090 人食い霊柩車へようこそ
色気すら感じさせる銀色の車体が、村を燃やす炎に照らされ妖しく光る。
対するは、無骨に骨をむき出しにした死神の埋葬車。
夜の闇に閉ざされたこの場所では、運転席のメアリーとアミの姿などまともに見えない。
どこからどう見ても、化生の類としか思えない。
「おおぉぉぉおおおおッ!」
「てりゃあぁぁぁああッ!」
アクセル全開で両者は接近する。
チャリオットの背部が炎で紅く照らされる。
やはり速度で勝るのはクルスのほうだ。
音速を突破し、暴力的な音を轟かせながら敵に突っ込んでいく。
しかしメアリーのほうもパワーでは負けていない。
なんと言っても、『死神』と『運命の輪』のあわせ技なのだ。
単純な魔力だけで言えば、『戦車』を数倍上回る。
その力同士がぶつかったとき、何が起きるのか――
(想像できねえよ……俺だって、こんな馬鹿げた戦いは初めてだからなァッ!)
しかしクルスの頭には、恐怖が割り込む隙などなかった。
興奮で埋め尽くされている。
アドレナリンが正常な感覚を麻痺させている。
死を恐れるよりも――この“車と車”の戦いで何が起きるのか、それが知りたくてしょうがない。
過ぎた時間は一瞬。
だが脳内麻薬は時間間隔すら破壊してしまったのか、過程はやけにスローモーションに見えて、数秒、あるいは数分にも引き伸ばされて感じる。
しかし永遠ではない。
ついにその時はやってくる――
星と星がぶつかるような衝撃が、鼓膜を引きちぎる破滅的な音と共に運転手たちを襲った。
真下の大地は裂け、周囲の木々は吹き飛び、民家は瓦礫すら残らず消えていく。
「が、あぁっ!」
「ぐうぅぅぅぅっ!」
強烈なインパクトに、メアリーとクルスは歯を食いしばって耐える。
アミはかがみ込んで、吹き飛ばされないようドアにしがみついていた。
チャリオットのバンパーは砕け、ヘッドライトは機能を失い、ボンネットは歪んでわずかに隙間が開いている。
一方で、メアリーの車体はボディフロント部分の大半を破砕されている。
この瞬間、クルスとメアリーの距離は、この戦いの中でも最も近い状態にあった。
「いい車じゃねえか。気に入ったぜ、俺が勝ったら貰ってやるよ」
「まだ見せてない機能も残ってますよ」
「そりゃあ楽しみだなッ!」
なおも、両者ともにアクセルは踏み込んだまま。
ギュアアァァァッ! とタイヤは空転し、車体は互いに押し合う。
そもそも、メアリーの車にアクセルなどは必要なかった。
車輪はアミの能力によって動かしているのだから、わざわざ魔力を伝導して連動させて――と複雑な機構を仕込まなくても動いたはずなのだ。
それでもメアリーがその手法を選んだのは、“どこまでが車とカウントされるのか”という疑問があったからである。
どうやら『戦車』の能力が適用された車には、“車による攻撃”しか通用しないらしい。
メアリーの攻撃で、わずかに怯んでいたところを見るに、威力が極めて高い攻撃なら、その防御を突破することも可能なのだろうが、それは正攻法ではないだろう。
では、“車の定義”とは何なのか。
物体に車輪がついていればいいのか。
ならばアミとて車としてカウントされてもいいはずだ。
しかし、彼女の攻撃は『戦車』に通用しなかった。
ゆえに――可能な限り、少なくともクルスが“これは車だ”と認識する程度には、車に寄せる必要があったのである。
そんなメアリーなりの“こだわり”が見えたからか、クルスは余計に楽しくなってきた。
魔力切れもお構いなしに、全力で後部のブースターから炎を噴き出し、メアリーを追い詰める。
「俺のチャリオットと競り合うたァ、パワーは大したもんだ。だがなあ、付け焼き刃じゃちっとばかし足りなかったようだなああぁ!」
チャリオットは傷を受けながらも、骨の車を破壊していく。
このまま押しあえば、メアリーの敗北は必至。
しかし彼女は落ち着いていた。
車が壊れようが、相手の方がパワーで勝っていようが、些細な問題である。
今までもそういう戦いはいくらでもあった。
そのとき、『死神』はどうやって勝ってきたか――そう、“再生”だ。
「再構成しますよ、アミ」
「了解、位置合わせは任せて!」
二人の言葉に合わせて、車は自壊していく。
「何ィ!? 自分から分解しただとぉっ!?」
驚愕するクルス。
チャリオットの前から障害物が消え、銀色の疾風は遠ざかっていく。
メアリーとアミは、それぞれ能力を使ってその突進を避け、そして言葉通り再び骨の車を作り直した。
「はははっ、チャリオットの美肌をここまで傷つけておいて、ケロッと無傷に元通りかよ。やってくれるねえぇ!」
クルスはすぐにはターンせずに、一旦メアリーたちから距離を取る。
ヘッドライトも消え、後部のブースターすら起動させていない今、二人からチャリオットの姿を見ることは難しかった。
「逃げちゃったのかな?」
「それは無いでしょう。私たちが車を出した時点で、彼から逃げるという選択肢は無くなったはずです」
「何で?」
「そういうタイプの人間だと感じました。プライドを重んじるんですよ、命よりも」
メアリーはまるで予言のようにそういった。
その直後、右側で一瞬だけ炎がオレンジ色に闇を照らす。
「来ますッ!」
「いやっはあぁぁぁあああっ!」
チャリオットは、残りわずかな魔力を使って加速――そして、
「居ない――いやっ」
「飛んでるよ!?」
瓦礫をジャンプ台にして、空中からの強襲。
頭上から、機関銃がまさに雨のように降り注ぐ。
大半の銃弾は車体が防いだが、何発か貫通し、メアリーの頬肉をえぐり取る。
彼女はそれを気にする素振りもみせず、急発進。
だがその頃には、すでにチャリオットの姿はどこにも見えなくなっていた。
「うーん……正面勝負は諦めたみたいだね」
「ええ、こちらの車体はいくらでも修理できますからね。しかし、ヒットアンドアウェイとは小賢しいというか堅実というか」
「人は見た目によらない?」
「傭兵ですから。戦い慣れているんでしょう」
「どうするの?」
「撃ち落とします、銃器には銃器で――死者万人分の機葬銃」
チャリオット同様、メアリーたちの車からも複数の銃が生える。
しかも、口径、発射速度ともに『戦車』のそれを上回るものだ。
確かに、メアリーが能力で車を作ったところで、“車”というフィールドではクルスのほうが有利かもしれない。
だがそこには、彼の魔術評価の割に、という枕詞が付く。
単純なことだ。
車には車を。
突進には突進を。
銃には銃を。
ただそうするだけで、勝利の女神はメアリーたちに微笑む――
「……来た!」
ヒュゴッ、と炎が空気を焼く音がした。
チャリオットは瞬間的に極限まで加速し、瓦礫をうまく使って衝突を避けながら飛び上がる。
「ひゃっはあぁぁぁああっ!」
ゴキゲンに頭上より銃を乱射するクルス。
「落ちなさいッ!」
それを避けもせず、骨の弾丸を撃ち込むメアリー。
何発もの銃弾で体を削り取られながらも、その目は真っ直ぐに“敵”だけを睨みつけている。
「はっ、思い切りのいいお姫様だなァ! だがっ、こっちには姿勢制御がある!」
「ならば噴射口を狙えば!」
骨銃は重点的に炎を吐き出す穴に命中した。
骨片が中に入り込めば、取り付けられたエンジンはたちまち動作不良に陥り、煙を吐き出す。
「おおぉおおっ! 落ちるのか、このチャリオットがぁ!」
空中で制御を失ったチャリオットは、右側の車輪で着地。
そのまま傾き、ひっくり返りそうになっている。
「まだまだあぁぁっ!」
クルスはそのまま発進し、ウィリー状態でメアリーから距離を取ろうとした。
だが彼女はそれを逃さない。
追跡しながら、すかさず銃弾を叩き込む。
「行け行けぇー! やっちゃえーっ!」
アミに応援されながら、慣れぬ手付きで強くハンドルを握りしめる。
片輪走行ではさほど速度は出ない。
またたく間に距離が詰まっていく。
「追いつけるものかよぉ、このまま加速してッ!」
クルスは歯を食いしばりながら、『戦車』のアルカナに強く祈った。
だが、チャリオットが吐き出す炎は途切れ途切れであまりに弱い。
目の前にある魔力メーターは、『EMPTY』を示していた。
「魔力切れ!? ああ、ちくしょう、アルカナ使い相手だからって派手に使いすぎちまったか!」
メアリーたちはもうすぐそこまで迫っている。
すると、骨の車の前方がガバッと開き、鋭い牙がずらりと並ぶ、不気味な口が現れた。
「おいおいおい……マジかよお姫様ぁ、うおぉおっ!?」
追いついたメアリーは、その牙をトランクに突き刺す。
さらに口を開き、もう一噛み。
噛んで、噛んで、リアガラスを割り、後輪をパンクさせ、ホイールを歪めながら呑み込んでいく。
クルスは何度もアクセルを踏んだり、ハンドルを切って振り払おうとしたが、もうどうすることもできなかった。
いや――慌てて這い出れば捕食からは逃れられるかもしれないが、彼にそのつもりはない。
「チャリオット。どうやら俺ら、ここで終わりらしいぜ」
彼は諦めたのか、胸ポケットからタバコを取り出して、器用に一本だけ咥える。
そして火をつけ天を仰いだ。
「ふぅー……すまねえな、車内じゃ吸わねえつもりだったんだが。最期ぐらい許してくれよ」
すでに牙は車体の半分を呑み込んでおり、クルスに残された時間はあとわずかだった。
彼はそれを、抵抗ではなく、チャリオットとの語らいに使うと決めた。
貴族の家に生まれ、魔術の才能に恵まれながらも、魔術師ではなく――レーサーを目指した放蕩息子。
それがクルス・アロータムという男だった。
家からは勘当され、自由気ままに生きてきた彼だが、ある日、何の因果か『戦車』のアルカナに選ばれる。
すると実家の連中は手のひらを返して『自慢の息子』だと持ち上げ、帝国も天才魔術師として賞賛した。
もはや帝国軍入りは避けられない状況。
しかしアルカナ使いの発言力を利用すれば、ある程度の自由はきくのではないか。
そう考えたクルスは、交渉の末、レースを続けながらなら軍に所属してもいい、という条件をのませた。
さらに軍の金を使って最高の車も作らせた。
もちろん、『戦車』のアルカナ使いとして戦場に出ることもあったし――いずれ死ぬかもしれないことも、覚悟はしていた。
だから、さほど後悔はない。
楽しむだけ楽しんだ。
そして最後も――
「ガナディアの英雄クルス・アロータムは根っからの車バカで、最後は化物みてえな車に喰われて死にました――いやあ、よく出来た話じゃ――」
牙が彼の頭蓋を噛み砕く。
車体ごと、その体はひしゃげて潰れてかき混ぜられて、ガナディア自慢のカスタムカー・チャリオットと共に、死神の顎の餌食となった。
捕食が終わると、骨の車に生じた口は消え、やがて車そのものも分解されていく。
ほとんど更地になった村に立ち尽くすメアリーとアミは、大きく息を吐き出した。
「どうにか一人、ですね」
「これで失敗はなくなったから、気が楽になったかも」
奇襲しておいて、一人も殺せずに終わり――それだけは避けたい結末だっただけに、安堵も大きい。
「クルスって人も、他の国から連れてこられたんだよね……」
「少し可哀そうな気もしますが、しょせんは殺し合いですから」
「だね!」
「それに、本人は満足して逝ったようですよ」
「……満足?」
「最後に戦う相手が、かっこいい車でよかった、と」
「んふふー、なんたって私とお姉ちゃんの合作だからねっ!」
アミはメアリーと腕を絡め、小屋のほうへと戻っていく。
キューシーとカラリアがオックスと戦っているはずだが――
すでに音は聞こえなくなっていた。
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