの愛は燃えやすく冷めやすい

 



「怖気づいたか、カラリア・テュルクワーズッ!」




 こもった声で叫ぶオックス。


 カラリアは全力で彼に背を向けて逃亡したが、歩幅が違う、馬力が違う。


 またたく間に距離は詰まり、彼は揺れる黒髪に手を伸ばした。


 するとカラリアは、踏み出した片足にひねりを加え、急激に方向転換する。


 彼女の髪が、オックスの手からするりと抜けていく。


 最小限の動きによる回避――しかしそのコンパクトさは、その場しのぎにしかならない。




「ぬううぅぅぅんッ!」




 すかさずオックスは蹴りを放つ。


 重さと鋭さを兼ね備えたその一撃は、当たればその部位を弾けさせる砲撃のようなものだ。


 防御不能。


 回避不能。


 当たれば即死――だが彼は、軸にした右足にわずかな違和感を覚えた。




(足首に何かが触れている?)




 それは細いワイヤーだった。


 気づいたときには、すでにその()は発射され、先端が鋭く尖った杭がオックスの腰に命中する。


 威力は大したものではない。


 いくら尖っていようと、屈強なオックスの筋肉を貫けるものではないのだ。


 だがわずかな衝撃が、彼の蹴りの軌道を歪めた。


 カラリアは腰をかがめて回避する。


 空振る脚は、圧縮された空気でわずかに彼女の服を破っただけ。


 そして彼女はくるりと回り、スカートを広げながら、オックスに突き立てられた杭の後端を――「ふッ!」と息を吐き出し手の甲で叩いた。


 篭手により強化された打擲により、槌の要領で杭を叩き込むつもりだったのだ。


 しかし杭のほうがひしゃげて潰れてしまった。


 舌打ちし、後退するカラリア。


 それを追うように、頭を握りつぶすべく、手をのばすオックス。




(届かないか――ならば!)




 彼は攻撃が間に合わないと見るや、その場で強く、素早く手を握りしめた。




「づあぁッ!?」




 バゴンッ! と何かが爆ぜる音がしたかと思うと、カラリアは頭を横からぶん殴られたような強烈な衝撃に、目を見開く。


 高速で圧縮された空気が爆ぜ、彼女を攻撃したのだ。


 キィィィ――と耳鳴りがして、鼓膜が破れたせいなのか、ぐわんぐわんと頭の内側から痛みが波のように襲いかかってくる。


 真横にふっとばされたカラリアは、歯を食いしばりながら片手で着地。


 そのまま腕の力だけで宙返りして体勢を持ち直すも、その間をオックスが見逃すはずもなかった。




「もらったぞッ!」




 振り上げられる剣。


 すると、その足元に、犬が――正確には、植木鉢(・・・)を変化させて生まれた小型犬が迫っていた。




「わたくしのことを忘れられては困りますわ!」




 無論、小型犬ごときでオックスを止められるはずもない。


 直接攻撃するのではなく、背後の地面を踏みしめ――ズドン、と地中に埋め込まれた爆弾(・・)を起動させた。




「ぬううぅっ、これはっ!?」




 背中から爆風に押され、前のめりに膝をつくオックス。


 その間に、再び距離を取るカラリア。




「これも罠か……何の準備もせずに奇襲などするはずもない、当然だな」


「本来はお前が逃げるのを防ぐための罠だったんだがな」


「僕としたことが不甲斐ない。小屋からこの距離の場所に工作とは――どうやら油断していたらしいな」


「恥じることはありませんわ。我がマジョラームの優秀な社員が仕掛けた罠ですもの。王国軍程度の男なら、気づかないのも当然でしょう」


「王国軍を馬鹿にされるのは構わんが……しかぁしッ!」




 刃をカラリアに向け、彼は声高に言い放つ。




「フランシス様を守れぬ程度の男だと言われるのは許せないッ!」


「いや言ってないわよ?」


「何よりこの戦いは前座に過ぎない。メアリー本人を殺す前に、ここで僕が膝をつくわけにはいかないんだ!」


「前座扱いとは心外だな。そういう言葉は、勝ってから言え」




 そう言い切られると、さすがのカラリアも不機嫌そうだ。


 だがオックスにとってみれば、それは“会話”などではない。


 自分を奮い立たせるための“鼓舞”だ。


 他者の評価などどうでもよい。




「“罠”だと、“不意打ち”だと思うから妨害されるのだ。常に全方位を警戒していれば、このような玩具などおぉッ! ぬうぅうおおおおおおッ!」




 真っ直ぐに、カラリアに向かって突き進むオックス。


 彼は幾重にも仕掛けられた罠を踏み抜き、杭を、毒矢を、地雷を、落とし穴を――その全てを自慢の筋力で踏み潰しながら、彼女に迫った。




「まるで戦車だな」


「フランシス様あぁぁぁあああっ!」




 もはやその剣は、カラリアに当てるつもりすら無く、離れた位置で振り下ろし、地面を叩く。


 斬撃は飛翔し、大地を切り裂きながら、その向こうにあった民家を真っ二つに両断した。


 銃撃しながら避けたカラリアに、素早く二度目の斬撃。


 体をのけぞり回避。


 続けて三度目、今度は後方宙返りで避けると、空中の彼女へ四発目、五発目がクロスして飛んでくる。


 銃をガントレットに変形、障壁展開で受け流す。


 だが防ぎきれずに、カラリアは肩を負傷。


 メイド服に血をにじませながら、しかし顔も歪めずに着地。




「うおぉぉぉおぉおおおッ!」




 がむしゃらに剣を振り回すオックス。


 そのたびに三日月型の剣気が飛ばされ、カラリアを追い詰める。


 キューシーはそんな彼めがけて、罠を避けて鳥型の獣を無数に飛ばすも、ついばむ程度では動きすら止められない。


 むしろ振り回す腕の風圧だけで消し飛ばされる有様。


 見かねて、近隣の民家に手を当て、再び大型のゾウを投入するも、全力を出したオックスには突進でよろめかせることすらできない。




「邪魔だあぁぁっ!」




 カラリアに向けて、無数に放たれる斬撃のうち、たった一発――片手間に振るった剣でゾウは引き裂かれ、戦闘不能に陥る。




「馬鹿げてるわ……どこまでなのよ、この男はっ! ええい、こうなったら壁に徹してやるわ!」




 キューシーは作戦を変え、そこらの物を使って生み出した動物を、オックスとカラリアの間に割り込ませた。


 斬撃を阻害し、カラリアの動きをサポートするのだ。


 いくら大型動物ですら一刀両断する攻撃と言えど、邪魔が入れば威力は落ちる、減速もする。


 それを続けるうちに、少しずつカラリアの動きにも余裕が出てきたようだ。


 彼女は銃を三度二丁拳銃に持ち替え、オックスの頭を狙って打ち続ける。


 唯一、鍛えられないむき出しの弱点――“目”を狙って。


 だがオックスの肉体の強化は『(パワー)』のアルカナによるもの。


 常識は通用しなかった。


 目に直撃しても、ダメージどころか、怯む素振りすら見せない。




(肉の要塞、動く災害――ああ確かに、こんな化物がいたんじゃ、帝国も王国に敵わないわけだ!)




 彼は将軍にしては若い。


 メアリーの話を聞くに、特別人望があった様子でも無さそうだ。


 それでも高い地位に置かざるを得ないほど、ずば抜けた戦闘力を持っていた、ということだろう。


 彼が戦場に入れば、ものの数分で数千、数万の兵士が肉塊へと変えられていくはずだ。


 こうしてアルカナ使い、あるいはそれに匹敵する力の持ち主が相対していても、『これは勝てない』と絶望するほどの力の差なのだから。




「邪魔をするなとぉ――言っているだろうがあぁぁぁぁっ!」




 ちまちまと妨害する『女帝(エンプレス)』の下僕に業を煮やし、オックスはついにキレる。


 剣を投げ捨て、両手を重ね頭上まで持ち上げると、それを全力で地面に振り下ろした。




「ぐっ、これは……!」


「嘘でしょ、地面を叩いただけで――きゃあぁぁあっ!」




 彼を中心に、地形が変わる。


 地面は凹み、陥没した分だけ周囲の大地はせり上がる。


 舞い上がる砂礫、炸裂する暴風に、妨害に入ったキューシーの下僕たちはズタズタに引き裂かれた。


 当然、カラリアたちも無傷ではいられない。


 吹きすさぶ嵐の中、銃弾と化した小石や瓦礫が二人の体を引き裂いていく。


 ダメージそのものは魔術ではないため、カラリアの魔術耐性は意味をなさない。


 また、頑丈な肉体でもその全てを防ぎ切ることは不可能だった。


 キューシーもとっさに服の一部と体の一部を動物に変えてガードしたものの、掠めた石が肉を裂き、丸い表面が骨を砕き、鋭利な先端が直撃すると、体を貫いていく。




「う……が、あぁ……こんな、威力……ばかげ、て……う、うぅ……」




 彼女は膝から崩れ落ちると、地面に横たわり血を流す。


 カラリアは辛うじて立っていたが、メイド服は穴だらけで、露出した素肌は血を流すか、内出血しているかのどちらかしかない。


 耳は欠け、右目は開けない状態で、銃を握った両手をだらんと垂らした。




「はぁ……はぁ……っ、く、うおぉぉおおおおおッ!」




 カラリアは叫びで自らを鼓舞し、篭手を装着。刀を握る。




『OVERDRIVE,READY』


「まだ……まだ私は戦えるぞ、オックスぅッ!」




 引き抜いた刃から放たれる、魔力の閃光。


 オックスはゆっくりと体を起こすと、それを目で確認して、片手で握りつぶした。




戦える(・・・)というのは――戦力が対等で初めて成り立つ言葉だろう」


「く……」


「全身傷だらけで、太刀筋もブレている。そのような攻撃で、僕を斬れると思ったのか? さあ、今度こそこれで終わりだ!」




 彼はカラリアを殴りつけ、それで決着をつけるつもりのようだ。


 ぐっと脚に力を込め、前に踏み出そうとする。


 だが、やけに右足が重い。




「何だ……?」




 見れば、そこには大量の蟻が群がっていた。




「虫――!?」




 尋常ではない数。


 しかしいくら蟻が群がろうと、今の肉体で“重さ”を感じるだろうか。


 普通の虫ではない――そう感じたオックスは、ずらりと並ぶ彼らの隊列を目で追った。


 その先にいたのは、ぐったりと横たわるキューシーだ。




「動物より……こっちのほうが、強そうですわね……かわいげは、ないけれど……ふふっ……ごほっ……」




 口の端から血を流しながら、虚ろな目をして彼女は言った。


 その手が触れる地面、そこにある砂の一粒一粒が、蟻に変わり、オックスの脚にまとわりついている。


 虫を利用した攻撃が他の動物と異なるのは、全ての魔力を“脚”という一点に集中させられること。


 それは今の、魔術評価30000を越えるオックスに対してであっても、有効な一手になり得るのだ。




「動かないだとっ!? このっ、『力』のアルカナをもってしてもッ!」


「焦っているな……オックス」


「何をっ!」




 カラリアは、魔導銃をライフルモードに変形。


 動けないオックスに向かって、威力特化の銃弾を放つ。




「ぬぐぅっ! クソッ、ならば、脚に魔力を集中させればっ!」


「どうした、お前のほうが圧倒的に有利だぞ。この状況で、焦る理由など何かあるのか?」


「ぐっ、目障りだあぁぁぁっ!」




 彼は拳で大地を叩き、つぶてを飛ばす。


 しかしそのような見え透いた攻撃が通用するカラリアではない。


 軽く避け、なおも銃撃を続ける。




「ぐあぁぁぁああっ!」




 すると、撃ち抜かれた腕がパキッとひび割れた。


 カラリアはほくそ笑む。




「ふぅ……やはり、それだけの力を振るうのには制限があったか」




 オックスはヒビから血を流しながら、歯を食いしばり痛みに耐えるような表情を見せる。


 すると、蟻がたかる脚からもパキッと音がして、筋肉が割れると、骨ごと脛がへし折れる。




「ぐううぅぅっ、『女帝』め、この期に及んでえぇぇっ!」




 苦しむオックスを見て、キューシーは口元に笑みを浮かべる。


 そんな彼にカラリアは言い放った。




「単純な話だな。『力』のアルカナに課せられた制約、それは“制限時間”だ。せいぜい五分程度――どうやら正気を失い、時間感覚も混乱していたせいで、想定よりも早くリミットが来てしまったらしい」


「だから……何だと言うんだ」


「虚勢を張るのは肉体だけにしておけ」


「この体が虚構だとでも言いたいのか? だがなぁっ、僕は伊達に将軍を名乗っちゃいない!」




 オックスは自ら肉体を砕き、鎧を捨て、“元の体”に戻ってカラリアの前に降り立った。




「魔力を使わずとも、フランシス様への愛さえあればあぁぁっ!」




 剣は地面に転がっている。


 ゆえに彼は、握り拳のみでカラリアに襲いかかった。


 彼女はマキナネウスをガントレットに変形させ、迎撃する。


 拳と拳がぶつかりある。


 オックスの指の骨が折れ、手首がありえない方向へと曲がった。




「ぬっ、があぁぁああっ!」


「一方的な愛など迷惑なだけだ、そんなものが力になってたまるものか」


「貴様にっ、何がわかるぅっ!」




 彼はもう一方の手で懲りずに殴りかかる。


 だが同じことの繰り返しだ。


 カラリアはカウンターで、相手の拳を叩き潰した。




「わからない人間から見ても醜いと言っているんだ」


「ぐうぅぅ……なぜっ、なぜだあぁっ! なぜ過ちを正そうとする僕が、ここでえぇぇっ!」




 もはや心も折れたのか、オックスは目の前で膝をついた。


 カラリアは冷たく彼を見下ろし、刀を握った。




『OVERDRIVE,READY』


「誰よりも歪んでいるのはお前だからだ」




 わずかに明かりを反射した銀色の刃が、一切の躊躇なく振り下ろされる。


 絶対に逃さないという意思のもと、カラリアは一瞬たりとも彼から目を外さなかった。


 だからこそわかる。


 オックスは消えた。


 高速で移動し、そう見えたのではなく――間違いなく、眼前から消失(・・)したのだ。


 カラリアは刃を止め、地面に突き刺すと、素早く篭手を二丁拳銃に変形させた。


 そしてわずかに感じた気配を手がかりに、第六感に頼った射撃を行う。




「そこか、『魔術師(マジシャン)』っ!」




 放たれた光球が夜を切り裂く。




「うわっとぉっ!?」




 オックスを抱えたディジーは、その的確な銃撃に素で驚き、体を捻って避けようとした。


 直撃こそ免れたものの、肩がごっそりとえぐられる。




「づうぅっ! やっば……!」


「逃がすものかああぁっ!」




 さらに発砲し畳み掛けるカラリア。


 ディジーは杖を手に、再び転移して距離を取った。


 しかし痛みにはあまり慣れていないのか、かなり表情は苦しそうである。




「随分と間のいい増援だな、見ていたのか」


「ちぇっ、『世界(ワールド)』に怒られたから助けに来ただけだってのに……貧乏くじだなあ」


「答えろ『魔術師』!」


「言った通りだよ。あたしはこいつの命なんてどうでもいい。けど、彼にはもう少し生き残ってほしいんだとさ、そのほうが展開として面白い(・・・)ってあの人が言うから」


「『世界』は脚本家気取りか」


「気取ってるって言うのかなあ、ああいうの。あとさ、あたしが到着したのはついさっきのことだよ。その前に、『世界』に命令された用事があってさあ。何のためにあんなことするんだろうね?」


「どうでもいいな」


「聞いておいてそれは無いよ。ま、『戦車(チャリオット)』は負けそうだし、こっちはアルカナを二つも失ったんだ。それで勘弁してよ」


「遅いか早いかの違いでしかない。待っていろ、私たちは必ずお前たちを滅ぼす。当然、『世界』もな!」


「ヒュウ、かっこいいねー。あたしは痛いから、そろそろお暇するよ。ぐっばーい」




 ひらひらと手を振って、姿を消すディジー。


 カラリアは無理には追わなかった。


 逃げに徹した『魔術師』を追尾するのはほぼ不可能だと、以前の戦闘で理解したからだ。


 今回は、一撃与えられただけで良しとする。




「クソッ、あと少しで殺せたものを……はぁ……はぁ……ああ、静かになると、どっと疲れが押し寄せてくるな……!」




 体は傷だらけだし、魔力の消耗もかなり激しい。


 魔導刀の全力を何度も使えたことに、戦闘の中で自らの成長を実感しながらも、同時に無力感も押し寄せてくる。


 もしもオックスのアルカナに、時間切れが無かったら――自分もキューシーも、間違いなくここで死んでいたのだから。


 カラリアはよろよろと、弱々しい足取りで歩くと、キューシーの真横に腰を落とした。




「……見ないでよ」




 キューシーは自分の体を抱きしめながら、回復を待っていた。


 その姿を見られるのが恥ずかしいのか、カラリアから目を背けて頬を赤らめている。




「見てないぞ、待っているだけだ」


「似たようなもんよ! 見られても恥ずかしいし、あんたを抱きしめるのも恥ずかしいし、とんだ二重苦だわ」


「しかし以前よりも戦い慣れてきたな。強いじゃないか、『女帝』も」


「まあ……使い方次第だと理解したわ。自分で作っておいて、あの虫の大群は気持ち悪くて仕方ないけど」




 だがそれが最も強い使い方である以上、これからは多用していくことになるのだろう。




「そのうち蟲使いのキューシーとか呼ばれたりするかもしれないな」


「全力で拒否したいわ……」


「世間は無情だ、聞いてくれないぞ」


「嫌ったら嫌なの、神様ももっとかわいい能力にしてよぉー!」




 駄々をこねるキューシー。


 それを見て、思わず笑うカラリア。


 村の反対側で繰り広げられるメアリーたちの戦いも、じきに終わる。


 結果は、一勝一分け――悔いは残るが、相手の戦力を削ることには成功した。


 二人はそう前向きに考えることにした。




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